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生きてここに…

プロローグ
本編


1

うれしさを隠さずに私は電話を置いた
「お父さん・・・・今度のパーティーに私の大切な人を呼びました」
お父さんはすこし複雑そうな顔をしたけど「そうか」とうなずいてくれた
「それで、相手は?」
「クラスメイトの仁ちゃ・・・・おほん!流くんです」
「流?もしかして、あの大会社の・・・・跡取りの?」
どうやら流家というのは有名らしい
私は少し誇らしくなって「そうです」と答えるとまたお父さんは複雑そうな顔をした
「しかし、彼は月緒さんのご息女と婚約をしているのでは?」
その話も有名らしい
ああ、もう・・・・悔しいな
でも・・・・負けてられない
「お父さん・・・・愛は与えられるものではないの・・・・奪うものなのよ!」
また複雑そうな顔をされた
これは心配かな?
「そ、そうだな・・・・それでこそ僕の娘だ、応援しているよ」
「はい♪」
うきうきしながら階段を登る
どのドレスにしようかな?
ドレスを並べて品定め
「なんか女の子してるな・・・・私」
漫画で見たような状況に私は思わず笑ってしまった
仁ちゃんに会うまで想像もできなかったけど
よく大人に奈々ちゃんは大人しくていい子だねと言われた
でも、違うの・・・・だって今の私が本当の私だから
きっかけが欲しかった
自分を出すきっかけ
それを与えてくれたのは仁ちゃんだ
仁ちゃんの前では着飾った私を取り繕う必要もない
そう思わせてくれるほど
仁ちゃんには不思議と人の心を包みこみ力がある
たぶん仁ちゃんは悲しい思いをなんどもしたのだろう

私ね、思うの
優しい人ってそれだけ悲しみを知っている人だって
だって悲しいや辛いを知っていなければ本当に人に優しくできないでしょ?
それを知らない人の優しさなんて極端な言い方だけど偽善や綺麗事だよ
知っているから仁ちゃんは優しいんだ
知っているから仁ちゃんはなにもかもを包み込んでくれるんだ
私はもうゾッコンだよ?
仁ちゃんの気持ちは知っている
でも人にはゆずれないものだってあるんだよ?
私にとってそれが仁ちゃんなだけ
だからたとえ何年経ってもこの気持ちは変わらない
誰にもゆずらないし私だけのモノだ
でも待っているだけなんて耐えられない
だけど恋愛経験の皆無な私には漫画にあるようなアプローチしかできない
でもいいよ、恋愛経験は仁ちゃんに鍛えてもらうから
だから私は私なりにがんばってみるよ
不器用でも想いは伝わると思っている
「愛してるよ・・・・仁ちゃん♪」
部屋に飾ってある私と仁ちゃんの並ぶ写真
これは無理やりにたのんで一緒に撮って貰った写真
仁ちゃんの顔にキスしてドレス選びを再開した

「ふわ〜ぁ」
大きなあくび
「これで3回目だよ?そんな眠いの?」
呆れがちな奈々さんに俺は軽く解釈した
外を見るとプールの壁に男がたかっていた
そうか、もうプール開きか
「お〜、やってるやってる・・・・・どこもこの時期は同じ景色がひろがるんだな」
「男の子ってみんなあんななの?」
少し身を乗り出してそれを見ていた奈々さんがため息まじりにそう言った
「おうよ、俺だっていますぐにあの場所に飛んでいきたいよ・・・・あ〜、授業とあの壁がなくなればな」
俺は心底の哀れみを込めて東児見てやった
「最低・・・・もしかして仁ちゃんも?」
「俺をあの犯罪者と一緒にしないでくれ」
「それもそうか・・・・」
うんうんとうなずくと東児が後ろから俺をひじで突いた
「んなこと言ってお前も見たいんだろ?たとえば、詩織さんのとか・・・・」
「・・・・・・・」
ゴン!
教科書が顔にぶつけられる
「奈々さん・・・痛い」
しかし彼女はプイっとそっぽを向いてしまった
俺はこの怒りを東児にぶつけその憂さを晴らした
酷い?違うな・・・・だって諸悪の根源はこいつだから

熱心な目が俺に向けられる
今日は他校の生徒と練習試合の日だ
たくさんの視線が俺に向けられる
そんな期待しないでくれ
期待は一度壊れるともろくて簡単になくなる
それを俺は充分に理解している
でもひとつ・・・・いやふたつだな
違うまなざしを感じる
周りを見ると滅多に試合を見に来ない詩織の姿
そしてもうひとつのまなざしは・・・・・
「仁ちゃ〜ん、がんばれ〜!」
なんだあれは
「や、やめてくれよそんな大きな旗」
それもLOVE JINとプリント付きだ
「こっ恥ずかしいな・・・・ったく」
まんざらでもない俺に詩織がムッとして
「頑張れ〜仁く〜ん!!!!!!」
キーンと耳を突き抜けるような大音量が耳を通り抜けた
その後の苦笑の声
詩織は顔を真っ赤にして縮こまってしまっている
「・・・・・ふふ」
緊張も不安も当に吹っ飛んでいた
俺は心の中で詩織と奈々さんにお礼を言って相手と右手を合わせた

