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とらとらシスター



20虎

「それでは失礼します」
  見送りに来てくれたユキさんに頭を下げて、僕は青海の家を出た。家まで送ると言って
くれたけれども、とてもそんな気分にはなれなかった。会わせる顔がない、と言うよりも
一緒に居ることが出来なかったからだ。だから、悪いと思ったけれども無理を言って
先に帰してもらった。母さんはまだ話があるらしく残ったが、一人の方が考えるのに向いているから
寧ろ都合が良かった。
  思い出すのは、つい先程のこと。
  僕に会った青海の両親や姉は悲しそうなものではあったけれども、それでも笑みを浮かべて
出迎えてくれた。勿論、ユキさんや他の使用人の人達もだ。恨んでも良い筈の僕に対して
頭を下げて、言ってくれた。
  短い間でしたが青海様を幸せにしてくれてありがとうございました、と。
  最近は本当に楽しそうでした、と。
  それは違う、とは言えなかった。青海が死んだのは殆んど僕のせいなのだし、僕に会わなければ
もう少し楽しい人生を遅れたのかもしれなかったのに。何度もそう言おうと思ったけれども、
皆の表情を壊すことは出来なかった。それに、言おうとする度にサクラのことが
頭に浮かんでしまったからだ。姉さんが昨日の夜に言ったことを思い浮かべる度に、
言ってしまっても良いのか迷ってしまう。喰った詞を吐き出してしまえば真実は分かるけれども、
絶対に全てが壊れてしまう。

 どうしようか。
  結局さっきの席では言えなかったけれども、まだ間に合うかもしれない。振り向いてみれば
門までは僅か100m程しか離れておらず、歩いても一分もかからない距離だ。
未だに僕の見送りを続けているユキさんの表情もはっきりと分かる。悪い表現をすれば
感傷とでも言うのだろうか、若干寂しそうなその表情を見て心が痛んだ。
  数秒。
  少し躊躇ったけれども、僕はユキさんの前へと足を進めた。
「お忘れ物ですか?」
  僕が戻ってきたのを少し不思議そうな目で見ながらも、どこか安心したような、
嬉しそうな声で訊いてくる。もしかしたら青海のことを過去にしたくないから、
話せる人が居たのを喜んでいるのかもしれない。多分僕もそうだ、常に青海の側に控えていた
ユキさんが応えてくれたことが少し嬉しかった。
  僕は吐息を一つ、
「青海と居たことを、過去に置き忘れそうになりました」
「ありがとうございます」
  ユキさんは深く一礼すると、歩き出した。
「車は、使わないんですね」
「青海様は虎徹様の隣を歩いていたのでしょう? でしたら私も車などという無粋なものを
使わずに、隣を歩かせて頂きます。役者不足かもしれませんけれども、私も少しは青海様を
理解していたと自負する身。思い出話のお相手くらいは出来るでしょう」
  僕と同じくらい、いやもしかしたら僕よりも辛いかもしれないというのに、ユキさんは
笑みで答えてきた。そのまま僕の隣に立つと小首を傾げ、
「どこに行きましょうか?」

 格好良いことを言ったけれども、どこに向かうのかは決めていなかったらしい。
意外と抜けている部分がある、と思うと自然に笑いが溢れた。それに対して
不思議そうな表情を浮かべているのも少しおかしい。
「どうされたんですか?」
「何でもないですよ。それよりも、行く場所が決まってないのなら行きたい場所があるんですけど」
  相手の答えを待たずに歩き始めた。
  十数分。
  早く着きたいと思っていたからだろうか、目的の場所には予想よりも短い時間で着いた。
見上げる看板には『極楽日記』という文字が書いてある。
ほぼ毎日、青海と学校帰りに寄った喫茶店。放課後デートの締めはいつもここだったな、
と思いながら扉を開いた。僕に続き、ユキさんが入ってくる。
「あ、虎徹君いらっしゃい。今日はまた別嬪さん連れて、青海ちゃんに怒られるぞ?」
「そう、かもしれないですね」
  それが本当に起こるのならどれだけ良かっただろうか、と思いながら返事をする。
そう言えば青海に告白された次の日、突っ込みどころのありすぎるユキさんの方ばかりを
気にしていて怒られたな、と思いユキさんを見た。僕と同じことを思い出しているのだろうか、
視線を交わした後、互いに苦笑が漏れる。
  いつもの席に座り、青海がいつも頼んでいたウィンナー珈琲とパンプキンタルトを
三人分注文した。僕とユキさんと、それから青海の分。マスターは少し驚いていたけれども、
これ以上のものは思い付かなかった。

