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生きてここに…

プロローグ
本編


19

暗い世界に閉じこめられている
ここは・・・・・どこだ?
俺は・・・・誰だ?
全身が重い・・・・
このまま俺は消えてしまうのか?
自分が誰かもわからないまま俺は消えていく
その存在がはじめからなかったかのように

 

「ここは・・・・?」
瞳を開くと見知らぬ天井が目に入った
「仁くん!!」
「仁ちゃん!!」
二人の女の子の声が俺を出迎えてくれた
痛む首を少し横にすると二人の少女が俺を見つめながら泣いていた
「詩織さん・・・・?それと・・・・この前逢ったよね?・・・・奈々さんだっけ?」
俺の言葉に二人はなにを言っているの?という風に俺を見ている
どうした?俺なんか変なこと言ったかな?

そのあと俺は医者から今の自分の状況を聞いた
俺をストーキングしていた女の人が家族を殺して
詩織さんと俺をも襲ったらしい
俺は詩織さんを護ったいいけど大量の出血で脳が血液不足になったらしい
そのせいで二年前ほどの記憶・・・・つまり奈々さんと逢ってすぐからの記憶をなくしてしまったらしい
今後そのような症状は出ないしふとしたきっかけで思い出すこともあるらしい
簡単な話、軽い記憶喪失だ
それから詩織さんは毎日お見舞いに来てくれた
それと奈々さんも毎日来てくれる
でもどうして?聞けば彼女と俺は同じ学校に入学して同じクラスで隣の席らしい
正直な話だが中二までの記憶しかないので俺の中の彼女は儚げなままだった
けど・・・・
「それでね、東児ってばまた女の子に告白してフラれたんだって〜、身の程をわきまえろって言ってやったよ・・・・うん、それでねそれでね」
マシンガントークが続く
こんな生き物だったのか彼女は
けど確かに二年の月日は感じさせる
詩織さんなんてすごい美人になってるし
奈々さんも記憶の中の彼女より女の子らしい可愛らしい容姿になっている
「どうかした?」
無言の俺に奈々さんが首をかしげそう聞いてきた
「いや・・・・・どうして毎日お見舞いに来てくれるのかなって?」
二年前・・・・と、言っても俺にはつい最近のことだがそれがあったにしろ
彼女の俺を心配する目や時々見せる詩織さんへの対抗心
嫌でも見えてくる
彼女が俺をどう思ってるか
ただのクラスメイトじゃないのか?
そう聞けば彼女を傷つけることになるだろう

だから俺は遠まわしにそう聞いてみた
「そっか、覚えていないんだね」
奈々さんは悲しそうにそうつぶやいた
どうして、そんな悲しい顔をするの?
「実はね・・・・私と仁ちゃんって・・・・恋人だったんだよ?」
え・・・・・
俺の好きな人は・・・・・詩織さんのはず
彼女のその言葉にある記憶がフラッシュバックした
奈々さんが俺に後ろから抱き着いて口付けを交わす姿が・・・・
「キス・・・・した」
口にでたその言葉に奈々さんはにっこりと笑んだ
「そうだよ!・・・・思い出してくれた?」
「でも、俺・・・・詩織さんと婚約」
現状の説明でそういう風な話を俺は聞かされていた
詩織さんに確認を取ったが事実だと言っていた
「あれはね、親同士が勝手に決めたことなんだよ?詩織さんは仁ちゃんのこと好きだったからいいけど、仁ちゃんは私のことが好きだったの」
信じられない・・・・でも、俺の見た記憶はそれが事実だと告げている
確かに詩織さんとはまったく正反対の彼女に俺は惹かれたのかもしれない
それほど彼女は魅力的だった
「ねぇ、仁ちゃん・・・・あの時のキスの続き・・・・して」
ベッドに身を乗り出し奈々さんは俺の唇に自分の唇を重ねた

20

仁ちゃんを騙してしまった
ごめんね仁ちゃん
でもこれは神様が私にくれたチャンスなの
だから私はこの罪を背負ってこれからも生きていくよ
私は覚悟して仁ちゃんと口付けを交わす
仁ちゃんはすべてを受け入れてゆっくりと私を抱きしめてくれた
「抱いて・・・・仁ちゃん」
私がそうつぶやくと仁ちゃんは少し戸惑ったけどうなずいてくれた
静かに服を脱がされる
下着もうまく仁ちゃんは外した
もしかして経験あるの?詩織さんと・・・・
心は覚えていなくても身体は覚えているの?
いまはよそう・・・・あの人のことを考えるのは
やさしい愛撫が私を未知の世界にいざなう
幸せ・・・・
罪悪感をも溶かしてくれる仁ちゃんの愛撫
そして仁ちゃんと私は初めて繋がった
初めての痛みを感じながら私は仁ちゃんとひとつになった

