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Bloody Mary



1

「―――――って、ちゃんと聞いてますか?ウィル」
「えっ?あ、いや、すいません…」
  騎士団の詰め所で不服そうに半眼で睨む銀髪の女性。童顔に甲冑という、
  不似合いなその井手達は城内では見慣れた光景だった。
「もうっ、だからですね、ウィルには『王の盾』は向かないと思うんですよ。
  ウィルは昔から独りで敵陣に特攻するきらいがあります。戦争してた頃なんて私がいなかったら
  何度命を落としていたか……
  だと云うのに王族の護衛なんて」
  先ほどから俺に不満をぶちまけている目の前の女性は我らが王国騎士団の団長マリィ=トレイクネル卿。
  どうやら俺が王族の人間を護衛する騎士団とは独立した騎士―――『王の盾』に任命されたことが
  お気に召さないらしい。
  彼女の言っている内容は耳ダコだったので正直ウンザリしていたが、
  俺の元上司のうえ一応心配して言ってくれているので無碍に扱うこともできない。
  始めに断っておくが俺は別に団長のことが嫌いなわけじゃない。むしろ好感を持っている。
  騎士の名家トレイクネルの出身にも関わらずそれを鼻にかけたりしないし、
  俺のような平民出の騎士にも良くしてくれる。
  甲冑を着ていなければ騎士とは思えないその物腰の柔らかさはこの王国の王女様より王女らしい。
  団員の中には盲目的に崇拝している者がいるくらいだ。かくいう俺も団長を尊敬している。
  戦争が終わった今、彼女のような騎士になるのが俺の目標だ。

 団長と初めて会ったのは二年前。まだ隣国と戦時中だった頃だ。
  傭兵として武勲を立てた俺は騎士団に入団し、当時まだ一部隊の隊長だった団長の元に配属された。
  既に国内にその名を馳せていた彼女を初めて見たとき当初抱いていたイメージと大きく違っていて驚いた。
「一振りで十人の兵を吹き飛ばす」だとか「素手で城門をこじ開ける」とか噂されていたので、
  どんな大女かと思えば実際は俺よりも小柄な女性だった。
  顔立ちも未だ幼さが抜け切っていない。聞けば俺と年はそう変わらないらしい。
  口調や態度も騎士とは到底思えなかった。

 

 こんな少女に部隊長など務まるのか。そう疑っていたが、配属されて最初の戦でその疑惑はすぐに
  解消された。
  彼女の強さは本物だ。敵の大部隊に包囲されても団長は容易くその包囲網に穴を穿つ。
  間合いに入った敵兵は例外なく一太刀で絶命させられる。
  俺も若干16歳で騎士になった天才とかまわりに持ち上げられたが、それとはまるで次元が違っていた。
  以後もその強さはさらに磨きがかかっていった。
  あるとき、そんな団長に強くなる秘訣を尋ねたことがある。だが彼女は
「守りたいものが出来たからですよ」
  と微笑うだけでそれ以上は何も教えてくれなかった。
  その頃には俺も「戦姫マリィの懐刀」としてそれなりに有名になった。

 入団してから一年と半年。団長の凄まじい活躍によってこちらの圧倒的勝利で終結した戦争は
  マリィ=トレイクネルの名を国内はおろか、周辺諸国にまで轟かせることになった。
  戦後処理が終わるとその戦績から彼女は騎士団の団長に、俺は『王の盾』に任命された。
  それが今から数週間前。

「―――――というわけであなたの戦い方は危なっかしくて見てられません。
  誰かが側について見張っていないと。ですから、『王の盾』より私の部隊にいる方が
  いいと思うのですがウィルはどう思いますか?」
  俺が回想しているうちにお小言は終わったようだ。さて、どう答えたものか…
「でも『王の盾』に就いて日も浅いですから俺に向いてないとはまだ……
  第一、姫様の直々のご指名ですし…」
「そう!姫様!姫様なんですよ!」
  …回答を間違えたらしい。団長は更に声を荒げて捲し立てる。
「姫様は騎士団員のことをあまりよく知らないのに、よりによってウィルを指名するなんて!
  だいたい姫様は―――――」
  まだしばらくは開放してくれそうにない。長丁場を覚悟していたが背後から思わぬ助けが入った。
「あぁ、ウィリアム様」
  振り向くと俺を捜していたらしい姫様の侍女が立っていた。
「こんなところにいらっしゃったんですか。姫様がお呼びで……ひっ!」
  言い切る前に侍女は小さく声を上げた。なんだ?団長を見て驚いたっぽいけど……
「? どうした?」
「あ…いえ、その……姫様がお呼びです」
  少し顔を蒼くしながらも気を取り直してそう言った。
「わかった、すぐ行くよ。すいません、団長。姫様に呼ばれていますので俺はこれで…」
「……仕方ありませんね…構いませんから行ってください」
「すいません」
  もう一度謝って詰め所をあとにしたが団長の最後の笑顔が妙に気になった。

 

「…はぁ」
  ウィルの後ろ姿を見送ると私は溜め息をついた。侍女も知らない間にどこかへ行ったらしい。
  いけない、いけない。さっきは王女がウィルを呼んでいると聞いて咄嗟に殺意を隠しきれなかった。
  ウィルが私の側を離れ『王の盾』の任に就いておよそ二週間。まだ彼とは18時間33分27秒しか
  会っていない。ただでさえ貴重な会話の時間を邪魔されたうえにその張本人が王女と知って
  怒りで思考が停止しそうになった。
  あのワガママ娘は私からウィルを奪っただけでなくのんびり会話もさせないつもりなのか。
  王族でなかったら今すぐくびり殺しに行っているところだ。

 ウィルが私の隊に配属されて最初に驚いたのがその戦い方だ。
  先陣をきって敵中に飛び込み目に付く敵兵を手当たり次第に斬り殺していく。
  普段の押しの弱そうな彼の印象とはかけ離れた戦い振りはインパクトを与えるには充分だった。
  私も単身で突撃することはよくあるが自分の実力で突破できると踏んだときだけだ。
  でも彼のそれは全く考えなし。まるで命が尽きるまで何人殺せるか競っているような。
  いったい何が彼をそこまで駆り立てるのか不思議に思った。
  まだ私には戦う理由なんて何もなかったから、ただ単に仕事として戦をこなすだけ。
  騎士になったのも出身がたまたま騎士の家柄だったというだけ。
  だから何かしら戦う理由を持っているウィルが羨ましかった。

 ウィルの戦う理由。それはすぐに私の耳に入った。彼はフォルン村の出身だった。
  先の戦争の発端になったフォルン村の虐殺事件。
  当時不作続きで疲弊していた我が国を隣国が侵略、国境にほど近いフォルン村が襲われた。
  ウィルはその事件の数少ない生き残りだった。
  復讐。単純だが人を突き動かすには充分な動機だ。私は彼の進む先がどんなものか知りたくなった。
  戦のときもそうでないときも常に眼は彼の姿を追う。彼自身に惹かれるようになるまで
  そう時間はかからなかった。
  そして幾多の戦いを重ねるうち、ウィルを守ることが私の戦う理由になった。

 戦争が終わった今でもウィルが私の心のウェイトの殆どを占めている。
  どうやらもう彼なしの生活は送れそうにない。
  なのに、ここ二週間ウィルを見る機会が減っている。無論、彼が『王の盾』になったせいだ。
  戦以外での彼の姿を見るために戦争を早く終わらせるよう尽力したのにこれでは全く意味がない。