「あの」
  不意に、ユキさんが声をかけてきた。もしかしたら勝手すぎただろうか、と思ったけれども
様子が少しおかしい。ユキさんは眉を少し寄せると頬に手を当て、声を潜めるように、
「あの方は、堅気なのですか?」
「大丈夫ですよ。最初は皆誤解しますけれども、外見が怖いだけで性格は普通の人よりも
ずっと良いですよ」
  最初は青海も同じことを言っていたな、と思いながら楽しそうにサイフォンをセットしている
マスターを見た。流石にユキさんのように店内でこんな発言をするようなことはなかったけれども、
アルコールランプに火を点けるとき、ライターが異常な程に似合っていたりなどしたから
本気で誤解していたものだ。僕が説得をしても、その後数日の間は不審な目を向けられていた
ものだから、マスターがすっかり落ち込んでいたことを青海は知っていただろうか。
「思い出の場所なのに、随分落ち着いているんですね」
「思い出の場所だから、ですよ。多分」
  いつもと変わらない店内を見回しながら、「ただ、後悔はありますね。毎回、こんなところ」
「聞こえてるよー」
  マスターに苦笑を返し、
「悪い意味じゃないですよ」
「まぁ、確かにお嬢様には合わないかもな」
  数秒互いに笑いを溢す。
「話がずれましたけど、毎回毎回ワンパターンだったな、って。楽しそうにはしてましたけど、
他にも色々してあげれば良かったなって」

 数分。
  ユキさんは運ばれてきた珈琲を一口飲みながら笑みを浮かべ、
「大丈夫です。虎徹様は青海様に、こんなに美味しい珈琲を飲ませてくださいました」
  タルトをフォークで崩しながら、
「他にも教えて下さったのは、たくさんあります。毎日、青海様はそれはもう楽しそうに
お話し下さいました。だから安心して、前に進んで下さい。ただ一時でも青海様のことを
思い出して頂ければ、それが幸いです」
  そんな誉められた人間でもないのに、全肯定されると辛くなる。青海に隠れて
姉さんやサクラと体の関係を持ったり、サクラを止められずに青海を殺してしまったり、
悪い部分は幾らでもある。そんな僕に笑顔を向けられる資格があるのだろうか。
「僕はそんな」
  言おうとしたが、口にタルトを突っ込まれて強制的に止められた。
「言わないで下さい。虎徹様が自身を否定されるということは、虎徹様を選んだ青海様を
間接的に侮辱することになります」
  そうじゃない、僕は本当に駄目な人なのに。
「では、こうしましょう」
  僕の気持ちは顔に表れていたのか、ユキさんは眉根を寄せ、
「忘れないで下さい、何もかも。罪を露にせず抱えるのが罰になります。如何でしょうか」
  そこで僕が頷くと、ユキさんは再び笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。ユキさんが女だったら惚れてますよ」
「私は例え自分が女でも、妻一筋ですよ。それにそんなことを言っていると、
天国の青海様に叱られますよ」
  そうですね、と頷いたところで携帯が鳴った。液晶に表示されている文字は、
サクラという単語を浮かべていた。丁度良いかもしれない、昨日のことを本謝りする前に
軽く謝ろうとも思ったし、これからのことも色々話したくなった。
  ユキさんに断りを入れて通話ボタンを押すと、
『死にます』
  一言だけ言われて、一方的に切られた。

終虎

 タクシー代を立て替えてくれたユキさんにお礼を言いながら、玄関まで走った。
胸の中には何故、という気持ちが渦巻いている。何もかもが上手くいかない。
せっかく罪を持つ意味が分かったというのに、その矢先に全てが終わろうとしている。
  舌打ちをして玄関の扉を開き、乱暴に靴を脱いでリビングに駆け込んだ。
  一瞬、何が起きているのか分からなかった。
  小刀が脇腹に刺さった姉さんが床に倒れている。衣服は赤く染まっていて、多分止血用に
その上に巻かれた布も同じ状態だ。意識がないのか目は閉じられている。刺されている
のにその表情は安らかで、まるでそのことが当然であるかのように微笑みを浮かべていた。
こんな異常な状態でなければ、ただ幸せな夢を見ながら眠っているように見える。
  その隣に座っているサクラも同じだ。返り血なのか、所々が赤く染まった体だが、
それ以外はまるで普通に談笑しているかのような表情で姉さんを見つめている。上半身が
何故か裸で、しかも手に包丁を持っているということを除けば、日常と何ら変わりはない。
  あまりのことに言葉を出すのを忘れ、ただ眺めているとサクラが振り返った。
露出した胸元を隠そうともせず、小さな笑みを漏らしながら、
「早かったですね」
「タクシー使ったからね」
  今言うべきことはそれじゃないだろう、と自分に喝を入れるが、麻痺した思考は
まともな言葉を紡いでくれない。この場にふさわしくない、茶化すような声で、
「随分と大胆な格好だね」