2

「圧勝だったね?」
奈々さんが満面の笑みで擦り寄ってくる
くっ付きすぎだろう?
離れようとしては近づかれ離れてはを繰り返す
俺は・・・・諦めた
「そうでもない・・・・」
「謙虚だねー?」
そうなのかな?でも、確かに相手の動きが手に取るように見えた
最近なぜかより速く身体が動くようになった
頭に身体が付いてきたのか?
けれどいま誰と戦っても負けない自信はある
「俺はどうだったんだよ」
ボロボロにやられている東児が青くなっている目を氷で冷やしながらやって来た
「ああ、頑張ったんじゃない?」
冷ややかなその声・・・・
いや、違うな
彼女は異性にあまり慣れていないんだ
だから無愛想になってしまう
今だって必死なのだろう
掴んだ手が震えている
昔の詩織がそうだったからよくわかる
ちなみに詩織は俺が殴られるのを見て
最初の内は耐えていたが後半になってバッティングされて出た
血を見て失神してしまった
すぐに医務室に友人が運んでいったが
だから、見に来ないほうがいいと言ったのに
奈々さんも俺が殴られる度に青ざめていた
俺の周りにはいじっぱりが多いな

 

ああ、血を吐いてる・・・・気持ち悪いな靴に付いちゃった
その目はもうやめてと言っている
なに?これで許すとでも思ってるの?冗談・・・・
私は隣に立っている子から木刀を奪い取るようにした
「ちょ・・・・香葉、なにもそこまでしなくても」
パンと爆発音のように肌を叩く
隣に立っている子が脚を抱えるように座り込んだ
「邪魔・・・・する気?」
ああ、もう・・・一人も二人も一緒か・・・・
私は木刀で二人を交互に叩く
周りの子に対しても見せしめになる
徹底的に・・・・徹底的に!
蚯蚓腫れの次には腫れた所から内出血が見られた
どうしてこんなことするかって?
だってこの子・・・・一人は逆らったからだけど
仁さんに告白しようとしたんだよ?
それだけ?私にとっては万死に値するほどのことよ
本当は磔刑にして胸に刀を突き刺してやりたいけど・・・・
それをやったら可能性がなくなるから今はしない
ああ、泡吹いてるよ・・・・
「気持ち悪い・・・・」
自然と言葉が出た
これがあの女だったらどれだけ楽しいだろうか?
想像しただけでゾクゾクするよ
力の入った手でもう一度木刀を振り下ろす・・・・
「・・・・・っ!?」
前に受け止められた
後ろを向くと
背中の後ろに届くまで上げた木刀の先を月緒詩織が掴んで私を睨み付けていた

3

「・・・・あなたがイジメのリーダーだったのね」
その目は殺気立ち今にも飛びついて来そうだった
しかしそれをせずにあの女は私の足元に倒れている子を抱えた
「・・・・・この子おねがい」
近くに居たあの女の友達がうなずく
そして私を睨み付けた
あの女はもう一人の子を抱きかかえると私を睨み付けてその場を去って行った
「いいの、あの人・・・・流くんの」
「今はね・・・・・我慢のときなの」
熟した果実になったらたっぷり狩ってあげるよ
その綺麗な顔をズタズタに引き裂いてその皮を仁さんに贈ってあげる
醜いあなたを仁さんはもう愛してはくれない
でも、まだ熟してないから
もう・・・・そろそろかな?

悲しいな・・・・
仁くんとの帰り道
いつもは楽しいはずなのに今日は沈んでいる
私は先生に頼まれて陰湿なイジメのリーダーを探っていた
医務室から出て少し落ち着いた私は仁くんの帰りの準備が終わるまで
友達と物陰や倉庫などイジメの場所にされそうな場所を探索していた
もちろん出くわした時に報復を受けないように離れて歩く友人を一人と隣にもう一人付けて
そして・・・・見つけてしまった
主犯格が香葉さんだとわかった瞬間なぜか私は強気に出た
友達は危ないと言ったが私は引かなかった
私は怒りを抑えてケガをした二人を連れてその場を去った
医務室に付くと同時に気が抜けてひざを付いてしまった
そのあと二人は病院まで送られていった
仁くんはまだ立てない私を遅いからと探しに着てくれた
仁くんが支えてくれた
少し泣いてしまった・・・・
仁くんは理由を聞くでもなく抱き止めてくれた

 

その後私は仁くんに支えてもらって職員室に運んでもらった
仁くんを待たせて
先生に報告をする
難しい顔をした先生がもう一度確認してきた
私は強くうなずく
先生はわかったと言って苦笑いを浮かべた
『学生会副会長だという理由だけで頼んでしまってすまなかったあとは任せてくれ』
それを聞いて私は仁くんの元に戻った
また少し泣いてしまった
「詩織?」
仁くんが不安そうな顔で私を見ている
「なにがあったのかは聞かないけど、無理だと思ったら言ってね?」
「うん・・・・・仁くん」
もう少しがんばってみよう
私なりになにかしてもみよう
なにかあっても仁くんが護ってくれるよね?