 ―――――こんなことなら戦争、終わらせるんじゃなかったな……

2

「遅いッ!」
  自室で痺れを切らしたわらわは思わず声を張り上げてしまった。
「ウィリアムはいったい何処をほっつき歩いておるのじゃ!」
  心を落ち着かせるために部屋の中を行ったり来たりするが苛つきは一向に治まってくれない。
  いっそのこと自分で捜しに行こうか、そう考え扉の方に向かう。
  それを見て慌てたように侍女が止めに入った。
「い、今、城の者に捜させていますのでどうかもうしばらくお待ちください!
  城内には居らっしゃる筈ですから」
  ……分かっておる。何処にいるかは分からぬが誰といるかは簡単に予想がつく。
  恐らくあの女――――騎士団長マリィといるのじゃろう。
  ウィリアムが遅いときは決まってマリィに捕まっているときじゃ。
  わらわがウィリアムを『王の盾』に推したときも独り猛然と反対しておった。
  だが『王の盾』に任命することは王の勅命じゃ。
  いくらトレイクネル家出身の者といえど覆すことなどできるはずがない。
  それ以後のあの者のわらわに対する目は王家に仕える騎士とは思えぬ。
  ほぼ間違いなくわらわがウィリアムに恋心を抱いていることに気づいておる。
  わらわがあの女の心情に気づいたように。

 ウィリアムのことは戦争中だった頃から噂で聞いていた。
  国を勝利に導く救国の戦姫マリィ=トレイクネルの側で戦う、
  彼女の「懐刀」と呼ばれている騎士の存在。だがわらわはさして気にも止めなかった。
  その頃は騎士を「野蛮な種族」と蔑んでいたから少しも興味が沸かなかった。
  しかし、嫌々出席した戦勝パーティーで彼を見たとき。わらわの身体を衝撃が走り抜けた。
  完璧な一目惚れだった。
  ウィリアムがわらわの手の甲に挨拶のキスをした瞬間なんか頭の中が真っ白になったほどだ。
  あぁ、この者が欲しい……「野蛮な種族」にわらわは恋をしてしまった。
  とはいえ、一国の王女が自国の騎士、ましてや平民出の者に愛を告げることなどできるはずもなく。
  彼のことを想い自慰に耽る悶々とした日々を過ごすしかなかった。一時はもう諦めようとさえ思った。
  そんなある日、城内で偶然ウィリアムとマリィが楽しそうに談笑しているのが目に入った。
  その時のマリィの表情は今でも忘れられない。必死でウィリアムの上司として振る舞ってはいるが、
  わらわにはハッキリと見えた。その瞳の奥に激しい恋慕と情欲が宿っていることを。
  なぜあの女がウィリアムの側にいるのか。なぜあそこにいるのがわらわではない。
  なぜあの女はウィリアムと楽しそうに笑っているのに
  わらわは諦めねばならない…?なぜ、なぜ!なぜなぜなぜなぜなぜなぜ!!!
  その瞬間わらわの決意は固まった。どんな手を使ってでもウィリアムを我が物にしようと。

 にしても本当に遅い。まさかマリィに襲われたのではないか。心配になってもう一度扉に
  向かおうとしたその時。
「失礼します」
  ノックと共にその声を聞いて全身がかぁっと熱くなった。
「ウィリアム=ケノビラック、只今戻……おわっ!」
「ウィリアム!ウィリアムウィリアム!どこに行っておったのじゃ!」
  さっきまでウィリアムが来たら説教してやろうとか困らせてやろうとか考えていたのに
  彼の顔を見た瞬間嬉しさのあまり飛びついてしまった。
  彼の身体に顔を押し付け、鎧の鉄の匂いと共にウィリアムの匂いを肺いっぱいに吸い込む。
  それだけで下半身に湿り気が帯びる。
  それと同時にかすかにあの女の匂いがした。
  やはり。今まであの野蛮人と。
  ―――よかろう、マリィ=トレイクネル。

 このアリマテア王国王女、マリベル=ノブレス=アリマテアが全力を以って
  貴様よりウィリアムを奪取する。

 

 

 部屋に入った途端、いきなり姫様に抱きつかれた。
「こ、困ります、姫様。は、離れてください」
「イヤじゃイヤじゃ!ぜっっったいイヤじゃ!今日はもう一日中離れぬからなっ!」
  更に強くしがみ付かれる。随分と気に入られたものだ。
  姫様の『王の盾』になることが決まった直後、同僚に「うちの姫様は大の騎士嫌いだからな、
  覚悟しとけよ」
  と脅され戦々恐々としていたのに、いざ会うと一体全体どういうわけか最初から俺に懐いている。
  好いてくれるのは嬉しいが、なにぶん相手は王女様。こんなところを国王陛下や貴族連中に
  目撃されたら首を飛ばされかねない。
  少々扱いに困るのが正直なところだ。
「えーと…それで姫様。俺に何か御用ですか?任務に戻るのが遅れたとはいえ侍女が総出で
  捜しにくるほど慌てていたようですが」
「え?あー…その、なんじゃ……そう!またおぬしの昔話が聞きたい」
「は?…えと、それだけ?」
「……駄目か…?」
  おずおずと尋ねる姫様。まったく。姫様は本当に甘えるのが上手い。
  そんな顔されたら断れるわけないじゃないか。
  陛下が姫様を溺愛するのものも頷ける。
「構いませんよ。何をお話しましょう?」
「フォルン村で暮らしていた頃の話が聞きたい!」
  姫様は満面の笑みで答えた。その笑顔にふと幼馴染みの顔がだぶる。
「またそのような顔をして……そんなにわらわがキャスとかいう娘に似ておるのか?」
  キャスのことを思い出していたのが表情に出ていたようだ。俺は無言で苦笑すると昔話を姫様に聞かせた。

 キャサリン=ウィーバー。フォルン村の村長の娘で俺の幼馴染みの名だ。
  母子家庭だった俺の家は貧しかったが村の皆の助けもあってなんとか暮らせていた。
  特に俺たちによくしてくれていたのが村長の娘、キャスだ。
  病気がちな母に代わってに家事の一切を引き受けてくれた。
  引っ込み思案で、そのくせ困っているヤツを放っとけなくて。俺はそんなあいつが大好きだった。
  キャスへの想いが募ったある日、俺はとうとう告白した。今思えばかなり滑稽だったと思う。
  もうちょっとマシな告白の仕方もあっただろうに
  その時の俺はいっぱいいっぱいだった。それでもあいつは笑顔で俺に答えてくれた。
  凄く。凄く嬉しかった。

 ―――でも翌日。村は血の色に染まった。

 性格は全然違うが姫様はキャスに瓜二つだ。だから俺は『王の盾』になった時、運命を感じた。
  あのときキャスを守れなかった俺に神様がもう一度チャンスをくれたのだと。

 その日は時間が許す限り、姫様に昔話を話し続けた。

3

 『王の盾』というのは文字通り王を守る盾となる騎士のことだ。騎士団の管轄から離れた
  王家直属の騎士部隊。
  そこに名を連ねることは大変名誉なことだし、同時にいかなる時も王家の人間を守らなきゃならない
  責任ある役職だ。
  常に護衛対象の側に立ち、周囲に気を配らなければならない。
  なのだが。

「ウィリアムウィリアム!あれは何じゃ!」
  武器庫に来て既に今日何度同じ質問をされたか。
「あれは馬上槍です。馬に乗って使う武器ですよ」
  というか姫様、馬上槍も知らないのか。これはもしかしたら騎士嫌いというのも本当なのかもしれないな。
  なにより騎士団の詰め所あたりからまわりをきょろきょろしていたからこの辺りにあまり来たことが
  ない証拠だ。
「ほう。ではあれは―――」
  以降も姫様の質問は続く。今日は姫様にせがまれ、兵舎の界隈を案内していた。
  姫様曰く「ウィリアムがどんな生活をしているのか見たい!」だそうだ。
  俺の生活なんて見てもつまらないと云ったのだが、姫様はもっと俺のことが知りたいのだと譲らなかった。
  最初は俺の住んでいるところに行きたいと言われたが、流石に城の外に連れ出すのは不味いので
  この辺で勘弁してもらった。
  『王の盾』になってからというもの、王族が危険に晒されることなど先ずない。戦争が終わっったので
  命を狙う刺客が現れることもない。
  よって俺の仕事は専ら姫様の子守だ。いや勿論それは良いことではある。
「―――ふむ、なるほど。時にウィリアム、おぬしいつも剣を二本帯刀しておるな?いったい
  どうしてじゃ?」
「ああ、これは師匠の影響です。師匠が二刀流だったもので」
「師匠…おお、憶えておるぞ。確か名前はベイリンと申したか。傭兵時代に世話になったという―――」
「ええ。その人に戦いのイロハを教えてもらったので自然と俺も剣を二本使うようになったんです」
「ウィリアムの師匠か……機会があれば会ってみたいものじゃ」
「…はは」
  苦笑いするしかなかった。あの人、かなり無礼な人だからなぁ……会ったらどうなることやら。

