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memory



1

もしこの世に神様なんてものがいて、それがひとつだけ願いを叶えてくれるというなら俺はこう願うだろう。

『かみさま、どうか彼女を助けてください。俺はどうなってもいいから……』

そして、その願いは叶えられたのかもしれない。

 

気がついたら僕は真っ白な天井を見上げていた。
「あれ……ここは……?」
「りょーいちぃーーー!!!」
状況を把握する間もなく突然女の子に抱きつかれた。
「りょういち?誰それ?僕は……」
何が起きてるか分からないけどとりあえずこの子は勘違いしてるみたいだから違うと言おうとした。
ところが、そこで僕はとんでもないことに気づいた。
「僕は……誰だ?」
「え?もしかして諒一……」
ちょっと待て。ちょっと待て。ちょっと待て。ちょっと待て。
いや、そんな馬鹿な。
僕の額に冷たい汗が流れ出した。
「記憶喪失?」
名前も知らない女の子が残酷な現実を突きつける。
そんなわけない。そんなわけない。そんなこと現実にあるはずない。
よく思い出せ。思い出せるはずだ。必死で自分に言い聞かせた。
でもどれだけ思い出そうとしても自分の名前を思い出せなかった。
それだけじゃない。友人の顔も、両親の顔も、その他もろもろも。
自分がどんな過去をたどったかまるで思い出せなかった。
「嘘……じゃあ、私のことも忘れちゃったの?」
「…………ごめん」

その後、彼女の話でいろいろと分かった。

ここは市内の病院。
僕は彼女が車にひかれそうになったところを庇って車にはねられたらしい。
さっきはテンパってて気づかなかったが頭に包帯を巻いてるし左手はギブスで固定されている。
そういえばあちこち痛い気がする。何で気づかなかったのか不思議なくらいだ。
ちなみに彼女は無傷。
僕が押しのけたおかげだそうだ。
彼女は泣きながら謝っていた。
もちろん僕は謝られても困るだけだったが。

僕は高野諒一。高校2年生、17歳。
父親の仕事の関係で両親は今イギリスで暮らしている。
よって現在僕は一人暮らし。

彼女は酒井綾香。同じく17歳。
僕と同じ高校に通っている。
彼女は僕の幼馴染みで小さい頃からよく一緒に遊んでいた。
そして、高校に入ってからは僕と付き合ってる。

と、ここまで聞いてトイレといって抜け出してきた。
彼女も混乱しているらしくここまで聞くのにもかなり苦労した。
一度にいろいろ聞いても覚えきれないし一息ついた方がいいと思った。
それにしても恋人か……
鏡で見ても僕はたいして顔がいいわけでもなかった。
それに引き替え彼女は僕なんかじゃ釣り合わないくらいかわいい。
そんな彼女が僕と付き合っている。
やっぱり幼なじみは得だということか。
でも、僕は彼女を何も知らない。
確かに僕にはもったいないくらいの彼女だろうけど僕にとっては初対面だ。
初対面の人にいきなり恋人だと言われてそのまま恋人になれるものだろうか?
そもそも僕はこれからどうすればいいのだろう?
まずは記憶探しからか?どうすればいいか分かんないけど。
それから………ああ、そうか。
ようやく実感がわいてきた。
僕は記憶喪失なんだ。
何をしようかと考えたって何も出てくるはずないんだ。
……なんかいろいろ疲れた。
とりあえず屋上にでも出て外の空気を吸ってこよう。
僕はエレベーターにのって最上階のボタンを押した。

最上階。
あった。屋上への階段。
……って立ち入り禁止って書いてある。
でもここまできて引き返すのもなんだか悔しかった。
少し考え、結局僕はチェーンを乗り越え、扉を開けた。