4

どうしよう!
まだドレスが決まらない
一番大事な人を呼んだんだよ?
半端なものは着れないよ
でも・・・・・どれもいまいち
もう時間が・・・・当に過ぎている
トントン
ノックされた
「まだで〜す」
「時間なんてございません!」
強い口調のお手伝いさん
これはワガママ言ってられないかな?
「すいません、着替えを・・・・手伝ってくれませんか?」
数秒置いて「お邪魔いたします」とお手伝いさんが入ってきた
お手伝いさんは散乱するドレスを見て呆れがちに肩をすくめた
私は結局一番のお気に入りのドレスを選んだ
手早く着付けを始めるお手伝いさん
「いつもは着るもので迷ったりしないのに、どうしてかしら?」
くすくすと笑みながら前に回ってくる
私より人生経験の豊富なこのお手伝いさんの女性はなんでもお見通しのようだ
「お化粧・・・・してみますか?」
私は力強くうなずいた
するとお手伝いさんは待っていましたとばかりに化粧道具を取り出した
手際よく化粧が施されていく
少しは綺麗に見えるかな?
喜んでくれる?仁ちゃん・・・・
子供が化粧してるって笑うかな?
それはないか
だって仁ちゃん、いじわるも言うけどデリカシーに欠けることは言わないものね

「自信を持ってください、あなたはとても魅力的な女性ですよ」
自信か・・・・でも、どうしても詩織さんに対しては
あの人以外なら?でも基準はどうしても彼女になってしまう
もしかして勝つ必要ないのかも
そうだよ、私は私だもんね
いくら願っても彼女にはなれないし
なれたとしてもごめんしたい
私は私なりに仁ちゃんにアプローチしてみよう
準備が終わり私は勇んで立ち上がる
不意に窓の下に仁ちゃんを見つけた
なんか・・・・正装してると別人みたい
もちろん仁ちゃんはなにを着ていても似合うけど
なんかどこかの国の王子様・・・・
と、思ったらやる気なさげに持っていた袋を置いてため息を付いている
少し不真面目なんだよね・・・・仁ちゃんは
でもね、ボクシングをしている時の仁ちゃんはとても真剣な目をしている
その瞳に何度も吸い込まれそうになった
試合は正直・・・・こわい
仁ちゃんが殴られる度に目を閉じてしまいそうになる
でも、勝った時のあの表情は言葉では表せないほど充実感に満ちている
私は自然と笑みを浮かべていた

私は部屋に置いてあった袋を持つと駆け出して階段を降りる
そして人ごみを通って行く
途中私の存在を気づかれたが私は気にすることなく駆けていく
後姿を確認して深呼吸する
意を決し声を掛ける
「じ〜ん・・・・・ちゃん!
いつものようにそう声を掛け仁ちゃんの背中にダイブ!
しっかりと首に手を回して絡める
ああ、幸せ・・・・
いけない、いけない・・・・これじゃあ、仁ちゃんが困ってしまう
「ちゃんはやめろ」
私は渋々ほんとに渋々と仁ちゃんから離れた
「仁ちゃんは・・・・仁ちゃんだよ」
いつもどうりだね?
でもね私って意外とめざといんだよ?
仁ちゃんってば頬をかくふりして赤くなってるの隠してる
「え、へへ・・・・どうかな?」
回転してみせる
私だってやればできるんだよ?
どう、女の子らしいでしょ?
お・・・・今度は隠せないよ
真っ赤かだ
でもついカワイイなんて口にはしないよ
だって男の子なんだもんね・・・・私ってそういうのわかってるよ
「な〜に、赤くなってるのかな〜?」
仁ちゃんは顔を背けてぶっきらぼうに袋を手に持って私に渡した
「ほら・・・・お望みのものだよ・・・・お姫様」
お姫様だなんてそんな・・・・
いけない・・・・・いけない
私はすぐにそれを受け取ると袋を破って中身を確認する
「おぉ〜!ボクシンググローブだ!」
ああ、やっぱりやさしいね、仁ちゃんは
私ね仁ちゃんがこれをくれるなんて思ってなかったよ
だからね、期待しないで待ってたの
だって、一番大事なものだよね?
一緒にずっと戦ってきたんだから
一番輝いている仁ちゃんが身に着けているモノ
すりすり・・・・仁ちゃんの匂いだ
胸がいっぱいだよ
「ありがとう〜、ありがとうだよ〜・・・・」
泣いているのを自覚しているけど・・・・
いいよね?