血の付いてしまったシーツを私は抱えて仁ちゃんの病室を後にする
さすがにこれは自分で洗わないと
だって、恥ずかしいし・・・・
でも・・・・仁ちゃんに抱かれちゃった
何度も夢見たその行為を私は現実に仁ちゃんにしてもらった
でも一種の不安もある
いつ仁ちゃんの記憶が戻るかどうかだ
お医者さんの話では戻るかもしれないし戻らないかもしれないらしい
覚悟はしている
それでも私はこの道を選んだ・・・・
だってもう仁ちゃん以外私は愛せないから
身体も心も・・・・
この十字架を背負って私は生きていく
それが愛する人を騙した私の罪
それでも私は・・・・・
愛してるよ・・・・仁ちゃん

「・・・・・」
詩織さんへの未練がない訳ではない
けれど俺は奈々さんを・・・・選んだ
あれほど悲しそうな顔をする奈々さんが嘘を言うわけない
そんなことを考えていると時間は夜になっていた
静かな音でドアが開かれた
「奈々さん・・・・?」
その方向を見ると詩織さんが立っていた
一気に未練が音を立てるかのように噴出した
「・・・・・・・・・」
奈々さんという言葉を聞いても詩織さんはなにも言わずに俺の横の椅子に腰掛けた
「仁くん・・・・・私ね」
少し悲しげにつぶやくと詩織さんは意を決したかのように口を開いた
「私のせいで仁くんが大怪我をして記憶まで・・・・だから!」
顔が寄せられる
綺麗な顔が俺の目の前まで
「・・・・・・?」
俺の首元を見つめる
「キスマーク・・・・」
それは先ほど奈々さんが俺に付けていったものだ
「どういう・・・・こと?」
悲しげな瞳が俺に向けられる
「これは・・・・奈々さんと・・・・」
それを聞くと詩織さんは俺に口付けた
そして舌を絡める
ゆっくりと離れる顔と顔
「私には仁くんしかいないの・・・・・だから!」
その顔にまた記憶がフラッシュバックした
夕暮れの帰り道
俺と詩織さんが口付けている
どうして?・・・・・俺は奈々さんと・・・・・
わからなくなった
「仁くん・・・・私を抱いて」
俺は言われるがまま詩織さんを抱いた
先ほど奈々さんを抱いた時と同じように
それで思ったことがある
俺は詩織さんの身体を知っているっていうこと・・・・
最悪だ・・・・俺、最悪だよ・・・・・
記憶を失う前の俺は最低の二股野郎だったってことだよな?
ごめん・・・・詩織さん・・・・・奈々さん・・・・

21

仁くんに抱いてもらったあと私は出入り口である人を待っていた
来た・・・・・奈々ちゃんだ
奈々ちゃんは私を確認すると少し顔を俯けた
「どうして・・・・ここに?」
「わかっているよね?」
彼女は仁くんの記憶がないのをいいことに騙したんだ
けれど彼女はまるで開き直ったかのように笑みを浮かべた
「あなたの・・・・・あなたのせいじゃないですか!」
その言葉に私は一瞬で言葉を失った
「あなたのせいで仁ちゃんは記憶を失った!大怪我までした!あなたに私にそんなこという資格があるんですか!」
思わず奈々ちゃんの頬を叩く私
奈々ちゃんもひるまずに私の頬を叩いた
「私がどんな気持ちで仁ちゃんと接してきたかわかりますか!どんなに想っても仁ちゃんはいつもあなたを見ていた・・・・・嫉妬で狂いそうになった日もありました!その気持ちがあなたにわかりますか!」
乾いた音が辺りに響く
先ほどよりも大きな力で頬を叩かれた
「私だって・・・・苦しいんだよ!」
仁くんが私のせいで・・・・考えただけでも怖くなる
だって私は自分が死ぬよりも仁くんを失うことのほうが怖い
だから・・・・・私は・・・・・

