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生きてここに…

プロローグ
本編


序章

俺には婚約者がいる
小さい頃から一緒に遊んだりしたひとつ年上の少女だ
俺が15のときに両親にそのことを聞かされた
彼女は両家の一人娘でいかにもお嬢様と言った綺麗な容姿をしていて行動力もある
誰にもわけへだてなく優しく
お金持ちだということを鼻に掛けたりしない
恋心がないと言わば嘘になるけど正直不安の方が大きかった
彼女はこの話を知っているのか?
露骨に嫌そうな顔されたらどうしよう?
不安はつきなかった
翌日俺は彼女の家に両親と一緒にお呼ばれされた
会いたくないな・・・・・どうしよう
そうこう考えるとすぐに玄関までやって来てしまった
しかし玄関が開いてすぐに不安はなくなった
「・・・・・・」
思わず息を飲んだ出迎えたくれた彼女は笑顔で俺を出迎えてくれたからだ
彼女は婚約のことを知ってるのかな?
普段とは違う穏やかで幸せそうな笑みにそう思ってしまった
「いらっしゃい、仁くん・・・・おじ様」
少し頬の赤い彼女に顔が熱くなるのを感じる
俺はなにも言えずにいると少し彼女が不安そうな顔をした
「さぁ、どうぞ・・・・・」
すぐに笑みを戻すと彼女は俺たちを家の中に通した
その後に正式に彼女のご両親から婚約の話を聞かされた
彼女の様子を見るからに婚約のことは知っているようだ
少し安心した

戸惑う気持ちを落ち着かせようと庭に出て風に当たる
「俺と詩織さんが婚約?」
現実感がない
それはそうだ政略結婚なのだから
本人の意思によるものではない
「どうしたの?暗い顔して」
声の方向にハッと振り返る
「えっと・・・・その」
口ごもる俺に詩織さんは少し不安げな顔を浮かべた
「もしかして迷惑だったかな?私との婚約の話」
いまにも泣き出してしまいそうな彼女の俺はあたふたしながら答えた
「そんなことはないです・・・・ただ、いきなりだったから」
それを聞くと詩織さんは華が咲いたかのようにパッと笑んだ
その笑顔に思わず頬が赤くなるのを感じる
「よかった♪・・・・・嫌がるんじゃないかなって不安だったんだよ?」
「俺も同じでした・・・・」
一瞬ポカンとしたが詩織さんは『同じ』というのがうれしかったのか
すごく楽しげだった
「よ〜し、いいお嫁さんになれるようにがんばるね仁くん♪」
「は、はい・・・・詩織さん」
「詩織さんじゃなくて詩織って呼んで?もう私たち婚約者なんだからね」
ますます顔が熱くなる
今まで憧れだった女性が・・・・・
急に実感できた彼女と自分が婚約したのだと

私と仁くんが婚約してからもう一年経った
仁くんは私と同じ学校に入学して毎日顔を合わせている
しかし誤算だった
あんなに仁くんモテるなんて
成績は私の方が上だけど運動では彼の方が数段に良い
運動面はどれもうまいんだけど特に彼はボクシングに夢中だ
最近になってしったが彼がボクシングを始めたのは私と婚約してすぐだということだ
その理由を聞いても仁くんは言葉をにごすばかりで答えてはくれなかった
たった一年と半年しかやっていないのに仁くんは部活の先輩たちよりも強い
それどころか都大会で優勝してしまった
お顔もすごい綺麗な顔をしている
そんな仁くんを周りの女の子がほって置くわけがない
友達の話によると毎日競うように告白合戦のようだ
この学校ではお金持ちの人が多い
当然この学校の女性は男の子との接触が少ない
それに加え仁くん以外の男の子はどの方も頼りがいがない
そんな中に突然現れた仁くんは思い描いた理想そのものなのだろう
でも仁くんは必ず断っている
断り文句は決まって
『ごめん、俺・・・・好きな人がいるから』
一度だけ出くわしてしまい影に隠れて聞いていると仁くんはそう言った
それでもと食い下がる女の子に仁くんはなんども謝っていた
だめだよ、私以外にあまりやさしくしたら
そう思ってその場を後にした

実の話仁くんとの婚約は私がお父様に頼み込んでのことだ
私はとても独占欲が強い
無理やりになる可能性もあったけど仁くんが他の子と
などと考えると胸が焼けそうになった
その苦しみよりも少しの不安を私は選んだ
お父様は仁くんなら申し分ないと言い早速彼の父に婚約の話を申し出てくれた
3日後に申し受けるという知らせが来たときはうれしさで泣いてしまった
一ヵ月後に仁くんは仁くんのお父様とご一緒に私の屋敷までやって来た
あのときの不安げな顔を今でも忘れない
もしかして嫌なの?
私との婚約・・・・
正式な婚約の話を聞いている仁くんは落ち着きがなかった
カワイイなと思うと同時に不安もあった
話を聞いてすぐに仁くんはすぐに庭に出て行ってしまった
大丈夫・・・・大丈夫と言い聞かせて私は彼の後追った
深呼吸をして手の平に人を書いて飲み込む
落ち着かない
拒絶されたらどうしよう
不安でいっぱいだったけど
もう引き返さない
「どうしたの?暗い顔して」
彼は慌てながらも自分も戸惑っているだけなのだと言った
よかった、否定も拒絶の言葉もない
むしろ少し嬉しそうだった
絶対に離してあげないんだから
あなたは私だけのモノだよ
仁くん・・・・