本当にうれしいよ・・・・ああ、そうだお礼にって買っておいた
「あ、そうだ・・・・これ」
私はいま思い出したかのようにそう言って仁ちゃんに袋を渡した
仁ちゃんは不思議そうに袋を見ている
「なんだこれ?」
「開けてみんさい・・・・」
驚くよ?好感度アップだよ?
ほら、早く開けてみてよ
絶対にビックリするから
なんだか私の方がわくわくしてるみたい
でも好きな人の喜ぶ顔ってなによりも嬉しいんだよ?
中身が私にも確認できた
よし今だ!
「じゃじゃ〜ん!新しいボクシンググローブ!
どう?ビックリしたでしょ?嬉しい?
「俺が前から欲しいって思ってた・・・・」
そうなのです、私は仁ちゃんのことに関しては鋭いのです
前に一度仁ちゃんがぼんやりと見ていたカタログ
こっそり後ろから見てみると
その視線はある一点に集中していた
青と白のカッコいいやつだ
ちゃんと心も込めたよ
だってそのグローブはね
私が自分で探して買ったんだから
お金もね、お手伝いさんのお手伝いしてお小遣いという感じで貯めたものだよ
仁ちゃんを見つめる
ああ、喜んでる喜んでる
よかったな〜♪
私にとってはこれが最高の誕生日プレゼントだよ
仁ちゃんも私を見つめる
いやん、照れるな・・・・
あれ?私のこと不思議そうに見てるだけ?
ああ、そうか・・・・どうしてわかったのか・・・・でしょ?
だってわかるよ
ずっと見てるんだから
あなたのこと
「仁ちゃんのことならなんでもわかるよ」
ね、仁ちゃん・・・・

5

料理はなかなかのモノに見える
手をつけようとしたが高田さんが咳払いをしている
まだ・・・・だめ?
「主役が来ていないのですよ?まだ我慢です」
言ってもいないのに答えてくれた
すごいなこの人・・・・
俺は退屈になって大きな窓をまたいで外に出た
プライベートプールのある庭に出ると俺は手に持った若干大きな袋を地面に置いた
「・・・・・・」
こういうパーティーはもう何度目だろう?
多すぎてわからないよ・・・・まったく
会場の方を見てみる
知っている人が大勢だ
みんな暇だな
俺も・・・・だけど
「じ〜ん・・・・・ちゃん!」
後ろから飛びつかれる
そして首に両手を絡めてしっかりと抱きついてくる
「・・・・・う」
背中の感触・・・・・に俺は一瞬戸惑った
冷静に・・・・冷静に・・・・だ
「ちゃんはやめろ」
「仁ちゃんは・・・・仁ちゃんだよ」
身体は離れていくのを感じた
振り返ると俺は一瞬にして時間が止まったような錯覚を覚えた
「え、へへ・・・・どうかな?」
クルッと回転してピンクの綺麗なドレスを見せてくれる
肩ほどまでの髪がひらっと舞う
ドレスを着るとまた違った印象を受ける
女の子らしい容姿の彼女は普段着もそんな感じだが
今はうっすらと化粧を施して綺麗なドレスを着てる
「・・・・・っ」
思わず声が出てしまった
もしかして・・・・奈々さんはあと数年したら化けるかもな
数年どころか今も・・・・充分
何を考えているんだ俺は
美人を見慣れてる俺でも一瞬目を奪われてしまった
やるな奈々さん・・・・

「な〜に、赤くなってるのかな〜?」
からかいがちに顔を近づけてくる
どうやら中身はそう簡単には変わらないらしい
「ほら・・・・お望みのものだよ・・・・お姫様」
適当な感じでそれを渡す
ごまかした感がするがこれはいつも奈々さんがやってることだ
文句は言わせない
「・・・・・?」
奈々さんは一瞬きょとんしたがすぐにハッとして袋を破っていく
破るのかよ・・・・その服で・・・・まったく
「おぉ〜!ボクシンググローブだ!」
高らかにボクシンググローブを空に向けて大げさにリアクションする
すぐに頬にすり寄せる
なにをしたいのか・・・・まったく
「ありがとう〜、ありがとうだよ〜・・・・」
今度は泣いている・・・・コロコロと表情が変わるな
やっぱりどうしても詩織と比べてしまう
悪いとは思いつつも・・・・
「あ、そうだ・・・・これ」
なぜか俺が渡した袋と同じくらいの袋を渡された
「なんだこれ?」
「開けてみんさい・・・・」
奈々さんと違って俺は丁寧に袋を開けていく
中身を確認・・・・・
「じゃじゃ〜ん!新しいボクシンググローブ!」
胸の前で両手を合わせて声を張り上げる奈々さん
これって・・・・まさか!
「俺が前から欲しいって思ってた・・・・」
前にぼんやりと見ていたカタログの目に止まった物だ
まさかあれを見てたのか?
でも数ある中でこれを選んだとは思えない
俺がこれがほしいと知っていたんだ
目の動きだけでわかるなんて・・・・すごい洞察力だな
「仁ちゃんのことならなんでもわかるよ」
どうやら俺は顔に出てしまうらしい
以後気おつけよう