後ろめたさがないわけじゃなかった
でも、この人はいつも私を見下したように見ていた
仁くんは私の物なのよ〜って毎回毎回
どれだけ私が嫉妬したかわかりますか?
いまあなたが味わっている嫉妬を私は長い間一人で耐えていたんです
ようやく回ってきた私の至福の時間を誰にも邪魔なんてさせない
仁ちゃんは私の物なの!
「私はあなたを許しません・・・・仁ちゃんを傷つけたのは香葉って人だけど、私はその
人の次にあなたを許しません!」
詩織さんの顔が悲痛に歪んでいく
私はなおも続けた
「もう、私は我慢するなんて・・・・しません!」
そうだ・・・・私はもう引けないところまで脚を入れてしまっている
後悔はないむしろ幸福のほうが強い
だから邪魔なんてさせない
「私は仁ちゃんを必ずあなたから奪い取ります・・・・必ず!」
そう言うと詩織さんは私の頬を思い切り叩いてきた
そしてファーストコンタクトしたときと同じように無言で睨みつける
あのときの私には唖然とすることしかできなかったけど今は違う
私は叩き返してやると詩織さんも叩き返してきた
「私がどれだけ仁くんを想っているのか知っていてよくも!」
「言ったでしょ!あなたにそんな資格ないって!」
「うるさい!泥棒猫!」
詩織さんらしくない声
私らしくない声が病院の前に響く
「泥棒猫で結構です!私はもうあなたに遠慮なんてしません!」
「どれだけ私が仁くんのことで苦しんでいるのか知っていて・・・・・よくも!よくも!」
「あなたがすべていけないんです!すべて!」
「うるさい!」
もう詩織さんの頬は真っ赤になっている
私の頬も同じだろう
「泥棒猫のくせに!私の仁くんを!」
「何度でも言います・・・・あなたにそんなこと言える資格はありません!」
でもお互いに引かない
私たちはもう引き返せない場所まで来てしまったから

22

「私は・・・・あなたにだけには負けません」
「うるさい!私は・・・・・私は苦しんでるの!」
仁ちゃんを傷つけたこと?
違うよ・・・・あなたのそれは後悔の念じゃないの
「違いますね・・・・あなたはそうやって仁ちゃんに慰めてもらおうとしています」
ずるいヒト・・・・・
「自分だけをって・・・・・そうやってあなたは仁ちゃんを縛り続けてきたんです」
「違う・・・・・違う!」
否定しても無駄ですよ・・・・・
だって仁ちゃんは忘れません・・・・
心ではあなたに非はないとわかっていてもその恐怖までは拭いきれません
「あなたを見るたびに・・・・仁ちゃんは思い出しますよ?」
赤と狂気の笑顔を・・・・
「あなたが無力だから・・・・仁ちゃんを傷つけた」
「違う・・・・違う!」
違うしか言えないんですか?
「ただ自分に言い訳しているだけじゃないですか・・・・・ふふ」
「仁くんを惑わす・・・・泥棒猫!」
今度は罵声ですか?
芸の幅が広いんですね・・・・
ああ、あれほど遠く感じたあなたとの距離が今は微塵も感じませんよ
もうあなたに大きな顔させません・・・・
ようやく同じ舞台に立てたんですから
私はこの舞台のヒロインなんです
あなたはただの当て馬なんです
私と仁ちゃんが愛し合うのは運命なんです

泥棒猫の言葉が私の心を射抜いていく
「仁くんと私は小さい頃から一緒だったの!」
「だからってあなたのものじゃないでしょ?」
どうしてあなたはそんなに冷静でいられるの?
無償に腹立たしくなってきた
「私はあなたの知らない仁くんを知ってる・・・・・私が一番仁くんを・・・・」
「いつまでそうやって・・・・仁ちゃんを束縛する気ですか!」
な・・・・・・そんなこと・・・・・
「あなたはいつもそうです・・・・仁ちゃんを所有物かなにかと勘違いしていませんか?」
そんなことない!そんなことない!そんなことない!
「私は純粋に仁くんを・・・・」
「自分勝手に仁くんを振り回わしていただけでしょ?」
「違う!違う!」
そんな訳ない私の自己満足なだけじゃない・・・・
「仁くんは私を愛してくれた・・・・」
「私だってそうですよ?」
まるで悪びれる様子もなく泥棒猫はそう言った
「あなたが仁くんを騙してしたことでしょ!」
そうだ、この泥棒猫が一番に悪いんだ
私も仁くんも悪くない・・・・全部・・・・全部
「仁ちゃんがそういう人じゃないってあなた・・・・わからないんですか?」
どうして・・・・・そんな風に堂々としていられるの?泥棒猫のくせに!!
「うるさい!泥棒猫!」
もう私は自分を忘れていた

