INDEX > SS > Bloody Mary

Bloody Mary



12B

 城に行けばこの焦燥感が意味のないものだとはっきりするはずだ。
  最後にもう一度だけ、城に行こう。
  姫様にもちゃんと別れの挨拶をしておきたいしな。
  自分に言い訳をしながら身支度をして俺は城に向かった。

――――――――…………

 本来、部外者は夜、城に入ることは許されない。
  でも同僚の計らいや姫様の侍女の何人かと顔見知りだったこともあり、
  なにより姫様が俺に会いたがっているということですんなり俺は姫様の部屋に通された。
「失礼します」
  そう断ってから扉を開けた。
「ウィリアム!!」
  部屋に入ると、いつものようにいきなり抱きつかれた。
  騎士を辞めたのはつい最近だというのに彼女の体温が懐かしい。
  だけど姫様の様子が変だ。何かに怯えるように身体が震えている。
「どうしたんですか…?」
  姫様の表情を確認しようと少し姫様を引き離す。
「助けて……ウィリアム…わらわは……死にとうない!」
  姫様の口から出たのは予想以上に穏やかではない言葉だった。
「死にたくないって……いったい何があったんです?」
  怯えが収まるように彼女の目線に高さを合わせ、ゆっくり問いかけた。
「マリィが……マリィが――――――」

 

 姫様の話を聞いて俺は戸惑いを隠せなかった。
  以前師匠から受け取ったモルド傭兵部隊とトレイクネルの契約書は姫様が情報屋に流したものらしい。
  姫様がどういう経緯で手に入れたかはわからないがそれを師匠が情報屋から入手したのだろう。
  いや、それよりも団長がゲイル=トレイクネルを殺害したという話だ。
  さすがにこれには耳を疑った。というより信じたくなかった。
  しかし姫様の話を鵜呑みにするのなら状況から考えて団長は確かに疑わしい。
  ゲイル=トレイクネルはフォルン村の事件の首謀者だ。
  殺された理由はそのことだと見て間違いはないだろう。
  団長はフォルン村の真実を知ってかなり自分を責めていたのかもしれない。
  城門で会ったとき、その辺りのことをちゃんと話しておくべきだった。

「でも…トレイクネル卿殺しの犯人が団長だとしても、姫様を殺しにくるって言うのは
  無理がありませんか?」
  疑問を持つとすればその一点に尽きる。
  団長の動機がフォルン村の虐殺事件にあるのなら姫様は全く関係ない。
  政治的理由で疑うなら刃は陛下に向けられるはずだ。
  だが姫様は当時まだ十二歳。流石に政治に首を突っ込んでいたなんて疑う余地はないはずだ。
「いや絶対にあやつはわらわを殺しにくる……
  ウィリアムが騎士を辞めると城内で噂された前後からあの女の様子が気味悪いくらいおかしかった……
  それに加えてマリィはわらわに恨みを抱いておる。」
  様子がおかしかったというその時の団長の姿を思い出したのか、ゾクリと身震いした。
「恨み?」
「わかるじゃろう?マリィもわらわもおぬしを慕っておる。それだけで充分じゃと言うのに
  更にあの者はわらわがウィリアムに事件のことを知らせたことに気づいた可能性が高い。
  無理矢理自分の殺意を事件の関与にすり替えてわらわを殺す動機にするじゃろう」

 想像が飛躍しすぎだ。その意見には否定したくなった。
「団長がそんなことするわけ―――――」
「わらわには解る!何が何でもあやつはわらわを殺す気じゃ!!
  あの眼は確実にわらわへの殺意を実行に移すことを決意した眼じゃ!!」

 俺の日和見な意見に業を煮やしたのか大声を上げる姫様。
  姫様の見たことのない迫力に思わず黙ってしまった。
  こんなに確信するほど団長は様子がおかしかったのか?
  少なくとも俺が最後に会ったときは気が触れていたとは思えない。
  ―――――いや。俺が引き金を引いたのかも知れない。
  トレイクネル卿が死んだのは昨日の夜だ。あれから馬を飛ばせば丁度その時間になるじゃないか。
  ……ということは俺のせいで……?
「助けて……ウィリアム、助けて……」
  恐怖がぶり返したのか再び震えだして俺にしがみ付く姫様。

『ウィル!助けて!!お願い!!た―――』

 キャスの最期の言葉。あの日俺はただ見ているだけしかできなかった。
  だけど今はどうだ。手足も縛られていないし、あれから強くもなった。
  姫様を守ることは出来るはずだ。でも………
  どうすればいいのかわからない。
  姫様を守るために団長を殺すのか……団長を死なせないために姫様を見殺しにするのか……

 第一、団長を相手にしたところで到底勝てるとは思えない。
  賭けに出るには低すぎる勝率。それくらい剣の腕は俺よりはるかに上だ。
  そう思いながら腰の剣に手をやる。
「…あ」
  そうしてからやっと気づいた。しまった、剣は家に置いてきたままだ。
  自分の間抜けさに舌打ちする。
  何か武器になるものは―――
  そこで慣れ親しんだ足首の重みを思い出した。いつも足首につけている隠しナイフだ。
  戦時中、お守り代わりに身に着けていた小振りのナイフ。
  これはいわゆる戦闘用のものじゃない。どこにでもあるただの果物ナイフだ。
  師匠に連れられて村を脱出する際、我を失っていた俺が握っていたものらしい。
  村から持ち出した唯一の遺品としてずっと肌身放さず持っている。

 ナイフを取り、手で玩ぶ。
  ……ひとつだけ団長を退ける方法がある。何も奇策を思いついたわけじゃない。
  本当に彼女が俺に対して負い目を感じているなら勝算はある。
  剣を手に真っ向から立ち向かうよりも勝算の高い手。
  だけどそれは鬼畜外道、彼女の気持ちを逆手に取った卑怯な仕打ちだ。
  正直な話…こんな策を思いついたこと自体、激しい自己嫌悪に襲われている。
  どうする?俺はどうしたらいい?教えてくれ……キャス。

 とにかく、団長に城のみんなを相手にさせるわけにはいかない。
  これ以上団長を狂気に走らせても得なことなど何もない。
「姫様」
「な、なんじゃ…?」
「城の者に団長が来ても邪魔をしないように言って貰えますか?」
「なっ!?じゃ、じゃがそれでは…!」
  俺の提案に酷く狼狽する姫様。
「大丈夫。何とかしてみせます。……絶対に」
  しばらく不安げに俺を見ていたが、とりあえず納得してくれたらしく「わかった」と言って
  部屋から出て行った。
  城の人間に伝えに行ってくれたのだろう。

「―――」
  後は俺の決断次第。
  悪魔に魂を売るのか、それとも三年前に立てた誓いを捨てるのか。

 

   B.何が何でも姫様を守らないと。だけど……

   C.いや、決断するのはまだ時期尚早だ。

2006/05/27 To be continued....

 

inserted by FC2 system