6

「今日って・・・・誰の誕生日だっけ」
不思議そうに私を見ている仁ちゃん
あ・・・・そうだった
今日は私の誕生日だった
「えっと・・・・・あ、そうだ!二年前のお礼だよお礼!」
適当にごまかすこともできずに私は一番妥当なことを言った
「二年前?・・・・・そんなの・・・・・いいのに」
そう言ってまた中身を見つめ微笑んでいる
よかった本当に喜んでくれているみたい
その顔を見るために頑張ったかいがあったよ
仁ちゃんの目・・・・・キラキラしている
普段は落ち着いていて大人っぽいのにね
好きなことになると子供のような顔をする
「おお!すっげーカッコいい!」
仁ちゃんはようやく袋から中身を出して早速とばかりに手に着ける
そしてファイティングポーズを決めた
ああ、カッコいい
でも・・・・その衣装じゃ・・・・
この言葉は心に留めておこう
仁ちゃんに恥なんてかかせられないよ
・・・・・でも、なんかいいなこういうの
周りが見たら・・・・恋人に見えるかな?
「奈々さん?」
ボーっとしている私に仁ちゃんがそう声を掛ける
奈々さん・・・・か
最初は苗字にさん付けだったので
それは嫌と言うと仁ちゃんは私を奈々さんって呼ぶようになった
ここは新密度・・・・アップしてもいいよね?
「仁ちゃん、私ね・・・・もう一つ欲しいものがあるんだ」
「ちょ・・・・俺ほかになにも・・・・」
そんなことじゃないよ・・・・簡単なことだよ
「これからは奈々って呼んで?」
仁ちゃんは少し頬を赤く染めた
抵抗があるのかな女の子を呼び捨てにするの
でも、あの人の事は詩織って呼んでるし
やめよう、やめよう今はあの人の事を考えないようにしよう
「それはちょっと・・・・」
「拒否権はありません」
そうだよ、もっと積極的に
仁ちゃんがこんな些細なことで私を嫌ったりする訳ないし
ここは強気だよ・・・・うん

 

「な・・・・・」
頑張って仁ちゃん!
もう少し・・・・もう少しだよ
「な・・・・さん」
ああ、もう・・・・仁ちゃんってば
いつのならこの頬を赤く染めた仁ちゃんを見るだけで満足して
「もういいよ」って言っていただろう
「はい、もう一回♪」
耳まで真っ赤にした仁ちゃんは空を見上げて思い切り深呼吸した
「な・・・・・な!」
ああ、嬉しい、嬉しい、嬉しい!
「じ〜ん・・・・・ちゃ〜ん!」
思いっきり抱きつく
ああ、仁ちゃんはやさしいな・・・・もう
でも・・・・あれ?
仁ちゃんが倒れていくよ・・・・私たちっていま
「どわ!」
「きゃ!」
そうだった後ろはプールだった
私ってばなんて事を
頭からのダイブだったので二人ともびしょ濡れになってしまった
「ごめんね・・・・・仁ちゃん」
仁ちゃんは肩をすかして「まあ、いいよ・・・」と言ってくれた
仁ちゃんの顔・・・・近いな
少し近づけばキスできちゃうよ
本当に綺麗な顔
水も滴るいい男だね仁ちゃんは
ああ、はやくその唇で私のファーストキス奪って欲しいな
それとも奪っちゃっていいですか?
顔が熱くなるよ
思わず下を向いてしまった
あれ・・・・・?
あぁーーーーー!
「仁ちゃん!」
思わず仁ちゃんに抱きついてしまった
仁ちゃんは何がなんだかわからずにあたふたして後ろの窓の方を振り返った
誰も見ていないのを確認すると仁ちゃんは、はぁ・・・・と息を漏らした
「きゅ・・・・急にどうしたの」

 

「あのね・・・・・このドレス生地・・・・うすいでしょ?」
それを聞くと仁ちゃんは顔を真っ赤にして下を見ようとしてやめた
いちよう胸の部分にはパットを入れていたけど
飛びこんだ勢いでずれてしまったみたい
仁ちゃんが壁になって窓の向こうの人には見られてないけど仁ちゃんが動いちゃったら
仁ちゃん以外に見せるなんてできない!
だから仁ちゃん・・・・私を護って・・・・
「見られるなんて嫌だから・・・・ね?」
「ああ・・・・わかってるよ」
仁ちゃんは私を抱きしめるとそのままゆっくりとプールの端まで運んでくれた
難関はここだ
どうしよう・・・・
不安そうな私をよそに仁ちゃんは少ししゃがむと私を抱きかかえた
お姫様抱っこだ・・・・
「片手が使えないからしっかり捕まっていてよ」
私はうなずくと力強く抱き付く
そのときに少しだけ仁ちゃんに胸が見えてしまったみたい
瞬間に仁ちゃんは真っ赤になった
でもすぐに頭を振って目を細めてむずかしそうな顔した
この反応って・・・・少しは私のこと意識してくれてる?
だったら嬉しいな
そんな私をよそに仁ちゃんはプールサイドに手を置いて深呼吸する
反動をつけて飛んで仁ちゃんはプールサイドにお尻を乗っけた
少し痛かったけど災い転じて福となすかな?
仁ちゃんのぬくもりを私はいま世界で一番感じることが出来る
ああ、幸せ!
この時間が永遠ならいいのにな・・・・