小さな雨粒が頭上から降ってくる
まるでこの口論を止めるかのように・・・・
これだけ本音をぶつけたのってはじめてかも
「うるさい!泥棒猫!」
綺麗な容姿に似つかわしくない荒げた声で私を罵声する
「仁ちゃんは私を抱いてくれました・・・・どうしてだと思います?」
なんで黙るんですか?わかっているのでしょ?
「仁ちゃんは好きでもない女を抱いたりなんてしません・・・・記憶を失っていても」
「違う・・・・仁くんの記憶がないことをいいことに・・・・あんたは!」
「あなたのせいで仁ちゃんは大怪我をした!記憶まで失った!いつまで自分を正当化する
気ですか!」
「うるさい!黙れ!この泥棒猫!」
小さな吐息があたりを包んだ
ぽつぽつと降り出した雨がまるで泣いてるかのように私たちを濡らした
まるで私たちの口論をたしなめるかのように雨は降る
いつか・・・・雨は止む・・・・
でも、また雨は降る・・・・
雨から逃げるには深い海に身を沈めるしかない
雨はそれでしのげる・・・・
けれどもう抜け出せなくなる
その中に私といま目の前で私に銀色の刃物を向けるヒトは身体を沈めてしまった・・・・
もう、逃げられない・・・・私は確信した

23

声が聞こえた
それも俺がよく知った二人の声だ
痛む身体を引きずると手すりを伝ってなんとか出口まで向かっていく
向こうに見えた詩織さんと奈々さんの姿に俺は息を飲んだ
詩織さんが奈々にナイフを向けている
どうしてあんなものを・・・・・
そういえば果物を切るようにあったような・・・・
そんなこと今はどうでもいい・・・・
早く・・・・早く・・・・・思うだけで身体は付いてきてくれない
どうしたら・・・・・

もう私はおかしくなってしまったのかもしれない
気づいたときには私は奈々ちゃんにナイフを向けていた
・・・どうしてこんなことに?
そうだ、この子は私がどれだけ苦しんでいるか知っていて
たった一つの・・・・私の・・・・
だから!だから!
怖いの・・・・仁くんを失うのが
私にとって仁くんはすべてなの・・・・
すべてを捧げたただ一人のヒトなの・・・・
どうしてあなたは私のささやかな、だけどなによりも大切な者を奪おうとするの?
「やめろーーーー!!!」
仁くんの声が私の頭に深く響いた
私は・・・・仁くんに微笑んだあと泥棒猫を見つめた
「泥棒猫さん・・・・見せてあげる・・・・私がどれだけ仁くんを愛してるか」
私はなんのためらいもなく仁くんの傷と同じ肩にナイフを突き刺した
「あ・・・・くふ」
小さな声が私の口から無意識に漏れると同時に痛みが全身を駆け巡る
仁くんと同じ痛み・・・・それだけで幸せを感じた
「どう・・・・奈々ちゃん・・・・あなたにはこんなことできないでしょ?」
倒れる私を仁くん脚を引きずって這って来てくれた
あなたの痛みには遠く及ばないけど・・・・わかってくれたよね?
仁くん・・・・
私と仁くんとの間を邪魔するかのように泥棒猫が物凄い形相で私を睨み付けた

赤に染まった身体を仁ちゃんが抱きしめる
すごい・・・・嫉妬の度合いが上がってる
香葉って人も・・・・詩織さんも・・・・私も壊れちゃったみたい
私はもう詩織さんに遠慮なんてしない・・・・
それは反則だから・・・・
私は倒れた詩織さんの足元に落ちている血に染まったナイフを取った
そして左手を地面に置いて右手に持ったナイフで左手の真ん中を突き刺した
「く・・・・・」
ナイフを抜くと血が噴出して私の顔を赤く染めていく
あ・・・・・ふふ・・・・・・私も・・・・・できた
こんなこと・・・私にだってできるの・・・・特別なことじゃないのよ?
仁ちゃんは呆然と私の姿を見つめている
そうだよ・・・・仁ちゃん・・・・私だけを見て・・・・
私だけに触って・・・・私だけにキスして・・・・私だけを抱いて・・・・
私だけがあなたに触りたい・・・・私だけが・・・・
もうあんな反則なんてする雌豚なんか忘れて・・・・私だけを・・・・