「あ、これは」
  今頃になってやっと自覚したのだろうか、恥ずかしそうに顔を赤らめて腕で乳を隠し、
「兄さんが予想よりもずっと早く来てくれたのが嬉しくて、すっかり失念していました。
これは、その、上着を姉さんの止血に使ったので。決して変な趣味じゃないです」
  血で染まりすぎていたせいで分からなかったが、確かによく見てみれば浸透していない部分と
ズボンの色が同じものだと分かる。それだけ急ぎで、しかも自分の格好のことを忘れるくらい
一生懸命だったのだろう。僕が帰宅するまで保つように。
  そこまで考えて、自分が何故急いで帰宅したのかを思い出した。
「おい、死ぬって何だよ?」
「あ、忘れてました」
  サクラはまるで醤油でも買い忘れたかのような軽い調子で言うと、恥ずかしそうに
首筋に包丁を当てて、

「私、死にます」

 言い終えるのと同時、横に引いた。
「な!?」
  傷口から鮮血が溢れ、サクラはゆっくりと体を倒していく。
「思ってたよりも、キツいですね」
  こいつは何を馬鹿なことをしているんだ、簡単に死のうとしたり人を殺そうとしたり、
しかもこんな状況なのに笑っていたり。姉さんも姉さんだ、何で脇腹を刺されているのに
笑っているんだ。全く理解が出来ない、思考が追い付いてこない。
「あの、兄さん?」

 呆然としていた僕を現実へと引き戻したのは、不意に袖口にかかった弱い圧力だった。
摘むようにしてシャツを引かれる感触や、呼ぶ声に反応してサクラを見た。目が合うと、
上目遣いでサクラが顔を覗き込んでくる。
  現実逃避のように可愛い、と思うが、しかし首元から流れる血によってその思考は
中断させられた。肌の上を滑る赤のラインは蠱惑的で確かに綺麗だと思うが、今はそれよりも
恐怖の方が遥かに上回っている。
「兄さん?」
「何、だよ?」
  もう一度来た僕を呼ぶ声に応えたのは、かすれた声。
「死ぬのって、辛いですね」
「そうだよ!!」
  今度は、大きな声が出た。
「何で、こんな馬鹿なことをしたんだよ」
  数秒。
  時間が経つのをもったいないと思いながら待ち、それだけの間を置いてサクラは
答えを返してきた。顔に浮かべたのは強い笑み、微笑だった口元を三日月にして、
「馬鹿、そうですね。馬鹿ですみませんでした。ただ、弱かったんですよ、私」
  サクラが弱いのは知っている。だからそれに応えるように何かを言おうとしたけれども、
返す言葉が思い付かない。言葉にもなっていないただ細い息が、喉から漏れてきた。
「だから、兄さんに拒絶された後、迷って迷って、それで、こんな馬鹿な答えを、
出してしまいました。嫌われて生きるくらいなら、死のうって。姉さんが兄さんと、
この後に、ベタベタするのなら、道連れだって」
  僕の、せいだ。