7

プールから上がってすぐに私を抱えたまま裏口からこっそり屋敷に戻る
「あそこに入って・・・・」
私が洋服の倉庫を指差すと仁ちゃんは辺りを見回して
人が居ないのを確認すると足早にその部屋に入った
「ふぅ・・・・・」
ああ、離れてくよ仁ちゃんのぬくもりが
でもしかたないか
「あ・・・・・ごめん」
急いで視線を反らす仁ちゃん
そうか私の裸見られちゃったんだ
直接ではないけど見えてるよね?
下は・・・・まだ恥ずかしいな・・・・見えてないだろうけど
でも仁ちゃんが望んでくれればいいよ
いつでも
「着替え・・・・ないかな?」
ちらちらとこちらを見て仁ちゃんが私に聞いてくる
「暖めてあげようか?」
「・・・・・・・・」
あれ・・・・・いつもは「ふざけるな」とか「冗談はよせ」なのに
顔を真っ赤にして俯いちゃった
もしかして・・・・
意識してるよね?これは・・・・
よかった少しも女の子として見て貰えてなかったらどうしようって思ってたけど
これは脈ありってとっていいよね?
事故だったけど、神様からの贈りものかな?
でも、0%の可能性じゃなくなったよね?
勝機が向いてきたのを私は感じていた
この勝負なにがなんでも勝つよ
詩織さん、私負けないよ
だってね私・・・・もう仁ちゃんなしじゃダメみたいなの

 

「・・・・・ありがとう、奈々さん」
新しいスーツを肩にかけると仁ちゃんはそう言って肩にかけたスーツを手に取った
ふ〜ん、奈々さんか
私はスーツを奪い取るとそっぽを向いた
「あ・・・・奈々さん」
「私は奈々さんではございませんよ」
もう、仁ちゃんってば・・・・
仁ちゃんは背を向けるしか出来ないので私が渡さないとどうすることもできない
どうする?どうするのかな?
観念しちゃいなさい!

 

「奈々・・・・その・・・・・」
奈々って言ってくれた
もう仁ちゃんってば素直なんだから
これで少しだけだけど距離、縮まったよね?
私はなにも言わずに仁ちゃんの肩にスーツを乗っけた
仁ちゃんは安心の声を出して着替え始めてた
私がいるにもかかわらずに着替えをする
もしかしてあまりそういうの意識しない?
そうだよね、ボクシングの試合なんて・・・・
仁ちゃんってすごい身体してるな
背中の筋肉なんてすごいよ
脚の筋肉の付き方もマンガの中の人みたい
それで全体的に細い
抱きついていたときの感触が鮮明に浮かぶ
仁ちゃんの胸に顔をうずめたときのあの感触
仁ちゃんの手に抱きしめられるあの感触
さっきまで私のモノだったんだ
そんなことを考えているうちに仁ちゃんは着替えを終えていた
「じゃあ、俺・・・・・外に出てるから」
「ちょっと・・・・待って!」
振り向きかけて仁ちゃんはやめた
だから私は後ろから抱きついた
仁ちゃんはいつのことかとばかりにため息をついた
でも、違うよ・・・・
少し振り向く仁ちゃんに私は唇を近づけた
「え・・・・・」
驚きの声を私は自分の唇で止めた
ゆっくりと離れていくと仁ちゃんは頬を染めた
「どうして・・・・」
「・・・・・・・・」
何も言わない
何も言えない
だって好きですって言ったらフラレちゃうでしょ?
だからね

「なんででしょうね?」
いつもどおりに茶化してみせるの
そうすれば仁ちゃんは不思議に思うでしょ?
私の気持ちは知ってるだろうけど
なんで告白しないの?って
仁ちゃんを困らせるのは正直嫌だけど
意識してくれるでしょ?
私を見るたびにどうして告白もせずにキスしたのかって
思い出すでしょ?私とのキスを
「・・・・・」
当然の戸惑いの表情
ごめんね、仁ちゃん
「俺、その・・・・・!」
ドアを開きバタンと閉じる
ごめんね・・・・
私は心でそうつぶやくとガタンと音をたててその場にひざをついた
唇をなぞっていく
ぬくもりがまだ残っている気がした
結局私からだったね・・・・
後悔はないよ?だって私の初めては全部仁ちゃんで予約済みだから
最初だけじゃないよ?仁ちゃんは最初で最後なんだから
でもね、恋愛経験ゼロの私じゃこれが限界
顔に熱が集まっていく
自然と涙がこみ上げ流れる
嬉しいの・・・・・嬉しいよ
ぬくもりが嬉しかった
触れ合いが幸せだった
最高の誕生日だよ
仁ちゃん・・・・

8

ドアを閉めてそのドアにもたれかかる
まさかあんなことになるんなんて
唇をなぞる
「・・・・・・」
まだぬくもりを感じた
正直な話奈々はとても魅力的な女性だと思う
もしかしたら一番気負いせずに話せる人かもしれない
瞬間に浮かぶ詩織の顔に罪悪感がこみ上げる
過ぎてしまったことは仕方ないのか?
とてもそうは思えそうにない
悩んでも答えはでそうにない
俺は何度も詩織さんに心の中で謝ってその場を後にする
結局もとのプールまで戻ると俺は置き去りにされた二つのボクシンググローブの前に腰掛けた
会場はもうパーティーを始めたらしい
まったく、じゃじゃ馬なお姫様のせいで
俺はフッと笑んでプレゼントされたボクシンググローブを手に取った
彼女の気持ちは知っている
でも、なぜか彼女はそのことを口にはしない
いっそのことそうしてくれれば断れるのにな
ああ、見えていろいろ考えてるのか?
そんなことないか・・・・でもない?