屋上に出た。
真っ先に目に映った女の子と目があった。

「……うわああああ!!」
「ひゃあっ!」
僕とその子は同時に叫んだ。
その子はフェンスを乗り越えようとしていたのだ。

2

「あなた、何でこんなとこにいるのよ?!ここは立ち入り禁止でしょ!」
「それは君だって同じだろ、そんなことより早く降りて」

病院の屋上。
一人の女の子がフェンスの上に登っていた。
もちろんフェンスを乗り越えればあとは地上まで真っ逆さまだ。
僕と同じく病院服を着ている。おそらくここの入院患者だろう。
靴はそろえてフェンスの手前に置いてある。
この子が自殺しようとしているのは明らかだった。

「いやよ、邪魔しないで!出てってよ!!」
「何があったか知らないけれど、駄目だよ、自殺なんて!」
「あなたには関係ないでしょ!いいから出てって!!」
「こんなの見ちゃったら見過ごせないよ!降りてきなって!!」
「…………だいたいあなた誰よ?何でこんなとこにいるのよ!?」
「えっと、僕は高……なんだっけ?」
情けないことに僕はさっき聞いたばかりの自分の名前をど忘れした。
仕方ないだろ、あの子は諒一って呼んでたし。
名字を言われたのは僕が自分の名前を聞いた1回だけだ。
「…………変な人。普通自分の名前を忘れる?」
って、自分に言い訳してる場合じゃない。
とにかくこの子が飛び降りる前に思い出さないと。
「ちょ、ちょっと待って!今思い出すから!まだ飛び降りちゃ駄目だよ!」
思い出せ。
高○諒一だ。
高石、高木、高田、高見、他には……
「………もういいわ。なんだかどうでもよくなってきちゃった」
「へ?」
そう言ってゆっくりと降りてきた。
「ねえ、ここであったこと、内緒にしてくれない?」
「え、あ、うん……」
彼女の輝くような笑顔に、何とも情けない声で答えた。
僕は馬鹿みたいにぽかんと口を開けたまま突っ立っていた。

 

「へえ、記憶喪失なんてホントにあるのね」
「らしいね。実際なってる人がここにいるから」

僕たちは屋上のベンチで語り合っていた。
と言ってもまだ自己紹介が済んだくらいだけど。
僕も無事名前を思い出した。よかった。覚えた端から忘れていく訳ではないみたいだ。
彼女は吉村真理。歳は秘密だそうだ。多分高校生くらいだと思う。
酒井さんはいかにもかわいいという感じだったが吉村さんは美人という言葉がよく似合う。
彼女の笑顔を見ると思わずドキッとしてしまう。
そして彼女は思いのほか明るい人だった。とてもさっきまで自殺しようとしていた人とは思えない。
いったい何でこんな人が自殺なんてしようとしてたのだろう?
聞きたくないと言えば嘘になるが、さすがにさっきまで自殺しようとしていた人に直接聞けるほど
無神経ではない。とりあえず手がかりを探してみることにした。
「ねえ、吉村さんは何で入院してるの?何か重い病気を抱えてるとか?」
「私?ただの盲腸」
「えっ?」
「意外だった?余命3ヶ月を宣告された、とか思ってたんじゃない?」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。僕は自殺の理由は病気だと思ってた。
いったいどこの世界にただの盲腸で自殺する人がいる?
「そ・れ・か・ら、私のことは名前で呼んで」
「え、それ、ちょっと恥ずかしいよ……」
「いいじゃない、呼んでくれたって。呼んでくれなきゃ死んじゃおうかなあ……」
明らかに冗談と分かる言い方だった。だからといって許せる訳でもない。僕はそういう冗談は嫌いだ。
「分かった。でももう冗談でも死ぬとか言わないで。それができないなら、呼ばない」
「……分かったわ。もう言わない」
そう言って吉村さ……真理さんは僕の肩にぽんっと頭を預けてきた。
「ちょ、ちょっと、……ま、真理さん?」
「お願い。少しだけこのままでいさせて」
「………うん」
「ありがとう。諒一くん」