「む、ウィリアム!あれ!大きなあれは何なのじゃ!」
  その質問に俺が答えるより先に。
「投石機ですよ、姫様」
  後ろから声がした。この声は……
「石を遠くに飛ばすための兵器です――――あぁ、泥棒猫をどこか遠くに飛ばすのにも使えるかも
  しれませんね」
  振り向くと、いつからいたのか団長が立っていた。
  ……なんか変だ。団長、笑顔なのに目が笑っていない。姫様もさっきまで笑っていたのに今は
  口を横一文字に結んでいる。
「どうです、姫様?試しにひとつ投石機に乗ってみませんか?遠くまで行けるかも知れませんよ」
「ふん!結構じゃ!わらわはウィリアムの側にいると決めているのでな!」
  そう言って俺にくっつく姫様。あ、今、団長の眉がぴくりと動いた。
  おかしい。なんだこの緊張感は。まるで戦場にいるみたいな………
  と、とにかく俺がこの場を和ませないと。
「だ、団長。城下の見回りはもういいんですか?いつもより帰るのが早いようですけど…」
「えぇ。どこかの小娘が騎士を城内で引き摺りまわしていると聞いたので、飛んで帰って来ました」
  駄目だ。全然和まない。それにずっと城に居たけど引き摺られてる騎士なんて見てないぞ。
「いけませんねぇ。姫様、私の団員を城内を連れ回して従者のように扱うとは」
「『私の団員』?寝言は寝てから言うがよい、マリィよ。ウィリアムは『王の盾』じゃぞ?
  もうおぬしの部下ではない。 言うなれば王家の者―――つまりはわらわの部下じゃ。
  それともおぬしは王の勅命を反故にする気か?」
「〜〜〜〜〜ッ!」
  勝ち誇ったように笑う姫様を見て悔しそうに唇を噛む団長。
  チョット待て。団長の背後に幽鬼みたいなオーラがたちこめているのは錯覚か?
  あんな鬼気迫る団長の姿なんて戦場でも見たことないんだけど。
「ウィル!」
「ははははい!!」
  突然名前を呼ばれて返事がどもってしまった。
「明日!非番でしたよね!?」
「へ?はい、そうですけど……」
  そう答えると団長は落ち着くようにして深呼吸した後。
「明日!私と…でーと、してくださいっ!!」

 

 ぼふっ
  その日の夜。わらわは抑えられない怒りを枕にぶつけた。
  あの女!よりにもよってわらわの目の前でウィリアムをデートに誘いおった!!
  わらわは城から出られぬというのに…!!
  思い出しただけではらわたが煮えくりかえる。

『デ、デート…?』
『お願い、ウィル!……おねがい……』
『は、はぁ…午前は予定があるので午後からなら別に構いませんけど……』

 目を潤ませながら言いおってッ…!!あの優しいウィリアムが断れるわけがなかろう!
  ウィリアムもウィリアムじゃ、あっさり承諾しよって!
  ああ腹が立つ!!
  もう一度枕を投げつけようと掴んだその時。
「姫様」
  突然声がした。知らぬ間に侍女のシャロンが部屋にいた。
「…シャロン、わらわは今機嫌が悪い。つまらぬ話なら黙って部屋から出て行くがよい」
「姫様より頼まれていた件、手に入りましたのでご報告に上がりました」
  シャロン―――わらわの身のまわりの世話をしている侍女のひとりなのだが彼女には
  もうひとつの側面がある。
  シャロンは情報収集に長けているのだ。特に国内のことなら無数のパイプを使って情報を入手してくる。
  わらわが頼んだというのはマリィに対抗するための手段だ。戦姫に暗殺など通用するわけもないから
  それ以外の方法でなんとかできないか彼女に頼んでいたのだ。
「……見せてみよ」
「こちらに」
  シャロンから十数枚の紙きれを受け取る。
  そこに書かれていた内容を見てわらわは驚愕と歓喜に打ち震えた。

 は、あは。
  あはははははははははははははははははっ!!!!!!!!!!
  見つけた!見つけた見つけた!!ついに見つけたぞ!!!
  これが、これが戦姫マリィのアキレス腱!!!!

 わらわはこみあげる笑いを堪えることができなかった。

4

 翌日の午前。俺は城下町の酒場に来ていた。やや寂れた感じのするこの酒場は月に一度、
  ある人物から定例報告をしてもらうのに待ち合わせている場所だ。
  酒場の中を見渡すと隅のテーブルで目的の人物が酒を煽っているのを見つけた。
「朝からアルコールですか。堕落してますね、師匠」
「よう、ウィル。『王の盾』になったんだってな。」
  そう言って俺に座るよう顎で促すこのオッサンはベイリン。俺の師匠で騎士になる以前所属していた
  傭兵旅団のリーダーだ。
「いいんですか?こんな朝からお酒なんて飲んでて」
「いいんだよ。戦争が終わってからこっち、仕事なんてありゃしねぇ。
  南の方じゃ雲行きが怪しくなったてんで旅団の他のヤツらはそっちに行かせたんだがオレはお前に
  頼まれた仕事があるしな」
「…すいません」
「ま、そりゃ別にいいんだけどな
  ……で、お前に頼まれてた―――フォルン村を襲ったって奴等の所在だが」
  師匠には戦争終結後、フォルン村を襲った連中のことを調べてもらっている。
  ヤツらが敵国の兵なら戦争中に顔を合わせることもあるだろうと思っていたが一度もそんな機会に
  恵まれなかった。それで師匠に行方の調査を依頼したのだ。
  死んでいるのならそれはそれでよし、生きているのなら―――――
「とりあえず正規の兵じゃなくどっかの傭兵かなんかってことだけはわかった。
  それ以外のことはもうちょい待ってくれ。近いうちに調べがつくと思うからよ」
  そこで一端話を切り、俺を数瞬見つめこう切り出した。
「…なぁ、ウィル。もうこの辺で止めにしないか?」
「なんです、突然」
「いや…ちょっとキナ臭い話を聞いてな……もしこのまま調査を続ければお前が知りたくないことまで
  知らなきゃならなくなるかも知れんぞ?それでもいいのか?」
「あいつらは……やめてくれと泣き叫んでるキャスを汚し、犯し、それに飽きたらず嗤いながら殺したんだ。
  許せるわけがない―――許せるわけ、ないよ……」
  俺の言葉を聞いて師匠は嘆息した。
「まぁ、何か分かったら城の詰め所に寄らせてもらうわ。それよりどうだ?付き合わないか?」
  言いながら酒の入った器を揺らす師匠。
「すいません、師匠。この後予定が入っているもので俺はこれで失礼します」
「予定…?ははぁん、オンナだな?」
「なっ!?い、いいでしょう!そんなことは!」
  がっはっはっはと下品に笑う師匠を置いて席を立つと呼び止められた。
「ウィル、たとえ何を聞いて後悔したとしても、絶対に逃げることだけはするなよ?」
「師匠?」
  いつかぶりに見る師匠の真剣な表情。師匠、あなたはいったい何を知っているんですか。
「あ、それから最後にもうひとつ。
  ――――――避妊はしろよ?」
「やかましいわっ!!!」

 