どう・・・・なってるんだ?
詩織さんも奈々さんも・・・・どうしてこんなこと
俺が奈々さんに視線を向けていると下の詩織さんが俺の腕を掴んだ・・・・
「仁くん・・・・見ないで・・・・あんな子見ないで・・・・私だけを」
詩織さん・・・・・・
「仁ちゃん・・・・・騙されちゃダメ・・・・・仁ちゃんは私を選んでくれたの」
俺は・・・・・・ほんと最低だ・・・・・この二人を壊してしまったのは俺なんだ
「泥棒猫なんかの言葉信じちゃダメ・・・・」
そう言って詩織さんは俺に向けていた視線を奈々さんに向けてにっこりと笑んだ
その笑顔はなんの憂いもない晴れやかなものだ・・・・
「今度・・・・仁くんを惑わせたら・・・・あなたを・・・・私が・・・・」
なにを言ってるんだ・・・・詩織さん
「あなたこそ・・・・仁ちゃんの婚約者だからって・・・・自分のものだなんて思わないでください・・・・・あ、くふ!」
苦しそうに顔をしかめて奈々さんが肩を地面に付けた
「奈々さん!」
思わず駆け寄ろうとした俺の腰に詩織さんが抱きつきそれを止める
「行かないで!」
その血が俺の服を濡らしていく
「ふふ・・・・悔しいですか?でも仁ちゃんの無意識の判断まではとめられません」
「うるさい!仁くんを惑わすな!泥棒猫!!!そのまま死んじゃえ!!!」
俺の胸に顔をうずめ離すものかと抱きついてくる
「忘れたんですか・・・・あなたのせいで・・・・仁ちゃんは・・・・仁ちゃんはそれを
わかっているんです・・・・だから無意識に私を求めているんです」
表情は伺えないがその顔はもう青ざめている
詩織さんも・・・・もう耳まで真っ青だ
「そんなことない!」
「開き直るんですか?・・・・・でも、仁ちゃんは忘れません・・・・・だから、仁ちゃ
んは必ず・・・・」
声が途切れていく・・・・奈々・・・・さん?
「奈々さん!」
そう呼ぶと同時に詩織さんが俺を見上げて目を細めた
「あんな子の名前なんて呼ばないで!」
いつも綺麗でやさしかった詩織さんが・・・・
「ふふ・・・・・やっぱり仁ちゃんは・・・・私を・・・・」
いつも元気で明るかった奈々さんが・・・・
全部、全部俺のせいだ・・・・俺は・・・・俺は!
最低野郎だ・・・・・自分で自分が怖くなるくらいの・・・・最低野郎だ

あれから一ヶ月で俺は学校に復帰した
二人とはあれから一度も関係を持っていない
そして繰り広げられる詩織さんと奈々さんの俺の争奪戦
「はい、仁くん・・・・あ〜ん」
「仁ちゃ〜ん・・・・・あ〜ん」
二人は箸を俺に向ける
そしてお互いを牽制しあう
「泥棒猫ちゃん・・・・仁くんが困ってるよ?」
「困らせてるのはあなたです、雌豚さん・・・・、私のはむしろ喜んでます」
「そんなことないよね〜仁くん?」
どうしてこの二人こんな二股最低野郎の俺をこんなにも想ってくれるんだ?
二人はどうやら俺が二股野郎だというのはわかっているらしい
そんな俺なのにこの子たちは・・・・どちらも傷つけたくない
そんな想いが俺の中をめぐっていた

三ヵ月後・・・・二人の妊娠が発覚した
お互いの親に俺は謝りぬいた
なぜか二人の親は渋りながらも許してくれた
本当は殴りつけてやりたい相手のはずなのに
聞くと俺は二人を護ったナイトらしい
だからこれも仕方ない・・・・
そう言ってお互いの両親は微笑んだ

八ヶ月後・・・・・二人は学校に休学を申請した
それから俺も・・・・・いま二人は俺の屋敷に居る
俺は二人の身の回りの世話等をこなして毎日を送っている
二人は妊娠以来ケンカもやめて・・・・
とはいかずに詩織さんは奈々さんを泥棒猫と呼び奈々さんは詩織さんを雌豚・・・・・呼ばわりして相手を互いに威嚇している
俺は複雑な心境だったが二人が俺に向けてくれる幸せそうな笑顔だけで満足させられていた
このとき俺はわかっていなかった・・・・・
最後の恐怖が近くに迫っていることを