 昨日僕が一時の感情にまかせて拒絶しなければ、こんなことにはならなかった。
姉さんも死ぬようなことにはならなかったし、サクラも自殺をせずに済んだのに。青海もそうだ、
僕に会わなければもっと生きることが出来たのに。ついさっき『極楽日記』でユキさんに
言われて自覚した罪を持つ意味は、それだけしっかりと僕にのしかかってくる。
「そんな、悲しい顔を、しないで下さい。全部、私の責任です」
  苦しそうに、途切れ途切れでありながらも笑みを浮かべたまま、サクラは言葉を続ける。
しっかりと意思を込めるように、一語一語を丁寧に発音して、
「でも、やっぱり、嫌われたままって、辛いですね」
「嫌いじゃない、大切な家族を嫌ったりなんかしない」
  僕の言葉に複雑そうな表情を返してくる。嬉しさと悲しさの混じったような顔を見るのは
辛いけれども、これが僕の本心だ。嘘でもサクラを女として愛していると言えれば少しくらいは
喜ばせることが出来ただろうけれど、言えなかった。必死な相手に対して嘘など吐けないし、
何よりも失礼だと思ったからだ。
  僕の気持ちが伝わったのだろうか、サクラは長い息を一つ吐き、
「ありがとうございます」
「ごめん」
  少し辛いだろうと思ったけれども、細い身を抱き締めた。服が血に染まるけれども、気にしない。
今はただ、手指に直接触れるサクラの暖かさが大事に思えた。
「謝らなくても、良いですよ。その代わりお願いを二つ聞いて下さい」

「あたしからもお願い、サクラちゃんのお願いを聞いてあげて?」
  聞き慣れた声に振り向いてみれば、姉さんが薄く目を開いてこちらを見つめていた。
声を出す度に口の端から血が溢れ、苦しそうにしているけれども、サクラと同じように
意思がはっきりと篭った言葉で告げてくる。
「姉さん、意識、戻ったんですか?」
  姉さんはサクラに笑みを向け、
「うん、虎徹ちゃんが、大きな声を出したときに、起きちゃった。そんなことよりもね、
虎徹ちゃん、サクラちゃんのお願いを聞いてあげてね」
  僕はそれに頷き一つで返した。元々言われなくてもそうするつもりだったから、
覚悟はもう出来ている。どんな無茶な注文が来ても、応えてやるつもりだ。
  サクラは僕の胸の辺りに視線を移動させ、
「サクラ、って呼んで下さい。いつもみたいに」
  一つ目の注文は、驚く程簡単なものだった。
「昨日から、そう呼んでもらえなくて」
  そう言えば、そんな気もする。拒絶したときは虎桜と呼んでいたし、夕食のときは
名前自体呼んでいなかった。夕食の後は会うこともなかったし、今日だって朝早くに家を出たので、
今日の会話をしたのもさっきが最初だ。そう考えると、かれこれ丸一日分は
サクラと呼んでいないことになる。
「恋人になれないなら、せめて最後は家族として、って。浅ましいですね、私」
「サクラ」

 そんなことはない、という思いを込めて呼び掛けるといつの間にか暗くなっていた表情が、
途端に明るいものになった。幼い子供のように、ただ名前を呼ばれるだけで嬉しそうな表情を
こちらに向けてくる。
「次は何だ?」
「おむすび、食べて下さい。最後に、私の作ったものを、食べてほしくて」
  指差す方向に視線を向けると、おにぎりが幾つか乗った皿があった。殆んどが
母さんの作ったものだろう、大きさを見ればすぐに分かる。
しかし、その中に一回り小さいものがあった。誰が作ったのかなんて一目で分かった。
小さな手で丁寧に固められ、綺麗な三角をしているそれは間違いなくサクラが作ったものだ。
僕が食べ慣れた、今となっては一番食べやすい大きさと形のおにぎりは、
僕の最も好きな食べ物の一つになっている。
  僕はそれを手に取り、一口かじった。何故か妙なぬめりがするものの、程良い塩加減と
ご飯の甘味、丁度良い固さが合わさって最高の状態になっている。昨日の晩御飯は
珍しく母さんが作ったものだったし、朝も母さんが作ったものだったので、
一日振りにサクラの食事を食べたことになる。それのせいもあってか、
今までで食べた中で一番美味しかった。
  僕はサクラに笑みを向け、
「美味いよ」
「私特製調味料がたっぷりですから」