今日も詩織と一緒に帰り道を歩く
横目でちらりと彼女を見てみる
長くて綺麗な黒い髪
大きくはっきりとした瞳
ボディラインなんてすさまじい
出るところは出ていて締まるところはすごく細い
前にからかい半分で
『私って学校で一番胸大きいんだよ?』
そう言って自分で顔を赤くする詩織
恥ずかしいなら言わなきゃいいのにと思いながらも
自分も顔が熱くなっていた
さりげなく腕を組んでくる彼女の体の柔らかさに何度ドキリとさせられたことか
詩織も頬を赤く染めることがあるのだから意識はしているんだろう
でも、俺はどう返していいのかわからない
それでも満足なのか詩織はニコニコしている
「そういえば、今日部活終わって結構時間があったよね?どこに行ってたの?」
不意にそんなことを聞いてくる
急に罪悪感が沸いてくる
「もしかして、また告白された」
はい、その通りです
「ちゃんと断ったから・・・・その」
「仁くんはモテモテだね♪」
「こわいから笑いながら睨まないでください」
「どうしてだかわかってるくせに♪」
すぐに腕を組んで存在をアピールしてくる詩織
「私のことも、忘れないでね・・・・・」
ああ、なんてこの人は綺麗なんだろう

 

「・・・・・っ!」
怨念たっぷりに相手がボールを打ってくる
私はそれを打ち返す
手がヒリヒリするよ
テニスコートで駆けあう私ともう一人の子
その子は私に怒りのすべてをぶつけるように殺気立っている
なぜなら彼女はこの間仁くんにフラれたからだ
私と仁くんが婚約しているという話を私はすぐに学校中に広めた
だから仁くんの断り文句の『好きな人がいるから』
と、いうのは当然私のことだ
まだ仁くんから直接聞いた訳ではないので断定でできないけど
でも確信はあった
この学校は女性率が80%なので当然だが女子が多い
その半数以上が仁くんを狙っているという話だ
名実ともに彼は学校の王子様だ
その王子様の愛を受ける私は学園中の嫉妬の的だ
でも、いじめようとまでは考えるほどこわい人たちばかりじゃないので安心なのだが
けれどこういうときに思いっきりぶつけられてしまう
でもいいの、仁くんのためなら私はどんな攻撃にだって耐えられるよ
「・・・・・っ!」
また強烈な力で打ってくる
うぅ、目が血走ってる
こわいよ・・・・
でも、負け犬の遠吠えなのだがから恐れない
あなたを仁くんが見ることないんだよ?
仁くんが愛してるのは私だけなの
うらやましい?
見下したような目が出てしまったのか彼女はさらに手に力をこめている
あぁ、怖い怖い・・・・そんな顔見たら仁くんが引いちゃうよ
フラれちゃったんだからもうどうでもいいのかな?負け犬さん・・・・
あれ?私嫉妬している?どうして私が?
ああ、そうか・・・・私の仁くんに告白したからか
次第に怒りがこみ上げてくる
ボールが跳ねる音が何度も響く
「・・・・・あれ?」
いつの間にか私は彼女に完勝していた
今まで一度も彼女に運動面で勝ったことないのに
愛の力ってすごいね仁くん
彼女はすさまじい形相で私を睨んでいる
羽津木香葉・・・・この子まだ諦めてないんだ仁くんのこと
少し頭の片隅に入れておいたほうがいいかな?
でも、その姿は負け犬そのものだよ?
写真撮って仁くんに見せてあげたいな
仁くんの教室の窓を見ると彼が私を見つめていた
目が合うと仁くんは少し頬を赤く染めた
カッコいいとこ見せられたかな?
あぁ、そうだ私の横の負け犬さんもよく見ておいてね
意識しないわけないよね?
だってついこの間告白を断った子なんだから
よ〜く見ておいてね?この嫉妬に燃えるおぞましい顔を・・・・

授業中に窓の外を見てみた
窓側の後ろの席なので俺はよくこうやって外を見ている
授業内容なんて頭に入ってこない
だってこの教員の授業つまんないんだもんな
窓の景色に詩織が映る
どうやらテニスをしているようだ
少し詩織が押されている
頑張れと心でエールを送る
ちょうど後ろ向きなので表情は見えないが詩織は必死だ
一瞬詩織の動きが止まる
どうしたんだろう?
そう思うと同時に詩織は機敏な動きでボールを打ち返し始めた
すごい、まるで別人だ
すぐに点差が開き詩織が圧勝した
詩織は相手の方まで歩いていくと手をさし伸ばした
あれ?あの人、この間告白してくれた香葉さん?
どうやら相手は香葉さんのようだ
彼女は詩織の手をさし差だれた手をつかむことなく睨んでいる
少しこわいな
そう考えていると詩織が俺に気づきニコッと笑んだ
う・・・・・綺麗だな
ベタ惚れしていることを再認識され俺は頬を赤く染めていた

 

「仁ちゃーん!」
部活の休憩中に急に声を掛けられる
彼女は同じクラスの大川奈々さんだ
詩織は綺麗な容姿だけど
彼女はいかにも女の子といった感じのかわいらしい容姿だ
性格も詩織とは正反対で落ち着いた綺麗な女性の詩織にたいして
彼女は活発で元気な子だ
「仁ちゃんっていうのは・・・・やめてくれないかな?」
「仁ちゃんは仁ちゃんだよ・・・・」
「ちゃんはよけいだって」
少しむずかしい顔をして見せるがこれはいつものことだ
「それにしてもすごいね、声掛けただけで嫉妬のまなざしだよ」
あたりを見回しながらそうやってごまかす
嫉妬の的というのは本当のことなので言い返せないけど
「そろそろ、休憩終わるから・・・・」
「ここで見ていい?」
間もなく奈々さんはそう聞いてきた
ここまで入ってきてしまったのなら仕方ないか
うなずくと奈々さんはニコッと笑んだ
ガラス越しの人たちが我もと入り込もうとしたが
奈々さんがしっかり入り口を固定している
「・・・・・・」
あきれながら俺は練習に集中した

