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Bloody Mary



11

「お父様は何処ですか?」
「あら?お嬢様、どうしてこちらに?突然帰ってくるなんて」
「えぇ。ちょっと」
  あれからすぐ馬を全速力で走らせ、私はトレイクネル家の邸宅に帰ってきていた。
  帰ると早々にトレイクネルの侍女にお父様の居場所を尋ねた。
  ――――そう、まず一人目。
「旦那様なら今、書斎の方にいらっしゃると思います」
「そう、ありがとう」
  部屋で鎧を脱ぐこともせず、一目散に書斎へ向かう。
  ――――ウィルの敵を殺す。
「お父様」
  ノックもせずに書斎の扉を開ける。
  …いた。ウィルの大切なものを奪った張本人。
「マ、マリィ!なんだ突然!?城の方は……お前、なぜ鎧を着ている…?」
  お父様が不審そうにこちらを窺う。
  ――――待ってて、ウィル。
「私、凄く凄く怒ってるんです。あのことさえなければきっと私とウィルは今頃うまく行っていた。
  ううん。間違いなく私を頭のてっぺんからつま先まで愛してくれてるはずだった」
  一歩、一歩、お父様に近づく。獲物を定めた肉食獣のように。
「な、何を言っている…?」
  少し怯えて一歩下がるお父様。あはっ。私の殺気に気づいたのかな?
「でもね……実を言えば感謝もしているの。だってそうでしょう?
  お父様があの事件を起こさなければ私はウィルに出会うことはなかったんですもの」
  剣の間合いまで後少し。
「なっ…」
――――すぐこの男を殺しますから。
「それでもやっぱりお父様はウィルの敵。ウィルを苦しめる人間はこの世にいちゃいけないと思うんです。
  だからね、お父様――――」
  間合いに入った。剣をゆっくり鞘から引き抜く。
「ひっ…!」
  お父様の顔が恐怖に歪む。なんて醜い顔。
「死んでください」
  私は剣を振り下ろした。

 

 

 

「――――ふぅ」
  わらわは自室でこれからの対策を練っていた。
「……ウィリアム」
  迂闊だった。マリィを引き摺り落とすことに集中しすぎてウィリアムがどうなるかの予測が
  外れてしまった。
  例の報告書を流してすぐ効果が出たのは嬉しい誤算だったが、それを聞いてウィリアムが
  あんなに苦しむとは思わなかった。
  まさかあんなことを言い出すとは。

『――――俺、騎士を辞めようと思います』

 てっきりトレイクネルに敵意を向けるのだと思った。
  多少ウィリアムが罪の意識に苛まれることは計画の中に折込済みだったがわらわがケアすれば
  問題ないと考えていた。
  しかし蓋を開けてみればこの有様。
  思いとどまるよう泣いて懇願したがウィリアムの決意は固かった。
  策を練る暇もなくあっという間にウィリアムは城を去ってしまった。
  泣きたくなったがそれでウィリアムが戻ってくれば苦労はない。

 ――――これからどうすればよいのじゃ。
  なんとかウィリアムを手元に置く方法を……
  思いつかない。
  ふーむ……誘拐でもして軟禁…――――駄目じゃ。
  誘拐自体、あの懐刀のウィリアムを攫うのにかなり苦労する。それまでわらわは待てない。
  第一、ウィリアムにもう二度と口を利いてもらえなくなりそうじゃ。
「はぁ……いったいどうすれば――――」
  いい案が浮かばず嘆息していると。
「姫様!!」
  普段朴念仁のシャロンが珍しく血相を変えて飛び込んできた。
「なんじゃシャロン…騒々しい」
「ゲ、ゲイル=トレイクネル卿が昨晩、自宅で殺害されました!」
「なっ!?」
  シャロンの言葉にわらわは耳を疑った。
  ど、どういうことじゃ。殺された――――やったのはウィリアムか?いやあの様子では考えられない。
  ま、まさか……
「シャ、シャロン…犯人は…?」
「まだ逃亡中とのことです。それから……トレイクネル卿が殺害された夜、突然娘のマリィ騎士団長が
  邸宅を訪れたらしく、それ以後行方がわかっていません」
  あの女!実の父親を殺害しおった!!気でも狂ったか!?
  完全に予想外じゃ。まさかマリィがこのような凶行に走るとは。
  い、いやあの女がウィルに捨てられたと悟れば自然な行動だったのやも知れん。
  本当に迂闊じゃった。
  わらわは自分の失態の愚かさ加減に唇を噛んだ。
「ど、どうなさいますか?姫様」
  とにかくマリィをこのまま捨て置くのは危険じゃ。あやつは間違いなくわらわを殺しに来るじゃろう…
  は、早く手を打たなければ――――

 迫り来る死の恐怖にわらわはカチカチと歯を鳴らしていた。
  た、助けてくれ……ウィリアム…

 

 

 

 

「これで…よし、と」
  最後の荷物を始末する。部屋には小さな机とベッド、後は旅立ちの際のカバンがひとつだけ。
  明日になれば俺は街を出る。荷造りが終わり、珈琲を飲みながら窓辺で一息つく。
「随分殺風景になったな……」
  部屋を見渡し、独り呟く。
「――――……」
  団長も、姫様も泣いていたな……
  二人の最後に会った顔を頭に浮かべ、胸が痛んだ。
  俺は本当にこれで良かったんだろうか。
  今になって自分の決心が揺らぐ。
  いや。これでよかったんだ。俺がいたらまた二人を泣かせてしまうだろう。
  殺された人たちが俺を地獄に引き摺り落とすまで独りで生きていくべきだ。

 ふと窓の外を見ると、そあらには満月が煌々と輝いていた。
  あの日……村が襲われた日と同じ満月の夜。
  満月――――なんだ…?この異様な胸騒ぎは。
  なにか、なにかこのままここに居てはいけないような気がする。
  自分の鼓動がうるさい。
  心の中のキャスが必死で俺に何かを訴えかけているような気がする。
  なんなんだよ…この焦燥感は。

 

   A.街を離れるのが決まってナーバスになってるだけだ。もう寝た方がいい。
 
    B.もう一度だけ…城に行ってみるか

To be continued...

 

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