24

ふふ・・・・・
私は確信していた
神は私に味方をしていると
だって・・・・・脱獄できるなんて思ってもみなかった
私は脱獄に成功すると予備で隠しておいた刀を持って仁さんの元に向かう
待てってね・・・・仁さん
すぐにあなたの元に行くから
でも、私は彼を傷つけてしまった
許してくれるよね?最初からそんな気はなかったのだし
それもこれもあの雌犬のせいだ
私は自分にそう言い聞かせると仁さんの屋敷の前まで足を進めた
高い塀を登って私は屋敷に侵入する
その先で私はあるものを見てしまった
腹のでかくなったあの二匹の雌犬が仁さんと楽しげに雑談している姿を
なに?あれ・・・・・
私はかつて感じたこともないような嫉妬をこの身に感じた
あの雌犬どもが・・・・・仁さんの子供を?
とうとう洗脳もそこまで進んでしまったの?
それももう一匹加わっている
私は唇を噛み締めた
唇から血が滴り口の中に血の味がひろがる
そうだ、まだ間に合う・・・・あの腹から汚れた子を取り出して息の根を止めればまだ
私は刀を鞘から抜くと静かに歩みを進めた

「仁さま!詩織さま!奈々さま!」
高田さんが慌てて部屋に入ってくる
どうしたのだろう?
俺が首をかしげると高田さんは青ざめた顔でこう言った
「羽津木香葉が脱獄・・・・したようです」
香葉・・・・・その名に俺は恐怖感を覚えた
確か俺をストーキングしていた女で・・・・
二人を見ると恐怖で身体を震わせていた
俺が強く自分をもたなくちゃな・・・・そうだ
「警察の方がこちらに向かっているとのことですが・・・・」
俺の中の見えない何かがこう告げている
その前に奴は来ると
それと同時にガラスの割れる大きな音がした
音の方向へ目線を向けると
そこには肌の半分を炎に焼かれたまさに悪魔という風貌の女性が立っていた
一瞬で体中が凍ったように固まる
だが・・・・・俺は負けない
二人を護るんだ・・・・・
俺が向かっていくと同時に高田さんが二人を逃がそうとする
よそ見をしているうちに刃先が横をかすめていく
よけれ・・・・た?
聞く話によると俺はボクシングをしていたらしい
記憶は失っても身体は覚えているらしい
しかし傷をつけた相手を思い出したかのように肩の傷が悲鳴をあげた
「ぐ・・・・・俺は・・・・こんなときに」

仁さんが肩を抑えて膝を付いた
やっぱり私の付けた傷がまだ治ってないの?
後で私がたっぷりと癒してあげるから待っていてね?
私は仁さんの横を通ると必死で逃げようとする二匹を追う
なに?邪魔ね・・・・
一人の歳を取った男性が私の前に立ちはだかる
でも私が軽く脚を斬っただけで倒れちゃった
倒れた男性を蹴飛ばして私は雌犬の一匹を捕まえた
「奈々ちゃん!」
そう呼ばれた雌犬が私を睨みつける
そんな目しちゃだめじゃない
雌犬は雌犬らしくしていなさい・・・・
私は刃先を雌犬のノド仏に向けた
「やめろ〜!!!!!」
仁さんが私にタックルしてくる
まだ洗脳が解けていないの?
私は怒りと嫉妬の念を込めて倒れざまに雌犬の胸に刃を突き立てた
「奈々さん―――――――!!!!!!」
まずは一匹・・・・
最後はもっとも憎きあの雌犬
「やめろ!」
脚にすがりつく仁さんのお腹を蹴って少し大人しくしてもらう
その光景を見て雌犬は私を睨み付けた
あなたは簡単には殺してあげないわよ

25

「詩織さん!」
仁さん・・・・もう限界なのでしょ?身体が動かないのでしょ?
だからそこで待っててね、すぐに洗脳を解いてあげるから
雌犬の肩を抑えて投げ飛ばす
壁に激突させる
そのまま肩を狙って刃を向ける
「く!」
まるで楽器のように音が鳴った
ああ、快感・・・・幸せ・・・・・
もう少しで刃先が食い込む
「やめろーーーーー!!!!!」
床を伝って仁さんが私の足を掴む
まさかこんなに洗脳が進んでいたなんて
そう思った瞬間だった
光が私を照らした
と、同時に何人もの警官が私に向かって銃を向ける
なに・・・・?
もうお終いなの?
私は向かってくる警官を斬り付けてドアを開き駆ける