「まだ居たの?」
「冷たいな・・・・ここに居ていいって言ってたのに」
目を細めるい彼女に「ごめん」と答えると奈々さんはタオルと買ってきてくれたのかジュースを俺にくれた
「ありがとう」
そう言うと奈々さんは手を振って
「いいよ、事前投資だよ」
意味がわからないがとりあえず彼女の好意に甘えジュースを口に含む
「生き返る・・・・」
「かっこよかったよ、仁ちゃん」
「いや、全国はこんなもんじゃないよ」
「卒業したらプロとかになる気なの?」
「いや、大学に行って・・・・・父さんの会社を継ごうと思ってる」
父からの強制ではない
自分で決めたことだ
一番大きな理由は詩織にふさわしい男になるため
でも、口が裂けてもそのことは言わない
「仁く〜ん」
そう考えているとドアが開き詩織がやって来た
それを見るや奈々さんが腕を組んできた
「な・・・・・!」
変な声が出てしまった
詩織がジト目で俺を見ている
どうしよう・・・・
「あ・・・・あなたはどちらさま?」
声が低いよ・・・・詩織?
「はじめまして、仁ちゃんとはクラスメイトで席が隣の大川奈々です」
クラスメイトと席が隣を強調して奈々さんは腕の力を強めた
「そう・・・・・私は仁くんの婚約者の月緒詩織です!」
詩織の方は婚約者を強調している
「それって親同士が決めたことですよね?仁ちゃんかわいそう」
詩織の目がぴくぴくしている
もしかして詩織って独占欲強いのかな?
「本人も合意しているもの・・・・・ね?」
「う、うん・・・・・そうだけど」
ほらねと彼女を見つめる詩織
しかし奈々さんも引かないかった
「言わされてる感が強いのはなぜだしょうか?」
女の子のケンカってこんなに寒々しているものなのかな?
そうこうしているうちに詩織が俺たちの前までやって来る
そして静かな動作で組まれている腕を離す
力でというわけではないので痛みはないが
その瞳はすごくこわかった
「さ、帰ろう・・・・・仁くん」
奈々さんに見せ付けるようにして腕を組み歩き出す詩織
「ちょ、着替えさせてよ」
唖然としている奈々さんを置いて俺たちはその場を後にした

奈々の章

唖然と立ち尽くしてしまった
すごい目で睨みつけられた
なんという迫力なのだろう
力技でこそこなかったものの威圧感はすさまじいものがあった
なにもできずにいる私を勝ち誇ったかのような笑みで見つめ
二人でその場をあとにする
数分経って悔しさが込み上げてくる
「ああ!もう!」
近くにあった椅子を蹴り飛ばす
ああ、先輩方が怯えてるよ
でもどうでもいいや
正直な話仁ちゃん以外の男性の評価など私にはどうでもいいことだから
帰り道私はイライラしながら車の中で窓の外を見つめた
せっかくお話できたのに
気軽に話ができる仲にはなったと思うけど・・・・
あの人に邪魔されてしまった
ああ、悔しい!悔しい!悔しい!
正直容姿であの人に勝てるなんて夢にも思えない
それほど彼女の美は完成しきっている
街中で歩けば100人中100人の人が彼女とすれ違いざまに振り返るだろう
でも、私は彼女よりもちいさいけど胸はそこそこある
顔の方はカワイイねとは言われるけど綺麗とは言われない
子供っぽいと言われることも多々あるが
それでも中学のときなんどか男子に告白された
でも私はあの時から仁ちゃんしか目に入っていなかったので断った
少しはカワイイって思ってくれてるかな?
他の女子と違って私には壁を作らないところを見ると
多少の好意みたいなものはあるよね?
彼のことを考えているとすぐに家まで着いてしまった
不機嫌そうな私を運転手さんが横目でちらちら見ている
私は愛想笑いを浮かべ門をくぐった

 

初めて会ったのは2年ほど前だ
繁華街に買い物に来ていた私はお付の人と離れてしまった
世間知らずの私が途方もなく歩いていると男の人二人が私に声を掛けてきた
どうしよう・・・・・こわい
オロオロする私に男の一人が強引に手を引いてきた
「やめて・・・・!」
周りの人は横目で見るだけでなにもしてくれない
「いいじゃん、飯だけだぞ?」
「いまどき純情っこなんてモテないって」
軽薄そうな笑みを浮かべ私を無理やり引っ張る
私がさっよりも大声を上げようとしたときだった
「・・・・・・どわ!」
急に前に男の子が倒れこんだ
年は私と同じくらいでびっくりするくらいの美形さんだった
「痛てて・・・・」
「なんだ、お前?」
男の一人が挑発的に男の子にそう言う
しかし男の子はなにごともないかのように立ち上がりズボンをはたいた
「なんか言えよ、チビ」
挑発は続くが男の子は方をすかした
「なにやってるの?」
「デートだよ」
「男二人で・・・・・キモ」
横の二人の男がぴくぴく頬を動かしている
どうしよう・・・・このままじゃこの男の子ボコボコにされちゃうよ
「どうしてそうなるんだ!」
「だってどう見たって真ん中の子、二人の連れじゃないでしょ?」
「バカにして!」
一人がとうとう腕を振り上げた
私のことはいいから逃げて!
目で訴えかけても男の子はまったく動かなかった
「・・・・・な」
私の腕をつかんでいる男が驚きの声を上げる
男の子が軽々と拳を受け止めたからだ
「反射神経には自信があるんだ」
そう言って次々に飛んでくる拳をよけている
私の腕をつかんでいた男も加勢に入る
けれど男の子はひるまない

