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リボンの剣士



外伝

あの……もういいですか? あ、はい……。
日野山です……ありのまま、起こったことを話します……。
『彼氏を他の女に盗られたかと思ったら、もう捨てられていた』
何を言っているのか分からないと思いますが、私も何があったのかわかりませんでした……。
頭がどうにかなりそうでした……。
寝取られとか、超スピード破局だとか、そんな半端なものでは断じてない、
もっと恐ろしいものの片鱗を味わいました……。

さて……、捨てられた彼は、現在フリーになったわけです。
私とは、別れる頃と変わらず、口をあまり聞かない状態なんですが……私、少し考えを変えました。
新城さんと会って、そうなったんだと思います……。
今なら、頑張れば、彼を取り戻せるんじゃないかって……。
塞ぎ込んだ状態じゃない、明るい、優しい彼とまた、やり直せるんじゃないかって……。
少しだけ、勇気を出します。
ミッション、スタートです……。

話をするのは少々難しいので、まずは観察から始めます。
彼の通学路の途中に、計十個の、カメラを設置……。
これで、彼の行き帰りの行動を、チェックします……。
次のカメラまでの時間の長さで、寄り道してるとかが、解るんです……。
学校では、自分の目で観察……。今日は、一人で屋上でお弁当ですね……。
パンだけ……。すごく、質素です……。私なら、もっとしっかりしたのを作るのに……。
「先ぱいっ」
私のデータに無い、女の声……。
「またパンだけですかぁ? 良かったら、こっちにしませんか?」
……!!
この女、弁当箱を二つ持っていて、そのうち一つを彼に渡しています……。
危険度、特Aレベルです……。
その声と顔、しっかり憶えました……。

その日以来、彼の登下校中の映像に、その女が時々映っています。
間違いなく、彼に接近しようとしています……。
何とかしないと、でも、臆病な私では、面と向かって言えません……。
ですから……手紙にします。
私とやり直して欲しいという思いと、その女は見ないで、という思いを乗せて……。
彼の下駄箱と、机の中に、こっそり入れておきました。
読んでくれれば、きっと考え直しますよね……?

次の日、彼の様子が変化しました。
カメラの映像を見ると、歩いているとき、周囲を警戒しているみたいです。
まぁ、ちょっとキョロキョロしたくらいでは、カメラは見つかりませんけど……。
問題は、例の女への態度です。
塞ぎこみがちだった彼が、その女に微笑んでいるのを、はっきり見ました……。
私がどこからそれを見ていたかなんて、どうでもいいんです。
とにかく、頑張らなければいけません。
手紙の量を増やしました。直接は恥ずかしいので、留守電に伝言を入れておきました。
『私とやり直してください。私とやり直してください。あの女には近付かないでください。
貴方のためなら、どんなことでもしますから……』
これで……OKです。人事を尽くして、天命を待つ、です……。

少しだけですが、彼は痩せたようです。
元々細身の彼が、さらに体重を落としたので、ただ立っている姿でさえ、儚げに見えます……。
これはこれで素敵です……。
でも、彼とやり直せたら、私は精一杯、おいしいご飯をたくさん作るから……
体重もまた、元に戻るでしょう。
ちょっと、ジレンマです。
昼休み、彼はあの女に、自分から話し出しました。
「なんか最近、ストーカーされてんだよ、元カノに」
ストーカー……?
彼を狙う女が、他にもいるのですか……?
非常に、状況が悪くなりました。これで敵が二人になったのですから。
近頃仲が良くなりつつある女に、姿のはっきりしないストーカー。
私は……どうしたらいいのでしょうか……。
恵さんに、相談してみました。
「もうそうなったら、一発ガツンとやって、目ぇ覚ましてやらないと駄目かもね」
参考に、なります……。

早速私は、彼に『ガツン』とやるための道具を準備します。
ホー○センターにに行ってみると……いいものがありました……。
金属バット……。
これで彼をガツンとやって……あの女には、もっと強く……。
外に追い出す……場外ホームラン……なんちゃって……。

彼が帰る道の途中、電柱の陰で、バットを持ち、じっと待ちます。
ここ数日の観察データから割り出すと……今日、彼は七時三十八分二十六秒に、
ここを通過するはずです……。
さすがに、緊張します……。
以前付き合っていたとはいえ、別れて以来、初めて直接対面するのですから……。

