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とらとらシスター



Another

「あれ、懐かしい」
  押し入れの中を整理していると、小型の箱を見付けた。深い藍色のそれに入っているのは麻雀牌、
  昔はこれでよく遊んだものだ。最後に麻雀をしたのはいつだっただろうかと思い返してみれば、
  それは本当に昔。確か二年程前にしたのを最後にしまいこみ、それからは手を触れた記憶が無い。
  結構好きだったのに、何で止めたのかがさっぱり思い出せないけれど
  人の趣味や記憶というものはそんなものなんだろう。
  どうしようかな。
  姉さん達を誘ってみるのも良いかもしれないけれど、役が簡単に出来るので三人でするのは
  あまり好きではない。父さんも母さんも今日は仕事で家に居ないし、
  面子が揃わないことにはいかんともしがたい状況だ。
  諦めよう。
「あ、麻雀だぁ」
「懐かしいですね」
  いつの間にか部屋に入ってきていたらしい姉さんとサクラが、後ろから声をかけてくる。
  姉さんは思わず距離を取る僕を不思議そうな目で見つめながら小首を傾げ、
「久し振りにするの?」
「昔は皆でよく遊んだものですね」
  そうだ、まだ姉さんもサクラも奇抜な行動が少なかった頃には楽しく遊んでいたものだ。
  チョコや飴などその日のおやつの取り分を決めたり、お遣いの当番を決めたり、
  今になって考えると微笑ましくも愛おしい生活だった。
  今となっては、そんなことは只の懐古に過ぎないけれど。

「やろうよ」
「そうですね」
  本当にしても良いのかもしれない。三人なのは不満だけれども、少なくとも他に人が居れば
  姉さんも襲ってくることは無いだろうし、もしかしたら姉さんを昔に戻すことが
  出来るかもしれない。まだ姉さんが姉さんとして、家族であった頃の目に戻っているから
  可能性の否定は出来ない。
「でも、三人でかぁ」
  やろうと決めても愚痴が溢れるのは仕方のないこと、昔も三人のときはよくこんな文句を
  誰に当てるでもなく呟いていたものだ。
  不意に、快音。
  続いてやってくるのは、
「心配ない、わたしが入れば丁度四人だ!!」
  引き戸になっている僕の部屋の戸を勢い良く開き、青海が入ってきた。
  何で皆、全力で引き戸を動かすんだろう。レールが歪んだりフレームが傷んだりするのに。
  青海はそのまま、ずかずかと部屋に入ってきた。何故皆して、他人の部屋なのに
  堂々と入ってくるのだろう。まぁ、姉さんやサクラの場合は今に始まったことではないし、
  青海は恋人なのだから問題無いと言えばそうなのだろうけど。
「そういえば遅れたな。虎徹君、おはよう」
  笑顔で挨拶をしてくる青海とは対照的に、姉さんとサクラは睨みつけるようにして
  青海を見ている。今ならはっきりと分かる、その瞳の中で渦を巻いているのは、
  家族ではなく、純粋に女としての嫉妬だ。
  普通では有り得ない筈のそれは、重く、そしてとても冷たい。

「青海ちゃん、勝手に人のお家に入らないで。か、かて……かと?」
「不法家宅侵入罪です、今すぐ出ていって下さい」
「それだもん!」
  発言内容は少し間抜けだけれども恐ろしい迫力の二人に、青海は不適に笑い返した。
  僕と言えば、こをな表情もするのだなとひたすらに横顔を見つめているだけ。
  この部屋を外から見れば、どこまでもふざけているようにしか見えないだろう。
「愛する人のところに行くのに法もクソも関係無い。それより虎徹君、元気になったよう
で何よりだ。君が元気だとわたしも嬉しい」
  微笑みかけてくる青海の顔は、とても綺麗だ。
「ありが…」
  とうと言い切る前に、
「ほら虎徹ちゃん、やりにいくよ」
  姉さんに手を掴まれ、引っ張られていく。最近はいつも最後まで喋らせてもらえない気がする。
  主に、姉さんに。
「どこに行くんだ?」
「道場ですよ。これ以上兄さんの部屋に居てもらいたくないですし、
  それにこの部屋で麻雀をやると隣家からうるさいと苦情が来るので」
  目を合わせないでもきちんと説明をしているのは少しは気を許したからなのか、
  久し振りに麻雀をするからなのか。前者だと嬉しいけれど、絶対に違うんだろうなと思うと
  少し悲しくなる。もう少し打ち解けてくれたら、どんなに良いことだろうか。
  数分。
  青海と姉さん、サクラが喧嘩をしながらだったせいで手間取ったけれども道場に着いた。
  家の中なのにどうしてこんなに時間がかかるんだろうか。

