「やめろ…」
3時間目の休み時間。
今日4回目の制止。しかし相手は聞き入れない。
「ほれほれ起きろー」
こらこら椅子を揺らすな。眠いんだから放っておいてくれ。
「やめろって…」
「起きろー起きろー♪」
俺で遊んでやがるなコイツは…。
破天荒で勝手気ままな性格から孤立気味だった北上とは、
たまたまご近所だったので接する機会が多かった。
何かと面倒を見てやったり忠告してやってるうちに、気が付いたら遊び仲間のようになっていた。
「ちょっと、可哀相でしょ。やめなさいよ」
おお天の援けが。いつもはちょっと口うるさいけど、こういときばかりはありがたい。
藤田さん、このお礼は気が向いたときに暇と余裕があればするぞ。
…多分、起きたら忘れてるけど。
「関係ないだろ。お前は」
「ないことないでしょ。わたしと彼は同じクラス委員だし。やめなさい」
「……嫌だね。クラスメイトのスキンシップだよ」
一瞬固まったあと、不敵な態度で北上が宣言する。
何だか激しい闘争心を身近に感じるが気のせいか。
やはりというか、何と言うか。
そんな言い方じゃあダメだ藤田さん。もっとこう、コイツの興味を別の方向に誘導する感じでだな…。
「…彼は嫌がってるでしょ」
「嫌がってる? ハッ。お前が嫌なだけだろ」
「何言ってるの? いいからやめなさい!」
「嫌だね。いちいち構うな、鬱陶しい」
「何よそれ! だいたい貴女は…」
とりあえず向こうでやって頂けませんか、お嬢様方。
さっきまで肉体的だった苦痛が精神的な苦痛に。しかも威力が桁違いに上がっているのは気のせいか?
「そんなことより、なあなあ」
爆発中の藤田さんをスルーしつつ北上が話しかけてくる。
「何だよ……もう」
すっかり眠気が飛んでしまった。体はだるいのに。
「昨日のアレは、素晴らしかったぞ。また頼むよ」
視線を合わせて潤んだ瞳で告げてくる。
「別にいいけど。…あぁだるい」
肉じゃがコロッケのことだな。うん、あれは結構自信があるぞ。
「うんうん。どこに嫁に出しても恥ずかしくないなお前は」
…その誉め方は嬉しくないな。
「ちょっと何言ってるの!? 昨日のアレって何よ!?」
藤田さんは何故か激昂している。説明するのも面倒だな。
「まあ、オトナの味ってやつだな」
意味不明だなその表現。…ふう、しんどい。
「なっ………………!?」
あれ、藤田さんがフリーズしてるぞ。誰か再起動してやれ。
北上は………なんだかニヤニヤしてる。
「そ、そういえばさ」
なんとか立ち直ったらしい藤田さんが身を乗り出してくる。頑張ってるなあ。
「ん?」
「文化祭の準備、なかなか終わらないね」
「うん…ヤバイね」
お互いにクラス委員兼文化祭実行委員なので責任は結構大きい。
「このままだと居残りでやることになるかもね」
「頑張ってるけどね…」
「暇なときにふたりきりで一緒に準備してるのに」
そう言って何故かにこりと微笑む藤田さん。楽しんでるなあ、見習おう。
「く………!」
どうした北上、あんまり噛み締めると奥歯砕けるぞ。
………生理痛か? 男に生まれて良かった。
授業開始を告げる鐘が鳴った。
「ちぇっ。またあとでな!」
北上はウインクして自分の席に戻った。
「じゃあね」
藤田さんも名残惜しそうに去っていく。
ふう………なんか授業受けるより疲れた気がする。
あの二人ってそんなに仲が悪かったのか?
放課後になり、人気が無くなり夕暮れに染まる教室。
「よう…来てやったぞ」
「あら…いらっしゃい」
女同士が二人っきりで会う用件、それは――――――
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「はあ、はあ、はあ、はあ………」
息が荒い。体が重い。服が汚れて不快。
だけど不思議な高揚感。
湧き上がってくる達成感。
やっと終わった。これでもう、大丈夫…。
誰にも渡さない。絶対に。誰にも。
「ふふ………ははは………あははははははははははは!!」
この教室での思い出は決して忘れない。
そのとき見た紅い満月は、世界が二人の未来を祝福してくれたのだろう。
ありがとう、ありがとう。きっと、いや必ず幸せになれる。なってみせる。
だってこんなに、幸せなんだから。
ふたりがいっしょなら、きっと…。
「………」
息を殺しているとあの女は去っていった。
どうやら止めを刺したと勘違いしたようだ。
「行か…せな…い…」
息が詰まる。指一本を動かすだけで、激痛が走る。
這いずるだけで精一杯。とても立ち上がれそうに無い。
しかし。
負けるわけにはいかない。
許すわけにはいかない。
たとえこの命が尽きようとも。
あの女だけは――――――
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