 

「・・・・・」
冷静な顔をして拳をよけていく
もう一人の男が掴みかかろうとするがそれもうまくよけていく
男の子の目を見ると『逃げろ』と言っている様な気がした
でも・・・・・
『いいから逃げろ』とその目はまた語りかけてくる
私は小さくうなずくと後ろを向き駆ける
はやく助けを・・・・!
私は駆け回った
早く早く!
すると向こうのほうにお付の人を見つけた
その人はボディガードもかねているので急いで事を伝え元来た道を引き返した
その場に着くと男の子の姿はなかった
近くの人に聞くと二人の男が男の子を追っていくのを見たらしい
ああ、私のせいだ・・・・
青ざめていく私をどうにか車まで戻してくれるお付の人
お付の人は男の子の容姿を私に聞いて探しに言ってくれた
「・・・・・・」
私のせいだ・・・・
自己嫌悪に陥っていると窓がコンコンと小さく叩かれた
「うそ・・・・」
思わず声が出た
窓の向こうには先ほどの男の子が立っていました
急ぎ窓を開き顔を確認する
少し殴られたあとがある
「ごめんなさい」
「こういうときはありがとう・・・・だと思うけど?」
それを聞いて顔を見てみるとなぜか男の子は微笑んでいた
一瞬で私は魅せられた
ああ、素敵・・・・
「あ、ありがとう・・・・それであの人たちは?」
「ああ、バカみたいに追っかけてくるから警察の前まで行ってそれに
気づかないで付いてきてさ、そこで一発殴られてやったら即刻御用だよ、
手錠なんてはじめて見たよ・・・・いい経験だった」
彼は殴られた頬をポンポンと叩きながら冗談を言うようにそう言う
「すぐに報告しようと思ったんだけど事情説明で遅れちゃって、ごめんな」

 

恩着せがましくない男の子の態度にますます魅せられてしまった
「報告も済んだし、じゃあ・・・・俺はこれで」
そう言って去ろうとする男の子の腕を私は必死で掴んでとめる
「あの、私・・・・大川奈々です・・・・あ、あなたは?」
まるでドラマのようだ
いや、私にとってはもうこの人は王子様だ
「俺か?俺は流仁っていうんだ」
それと同時に後ろで声がした
「仁様〜!もう逃がしませんよ!」
「やばい・・・・見つかった」
彼は軽く手を振ると全速力で逃げていく
「またケンカしたのですか!まったくこんどという今度は許しませんよ!」
「ごめん!でも仕方なかったんだよ!ゆるしてくれ!」
かなりのおじいさんだがすごく元気だ
疲れを見せるどころか少し嬉しそうに彼を追っていった
「流仁・・・・・」
私はこのとき恋をしたのだと確信した
その後泣きながらお付の人が戻ってきた
私を護れなかったどころか
代わりに護ってくれた恩人にお礼も言えないとはと・・・・
私はいまの出来事をお付の人に言うと少し安心していた
帰ってお母様に大目玉を食らうお付の人を私は必死で庇った
なんでかって?だってお付の人のおかげで彼と出逢えたから
私の声もあってその人はクビにはならずに済んだ

 

高校に入って私は彼と再会した
ああ、運命って素敵
彼を見つけた私が声を掛けようとしたときだった
「仁くん♪」
そう言って彼に抱きつき頭を撫で撫でしている
誰?その女・・・・
私はグツグツと煮えたぎる嫉妬を生まれて初めて感じていた
その後私は彼女のことを必死で調べた
この学校一の美人で大金持ちで成績優秀な彼女の情報はすぐに把握できた
すごくショックだったなにがって?
だって彼の婚約者だって言うのだもの
本人が言いふらしているらしくその話は入学してすぐに広まっていった
イライラしながら席に腰掛ける
ああ、最悪・・・・
ため息を付くとバカ騒ぎが聞こえてきた
クラスメイトの男子の一人が騒いでいる
うるさいな・・・・
イライラが増していく
「うるさい、黙ってろ!」
思ったことが現実に聞こえた
騒いでいた男子を見ると同時に額をゴンと叩かれていた
「痛いじゃないか、仁!」
仁?もしかして・・・・
ああ、そうなんだ
「みんな引いてるぞ?お前・・・・クラスデビュー失敗決定だな」
「が〜ん」
辺りを見回すと彼を見つめる皆の瞳にハートマークを浮かべている
もちろん視線の先にあるのは騒いでいた男子ではなく
もう一人の彼だった
「席はどうなんだ?」
彼の友達が彼にそう聞くと彼は適当に辺りを見回して私の隣に腰掛けた
「適当でいいじゃないの?」
「そうだな」
彼の後ろの席に彼の友達も腰掛ける

 