「武家とは聞いていたけれど、なかなか立派な道場なんだな。いや、凄い凄い」
「門下生は身内以外は居ないけどね」
  珍しそうに中を眺める青海を無視して、姉さんとサクラは既に牌を混ぜていた。
  高い音が板張りの空間に響く独特の雰囲気が懐かしく、耳と心に快い。
  四人とも座って牌を積むと、ゲームの開始。
  久し振りに触る牌はよく手に馴染んで……
「リーチ」
  早いですよ、青海さん!!
  まだ3順程しかしていないのに、青海は嬉しそうに点棒を置いて姉さんとサクラを鼻で笑った。
  真剣に切る牌を悩んでいるサクラを見て、楽しそうに鼻唄まで歌っている。
  結局無難なものを切って通しだったことに、青海は舌打ちを一つ。
  少しキャラが違うような気がするけれど、突っ込まないことにした。これも、青海の心の一部だ。
  僕は新しい一面が全て素晴らしいものではないということに溜息を吐きながら、
  サクラと同じ牌を切った。姉さんは牌をきちんと見ていないのか、ツモ切り。
「うぁ、外れか」
  続いて青海が牌を切り、
「あはっ、それロン」
  姉さんは親で、点数は倍満。
  リーチに出していた千点棒を含めて、
「いきなりトンだ!?」
  何て残酷なことをするんだ、酷すぎる。我が家では誰かがトンだ瞬間に試合終了だから
  一回目はこれで終わりになる。楽しみも何もあったもんじゃない、試合自体が意味がない。
「仕方ないな」
  青海はどうやら諦めてしまったらしい。

 不意に立ち上がると服に手をかけて…
「何してんの!?」
「わたしの家では、一枚一万点だ。恥ずかしいが、負けるよりはまだましだ!!」
  始める前に上着を脱いでいたせいで、身に付けているのはスカート部分の長い、
  白いワンピースが一枚。それなのに青海は躊躇う様子もなく、勢い良くそれを脱ぎ捨てた。
  僕も男だから目の前で下着姿になられたら自然と視線が釘付けになるし、
  血液も当然のように海の綿の体に集まってくる。それが恋人であり、美人である青海なら尚更だ。
「お、わたしなんかでも反応してくれているのか。嬉しいな」
  言わないで下さい!!
「虎徹ちゃん?」
「兄さん?」
  二人が、ゆらりと立ち上がる。
  姉さんは僕を羽交い締めにし、サクラは何故か神棚の方へ。
  何だろう、この感覚。既視感とでも言うのだろうか、以前にもこれと同じようなことが
  あったような気がするのだけれども全く思い出せない。
  必死に思い出そうとしている間にも、サクラはふらふらと神棚の方へと歩いていく。
  動きは人間味を失っており、まるで機械が淡々と仕事をこなすように。辿り着いて奥の方へと
  手を伸ばし、取ったものは、
「何をする気だ!!」
  家宝である、殺虎さんが三匹の虎を殺したときに使用したと言われている小刀。
「大丈夫よ、虎徹ちゃん。ちょっとチクッとするだけだから」
  嘘だ! 絶対にグサッとなる!!
「泥棒猫に心奪われるくらいの悪い棒なんて、必要ありません」
  これは洒落にならん。

 男の勲章を守るべく必死に姉さんの拘束から逃げようとするけれども乳が背中に当たって
  力があまり入らない上に、細い腕からは想像も出来ないような万力のような力で固定されていて、
  全力で腕を動かしているつもりでもびくともしない。下着姿で姉さんの腕を引っ張っている
  青海の姿をシュールだと思いながら、もう終わりだと溜息を吐いた。
  さよならだ。
  視界が、白くなる。
  数秒も経っただろうか、眩い光が消えて眼前には舟乗り場のような光景が広がっていた。
  ここはどこだろうと思いながら、暇そうにベンチに座っている女性に話しかけてみる。
  え? 久し振り?
  名前は何なのだろう、会った記憶がないけれど聞いてみたら思い出すかもしれない。
  はぁ、阿部さんですか。失礼ですが下の名前は、あ、定さん。いや、何かすみません、
  分かんないです。
  彼女は笑いながらどこかへ歩いていった。
  横を見るとうちの制服を来た女の子が居た。何だか大きくて頑丈そうな靴を履いた娘と、
  足元に何故か鉄パイプを置いてある娘だ。どちらも個性が強すぎるので他を見るが、
  何故かあまり人が居ない。仕方なく彼女たちに声をかけようとするが、
  今やっている石積みがよほど楽しいのか、邪魔をされたくなかったらしい。
  まるで人を殺したことがあるような目つきで睨まれたので、一目散に逃げ出した。
  どうなっているんだ。
  疲れて立ち止まると、背中を軽く叩かれた。
  振り向いてみれば、そこに立っているのは2m程もある大男。

 え? 久し振り?
  この人にも会った記憶がない。そもそもこんな個性的な人だったら忘れる筈が無いのに。
  あの、名前は…殺虎さん!? 尊敬してます!! 二年前も同じことを言ったって?
  二年前。
  思い出した、二年前にも同じことがあった。中の良かった娘が家に遊びに来て、
  青海と同じことをやって、僕のアレが切られそうになって。
  もう二度とこんなことが起こらないように封印したんだった。
  直後、視界が再び閃光に包まれた。
  数秒。
「やっぱり、良いです」
「そうだね」
  視力が回復すると同時に、体が床に落ちる。
  何故かと思ったけれど、立ち上がるときに視線が下を向いたことで気が付いた。
  元の大きさに、戻っている。
「た、すかっ、た」
  切り落とされてもいない。
  僕は、男のままだ。
「大丈夫か、虎徹君」
「うん、多分」
  弊害が起きなければ良いなと思いながら、溜息を吐く。
  あと青海、早く服を着なさい。

2006/07/25 完結

 

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