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ガマズミの花



1

「やめろ…」
  3時間目の休み時間。
  今日4回目の制止。しかし相手は聞き入れない。
「ほれほれ起きろー」
  こらこら椅子を揺らすな。眠いんだから放っておいてくれ。
「やめろって…」
「起きろー起きろー♪」
  俺で遊んでやがるなコイツは…。
  破天荒で勝手気ままな性格から孤立気味だった北上とは、
  たまたまご近所だったので接する機会が多かった。
  何かと面倒を見てやったり忠告してやってるうちに、気が付いたら遊び仲間のようになっていた。

「ちょっと、可哀相でしょ。やめなさいよ」
  おお天の援けが。いつもはちょっと口うるさいけど、こういときばかりはありがたい。
  藤田さん、このお礼は気が向いたときに暇と余裕があればするぞ。
  …多分、起きたら忘れてるけど。
「関係ないだろ。お前は」
「ないことないでしょ。わたしと彼は同じクラス委員だし。やめなさい」
「……嫌だね。クラスメイトのスキンシップだよ」
  一瞬固まったあと、不敵な態度で北上が宣言する。
  何だか激しい闘争心を身近に感じるが気のせいか。
  やはりというか、何と言うか。
  そんな言い方じゃあダメだ藤田さん。もっとこう、コイツの興味を別の方向に誘導する感じでだな…。
  
「…彼は嫌がってるでしょ」
「嫌がってる? ハッ。お前が嫌なだけだろ」
「何言ってるの? いいからやめなさい!」
「嫌だね。いちいち構うな、鬱陶しい」
「何よそれ! だいたい貴女は…」
  とりあえず向こうでやって頂けませんか、お嬢様方。
  さっきまで肉体的だった苦痛が精神的な苦痛に。しかも威力が桁違いに上がっているのは気のせいか?

「そんなことより、なあなあ」
  爆発中の藤田さんをスルーしつつ北上が話しかけてくる。
「何だよ……もう」
  すっかり眠気が飛んでしまった。体はだるいのに。
「昨日のアレは、素晴らしかったぞ。また頼むよ」
  視線を合わせて潤んだ瞳で告げてくる。
「別にいいけど。…あぁだるい」 
  肉じゃがコロッケのことだな。うん、あれは結構自信があるぞ。
「うんうん。どこに嫁に出しても恥ずかしくないなお前は」
  …その誉め方は嬉しくないな。
「ちょっと何言ってるの!? 昨日のアレって何よ!?」
  藤田さんは何故か激昂している。説明するのも面倒だな。
「まあ、オトナの味ってやつだな」
  意味不明だなその表現。…ふう、しんどい。
「なっ………………!?」
  あれ、藤田さんがフリーズしてるぞ。誰か再起動してやれ。
  北上は………なんだかニヤニヤしてる。

「そ、そういえばさ」
  なんとか立ち直ったらしい藤田さんが身を乗り出してくる。頑張ってるなあ。
「ん?」
「文化祭の準備、なかなか終わらないね」
「うん…ヤバイね」
  お互いにクラス委員兼文化祭実行委員なので責任は結構大きい。
「このままだと居残りでやることになるかもね」
「頑張ってるけどね…」
「暇なときにふたりきりで一緒に準備してるのに」
  そう言って何故かにこりと微笑む藤田さん。楽しんでるなあ、見習おう。
「く………!」
  どうした北上、あんまり噛み締めると奥歯砕けるぞ。
  ………生理痛か? 男に生まれて良かった。

 授業開始を告げる鐘が鳴った。
「ちぇっ。またあとでな!」
  北上はウインクして自分の席に戻った。
「じゃあね」
  藤田さんも名残惜しそうに去っていく。
  ふう………なんか授業受けるより疲れた気がする。
  あの二人ってそんなに仲が悪かったのか?

 放課後になり、人気が無くなり夕暮れに染まる教室。
「よう…来てやったぞ」
「あら…いらっしゃい」
  女同士が二人っきりで会う用件、それは――――――
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「はあ、はあ、はあ、はあ………」
  息が荒い。体が重い。服が汚れて不快。
  だけど不思議な高揚感。
  湧き上がってくる達成感。
  やっと終わった。これでもう、大丈夫…。
  誰にも渡さない。絶対に。誰にも。
「ふふ………ははは………あははははははははははは!!」 
  この教室での思い出は決して忘れない。
  そのとき見た紅い満月は、世界が二人の未来を祝福してくれたのだろう。
  ありがとう、ありがとう。きっと、いや必ず幸せになれる。なってみせる。
  だってこんなに、幸せなんだから。
  ふたりがいっしょなら、きっと…。 

「………」
  息を殺しているとあの女は去っていった。
  どうやら止めを刺したと勘違いしたようだ。
「行か…せな…い…」
  息が詰まる。指一本を動かすだけで、激痛が走る。
  這いずるだけで精一杯。とても立ち上がれそうに無い。
  しかし。
  負けるわけにはいかない。
  許すわけにはいかない。
  たとえこの命が尽きようとも。
  あの女だけは――――――

2006/05/31 完結

 

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