私の荒れた呼吸と私を追う足音が階段を登っていく
屋上に出た・・・・もう逃げ場はない
銃が私に向けられる
邪魔するの・・・・あなた達も私と仁さんとの間を・・・・
なら壊してやる!
「あぁぁぁぁ!!!!!!」
放たれる拳銃の弾を避けて警官を斬り刻んでいく
右肩に弾が食い込む
今度は右の胸に・・・・
次は脚に食い込んでいく
それでも私は警官を斬り刻む
ああ、怯えてる・・・・私がそんなに怖い?
思い知らせてあげる私と仁さんとの間を邪魔したことの罪深さを
「あ、はははは!思い知りなさい・・・・・・・・・うぐ!」
あれ・・・・脚が動かない
手も・・・・
力を失って刀が地面に落ちる
ああ・・・・・仁さん・・・・・私は・・・・・
あなたと二人だけの世界を・・・・・・

「詩織さん!」
急いで駆け寄る
詩織さんは少し顔を歪めたがすぐに笑んだ
「私のことより奈々ちゃんを・・・・・」
少し心配だったが俺は奈々さんの元に向かった
右の胸から血がどんどん流れていく
俺は必死で傷口を抑えたが血が止まらない
「仁・・・・ちゃん」
かすれた声が俺の耳に届いた
「しゃべらないで・・・・・いま警察の人が・・・・」
「最後に話・・・・させて・・・・仁ちゃん」
最後だなんて・・・・そんなこと言わないでくれよ

26

体中の力が抜けていく
もうダメだって私にはわかるの・・・・
だからね・・・・聞いて・・・・最後だから
「仁ちゃん・・・・本当はね恋人だなんて・・・・嘘なの・・・・・私の片思いだったの」
最後だから・・・・最後になるから
涙が止まらない
仁ちゃんの涙も私の頬に落ちてきた
泣かないで仁ちゃん・・・・・
「ごめんね、嘘なんて言って・・・・・ごめんね?」
仁ちゃんはゆっくりと首を振った
ずっと謝りたかった・・・・
「でも、好きなの・・・・・愛してるの」
本当の意味で伝えることができた
あなたが好きです・・・・愛しています
私がひとつ誇れるものがあるとすれば仁ちゃんへの想い
他にはなにもない
たった一つでいい・・・・・それだけで充分
「奈々・・・・・」
奈々?いま仁ちゃん奈々って呼んでくれたの
「記憶・・・・戻ったの?」
仁ちゃんはまたゆっくりとした動作でうなずいた
「ごめんね・・・・ごめんね、仁ちゃん」
どうしてだろう・・・・すごく穏やかな気持ちだよ・・・・仁ちゃん
私を見つめてまた仁ちゃんは首を横に振った
そして・・・・・
「愛してる・・・・奈々」
え・・・・愛してる?そう言ってくれたの?
その言葉・・・・二年前からずっと聞きたかった言葉・・・・
仁ちゃん・・・・・私・・・・・
「嬉しい・・・・・嬉しいよ・・・・仁ちゃん」
頬に伝う涙の量が多くなっていく
あれ・・・・仁ちゃんが見えなくなっていく
それでも構わない・・・・・たとえ瞳が死んでも私の手は生きてここにいる
頬に手を乗せて温かみを分け合う
すぐに力が抜けて床に手が落ちた
それでも構わない・・・・・たとえ手が死んでも私の感覚はまだ生きてここにいる
抱きしめられたぬくもりが私の身体を包み込む
それもすぐになくなっていく

「おねがい・・・・最後のお願い・・・聞いて」
「そんなこと言わないでくれ!」
「聞いてよ・・・・お願い」
「わかったなんでも聞いてやるから・・・・だから生きてくれ!」
ありがとう仁ちゃん・・・・
もうなんのしがらみもない・・・・
私は私のままで愛するヒトの腕に包まれている
これが・・・・・本当の私の幸せ・・・・
「子供だけは助けてあげて・・・・おねがい・・・・」
・・・・・言葉を発することすら出来なくなった
耳も聞こえないよ・・・・・
意識だけの存在になってしまった
それでもかまわないよ
私の心はまだ生きている
たとえこのままこの身が果てても
死ですら私の想いを止めたりなんて出来ないのだから
「な・・・・・な?」
感じるよ・・・・仁ちゃんの心を・・・・
仁ちゃんの想いを・・・・
やっぱり死なんかで私の心を止められなんてしない
私は今、誰よりも幸せです・・・・仁ちゃん
たとえこの身体と意識がなくなっても私の想いはあなたと共に
あなたの中に預けるね・・・・私は・・・・生きてここに・・・・いるよ
ずっとあなたの心に・・・・
やっと・・・・掴めた・・・・あなたの・・・・・心・・・・仁・・・・ちゃん