「おお、カワイイ子・・・・よろしく!」
目を輝かせて私に挨拶する彼の友人
「わたくしは高坂東児ともうすものであります!ぜひ親しいお付き合いを!」
私が思わず後ろに引くと同時にまた東児と名乗った男子の額に
ガツンと一発ぶつけていた
「東児・・・・引いてるだろ、その子」
「きさま、またいいとこ取りなのか・・・・ええ?」
「お前が見境ないって言ってるんだよ・・・・色魔くん」
反撃を試みるもそれをかわされてまた額を叩かれている
「ごめんね、うるさく・・・・・・・て」
言葉が途中で止まった
もしかして?
「キミ・・・・・確か二年前の・・・・・奈々さんだったかな?」
覚えていてくれたんだ
ああ、嬉しい!嬉しい!嬉しい!
「お久しぶり・・・・・仁ちゃん♪」
「仁ちゃん?仁ちゃんだとーーーーー!!!」
東児さんが恨めしそうにしているが彼は無視している
「仁ちゃんはやめてくれ・・・・」
友人同士の会話のようにスムーズに言葉が交わせた
でも、すごいな入学一日目なのに嫉妬の的だよ私
けれどなんか優越感っていうのかな?
気持ちいいなこういうの
もっともっと嫉妬させてあげるよ
すぐに恋人になるんだから・・・・ね?仁ちゃん・・・・
だってこんな偶然ってないよ?
同じ学校に入って同じクラスであなたは私の隣を選んだんだよ?
これはそうなるべくしてなったんだよ仁ちゃん・・・・

香葉の章

「ごめん・・・・俺、好きな人がいるから」
「おねがい!」
「ごめんなさい!」
「どうしても・・・・ダメなの?」
「ごめんなさい・・・・」
ああ、やっぱり・・・・
想像していたはずの答えなのに私は立ちくらみを覚えた
そして見てしまった
少し先の物陰の彼女の姿を・・・・
幸せそうな顔をしてその場を去っていく
殺してやりたい・・・・
「好きな人って・・・・月緒さん?」
仁さんは少し顔を伏せると決意したかのようにパッと顔を上げた
「はい、もうベタ惚れです・・・・彼女しかみえません!」
はっきりとした口調に目の前が真っ暗になる
「婚約者だから・・・・勘違いしてるんじゃないのかな?」
「確かに親同士が決めたことだけど・・・・でも俺、本気ですから」
・・・・どうして?
あの女を見るときは優しい目をしているのに
私を見ている目は冷めていた
「あの、俺・・・・ごめんなさい!」
去って行く背中
引き止めて私だけのものにしたい
心がダメなら愛刀で切り裂いて私のモノにしてやりたい
でも、それを実行したところで彼の方が数倍以上の身体能力を持っているので
返り討ちにあい私は警察に突き出されてしまうだろう
そして、彼は永遠にあの女と幸せに暮らすんだ

許せる?許せるわけがない・・・・
トボトボとおぼつかない脚で歩き出す
最悪・・・・雨まで降って来たよ
この雨の中あの二人は相合傘なんてして帰ってるのかな?
それに比べ私は・・・・
なんとか家まで帰ることができた
ただいま・・・・仁さん
部屋中に飾ってある仁さんの写真にほほえむ私
この部屋結構広いのに写真で覆い尽くされている
絶景なのに悲しい気分になった
まずパソコンに向かって今日の仁くんの行動を書き込む
もちろんフラれたことは書かなかった
また悲しくなった
「こういうときは・・・・」
私は立ち上がり実家のおじいちゃんが作ってくれた愛刀を手に持った
隣の道場に向かい袴に着替えた
私の家は田舎の大地主でお金持ちだ
おじいちゃんが趣味で刀作りなどしている以外は
ほかのお金持ちの家と変わらない
欲しいものはなんでも手にできた
お洋服にお人形
父と母の愛情にペットに・・・・
数えたらきりがないくらいだ
男の子にだってなんども告白された
みんなバカばっかりだから速攻でフッてやったけど

でも仁さんは違った
他の子にはない高貴な雰囲気を持っている
勉学はいまいちだけどスポーツに関しては天才だった
私は初めて人を好きになった
ドラマのような劇的なものはなにもない
でも好きになっちゃたんだから別にいいよね?
なのに!いつもいつも!あの女が仁さんの隣にいる
羨ましそうなたくさんの視線を受けて誇らしげにしている
ああ、殺してやりたい!殺してやりたい!
私は目の前にある木でできた人型人形の顔の部分に貼ってある
あの憎くてしょうがない女の写真に向かって一太刀入れる
ちょうど顔が真っ二つになった
物足りない・・・・次は心臓部
木に刀が入り込むと同時に快感が身体に走る
気持ちいい・・・・これが本物だったらどれだけ気持ちいいのかな?
現実には不可能のだろう
だって彼が全力であの女を護ろうとするだろうから
だから今はこれで我慢しなくちゃ
でもいつ我慢できなくなるかわからないな
今の状況・・・・
「はぁぁーーーーー!」
人形の写真部分を真っ二つにする
ふぅ、すっきりした
でも、あの言葉がフラッシュバックする
『ごめん・・・・俺、好きな人がいるから』
どうしてそんなこと言うの?
どうして私を拒絶するの?
足元に転がる真っ二つにされたあの女の写真を見つめる
顔が綺麗だからその顔に魅せられてるの?
それともあの大きな胸?
もしかしてその股ぐらで騙されてるの?
汚されていく仁さんを想像して私は胸が煮えくり返る気がした
そうだよね?あの女は穢れしならない彼を騙しているんだ
待っててね?すぐに彼女より私の方が優れていること証明して見せるから
待っててね・・・・仁さん

