帝国諜報員の朝は早い。
帝国の平和を守るため、昼夜問わずに己の全てを注ぎ込むのが常である。
もっとも。
今は諜報員としてではなく。
恋する女として、目的に向かい邁進中であったりするわけだが。
「――今日こそ!
今日こそは、ユウキさんに私の愛の籠もった朝食を……!」
出刃包丁を握りしめ、決死の面で食材に立ち向かおうとしているのは、怪物姉ことユメカ・ヒトヒラ。
「いや、普通にユウキさんお腹壊しちゃうから。
あの人、頼みを断れない質なんだから、そろそろ本気で死んじゃうよ?」
横からひょいとユメカの包丁を取り上げたのは、怪物妹ことセツノ・ヒトヒラ。
二人は現在、長期休暇の真っ只中。
姉妹揃って想い人のもとへ、毎日のように通っていた。
「いいもん。夜、ベッドの上でたくさん謝って、絆をより深めるんだから」
「失敗するの前提なの!?」
「……そういうセっちゃんこそ、台所に何の用? 今日は私の番じゃない」
「だから、私はユウキさんの身体を心配して――」
「――とか何とか言っちゃって、ホントは、
昨日の晩にお料理褒めて貰ったのが嬉しかったから張り切っちゃってるんでしょ」
「うぐぐ」
「もう、“私興味なんてないもーん”って顔しておいて油断も隙もないんだから!
いっつも私とユウキさんの邪魔ばっかりして、この泥棒猫さん!」
「む、ユウキさんが姉さんだけの人だなんて誰が決めたのよ!」
「だって、私の方がいっぱい中で射精してもらってるもん!」
「それは姉さんが無節操なだけでしょ!
最近ユウキさん、傍目にも分かるくらいやつれちゃってるじゃない!」
かく言う妹の方も、毎晩最低2回は強要していたりするが。
「とーにーかーくー。ユウキさんの朝ご飯は私が作るのー!」
ぶんぶんと両手を振り回して駄々をこねるユメカ。
可愛い仕草かもしれないが――そんなものは見慣れすぎて頭痛しか起きないセツノにとっては
何の抑止力にもならない。
しかし、
「あー、はいはいわかったわかった。んじゃまあ、死なない程度のものにしてよね」
あっさり引いて、そのまま台所から出て行こうとするセツノ。
瞬間。
ひゅっ。
かつん。
セツノの頭が一瞬前まであった空間を包丁が貫き、そのまま壁に突き立った。
「危ないなあ、何するのよ姉さん」
「……セっちゃん、どこに行こうとしてるのかな?」
「ん? 寝室に」
「寝室は寝室でも、そっちはユウキさんの寝室じゃない?」
「いやあ、折角だから起こしてあげようかなあ、と。ほら、目覚めのキスなんて素敵じゃない?」
意外と少女趣味なセツノであった。
まあそれはそれとして。
「ふふふ……セっちゃん? 姉さんね、そろそろ決着を付ける頃かなあ、なんて思ったの」
「あら奇遇ね姉さん。私もそろそろ、ユウキさんが不憫でね。助けてあげようかなあ、なんて思ってるの」
姉はコキリと手首を鳴らし、
妹は足場を踏みしめる。
空気は軋み、其処には二匹の怪物が、いた。
どたんばたん、という騒々しい音が階下から響いている。
それで目覚めたユウキ・メイラーは「……またか」と呟き、そのまま手早く朝の支度をすることに。
こんな日常がいつまで続くんだろうなあ、と思った。
まあ、悪い気分ではないのだが。 |