27

黒い服を着た人たちが棺に華を添えていく
俺は遠くからそれを見ていた
雪が・・・・・降ってきた
白の向こうで穏やかな顔で目閉じる奈々の顔が目に入った
「仁くん・・・・・」
声の方向に振り返るとそこには奈々のお父さんが立っていた
「俺・・・・俺・・・・・すいません!」
謝っても許してももらえないのは充分に理解している
でも・・・・俺はずるいな・・・・こうやって逃げようとしている
奈々のお父さんは俺の胸倉を掴んですぐに俺を殴りつけた
「・・・・・・」
「どうして僕がキミを殴ったか・・・・・わかるかい?」
俺の瞳をまっすぐに見つめて奈々のお父さんはゆっくりとあるものを俺に渡した
日記・・・・・・?

すごいよ!今日はね仁ちゃんと再会したの!
やっぱり私たちってば運命の赤い糸で結ばれてたりして♪
あと、ね・・・・すごいの仁ちゃんのモテモテぶり
一日で私は嫉妬の的だよ
でもでも、わたくし嫉妬に狂った視線をすべて耐えてみせます!

仁ちゃんが初めて名前で呼んでくいれたの・・・・・さん付けだけど
すっごくうれしかったよ・・・・・ありがとう仁ちゃん
す・・・・き・・・・です・・・・

今日は自称仁ちゃんの婚約者の詩織さんと初対面・・・・
すごい人だった・・・・
でも、私は逃げない諦めない負けないの言葉を胸に戦うよ仁ちゃん!
それと仁ちゃんを私の誕生日パーティーに呼びました!
一週間先だけどなんだかドキドキだよ
今夜眠れるかな?

初めて仁ちゃんの試合を見た
仁ちゃんが殴られるたびに目を反らしちゃった
でもね、勝ったときのあの表情・・・・
いまでも忘れなれない・・・・
カッコいい♪

今日は待ちに待った誕生日
そして・・・・・仁ちゃんとの初キッス・・・・♪
どうしよう・・・・どうしよう
今日は眠れないよ・・・・・て、へへ

今日は怖い人が私と詩織さんに刀を向けた
仁ちゃんは私たちを必死で護ってくれた
すっごくこわかったけど、仁ちゃんの背中を見て思ったの
この人なら大丈夫って
え、へへ・・・・・ベタ惚れしてるね
私・・・・・好きだよ・・・・・仁ちゃん

今日はすごく悲しいことがあった
仁ちゃんが大怪我した
すっごく不安で私・・・・ずっと仁ちゃんの手を握ってた
目覚めた仁ちゃんが私のことを忘れてしまったのはショックだったけど
でも、仁ちゃんが目を覚ましてくれただけで充分だよ

・・・今日は仁ちゃんを騙してしまった
でも思いは止められなかった
好きなの・・・・愛してるの
仁ちゃん

重大発表です!なんと妊娠したのーーーー!!!
で・も!詩織さんも・・・・・偶然なのかな?
それはともかく、嬉しかった
だって仁ちゃんと私の愛の結晶だもの
愛してるよ・・・・仁ちゃん

「あ、く・・・・・ふ」
涙が止まらない・・・・・な・・・・・な
「僕がキミを殴ったのはキミが謝ったからだ」
そうだ、俺が一番に理解していたんだ
奈々がなんの後悔もなく・・・・・
俺は・・・・・俺は・・・・・!
「これを見て・・・・・もうキミを憎めなくなったよ」
な・・・・・・な!
「奈々―――――!!!!!!」
俺は棺に泣きすがり泣き喚いた

深い海の底からは自分では抜け出せない・・・・
そんななかにあなたは飛び込み私を救ってくれた・・・・
どれだけ深い闇の中でも・・・・
私はあなたを想い待ち続けます・・・・
あなたは私に世界をくれました・・・・
あなたは私に人を愛することのすばらしさを教えてくれました・・・・
私はあなたになにかあげられましたか・・・・
私は・・・・幸せでした・・・・・仁ちゃん

小さく舞う雪の粒が日記から落ちた一枚の写真に降りて溶ける
その写真には仁と奈々が二人で写っている
写真の下にはこう書いてあった
『愛してます、あなたは私のすべてです』

To be continued...

 

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