 師匠と別れた後、団長に指定された待ち合わせ場所――――城下町の中央広場、噴水前で彼女を待った。
  少し早く来すぎただろうか。
  しかし団長、急にどうしたんだろう?突然デートなんて。なんか妙に切羽詰まってたし。
『王の盾』になった祝いでもしてくれるのかな?
  それにしてもどうもここ最近の団長の行動は不可解な点が多すぎる。『王の盾』になってから、
  俺を見つけては引き止めて俺がいかに『王の盾』に向いていないか説いたり、
  任務の終了する時間に詰め所で待っていたり。
  もしかして俺のことが好――――
  いやいや。団長がそんなまさか。師匠がしょーもないこと言うから変な方向に思考が逸れてしまった。
  かぶりを振って雑念をはらう。
  うん。団長のことだ。きっと俺を労おうという心遣いから今日俺を誘――――
「遅くなってすいません、ウィル」
  ほら、団長もいつも通りの喋り方じゃないか。
「いえ、俺が早く来ただけで……」
  そう答えながら団長を見たとき。
  ――ドクン
  いつもと違う団長の姿を確認して俺の心臓は突然高鳴った。
  甲冑を着ているときはロングの髪をまとめているのに今日はその綺麗な銀髪を下ろしてそれが
  陽の光を反射してひどく美しく見えて
  だいたい団長の私服姿を見るのはこれが初めてなんじゃないかそれより俺はなんでこんなに混乱
  しているんだなんで団長の―――
  なんだ、この気分は。
  あ、相手は団長だぞ、不謹慎にも程がある。
「あの…この格好、やっぱり何か変ですか…?」
  呆けていた俺を見て団長は不安そうにスカートの裾をつまむ。は、早く何か答えろ、ウィリアム。
「あ、え、その…す、すごくににに似合ってます……」
「よかった……なにぶん普通の女性らしい格好を殆どしたことがないので少し不安になってしまいました」
  ほっとして団長は朗らかに微笑んだ。
  ぐっ……か、可愛い……
「今日は舞台を見に行こうと思うのですがどうですか?あ、チケットなら心配いりませんよ。
もうこちらで用意しちゃってますから……ほら!」
  嬉しそうに舞台のチケットを取り出しこちらに見せるその姿はますます俺を混乱させる。
「さ、早く行きましょう。時間なんて限られてるんですから」
  俺の手を取り歩き出す団長。
  やはり今日の団長はおかしい。なんでこんなに楽しそうなんだ。城内では決して見たことのない顔
  ばかりする。

 舞台が終わり、陽も落ちたころには俺の心も落ち着いて―――いなかった。
  劇場の中でもお互いチラチラと相手を盗み見たり、手が偶然触れ合ったりで舞台に集中できなかった。
  いや、きっと団長の普段着に慣れてないせいだ。
  そういえば団長はどこに行ったんだ?
  劇場内をきょろきょろすると、その一角―――おそらく土産売り場か何かだろう―――でじっと品物を
  見つめている団長の後ろ姿が目に入った。
  近づいてよく見てみると小物が並ぶショーケースの中…ひとつのブローチに目を奪われているらしい。
「団長?」
  声をかけるが聞こえていないのか反応がない。
  このブローチは…たしかさっきの舞台で主人公がヒロインにプレゼントしたブローチと同じだな。
  この店は舞台衣装の類のレプリカを販売しているのだろう。
  それにしてもこんな近くにいるのに全く気づかないとは。よほどこのブローチが欲しいのだろうか。
  値段は―――よし、これなら何とか買えるな。
「すまないが、このブローチをくれ」
  売り子に声をかけたところでやっと団長が俺に気づいた。
「ウ、ウィル!?」
「欲しいんでしょう?このブローチ……あぁ、有難う」
  売り子からブローチを受け取り、団長に差し出す。
「どうぞ」
「あの…いいんですか?」
「えぇ。日頃お世話になっているほんのお返しです。気にしないでください」
「あ、ありがとう……」
  受け取った包み紙をぎゅっと胸の前で大事そうに抱く団長。はは、これならプレゼントした甲斐が
  あったというものだ。

 夜、それぞれ帰路に着く城下町の通りで。俺の少し前を歩く団長は俺に尋ねてきた。
「『王の盾』の任務はどうですか?」
「なんとかやっています。護衛と言っても危険なことなんて全くないですけど。
  退屈するかなとも思ってたんですが姫様の相手をするのは中々大変ですね、ははは」
「私は―――私は淋しいです」
「……団長?」
「ウィルが私の隊から離れて二週間と少し。あの日から私は全然任務に集中できないんです。
  訓練してても腕が鈍っているのが判るんです。ぼぅっとしていることが多くなったんです。
  気づくとあなたを捜しているんです」
  独白。俺は急にそんなことを言い出す団長に戸惑って何も声を掛けることができなかった。
「私はウィルがいなきゃ駄目なんです。ウィルが側にいないと力が沸かないんです」
  そこで団長は振り返り。
「お願いします。私のところに帰ってきてください」
  彼女の頬には。
「どうか、どうか私の側にいてください」
  一筋の涙が伝っていた。
「団長……俺は―――」
  言いかけたところで団長の顔が目前に来て。
  彼女は俺に背伸びした。
  顔を離して暫くの静寂の時間を挟み、団長は顔を真っ赤にして
「わ、私はここで失礼しますねっ」
  と言って俺から離れ駆け足で帰って行った。
  ひとり取り残され間抜けに突っ立っている俺。
  ……………え?
「俺、今…団長に――キス、されたのか……?」
  やっと思考が回り始めた俺は人気のない夜の街で、暢気にもそんなことを呟いた。

5

 一晩明けても俺の動悸はまだ治まらなかった。
  もしかして本当に団長、俺のことが好きだったのか…?
  い、いや多分顔を近づけたときにたまたま、ホントにたまたま唇が触れただけだ。
  ……―――阿呆くさ。どう考えたってあれはキスだろう。いくら取り繕ってもこれは
  揺らぎようのない事実だ。
  とにかく団長に真意を聞き出そうと今朝、詰め所の方に寄ってみたが彼女は居なかった。
  同僚に尋ねてみると、どうやらまとまった休みをもらって実家の方に里帰りしているらしい。
  困った。団長が休暇から帰る明後日まで俺は独りでこの疑問と格闘しなきゃならないのか。
  だいたい次に団長に会うときどういう顔すればいいんだ。

「――ム、ウィリアム!」
「あ!は、はい。なんですか?」
  黙考しすぎた。気づけば姫様が不服そうに頬を膨らませていた。
「おぬし、ちゃんとわらわの話を聞いておるのか?」
「いや…すいません。えっと、何の話でしたっけ?」
  降参して謝るが、どうやら機嫌がよくないらしくへそを曲げたままそっぽを向いてしまった。
  どうやって機嫌を直してもらおうか策を練っていたところ。
「のう、ウィリアム。昨日―――どうじゃったのじゃ?」
  唐突に話題を変え、今一番訊かれたくないことを訊いてきた。いったいどういうつもりでそんなことを
  訊くのか姫様の顔を確認しようとしたが、姫様はこちらに顔を背けたままでそれは不可能だった。
「ど、どうって……姫様?」
「その……デート、したのじゃろう?マリィと…」
「ええ、まぁ……えと、楽しかったですよ」
  当たり障りのない回答ではぐらかす。さすがに姫様相手にキスされたとか俗っぽいこと言えないよなぁ。
  暫しの沈黙。
「――ウィリアム、おぬしは母上のようにわらわを置いてどこかに行ったりせぬよな?」
  こちらを見つめる姫様の顔は母猫に捨てられた子猫のようで。
  姫様の母君…確か戦前に行方不明になったんだったか。それ以降、姫様は寂しい思いをしたようだ。
  だけどどうして俺にこんな顔を向けるんだ。俺は姫様に会ってまだ二週間程度だぞ。
「頼む、ウィリアム。わらわを独りにしないでくれ。もう独りはイヤなのじゃ」
  ゆっくり、ゆっくりと俺に寄り添ってくる。そして俺の胸に頭を預け。
「独りは寒いのじゃ、辛いのじゃ。ウィリアム、わらわを温めてくれ。わらわを癒してくれ」
  昨日の団長と同じだ。
  姫様といい、団長といいどうして俺にこんなに本心を晒せる?どうして俺なんかに。
「わらわを守ってくれ……わらわを、『私を助けて』―――」
  ッ!!!
  彼女のその言葉が引き金になって、脳裏にキャスの最期の姿がフラッシュバックする。
  ………守る。そうだ、俺は守りたいんだ……
  震える手で俺は彼女の肩に手を掛け、そしてゆっくりと。