でも……私、やります……。
日野山緑は……愛しい人を、取り戻します……。

いよいよ彼の姿が見えました。いつも付き纏っている女も一緒のようです……。
彼にはガツンと……あの女にはぐしゃっと……。
バットを握り締めて、二人の正面に。
「あ……み、緑……」
二人は半歩下がります。私は、勇気を出して前へ……。
「目を、覚ましてください……」
バットを上段に構えながら、慎重かつ大胆に接近……。
「あっ、あなたがストーカーね!」
隣にいる女が、下がるのを踏みとどまって、私を指差しました。
私が、ストーカー……?
「違いますよ……」
ストーカーは、今も何処か見えない場所で、何かやっているのでしょう。
彼を安全に取り戻すには……そっちも何とかしないといけないのですが……。
この人、私をストーカー扱いするなんて……失礼です。
私は、これでも彼と付き合っていたんですよ? 彼と愛し合ったこともあるんですよ? 
あなたなんかより、ずっと彼のことを解っているんですよ……?
先に、この女を仕留めてやりましょうか……。
狙いを、彼から邪魔者の方へ。
「なっ、やる気!?」
「バカ、逃げるぞ!」
ぶん。
力を込めた一撃は……空振りでした……。
ああ、彼が、私以外の女の手を握って、背中を向けるなんて……そのまま、走って行くなんて……。
でも――。
ちらりちらりと、後ろ、私のほうを振り返って見ています……。
わかってますよ……。ちゃんと追いかけて、あげますから……。

今日の私は、好調です。
彼との距離が、少しずつ、縮まっています……。心の距離も、こんな風に……ふふ……。
もっと近くに……早く……。

早く……早く……早く……早く……早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、
早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く。

「先輩、危な――!」
横からの強い光が当てられた瞬間、邪魔女が声を上げました。
彼の右半身が明るくなって……そこに……光を発していたもの……自動車が……。

あ、
あ、
あ、
あ――。

ブレーキの音が耳を打ちます。目は、彼が宙を舞う姿に釘付けでした……。

「先輩! 先輩……!」
少し前に、倒れている彼と、それにすがりつく女……。
眺めている場合ではありません……救急車は、119番……。

電話を終え、私も彼の元へ行きます。
「あ、あ、あ、あんたが……」
邪魔者が何か言ってますが……聞いてなどいられません……。
彼は、右半身を撥ねられたから……左半身を下にした、横向きに……。
右腕は、折れているかもしれないので、胴の上に真っ直ぐ……。
鞄を枕代わりにして、血は……私のハンカチで……。
「あ……う……」
隣の女は……おろおろしてるだけ……。
彼が危険だというのに、駄目ですね……。
いざという時に、どれだけ適切な処置が出来るかどうかは……愛の量に比例するんですよ……。

救急車の人の話では、命に関わるような大怪我では無いそうなんですが……状況は変わったようです。
面会謝絶、しかも、退院の日まで――。
突然のことでした。前の日に続き、今日もお見舞いに行った私に、主治医の人は、
そう突きつけてきたのです。
彼に会えない日が何日も続きます……。寂しいです……。
思いを綴った手紙が、机の上に山積みです……。
つい、彼の家に留守電の伝言を入れてしまった日もありました……。
せめて、退院するときは、一番に会って、もう一度、私の思いを……。

いよいよ退院の日、私はバットを持って、病院の前で彼を待ちます。
あの邪魔者も密かに成敗しましたし……彼の家族には、少しずらして時間を教えましたし……
後一人、謎のストーカーが残っていますが、まだ一回も姿を見せませんし……。
諦めたのかもしれませんね……。
ともあれ、もう、障害はありません……。
病院の自動ドアが開き、彼が出てきました。
私は、付き合っていた頃彼が好きだった、精一杯の笑顔を向けます。
「お帰りなさい……!」

すると彼は膝を折り、両手を地面につきました。
その身体は微かに震え……涙を流して……喜んでくれています……。
「もう。許してくれ……」
許してくれ……?
入院して、心配させ迷惑を掛けてしまった、と言っているのでしょうか……?
それくらい、迷惑の内にも入りません……。許す、許さない以前の問題です……。
そっと抱きしめたら、彼はとうとう号泣してしまいました。
今、私の気持ちを、彼は受け取ってくれました……。
彼を取り戻すことに……成功しました。
ふふっ……。

ハッピー・エンド……。

2006/09/16 完結

 

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