 

あの子は掴めないな
人の心を読むのは得意な方だが
彼女の行動は予測不可能だ
いつもはおどけているにも関らず急に大胆な行動を起こす
見ていて飽きないしおもしろい
でも急に女の子らしい振る舞いをする
キスの記憶が鮮明によみがえる
なんであんなことを
その身体を震わせ必死に唇を合わせていた
たぶん初めてだったんだよな?
でなきゃあんな必死じゃないか
気がついたら俺は奈々のことばかり考えていた
術中にはまってるのか?
「な〜にニヤニヤしてるの?」
後ろからした声に再び罪悪感がこみ上げてきた
「詩織・・・・?」
なんで詩織がここに?
綺麗なドレスを着こなして前かがみぎみに俺を見つめる
「なに?それ・・・・」
俺は慌てて手に持ったボクシンググローブを隠した
「・・・・・」
今度は後ろのボクシンググローブだ
さすがに鋭い
「あれって仁くんのだよね?」
「あれはその・・・・」
今度は顔を近づけてきた
え・・・・?
どうして?
「口紅」
口紅?なんのことだ?
か細い指が俺の唇をなぞる
あ、そうか・・・・・
詩織はそのまま何も言わずに俺の後ろに回り手に持ったボクシンググローブを見つめた

 

仁くんが奈々さんの誕生日のパーティーに行くと聞いて私はいてもたってもいれなくなり
飛び入りで参加した
当然入り口で止められたけど仁くんの名を出すとすぐに高田さんが現れた
高田さんが私のことを紹介するとすぐに通してくれた
会場中探したけど仁くんの姿は確認できない
会場にいないとなると仁くんはかならず庭あたりにいるはず
だってこういう時って必ず仁くん庭に出て夜空を見てるの
それが好きなんだって・・・・
私は仁くんのことならなんでもわかってるんだから
近くに大きな窓を見つけた
その先に庭がある
やっぱり、少し向こうに仁くんの後姿を見つけた
もう、スーツ着てるんだから地べたに座っちゃダメでしょ
世話がやけるな・・・・
あれ?なんか顔が赤い
その顔を私は見たことがある
私とキスしたときだ
あのときのはにかんだ顔を思い出す
もう、仁くんってば私とのキス思いだしてるの?
照れちゃうな・・・・
でも私は気づいてしまった
仁くんの見つめる先にある真新しいボクシンググローブを
「な〜にニヤニヤしてるの?」
仁くんはまるで浮気を見つかったような笑みを浮かべた
「詩織・・・・?」
声もどこか弱々しい
いつものぶっきらぼうぶりはどうしたの?
「なに?それ・・・・」
「・・・・・」
ふと視線に入る仁くんの手のボクシンググローブに私は違和感を覚えた
大事そうになんで抱えるの?
そのまま隠してしまった
「あれって仁くんのだよね?」
仁くんの向こうに見えるいつも仁くんが身に着けているボクシンググローブ
私たちの少し向こうにプレゼントを包んでいたかのような袋
「あれはその・・・・」
珍しく言いよどむ仁くん
どうしたの?いつもの堂々としたあなたはどこにいったの?
そして私は気づいてしまった
ある違和感の正体に
「口紅」
声が勝手にでていた
自分でも驚くほど低い声が出た

 

仁くんの唇に残るうっすら残るルージュのあと
そうか、そういうことなのね
ふ〜ん・・・・あの子、私がいないところでなにをやってるのかな
この子はね、私のモノなの
人のモノに勝手にキスしていいのかな?
それにプレゼント?仁くんが持っているのを彼女が?
向こうにあるのを仁くんが?
私のいないところでぬけぬけと
あの子・・・・
私はなにも言わずに仁くんの唇に自分の唇を合わせる
少し離して唇を舐める
仁くんは抵抗しない
仁くん・・・・私仁くんのことは怒ってないよ
でもね、私独占欲だけは強いの
でも今日はあの子の誕生日だから
今日は見逃してあげる
でもね、明日学校ではちゃんと言わせてもらうわよ
どれだけ私たちが愛し合ってるか
でも、仁くんの唇だけは綺麗にさせてもらう
当然だよね、私のモノなんだから
今日だけ幸せを感じてて・・・・
せいぜい今日の誕生日を楽しんで

 

私は仁くんに微笑みかけるとその場を去ろうとする
「詩織・・・・ごめんなさい」
「謝らないで・・・・あなたが望んでしたことではないのでしょ?」
仁くんはなにも言わない
でも仁くんのこれは肯定だ
「ごめんなさい」
仁くんはいつも言い訳せずにいるからね
あの子が勝手にしたことなのに罪悪感を覚えている
かわいそうな仁くん
「私・・・・今日は帰るね」
振り返っていつものように笑む
仁くんは肩透かしをくらったようだ
そうだよ、それでいいの
仁くんはなにも気に病むことはないの
全部ぜ〜んぶあの子のせいなんだから