 ―――止せ。
  お前が今やろうとしていることは姫様とキャス、二人に対する侮辱だ。
  姫様にキャスを重ねるな。姫様はキャスじゃない。
  キャスは死んだ。キャスは死んだんだ。
  お前が見殺しにしたんだ!
  ―――ゆっくりと姫様を引き離した。
「姫様、大丈夫ですよ。俺は『王の盾』です。『王の盾』である限り俺は姫様をお守りします」
「あ……」
  刹那、姫様は酷く淋しそうな顔をする。しかしすぐキッとこちらを一睨みし、こう命じた。
「そこに屈め、ウィリアム」
「姫様?」
「仕置きしてくれる。黙ってそこに屈むのじゃ」
「は、はぁ…」
  姫様の意図を測りかねながら彼女の言うとおりにした。そして。
「ん……」
  姫様は俺に口付けした。
  ―――あぁ、俺…団長に続いて姫様にまでキスされたのか。
  間近にある姫様の顔を見て俺はぼんやりとそう思った。
「―――はぁ」
  唇を離した姫様は俺が見たことのない恍惚とした表情をしていた。
「……ひめ、さま?」
  思考がまとまらない。何とかそれだけ口にするが姫様は黙って俺に背を向けた。
「………今日はもうよい。でていけ。」
「姫様、いったい―――」
「出て行け!」
  駄目だ。何を訊いても答えてくれそうにない。
  今日のところは引き下がった方が得策のようだ。
「……失礼します」
  俺はそう言って姫様の部屋を退室した。

 

 バタンッ
  ウィリアムが退室した後、わらわは彼を帰したことを後悔した。泣きたくなった。
「おのれ……」
  キスしてくれなかった。あれだけ本心をぶちまけたのにウィリアムはわらわにキスしてくれなかった。
  死人の力まで借りたというのに。なるべくウィリアムから聞いていた幼馴染みに似せたつもりだ。
  彼はほぼ間違いなくキャスという娘のことを思い出しただろう。なのに。
  昨日のことはシャロンに尾行するよう頼んでいたから一部始終のことは知っていた。
  勿論、あの女が最後にウィリアムに接吻したことも。
  悔しかった。自分より先にウィリアムの唇の味を知ったあの女を殺したくなった。
  わらわの知らない彼の唇の柔らかさをあの女は知っているのかと思うと気が触れそうになった。
  あの女に勝つためにはウィリアムの方からわらわにキスするように仕向ける必要がある。
  そう思って恥も外聞も捨ててウィリアムの幼馴染みの力を借りたのに達成できなかった。
  最後は半ば無理矢理唇を奪ったがあまり嬉しくはない。
  いやキスできたことは素直に嬉しい。ただその行為は既にわらわより先にマリィが済ませている。
  その事実がちっともわらわに喜悦を与えなかったのだ。

 おのれおのれおのれおのれおのれ!!

―――もうよい。アレを使おう。この国が危うくなると思い、今までどうするか迷っていたが
  もうそんなの知ったことか。ウィリアムが手に入るならこの国など微塵ほども惜しくないわ。
  マリィ=トレイクネル。見ておれ。貴様を地獄の底に叩き落としてくれる。

「シャロン!シャロンはおらぬか!」
「こちらに」
  わらわが一声かけるとシャロンが部屋に入ってきた。
「一昨日の例の資料、街の情報屋にでも流せ。なるべく自然にな」
「よろしいのですね?王国が危険に晒されることになりますが……」
「構わぬ。早急にそのようにせよ」
「かしこまりました」
  シャロンは静かに退室した。

 マリィ、おぬしもこれで終わりじゃ。わらわを敵に回したこと、後悔するがよい。

6

「あれ?ウィル、珍しいな。なんでお前が詰め所に居るんだよ?
『王の盾』の方はいいのか?」
  騎士団の詰め所に居る俺を見つけて訝しげに聞いてくる同僚。
「あはは……ちょっとね」
  昨日のことをありのまま話すわけにもいかないので、苦笑いしながら適当に誤魔化した。
  姫様に口付けされた翌日、いつも通り彼女の部屋へ行ったが、姫様は今気分が優れないと言って
  侍女に門前払いにされた。十中八九、昨日のことが原因だろう。
  そのまま帰るわけにも行かず、今はこうして詰め所の方で報告書を書いている。

 俺の頭の中は今、疑問符でいっぱいだ。
  一昨日の団長、昨日の姫様の行動は俺を狼狽させるには充分だった。
  ここ数日の間に俺たちの関係は大きく変わろうとしている。
  二人ともいったいいつから俺のことが好きだったんだ…?
  団長と出会って二年、例のデートの出来事までそんな素振りはなかった。少なくとも俺は気づかなかった。
  姫様に至っては出会ってから間もない。
『王の盾』の任務以外で会ったとすれば戦勝パーティーか『王の盾』の叙任式くらいだ。
  どうして俺なんかが好きなんだろう。いったいどうして。
  俺は自分の大切な人も守れなかったような―――
  思考がネガティヴな方向に流れそうになったので、考えるのをそこで一旦やめた。
「………ふぅ」
  どうやら俺は相当参っているみたいだ。というのも色恋沙汰はどうも苦手なのだ。
  恋愛なんてキャス以来したことないし、
  傭兵やってたころも師匠の子供のマローネに「お兄ちゃんは女心が全然判ってない」と
  よく呆れられたものだ。
  あの日以来、戦闘訓練ばかりしていたツケが今になってまわってきたらしい。
  ……弱った。

「おい、ウィル」
  一時休憩していると同僚に呼びかけられた。
「あ、はいはい」
「お客さんが来てるぜ、ベイリンとかって人」
  見ると、来客の窓口の方で師匠がこちらを見ていた。
「わかった。悪いけどちょっと出てくるよ」

 

 師匠と詰め所を出ると人目を避けるため、裏通りに移動した。
「早いですね。こちらに来たということは何かわかったんですか?」
「全部な。後はウラをとるだけだったから、あれからたいしたことはしてねぇよ」
「―――……」
  全部。ということはついに決着をつけられるってことか。
  長かった。この三年、血の滲むような日々だった。
  それも、やっと終止符が打てる。
「ウィル、最後にもう一度だけ聞くぞ。本当にいいんだな?」
「師匠、くどいです。その答えは一昨日したはずです」
「……そうか。」
  一度、俺の目を見つめた後、師匠は言葉を続けた。
「フォルン村を襲った連中、こいつらは北方のモルド傭兵部隊だ。傭兵といっても殆ど賊の類だったらしい。
  そのうち素性が分かったのが全部で十八人。で、そいつらの現在の所在は―――」
  モルド。そいつらがキャスを殺したヤツらの名前か。
  沸々と。腹の底で何かが蠢いているのが分かる。
「隊長のモルド以下七名は行方不明。残りの十一名は死亡している。全員、事件から一年以内にな」
「え…?死んでる?」
  拍子抜けした。キャスを殺した連中はもう既にこの世にいない…?
「そうだ。お前が騎士になったころにはもう死んでいたことになるな」
  くそが。俺が殺す前に勝手に死にやがって。
  自分の手で殺せなかったのは残念だが、死んだものは仕方ない。
  俺の三年に及ぶ復讐劇は呆気ない終わりを迎えた。
「―――それから、ここからが問題なんだが」
  ………え?
  だが意外にも師匠の言葉はそこで終わらなかった。
「死体の発見場所と、行方不明者が最後に消息を絶った場所な、全員が全員、国内なんだよ」
  何?師匠は何を言ってる?
「戦争を起こした原因を作った連中が王国内にいたんだよ。
  しかも不可解なことに程なくして全員姿を消したか死亡してる。
  ……これがどういうことか分かるか?」
  意味が、わからない。師匠は、いったい、何を、俺に、言おうと―――
「いいか、よく聞けよ―――」
  師匠は十数枚の紙きれを取り出しながら、おれに真相を語り始めた。