「ところで諒一くんの病室は何号室?私は406号室だけど」
「……………………あれ?」
「まさか忘れたとか言わないわよね?」
「忘れたと言うより知らない…かな。僕が気づいたときにはすでに病室にいたし、
そこから出てそのままここに来たから。」
つまり、僕は一度も自分の病室に帰っていない。
「まあ、何階だったかくらいは覚えてるでしょ。行ってみたら思い出すんじゃない?」
「エレベーターで上がってきたから覚えてない……」
「…………じゃあ受付に聞きに行きましょ。ほら、行くわよ」
そういって真理さんは僕の手を引っ張っていった。

3

「ねえ、そろそろ手離してよ」
「いいじゃない、このままで。ねっ?」
「でも……はずかしいよ」
僕はさっき真理さんに引っ張ってこられたまま手をつないでいる。
ちなみに今僕たちはエレベーターの中で二人っきりだ。
これで緊張するなという方が無理な相談だ。
「別に誰も見てないわよ」
「いや、そういう問題じゃなくって……」
その瞬間エレベーターの扉が開いた。いつのまにかエレベーターは止まっていた。
そしてその扉の向こうに一人の少女が立っていた。
「諒一?」
「ん、誰?知ってる人?」
そこに立っていたのは酒井さんだった。
まだ手はつながれたままだった。

「ねえ諒一、その女……誰?なんで手なんか握ってるの?」
顔は笑っているが目が笑っていない。
必死に作り笑いしようとしているがその目は強烈な敵意を持って真理さんに向けられている。
「何?諒一くんの知り合い?でも記憶喪失ならそんなのいるわけ無いよね?」
そう言って真理さんは腕も絡めてさらに密着してきた。
「えっと……この人は酒井綾香さん。僕の、その…彼女だって。
僕のことも酒井さんが教えてくれたんだ」
「へえ、彼女さんだったんだ」
そう言って酒井さんの方を見たが絡めた腕は放さなかった。
「こ、この人は吉村真理さん。さっき屋上で……その、たまたま会ったんだ」
飛び降りようとしていたことは伏せておいた。多分知られたくないだろうから。

酒井さんは答えなかった。
というより耳に入っていない様子だった。
ずっと真理さんを睨んでいる。
「………酒井さん?」
「…………えっ?ああ、とにかく早く戻ろう?さっきお医者さん呼んだから」
急に反応した酒井さんは真理さんから僕の手を奪い取って階段の方に引っ張っていった。
僕は酒井さんに引かれながら振り返って真理さんの方を見た。
「私406号室だからー。遊びに来てねー」
小さくなっていく真理さんはずっと手を振っていた。

「あ、先生、連れてきました!」
そのまま僕は自分の病室まで引っ張られてきた。
302号室か。今度は覚えておこう。
病室にはすでに医者の先生が来ていて後ろに一人の看護婦さんが控えていた。
「ああ、目が覚めたようだね。
初めまして…というのも変な気分だが、君の手術をさせてもらった長谷川だ。よろしく」
白衣を着て聴診器をぶら下げた男が手を差し出した。
歳は四十代くらいだろうか?口ひげを生やして髪の一部が赤みがかった色で染められている。
「あ、いえ、こちらこそ。高野です。よろしく」
軽く会釈して握手した。

「ああ、それから、私のことは敬意を込めて平成のブラックジャック先生と
呼んでくれて構わないよ」
「…………は?」
何なんだこの人?普通自分からそんなこというか?
対応に困っていたら側にいた看護婦さんが耳元でささやいた。
「実際腕はいいんですけどね。まあ、性格は見ての通りです。
あと、あくまでブラックジャックは自称ですから。」
「はあ……」
要するに自信家な訳か。
「体調はどうだい?おかしなところがあったら遠慮なく言ってくれ」
特にありませんと言いかけてやめた。そうだ、記憶喪失だったんだ、僕。
「事故に遭うまでのまでの記憶がないんですけど……」
「何!?すぐに脳波の検査だ」
言うやいなや自称ブラックジャック先生は僕の腕を引っ張って病室を出た。
…………引っ張られてばっかりだな、さっきから。

2006/08/26 To be continued...

 

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