 照れ臭そうにサクラが言う。今までにも何度か聞いた単語だが、このぬめるものが
そうなのかもしれない。僅かに感じる微妙な塩気があるけれども、塩とは少し違う感じがする。
どこかで味わったことがあるような気がするけれども、どうしても思い出せない。なんと
なく気になり、もう一口食べたけれども記憶の再現は不可能だ。
「なぁ、この調味料って材料は? どこかで食べたような」
「愛液です、それと唾液も少々」
  照れ臭そうに言うサクラだが、きっと冗談だろう。
  僕の心を読み取ったのか、サクラは真面目な表情で、
「本当ですよ?」
「マジで?」
「マジです。多分今頃兄さんの体の70%は水分ではなく私の体液ですね? 幸せです!!」
  どれだけ歪んだ幸せなんだよ!?
「サクラちゃん、ずるぅい。ふんだ、そんなこと言ったら、虎徹ちゃんの体の匂いは
十割あたしのだもん。虎徹ちゃんの服でどれだけオナってあたしの匂いを染み込ませたのか、
分かってるの!?」
  香水じゃなかったのか!? しかも変態発言で返すなよ!?
  今になって知った二人の秘密、と言うか衝撃の真実に僕が悲しんでいる間にも、
二人はそろぞれのやってきたことを暴露していた。やれ呑助の口に愛液を付けて
間接的にクンニを体験してみたり、僕の使用済みの箸を利用して双穴自慰をやってみたり。
その他、僕の知らないところで行われていた幾つもの悪行を次々と言い出して、
ついには口論のようになっていた。

 いつものようにサクラが早口で巻くし立て、ギリギリアウトに性的な暴力を振るい、
姉さんがテンパりながら応戦する。
  今まで何度も見てきた、一般家庭とは少し違うかもしれないけれども、それでも我が家では
見慣れた普通の家族の触れ合い。こうして見てみると、やっと普通に戻れた気がした。
もしかしたら僕を悲しませない為にやっているのかとも一瞬考えたけれども、
すぐにその考えを捨てた。そうするのが一番良い。
「それで、兄さんはどっちを選ぶんですか?」
「お姉ちゃんだよね?」
「黙りなさい、肉達磨。お肉屋さんに売りますよ?」
「お姉ちゃん、デブじゃないから売れないもん」
「そうですね、乳とか尻とかは脂肪ですから。脂身は売れないですね」
「え、えぇと。よく分かんないけど、お姉ちゃん駄目な娘じゃないもん」
  本当に、手間のかかる。
  僕は二人を抱き寄せると頭を撫で、それぞれの唇にキスをした。今までとは微妙に違う
喧嘩の治め方だけれど、こうするのが正しいと思ったからだ。予想は正しかったらしく、
二人は笑みを浮かべて腕の中でおとなしくなった。
  数分。
  穏やかな雰囲気の中、二人の顔を覗き込んでみるとまるで眠ったように目を閉じていた。
それぞれの顔に浮かんでいるのは、さっきまで喧嘩をしていたとは思えない微笑。
まるで二人とも、穏やかに眠っているように見える。
  その気持ちの良さそうな顔を見ていたら、不意に眠気が湧いてきた。
朝早くから起こされたせいなのか、それとも緊張の糸が切れたからなのか。
理由はよく分からないけれども、とにかく眠かった。
  僕は二人にキスをすると、川の字になるように体を並べ寝そべった。
「おやすみなさい、愛してる」

 

 あれから二年、僕は何事もなく大学生になった。
  結局あの後も、青海の死の真相は誰にも喋っていない。それを抱えたまま生きるという
のが、僕の選んだけじめの付け方だった。甘えている、と言われれば反論出来ないけれど、
誰に言われても曲げるつもりはない。
  ただ僕は決して忘れない。
  僕に対して常にひたむきで、一生懸命だった恋人のことを。
  罪を重ねたまま、誰にも悲しまれることを望まずに自殺した妹のことを。
  皆に対して目を背けずに、向き合おうとしていた姉のことを。
  僕を取り巻いていた、まるで虎のようだった女の子たちのことを忘れない。
  あの日と同じ晴れた空を見ながら、吐息を一つ。
  不意に、足に柔らかい感触が幾つも来た。全部で五匹居る猫の群れ、その中の三匹は、
他の二匹よりも体は小さいが、それを補うように全力で僕の足に体を擦りつけている。
「呑助も、子宝に恵まれたもんだ」
  青海と知り合うきっかけになった猫は、僕の感傷も知らずに奥さんとじゃれあっている。
  呑気なものだ。
  僕は立ち上がると三匹の仔猫を振り返った。
「おいで。青海、虎百合、サクラ」
  ゆっくりとした速度で歩いているつもりだが、仔猫にとっては少し早いのだろう。
足をせわしなく動かしながら、小走りで着いてくる。
「愛しているよ」
「「「ニャー」」」

『"The Double Tiger Sisters" Drop Dice Game』 is END.

2006/09/05 RouteA 完結 RouteBへ

 

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