7

 トレイクネル家の自室。
  静かな部屋でくちゅくちゅと水っぽい音だけが響いている。
「は………んっ……」
  自分ではいつも日課にしている自慰と同じつもりだった。
  していることは同じ。でも身体の反応はまるで違っていた。
「あっ……あっ…あっ…あっあっあっ」
  ビクビクと自分の意志とは無関係に腰が震えだす。
「ウィル……ウィル…私っ…私っ…」
  優しく私を愛撫するウィルを夢想する。
  そしてそっと指で唇をなぞった。
  ―――ここに、ウィルの……
「んッッ!!!!」
  一昨日の夜を思い出した瞬間、身体は硬直し頭の中は真っ白になって意識が霧散した。
「はっ!……はぁ…はぁ…はぁ…んく……はぁ……はぁ―――」
  ……すごかった。ただ一昨日のキスを思い出しただけでこれほどなんて。
  これで初めてウィルと結ばれるときはどうなってしまうんだろう。
「っ!!!」
  駄目…想像したらまた達してしまった。

 呼吸が整ってから一昨日の一連の出来事を思い出す。
  ウィルをデートに誘ったのは私にとって一世一代の大勝負だった。
  約束は午後からだというのに、朝早くから起きて念入りに髪の手入れをして、
  服を選ぶのも慎重に何度も着替え直した。
  だからウィルがいつもと違う目で私を見てるのは凄く嬉しかった。
  あぁ、ウィルが私を女として見てくれている―――そう思うと全身が甘い痺れに襲われた。
  舞台の最中もウィルの視線が気になってずっともぞもぞと腿を擦らせていた。
  少し浮かれていたのかも知れない。
  そのせいもあってあの夜、ウィルの口から“姫様”と聞いたとき私は猛烈な不安に襲われた。
  本当はあんなこと言うつもりはなかったのに一度溢れ出した言葉は途中で止めることなんてできなかった。
  言いたいことを気が済むまで吐き出して、ウィルが何か答えようとしているのに気づいてから
  私は「しまった」と後悔した。
  怖い。ウィルから答えを聞くのが怖い。ウィルに拒絶されるのが怖い。
  ウィルの口を塞ぎたい。思い立ったらすぐだった。気が付けば私はウィルにキスをしていた。
「やった!やったやったやったやった!!」
  ガラにもなくベッドの上ではしゃいでしまう。
  ホントはもうあのまま押し倒してしまおうかとも思ったけど流石にそれはマズイですよね。
  ウィルも相当驚いてたみたいですし。
  うん。でも次に会ったときはもっと積極的に行こう。もう騎士団長の立場とか気にしない。
  ガンガンいきますっ!
  ふふっ。待っててください、ウィル。
  私があなた無しには生きられなくなったように、あなたも私なしでは生きていけなくしてあげます。
  すぐに、ね。

 ぐっと握り拳を作ったとき、ふと鏡に映る自分の姿が目に入った。
  鏡を見ながら頭に付いているブローチに手をやる。
  プレゼント。
  ウィルが私に、私のために、私のためだけに買ってくれたプレゼント。
  あはっ。
  鏡に映る顔がだらしなく綻ぶ。
  また、ウィルと舞台見に行きたいなぁ……
  確かあの舞台、同じ原作者の別の本が舞台化されてたはず。
  タイトルは何だったかな……えーと…
  度忘れしたのか思い出せない。やだなぁ。あ、でも確かお父様の書斎にその本があった気がする。
  ちょっと面倒だけど見に行くことにした。

 本がずらりと並ぶお父様の書斎で目当ての本を探す。
「たしか―――あった。そうそう!これ」
  一冊の本を引き抜こうとしたとき。
  バサリ
  隣にあった本も一緒に本棚から抜け落ちてしまった。
「もう。お父様ったらぎゅうぎゅうに本を詰めるから―――あれ?」
  拾い上げようと屈むと、落ちた拍子に開いてしまったページを目にして私は違和感を感じた。
「これは……日記?どうしてこんなところに……」
  思わずしげしげ日記を見つめてしまう。
  日付は戦争が始まる少し前。
  やめておけばいいものを、私は好奇心に駆られ、日記を本格的に読み始めてしまった。

 

 

 

「いいか、よく聞けよ。
  あの戦争な、隣国の侵略戦争ってことになってるが事実は逆だ。
  侵略したのはこの国、アリマテアの方なんだよ。
  始まりは作物の不作でガタガタになりそうなのを打開するためだったらしい」
「な、に?」
  うろたえる俺に「やっぱりか」というような顔をする師匠。
「戦争の原因―――フォルン村の虐殺事件は王国の茶番だ」
  俺に農作業を教えてくれた隣家のおじさん―――
  差し入れをしてくれたおばあちゃん―――
  村長の心配そうにこちらを見つめる眼―――
  キャスのはにかんだ笑顔―――
  村のみんなの顔が浮かんでは消えていく。
「茶番…ってどういうことです」
「これだ」
  手に持っていた紙の束から一枚抜いてこちらに差し出す。
  ………これは、モルド傭兵部隊に宛てた契約書……?
  そこにはフォルン村を襲う見返りに報酬を支払うというような内容がつらつらと書かれていた。
「これは…?」
「捺印を見てみな」
  師匠に促されもう一度契約書に目を向けた。
  この捺印の紋章は……前に何処かで。
  盾を抱えたオオタカの前を交差する二本の剣。確か……
「トレイクネル家の家紋ッ!?」
  なんだ。
「フォルン村が襲われたのはトレイクネルの差し金だ。
  ゲイル=トレイクネル―――確かお前んとこの騎士団長の親父だったよな?
  最後にそいつのサインがある」
  なんだよ。この契約書は。
  なぜ団長のお父さんとモルドが契約なんかしている?いったい何のために。
「戦争でも起こして自分の家の権力を強くしたかったってのが自然だな。
  武器商人やらトレイクネル派の貴族がグルになってあの虐殺事件を起こした。
  金儲けやお零れを与るためにな」
「じゃあ……まさか、まさか…隣国は―――」
「全くの濡れ衣で戦争を吹っ掛けられたことになるな」
  その言葉で俺が三年間積み上げてきた心の主柱は音もなく瓦解した。
「ただ戦争を起こすべきだと進言しても穏健派あたりから反対されるのは目に見えている。
  だからあんなまわりくどいことをしてモルドと契約したんだろう。
  モルドの連中が事件の後何人も死亡しているのは多分口封じ……
  って、おい!ウィル!しっかりしろ!おい!」
  ―――あのせんそうで……おれは、ひとをたくさんころして……
  でも、そのひとたちはかんけいなくて――――――
「ウィル!おい!ウィ―――」
  俺の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 最初、何が書いてるのかさっぱり解らなかった。
「何…?これ…?」
  その日記には戦争の発端、フォルン村の虐殺事件の真実が淡々と書かれていた。
  え?あの事件って確かウィルが巻き込まれた事件だよね?
  なんでお父様が関わってるの…?あれは隣国の侵略じゃなかったの?