詩織の章

まったくクラスメイトだからって馴れ馴れしく
私の仁くんに触ったりして
「あの、詩織?ずいぶんくっ付きすぎじゃない?」
確かにいつもよりか密着度は高いかもしれない
でも、あの女の匂いを消すためにね
くっ付かないといけないんだよ?
それにしても仁くんは隙が多いな、もう・・・・
誰にでも優しくてどんな人も差別しない
その性格が仁くんのモテモテぶりに拍車をかけている
「だって・・・・・ね♪」
もっと身体をくっ付ける
頬どころか耳まで真っ赤だ
もちろん私も真っ赤になってるだろう
でも、いいよね?こんな恥ずかしいこともできる仲なんだから
恥ずかしいこと?
そういえば私たちってまだキスもそのさきもしていない
そうだ、はやく私のファーストキスを仁くんに捧げなくちゃ
仁くんってば何度もチャンスはあったのに貰ってくれないんだもん
今度こそ・・・・
「仁くん・・・・・」
「なに・・・・?」
無垢な瞳で私を見つめる
そっと顔を近づけると仁くんは私がなにをしようとしたのか理解したようだ
けれど抵抗はない
そうだよね?私たち愛し合ってるんだものね
軽く唇を重ねる
すぐに顔が離れるけど心はすごく近くに感じる
「やっと貰ってくれたね♪」
「あ、うん・・・・・」
これであとはその先だけど・・・・
これは仁くんが求めてくれたらにしよう
「仁くん・・・・今度は・・・・ね?」
「うん・・・・・」
うなずくしかできない仁くんがとても愛おしかった

帰って来てベットに飛び込む
ああ、しちゃった
仁くんと・・・・キス
私はお姉さんだからリードしなくちゃという気持ちが大きかった
だから冷静に事を運んだけど
もう心臓はバクバクで脚もがくがくしていた
気づかれなかったかな?
気づかれてもいいか・・・・これからもずっと一緒にいるんだし
弱いところも見せてもいいよね?
二人並んで撮った写真を机から取って胸に抱きしめる
「仁くん♪」
今度は仁くんの番だよね?
私の初めては全部仁くんにあげるから
でもねやっぱり女の子だから自分からなんてはしたないことできないの
キスは私が勇気を振り絞ったのだから今度は・・・・ね?
仁くんに抱かれる幸せな想いを抱きながら目を閉じた

夢を見ていた小さな私と仁くん
いじめっ子に私がいじめられてると仁くんは必ず助けてくれた
「詩織さんをいじめるな!!!」
仁くんは小さい頃から運動神経がずば抜けていたので
三人くらいの相手どうってことはない
でもケガする時だってあった
情けなくて涙する私に仁くんはあたふたしながらも
「僕が弱いからいけないんだよ」
でもと泣き続ける私に仁くんは
「男はなによりも女性を護るべし、家の家訓なんだ」
だから当然という風に仁くんは笑った
「だから僕は詩織さんを護るんだ」
私はこのとき確かに感じていた
初めて感じる小さな恋心を
「大好き♪仁くん♪」
抱き付く私に仁くんはあたふたして離れようとする
もう離さないよ仁くん・・・・

中学に入って仁くんは少し大人っぽくなった
学生服に身を包む仁くんはとってもカッコよかった
私は女子中だったので仁くんとは同じ学校ではなかったけど
それでも週末には必ず会いに来てくれた
それから一年と半年後
私が3年生で仁くんは2年生になった
ある日私は繁華街でお父様とお母様とお食事していた
本当は仁くんも呼んだのだけど仁くんってば昔からこういうお店は苦手らしい
途中で逃げちゃった・・・・仕方ないのかな?
私は両親に先に帰ってもらって繁華街をお付の人の坂島さんと歩いていた
「・・・・・?」
向こうで騒ぎの声が聞こえた
興味を引かれたが坂島さんがそれを許さなかった
「お嬢様を危険な目には合わせられません」
年は三十くらいだったかな?
私のもう一人のお母さんのような人にそう言われては聞かないわけにはいかない
「わかりました」
そう答えると騒ぎの方に背を向け歩き出す
しばらく歩くと騒ぎの方が私に近づいてきた
振り返るとそこには仁くんが居た
「仁くん?」
「詩織さん?」
私の横に来ると走るのをやめた
すぐに後ろから男の人二人が仁くんを追ってきたのかやって来た
有無も言わさずに殴りかかるが仁くんは涼しげな顔で飛んでくる拳をよけている
「坂島さん!」
坂島さんにそう声を掛けると彼女は両手を構えた
彼女はこう見えても昔外国の特殊部隊に所属していてとてもお強い
仁くんをいじめる方を私は許しません
けれど・・・・
「いいから、いいから・・・・」
そう言って微笑んだあとまた駆け出した
「坂島さん・・・・追いましょう」
「ええ・・・・」

仁くんの行き着いた先は警察署だった
私たちが着くと同時に仁くんは男の一人に殴りつけられていた
「仁くん!」
怒りがこみ上げる
けれど仁くんはまた私を止めた
右手を私のほうに向けフッと笑む
それと同時に正面に立っていた二人の刑事さんが二人を抑えてしまった
なおも暴れる二人についに手錠まで出す
呆然とする私の向こうで仁くんは警察の人と何事かを話して中に入って行った
「坂島さん・・・・おねがいがあります」
「ええ、わかっていますわ」
そう言って坂島さんは仁くんのあとを追っていった
数分後仁くんと坂島さんの二人が出てきた
仁くんは冗談めかしてニッと笑んだ
「心配掛けてごめん」
「痛くない?」
ハンカチを取り出し頬の殴られた所の汚れを拭いてあげる
「あ、そうだ・・・・あの子」
「あの子?」
妙に低い声の私に仁くんはたじろぐ
そして私をちらちら見ながら坂島さんに耳打ちする
坂島さんは「はい」と返事をして
「変わりにお嬢様をお頼みします」
「もちろん」
去って行く坂島さんを見送ったあと
仁くんは私の方を向いてあからさまな愛想笑いを浮かべた
「あの子って誰かな〜?」
「・・・・黙秘です」
「却下」
「どうかご堪忍を〜」
「良いではないか・・・・・」
「あ〜れ〜」
なにやっているんだろ、私たち・・・・
あ〜あ、どうでも良くなっちゃった
「もう、ごまかし方がうまいんだから」
たぶんまた下手な正義心で誰かを助けたのでしょ?
それに私たちを巻き込みたくなくて自分で解決する道を選んだ
私は呆れながらもそんな仁くんが愛おしくてしょうがなかった