 

「もう、よろしいのですか?」
坂島さんは私にそう尋ねるとゆっくりと車のドアを開いた
私はかるくうなずくと車の中にはいる
坂島さんはすぐに車を出してくれた
私は隣にポツンと置いてあった袋を見つめた
「・・・・・・」
袋を開いて中身を出す
真新しいボクシンググローブ
赤と黒の世界でただ一つの特注品
でも、もう意味ないな
仁くんが新しいボクシンググローブを欲しがっていたのは知っていた
だから・・・・だから!
仁くんに怒りは覚えない
だって全部あの子のせいでしょ?
ぬけがけして仁くんの気を引こうとしても無駄なのに
仁くんは、もう私と深く繋げってるの
でも、あの子には少しの不安材料がある
つかめないという所だ
仁くんもあの子の気持ちを解りかねてるみたい
天真爛漫に見えて時にしとやかに女らしく
カワイらしい容姿
私にはないものを持っている
怖い・・・・

私には仁くんしかいないの
あの子もそう思っているのを感じる
もしかしたら私とあの子は似たもの同士なのかも
だからか・・・・・同じ人を好きになったのは
だからなの?同類嫌悪のような物を感じるのは
言い知れない不安が一つ・・・・いやまだある
香葉さんだ
彼女はまだ諦めていない
だって、イジメに合っていた子
仁くんに告白しようとしてイジメられたらしいの
それを止めた子まで・・・・
負け犬にかわりはないけど
あの執念のような怨念ようなものを発する彼女に私は一種の恐怖を覚えている
不安材料の二つが私の胸をきつく締め付けていく

9

ああ、眠い
結局あのあとも奈々はいつもと同じように俺に接してきた
なにごともないかのようにいつものように
見えない、奈々の気持ちが・・・・
世間には疎そうなのにな
そうでもないのか?
ああ、結局昨日は奈々のことが頭から離れずに眠れなかった
・・・・?
俺が頭を抱えていると視線を感じた
窓の向こうだ・・・・・
香葉さん・・・・?
なんだろう?彼女はなにか憑き物が取れたように晴れやかだ
新しい恋でも見つけたのかな?
香葉さんはニコッと笑うと何人かの女の子を連れて校舎の裏へ向かっていく
一番後ろの子・・・・あの子たしか・・・・
この間俺に告白してきた子だ
どうしたんだろう?
酷く怯えてるように見える
去って行く大勢の後姿を見送る
・・・・あれ?
詩織さん?なにをやってるんだあの人は
頭に枝を付けて友人とこそこそ木などに隠れて香葉さんたちの向かったほうに向かっていく
なんか、マヌケだな・・・・でもなんかギャップで可愛らしく感じるよ

でも、なにをやってるんだ?
疑問はすぐに解く
それが俺の信条だ
立ち上がると俺は教室を出た
「仁ちゃん?どこ行くの?授業始まるよ?」
「なんだ?面白いことでもあったのか?」
奈々と東児が俺に追いかけてきてそう言う
奈々はまあ俺を心配してのことだが
東児は退屈しのぎだろ・・・・こいつ
「とりあえず、一緒に行こうか?」
俺の第六感みたいな物がその方がいいと告げていた

やっぱり・・・・おかしいよ
任せてと言った先生は昨日の夜から行方不明らしいの
昨日の夜は彼女の家に行くはずだったらしい
なにかあったんだろう
怖い・・・・怖いよ仁くん
でもね、最後の最後までやってみるよ
仁くんのこともあるけどなにかあの人には他の人にはないモノを感じる
いじめ?そんな半端なものじゃない
私の勘がそう告げるの
彼女は・・・・もう壊れているのかもしれない
やっぱり怖い、でもがんばれ詩織
ここで負けてはダメ
変わるんだ、私は仁くんに相応しい女になる
そのためには私が強くならなきゃ
自分を強く持たなくちゃ

ああ・・・・やっぱり
またイジメが繰り広げられる
木刀を何度も叩きつけている
どうして?どうしてそこまでできるの?
なにがあなたをそうするの?
目が殺気立ってる・・・・・すごく怖い
横の友達も怯えている
仁くんに助けを・・・・だめ!
自分でなんとかするの・・・・
私は頭に付けた枝を地べたに置くと少しずつ近づいていった
仁くん・・・・私・・・・・強くなるよ!
「あら、またあなたなの?」
なに?この殺気
すごい、まるでテレビに出てくる凶悪犯の目だ
怖い・・・・・怖いよ
木刀が地面に引きずられて
その先が私に向けられる
「あなたに・・・・なにが出来るの?」
挑発的なその目
その目はかつて見た負け犬の目じゃない
凶気に満ちたその目
「あなた・・・・自分がしていることがわかってるの?」
彼女は冗談とばかりに笑んだ
どうしてそこで笑えるの?
え・・・・なに?
木刀じゃない・・・・・
ポトンと木で出来た刀身が落ちた
出てきた本物の刀の先が私に向けられる
「私が切り刻んであげる・・・・・あなたを狩ってあげる」
その顔はこの世の悪魔だった

To be continued...

 

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