『俺は、絶対にあいつらを許さない』

 いつか私に過去を教えてくれたウィルの言葉が頭の中で何度も反芻する。
「あ………あ……あぁ……」
  私のお父様が原因だったんだ。
  私のお父様があの村を襲わせたんだ。
  私の家がウィルの大切のものを奪ったんだ。
  私の血がウィルを苦しめたんだ。
  私が!私が!私が私が!私が私が私が私が私が私が!!
「あああああああぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!」
  ウィルが私に背を向けて、離れていく光景が酷くリアルに想像できる。
  ウィルに真実を知られるのが怖い。
  ウィルが私から離れてしまうのが怖い。
  怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
  怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!!

 私は恐怖のあまりその場にへたりこみ、ガタガタと震えていた。

8

 最悪だ。吐き気が治まらない。
  昨日俺は師匠と話している最中に気を失ったらしい。
  目が覚めれば一晩経ち、自分の家にいた。おそらく師匠が家まで運んでくれたんだろう。
  昨日聞いた事件の真相。俺にとってあまりに想定外だった。
  団長のお父さんが黒幕だったという事実は確かにかなりショックだった。
  でも到底復讐がどうのと言う気になれない。
  それというのも――――

「う、ぐ………げぇ」
  また気分が悪くなって近くのゴミ箱に吐いた。
  ……それというのも隣国が全く関係なかったことが俺に重くのしかかっているからだ。
  あの国は全然無関係だった。ただわけの分からない因縁で戦争に巻き込まれただけだ。
  本当は関係のない戦争でたくさんの兵士が死んで……
  そう、俺が、殺した。
  助けを乞う兵の顔に剣を突き立て、はらわたを切り裂き、四肢を切断し、首を刎ねた。
  俺が殺しまくった。彼らには何の謂れもない復讐心をぶつけて。

「げはっ!…ごほっごほっ……」
  初めて人を殺したときに覚悟したつもりだった。
  戦争で駆り出されたのはモルドの連中ではない。それでも俺は殺した。
  あの国のヤツらがキャスのような娘を二度と生み出さないために、という大義名分が
  俺の覚悟を支える原動力だった。

 けど。

 彼らは…本当に!全く!微塵も!関係なかったんだ!!なのに俺はひたすら殺した!!
  向こうの人間にとってはこの国が、俺こそが村を襲った連中そのものだったんだ!!!!

「俺はあの戦争でいったい何をしていたんだ……」
  重い。覚悟の後ろ盾がなくなり、背負った十字架がとてつもなく重い。
「城に、行かなくちゃ……」
  たとえ心がボロボロでも身体は染み付いた習慣を行動に移したいらしい。
  吐き気を催しながらフラフラと日常通りに城に向かった。

 

「ウィリアム、本当に大丈夫か?」
  王族と貴族の会合に付き添った後、姫様の部屋に戻る途中で俺はまた壁に手をついた。
  歩くのすら辛い。姫様に気取られないよう注意を払うことさえできなかった。
「大丈夫です。ちょっと立眩みがしただけですから」
  心配そうに覗き込む姫様になんとか笑顔でそう答えた。
「無茶するでないぞ?戻ったらわらわの部屋で休むがよい」
  …はは。それじゃ護衛の意味がない。まぁ今の俺が『王の盾』の任務をこなせているとは言えないけど。
「あ……」
  城内の回廊の先。そこであの人と会った。
「あ………あ、あの……ウ、ウィル?」
  厄日だ。こんな状態で今一番会いたくない人に会ってしまった。
「団長……」
「え、と、ウィル。あの、お、お話が――――」
「すいません、団長。俺は仕事があるので失礼します」
  居た堪れなくなって団長の言葉を遮り、彼女の脇を通り抜けた。
「あ……あ…あぅ…あ…あ……」
  団長の声が聞こえないフリをしてその場をそそくさと立ち去った。
  しばらく先まで行った後で。
「良かったのか?ウィリアム」
  姫様の質問に答えられなかった。わからない。けど今は団長に構っている余裕がなかった。
「――――ウィリアム、ちょっとこちらに来るがよい」
  姫様は何か思いついたように立ち止まると手近な扉を開いた。
「こっちじゃ」
  ここは……食糧庫?なんでこんなところに……
  彼女の後について薄暗い食糧庫に入る。
「姫様、こんなところにいったい何の用――――」
  姫様に尋ねようとしたら突然抱きつかれた。
「ひ、姫様?どうしたんです、いきなり」
「ウィリアム。辛いのならわらわにそう言ってくれ。
  わらわはウィリアムの助けになりたい。ウィリアムを癒してやりたい。
  おぬしがわらわをそうしてくれているように……」
  なぜかひどく心地よかった。姫様の言葉が。少しだけ吐き気が治まる。
「おぬしが辛そうにしているのを見ているのは苦しい。
  何か、何かわらわがしてやれることはないのか?」
  鎧を着ているのに身体に姫様の体温が伝わってくる気がする。
「わらわに言ってくれ。わらわは何をしたらいい?」
  あぁ、この温もりが俺の罪の意識を覆い隠してくれる。
「ひめさま……」
  もっとこの温もりが欲しくて。
  早くこの罪悪感を忘れたくて。
「愛しておる……ウィリアム……」
  俺は彼女の服に手をかけた。

9

 拒絶された拒絶された拒絶された拒絶された拒絶された拒絶された拒絶された拒絶された
  拒絶された拒絶された拒絶された拒絶された拒絶された拒絶された拒絶された!!!!

 昨日から何度もループしている光景が現実になる。
  私の目を一度も見ず私の脇を抜けていくウィル。
  足が諤々と震え出す。
  何。ウィルの今の態度。デートのときキスされたのが恥ずかしいから?
  いや。ウィルは照れであんな態度を取るような人間じゃない。
  そ、それじゃあ……
  恐怖が。絶対的な恐怖が私に襲い掛かってくる。
「あ……あ…あぅ…あ…あ……」
  知ってる!どうしてか分からないけどウィルはあのことを知っている!!
  ち、違うの……ウィル。私は何も知らなかったの……私はウィルの味方、だよ?
  だから、待って……私を捨てないで…私を置いていかないで。

 置いていかないで置いていかないで置いていかないで置いていかないで置いていかないで
  置いていかないで置いていかないで置いていかないで置いていかないで――――

 どんどん離れていくウィルの背中に向かって声を出そうとしているのに
  身体が引き攣って声どころか瞬きすらできなかった。
  呼吸ができない。意識が朦朧とする。

 茫然自失の中、ウィルを追って王女が駆け足で通り抜けていった。
――――嘲笑っていた。こちらを見ながら。
  ……そうか。あの小娘が。
  王女なら納得がいく。どういう経緯で事件のことを知ったのか分からないが
  ウィルに告げ口でもしたのは間違いない。
  殺してやる。ウィルに二度と付きまとえないように足を切断し、生きたまま内臓を引きずり出して
身体をバラバラに引き裂き街にばら撒いて晒し者にしてやる。
  王女への怒りとウィルへの恐怖をない交ぜにしながら私の意識はそこでぷっつり切れた。

 

 何分そうしていたのか分からない。気が付くと意識が途絶えたときのままそこに立っていた。
  頭がくらくらする。
「ウィルを追わないと……」
  私は彼の後を追って駆け出した。
  ウィルに話さなくちゃ。私は何も知らなかったんだ、本当はウィルの味方だって。
  精神誠意話せばウィルだってきっと分かってくれる。ちょっと困った顔しながらも笑ってくれる。
  私を抱きしめてくれる。
  そうしたら邪魔者の王女を殺して二人で生きていくんだ。あはっ。
  うん。大丈夫。きっと、だいじょうぶ。
  そう心の中で繰り返しながら食糧庫の前を通りかかったとき、何故かおかしな音が聞こえた。
  なに…?この音。まるで動物の息遣い。
  音の出所を探ると食糧庫の扉がわずかに開いていた。
  嫌な…予感がする。この中を見てはいけない気がする。
  見たくない。でも見ないと。よせ。でも中を確認しないと。
  そこにはウィルはいない。でも一応確かめてみないと。
  自問自答を繰り返しながらゆっくり扉の隙間から中を窺う。