 

数分して帰ってきた坂島さんに耳打ちされると
仁くんは私のことを気にしながら足早に道路の方に向かっていった
なぜか気になる
女の勘かな?
「坂島さん?仁くんの用事ってどんなごようじだったのかな?」
「それは・・・・」
一度言い出したら私は意見を曲げない
それを知っているのか坂島さんは「仁様ごめんなさい」
と、つぶやいたあとに事を教えてくれた
どうやら仁くんは悪漢に絡まれて困っていた女の子を助けたらしい
その子が心配しているといけないからとその子がいまどこにいるか調べてもらったらしい
もう、仁くんは私にだけ優しくしてればいいのに
でもそこも仁くんのいいところでもあるか
「坂島さん・・・・その女の子はどこかしら?」
坂島さんは観念したのかすべてを教えてくれた
「そうですか・・・・ああ、そうだ私もお頼みしたいことがあるのですが」

女の子のいるという場所に着くと
仁くんは女の子と楽しげに話していた
・・・・・・なに楽しそうに話しているの?
仁くんは私だけを見てればいいの!
すぐに仁くんのお目付け役の高田さんがやってきた
「仁様〜!もう逃がしませんよ!」
「やばい・・・・見つかった」
困っているね
困っている顔もまたカワイイな
「またケンカしたのですか!まったくこんどという今度は許しませんよ!」
「ごめん!でも仕方なかったんだよ!ゆるしてくれ!」
すぐに仁くんが私の方に近づいてくる
「詩織さん、はかったな!」
「鼻の下を伸ばす仁くんがいけないんですよ♪」
ニコッと笑む私に仁くんはニコッと皮肉をこめて笑顔を返してくれた
こんなことはただのじゃれあいだ
いつのことだ
でも・・・・このとき確かに芽生えていた
私の凄まじいまでの独占欲が

家に帰るとすぐにお父様に仁くんとの婚約の話を持ちかけた
父は快く承諾してくれ早速明日申し出てくれるらしい
「でも、カッコよかったから許すよ・・・・仁くん」
今日の仁くんを思い浮かべ頬を染める
でもね、許してあげるけど
仁くん・・・・もう抑え効かなくなちゃった
仁くんのせいだからね?責任・・・・取ってね♪

仁の章

「・・・・・・」
黙って布団に寝転がり天井を見つめる
夢のようだ、まさか詩織からキスしてくるなんて
今までなんどかそういう状況になったことがあるが
瞳を閉じる詩織を見て揚がってしまいどうしても失敗してしまっていた
詩織は「いいよ、また別の機会でね♪」と言ってくれたが
とうとう彼女のほうからしてきた
情けない話だ
今度は・・・・ってこんどは・・・・・
考えただけで顔が熱くなる
そいうことだよな?
「でも、詩織って脱ぐとすごいかも」
他人に聞かれたらクソ恥ずかしいことも今日はなぜか言えた
当然俺以外この部屋にいないからだ
いつもならアホすぎて独り言でもそんなこと言えない
「仁様、ご学友からお電話です」
ドアをノックされた
俺が返事をすると高田さんが入ってきて俺に電話の子機を渡す
「もしもし?」

 

誰だろうと声を出すと
〈もすもす?聞こえるでござるか?拙者は真田・・・・・なんだっけ?〉
「幸村・・・・って、奈々さんだろ?」
前に尊敬する偉人は?と聞かれ真田幸村と答えた
クラスの自己紹介などというくだらない恒例行事だったので
クラスの人間しか知らない
その中で俺に電話を掛けてくるなんていうのは東児と奈々さんだけだ
〈わかる?やっぱ愛の力?それともエスパー?まずい!授業中に居眠りしている仁ちゃんの頬に
キスしたのバレてしまう!!〉
「そんなことしたのかよ」
〈あなたのご想像にお任せします〉
冗談を言い合い二人してクスクスと笑い合う
〈それで本題なんだけど・・・・率直に言うね?私の誕生日のパーティーにご招待いたしますです・・・・・はい〉
古めかしく言っているのか?
彼女の世界観は独特だ
最初逢った時は儚げな少女という印象だったが
まさかこんな変な口調の女の子とは思わなかった
〈返事は?〉
「・・・・・・」
〈なんか言ってよ〜!〉
「ごめん・・・・行けない」
なんでかって?あとで詩織が怖いからだ
だって、詩織ってばヤキモチ焼くと長引くんだもん
アホか・・・・俺は、気持ち悪い
〈拒否権はありません〉
どうやら強制らしい
でも、初めから行く気ではあった
最初のは冗談だ
こんなパーティーなどは日常茶飯事
そんなことで目くじらを立てるほど詩織も心が狭くない
「わかったよ・・・・奈々さんの誕生日は一週間後だよね?」
〈なぜそれを?まさか愛の力?〉
「ここ一週間毎日のように7月2日ってなんども連呼されればアホじゃないかぎりわかるよ」

 