 

 そこには。

 ウィルと。

 あの小娘が。

ケモノのように交わっていた。

 

「あ………ぎ……」
  怒りと悲しみと。憎悪と恐怖と。許容量を超えた信号が脳に伝わってくぐもった声が漏れる。
  何が起こっているの?この意味不明な光景はなに…?
  なんでウィルと王女が――――
「はぁ…はぁ…はぁ…も、もう……」
「射精して、くれ……な、かに欲しい……っ……ウィリアムの…せい…えき」
  ウィルの腰の動きが速くなる。ウィルの腰に足を絡める王女。
  ウィル、どうして?どうしてそんな女なんかとしてるの…?そんなのより私を使ってください。
  私なら何だってしてあげます。ウィルの望むことならなんでも。
  だから、お願い…その女とそんなことしないで。
  私以外の女の胎内に私だけの精子を射精さないで…!
  打ちひしがれながら自分の秘所をまさぐる。
「わらわも…んっ……あ、あ、来る!来る…!」
「くっ…!」
「や、あ、あ、ああぁぁっ!!」
  二人が硬直する。
  ウィルが私以外のおんなの子宮に精を放っている。わたし、いがいの。

 サラサラと。

 サラサラと。

 私の中の何かが零れ落ちていく。

 二人にやや遅れて、私も密かに絶頂を迎えた。

 

 

 

 姫様との情事を終えて、俺は後悔した。
  快楽を貪っている間は忘れられていた行為が、今は更なる罪となりその重さも加わって俺にのしかかる。
  何をした、俺は。
  罪悪感から逃げたい一心で姫様を抱いた。彼女の好意を利用して。
  下衆め。俺はキャスが死んで以降、不幸を撒き散らすだけの存在だ。
  俺みたいなヤツは他人と関わっちゃいけない。
  そうだよ。他人と関わるからまわりがどんどん不幸になるんだ。
  気づけば当座のやるべきことは決まった。
  ――――よし。
「ふーむ……誰か居たような気がしたんじゃが……気のせいか」
「姫様」
  扉のところで何やら独り言を言っていた姫様に声を掛ける。
「む、どうしたんじゃ?ウィリアム。
  あ、もう一回というのは無しじゃぞ。これ以上遅くなると侍女たちが心配するからな。
  まぁどうしてもと言うのなら……」
「姫様、聞いてください」
  深呼吸をひとつ。
  俺はゆっくりと自分の決意を言葉に紡いだ。

「――――俺、騎士を辞めようと思います」

10

 詰め所で城の中にある自分の荷物を整理する。
  といっても俺は物にあまり執着しないタイプだから殆ど全部、同僚に譲ってしまった。
  鎧も引き払った。
「残ったのは結局これだけか…」
  目の前に置いてある一対の剣。
  この剣は騎士団の支給品ではない。傭兵時代に師匠から譲り受けた物だ。
  相当の業物らしく、刃毀れすることなく俺と三年間を共に過ごしてきた。
  今となっては俺の罪の証だ。こいつの刀身には隣国の何人もの兵の血が染み付いている。
  もう二度と使うこともないだろうが、これは俺が持っていなくちゃいけない。
  俺が墓に入ったとき一緒に埋めるべきものだ。
  剣を取り、腰に挿す。
「ウィル、お前本当に辞めるのか?」
  そろそろ出ようかと考えていると、同僚が残念だと言わんばかりの顔で訊いてきた。
  彼は俺が入団当初から良くしてくれていた戦友だ。
「耳が早いな。辞めると言い出してから二日と経っていないのに」
「そりゃお前、『戦姫の懐刀』が辞めるんだぞ。城内はその噂で持ちきりだって。
  だいたい何で上の連中は止めないんだ」
  当たり前だ。騎士団の運営を取り仕切ってるのはあのゲイル=トレイクネルだ。
  俺のような目の上のコブはさっさと取り除きたいだろう。
「これからどうするんだよ?前の傭兵隊のところに戻るのか?」
「いや。故郷に帰ろうと思う」
  俺の答えに同僚は驚く。
「故郷って、お前……あそこはもう……」
「わかってる。でももう決めたことだから」
「………そう、か……」
  同僚たちに別れを告げ、城を出る。
  あれからとうとう団長に会えなかったな。今までのお礼を言っておきたかったのに。
  仕方ない。村に帰ったら手紙でも出そう。

 だが、彼女は城門の前で待っていた。
「ウィル!!」
  俺を見つけると全速力で俺に駆け寄ってくる。
  彼女の目は赤く腫れ上がっていた。泣いていたのか……きっと俺の所為だ。
  団長は速度を落とさず、俺に抱きついた。強く、強く。
  彼女の鎧が当たって、胸が痛い。苦しい。
「辞めないで!辞めないで辞めないで辞めないで!!
  どうしてウィルが騎士を辞めるの!?なんで!なんで!!」
  団長の悲痛の叫びが胸に刺さる。
  本当に下衆野郎だ、俺は。団長にまで恩を仇で返すようなマネばかりしている。
  でも、団長。もうこれで終わりですから……
「すいません、団長」
「私がトレイクネルの人間だから!?私のお父様があなたの村を襲わせたから!?
  それなら謝りますからお願い、辞めるなんて言わないで!私を置いていかないで!!謝りますから!!
  ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
  何度も何度も。俺に許しを乞う団長。
  その姿はあの日のキャスを思い起こさせる。
  団長は事件の真相を知っていたのか。前に会ったとき様子がおかしかったのはそのせいなのだろう。
「団長、やめてください…」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――」
「団長!」
  肩を揺すってやめさせる。
「もういいんです…団長。謝らないでください。
  俺はもう誰にも関わることなく、ひっそりと生きていこうと思います」
「いやッ!いやッ!」
  団長は聞きたくないと首を左右に振る。
「ごめんなさい。俺はもう……此処には居られない」
  しがみ付いている団長を引き剥がす。
「あ………」
「団長。今まで本当に有難う御座いました」
  最後にありったけ感謝の念を込めて彼女に言った。
「ま、まっ…て…」
  今はまだ無理でもいつかきっと団長は解ってくれるだろう。
  そう願って、振り返ることなく城を後にした。

 

 城を出るウィルをただただ見送るだけの私。駆け寄って止めようにも腰が抜けて走ることができなかった。

 ――――許してくれなかった。
  許してくれなかった許してくれなかった許してくれなかった!!
  あれだけ謝ってもウィルは許してくれなかった!!
  それだけ彼は怒ってるんだ。どうしよう。どうしよう!どうすればいい!?
  絶望の中、必死でウィルに許してもらえる方法を探す。
  とにかく先ず、なんとしてでも私は味方だってこと、分かってもらわないと。
  そのためには何をすればいい?いったい何をすれば!?何を!!?

 あ。

――――ソウダ。
     ウィルニ カワッテ ワタシガ カレノ カタキヲ ウテバイインダ。

 あはっ。あははっ。
  あははははははははははははははははははははははははははははははははは
  はははっっっ!!!!!!!!!!!
  なーんだ。思いつけば簡単なことじゃない。
  私がウィルの代わりに復讐すればいいんだ。
  そうすればウィルはきっとわかってくれる。よくやったよ、って褒めてくれる。
  私の側にずっと居てくれる。
  お父様も。加担した貴族たちも。事件を見過ごしたこの国の王も。ウィルに告げ口して彼を苦しめた
  王女も。
  みんな、み〜んな殺してやればいいんだ。
  あはは。
  待っててください、ウィル。
  あなたを苦しめてるヤツらはみんな私が殺してあげますから。

「ふ、ふふっ……あはは…あははははははははははははははっっ!!!」
  爽快な気分で笑い声を上げながら天を仰ぐと。
  そこには今の私の気持ちを代弁するように雲ひとつない真っ青な空が広がっていた。

To be continued...

 

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