朝挨拶をすると7月2日は何の日?
昼休みになると7月2日は何の日?
帰りに7月2日は何の日?
今日なんて朝に
『あと一週間だね?仁ちゃん・・・・プレゼント楽しみにしてるよ♪』
と直接的に言ってきた
〈私は直接誕生日の言葉を言った記憶はありませんのであしからず〉
「アピールはしてたけどね」
〈私〜、仁ちゃんのボクシンググローブが欲しいな〜〉
おねだりタイムに入ったらしい
誕生日なのでこちらが拒否できないのをいいことに
奈々さんはとんでもないおねだりをしてきた
「さすがにそれは・・・・」
〈サイン付きでそれとこれが重要なの・・・・〉
神妙な空気が流れ俺は思わず息の飲んだ
〈愛を込めてね♪〉
ブチ・・・・
電話を切った
「ふざけるな!」
プルルルル・・・・・
「もしもし・・・・」
〈もすもす、聞こえるでござるか?拙者・・・・・〉
「それはいいよ・・・・まったく・・・・ところでそんなのでいいの?」
もっといいものがあるだろうに
〈お金で買える物なんていりませ〜ん・・・・・私はね心のこもったものがほしいの〉
心・・・・・か
わかる気がする
「わかったよ、サインはしないぞ?」
〈仕方ない・・・・それで手を打とう〉
冗談めかして笑う奈々さん
〈それでは・・・・また明日学校で〉
「お休み・・・・奈々さん」
〈お・や・す・み・・・・・チュ♪〉
そのまま電話が切れる
「最後のはなしの方向でおねがいしたいな」
フッと笑むと俺は電話をポンとベットに置き自分も寝転がった
もしかしたら彼女は俺に似てるのかも
明るく振舞ってはいるが寂しがりやなのだろう
そして不器用なのだ
そうやって明るく振舞っていないと寂しさが追いかけてくるから

 

過去の自分が浮かぶ
父さんも母さんも俺など見ていない
後継者としてしかみていないとわかったのは中学生になってすぐだ
あれやれこれやれと言われ俺は従った
ある日過労で倒れた
そのときの二人の言葉が『そんなことで倒れるなんて立派な跡取りになれないぞ』
・・・・ふざけるな!
そう叫ぶ力もないほどに俺は衰弱していた
様態が回復して部屋に戻っって来た時だ
「この部屋ってこんなに殺風景だったっけ?」
そう思えた・・・・さびしい
帰って来ては寝るだけの生活だったのでそんなこと思いもしなかった
鏡を見る・・・・やつれたな俺
(まるで世捨て人だな・・・・お前)
鏡の中の俺がそう言った
「そうかもね」
そう言って俺は部屋にあるたった一つのベットに寝転がった
気持ちいいな・・・・このまま溶けてしまいたい
その時だった
「こんにちは・・・・・」
詩織さんの声がした
俺が起き上がり立ち上がると一瞬よろめいた
「仁くん!」
詩織さんが俺を抱きかかえてくれた
暖かい、良い匂いがする・・・・
「ごめんね、入院したって言うからお見舞いに行こうと思ったんだけど、
おじ様が甘やかすなって・・・・面会を許してくれなかったの」
頬に涙が落ちてきた
どうしてあなたが泣いているのですか?

 

「ごめんね・・・・ごめんね」
やさしく頭を撫でてくれる詩織さん
「俺・・・・俺」
俺は思いを爆発させた
両親が自分を見ていなかったこと
誰でもいい俺自身を見て欲しいってこと
すると詩織さんは泣きはらした顔でこう言ってくれた
「私があなたを見てる・・・・なにがあっても」
その瞳に映る自分がこう言った
(ここにいるじゃないか、お前を見てくれている人が)
欲しいものはもう手にあった
俺は恥を知らずに彼女に抱きつき泣きわめいた
詩織さんは優しくただ優しく俺を抱きしめ頭を撫でてくれた

 

その後俺は行動を起こした
家出だ・・・・我ながら子供らしいと思ったが
親に思い知らせてやるっていう気持ちが強かった
と、行っても行く当てなどない?
そんなことはなかった
いま俺は詩織さんの家にいる
もちろん親に連絡はしないで
詩織さんのご両親は昔から俺の両親とは友人だったので
いまの状況を見て気に病んでくれていたようだ
そんなこんなで快く承諾してくれた
一週間、二週間と過ぎた
学校にはちゃんと行っている
放課後待ち構える黒スーツの目をかいくぐって俺は詩織さんの車に乗り込む
まさか詩織さんたちが共犯だと思っていない両親をうまく出し抜いた
三週間目・・・・
今度は両親が待ち構えていた
「俺・・・・帰らないからな」
そう言うと父さんがひざを折り頭を下げた
戸惑いの表情を浮かべる俺に今度は母さんがひざを折り頭を下げた

 

「すまない、わたしたちはお前を機械のように思っていた」
「うしなって気づいたの・・・・あなたは私たちの子供なんだって」
「お前は大事なわたしたちの子供だ・・・・だから、戻ってきて欲しい」
初めて見た
頭を下げる両親
プライドの高い二人が目に涙を浮かべ謝罪している
後ろを振り向くと詩織さんも瞳に涙を溜めて「よかったね」
と、言ってくれた
そうか・・・・俺にはちゃんと居場所があるんだ
「俺もごめんなさい!」
俺もひざを折って両親に謝る
どんな理由であろうと両親を困らせたのは俺だ
それもこんな公衆の面前で謝らせるほどに
だから精一杯謝った、すると父さんが俺を抱きしめてくれた
続いて母さんが
暖かい・・・・
最後の背中に感じた詩織さんのぬくもり
そうか・・・・俺には居場所があったんだ
その居場所を作ってくれたのは詩織さんだ
これから俺は詩織さんのために生きていこう
もしかしたらこの日だったのかもしれない
俺が彼女を愛してしまったのは

To be continued...

 

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