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振り向けばそこに…

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17.5

※この話は第17回の途中
内容的には羽津姉の卒業直後に入り込む話になります

 ・   ・   ・   ・ 

「今年も同じクラスになれたね。 端岬クン」
  高校最後の春、始業式を終え新しい教室に入った俺――端岬 祥は伊藤に声を掛けられた。
  そして声のした方を振り返り応える
「あぁ、そうだな今年もヨロシク」
「でも凄いよね。 三年連続で同じクラスだなんて」
  そうなのだ。 伊藤とは一年、二年と続き三年でも同じクラス。
  見ようによっちゃ腐れ縁と言えるほどの仲かも。
「そうだな。 三年連続同じクラスだなんて凄い偶然だよな」
  俺がそう言うと伊藤は一瞬不満そうな顔に変わったが、すぐに笑顔になり口を開く。
「うん、高校生活三年間同じクラス」
  一瞬見せた表情に不思議な感覚を覚えるが、まぁ気にするほどじゃないか。
  去年比較的親しくさせてもらった、割と気心の知れた伊藤と同じクラスになれたのは、
  まぁ今後の学校生活を送る上で良い事なのかな。
  でもとりあえず俺の胸のうちは別のことで一杯だった。
  そして油断すると其の事で直ぐ頬が緩みそうになる。

 昼、昼休みを告げるチャイムが鳴るや否や腹をすかせた生徒達が食堂めがけ一斉に駆け出す。
  俺も直ぐに教室の扉を抜け駆け出した。だが向かう場所は食堂じゃない。屋上――何故なら……。

「端岬クン!」
  だが扉をくぐった所で呼び止める声がした。 誰だ、と思い声のした方を見れば伊藤だった。
「何? 伊藤さん。 用なら出来ればめし食った後にして欲しいんだけど」
  俺がそう言うと伊藤は戸惑いながら口を開く。
「あ、あのそっちは食堂じゃないけど?」
「ああ、分かってるよ。 屋上に向かうんだよ。 一緒に昼飯食う約束してるんでな」
  俺がそう言うと伊藤は驚いた顔で尚問い掛けてきた。
「え? だ、だっていつもお昼ごはん一緒に食べてた姫宮先輩はもう卒業していないのよ?」
「ああ、分かってるよ」
「だ、だったらなんで?」
  そう訊いた伊藤の顔も声も酷く戸惑ったものだったのかも。
  だがそのときの俺には疾る気持で一杯で気に留めてる余裕は無かった。
「時間無くなるんで行くな。 じゃぁな」
 
  屋上へ向かって駆ける俺の背後に尚も伊藤の声が聞こえるが、既に俺の耳に入っていなかった。

 

 屋上の扉を開けて見回す。 居ない……。 チョット早く来すぎたか。
  そして暫らく待ってると……。
「祥おにいちゃんお待た……」
「結季ー――!!」
  俺は声の主に――結季向かって駆け出し、そして歓喜の想いを全身で表し抱きしめた。
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ祥おにいちゃん」
「あ、悪い悪い。 ずっと待ちわびてたものでよ」
  俺がそう言うと結季は呆れたように、でも微笑みながら呟く。
「そんなにお腹すいてたの?」
「それも確かにあるけどよ。 分かってるんだろ?」
  俺がそう言って笑うと結季は笑って応えてくれた。
  其の笑顔にまた俺はたまらなく幸せな気持に満たされる。

 そう、ずっと待ちわびてた。 結季とこうして恋人同士になれる日を。
  そして其の気持をこめて再び抱きしめようとしたら……。
「もう、だから落ち着いてってば。 お昼食べないと本当に時間なくなっちゃうよ?」
  そう言って俺を制した結季の顔には呆れたような、照れ臭いような。でも幸せそうな笑みがあった。
  其の微笑にまた俺の胸は幸せ一杯に……、ヤベ涙出そうだ。

「にしても祥おにいちゃん はしゃぎすぎじゃない? 少しは弁えたら」
「しょうがねぇだろ。 やっとお前と二人っきりになれると思うと嬉しくて嬉しくて嬉しくて……」
「そりゃわたしも祥おにいちゃんと二人っきりになれて嬉しいよ。
  でもね、ちょっとはお姉ちゃんの事も考えて?」
  俺は其の声と視線に込めあれた非難の色にハッとした。
「わ、悪い……。 そ、そうだよな羽津姉の事考えて無かったわ……」
  少々うかつすぎた。
  もう気付けば半年以上もたつけど、俺は結季と付き合いたい一心で羽津姉の気持を袖にし、
  挙句弄ぶような真似までしたんだ。
  自分のしでかした事とは言え思い出すと自己嫌悪に陥いり気持が沈んでいく。

「解ってくれた?」
  俺は結季の言葉に頷いた。結季の顔から険が取れ、そして俺の頬にそっと手を添え微笑んでくれた。
「ゴメンね。 キツい事言っちゃって。 でもね、ちゃんと忘れずに心に留めておいて?」
「あぁ、勿論だ。 それより本当、調子に乗りすぎて悪かった。
これからはちゃんと心のうちに留めておくよ」
「うん、じゃぁ食べよ」

 その時俺たちを遠巻きに見つめる視線があったことに俺は全く気付いていなかった。

 

 ・   ・   ・   ・ 

「……誰よ……! 端岬クンと一緒にいるあの女はっっ…………!!」
  端岬クン――端岬 祥クンと見知らぬ女の子が仲睦まじく話し、楽しそうに昼食をとる様子を
  私――伊藤綾子は憮然と見つめていた。

 4時限目が終ったその時。 昼食を継げるチャイムが鳴るや否や教室を飛び出した端岬クン。
  別に其の事自体は本来なら何の不思議も無かった。
  だってお腹をすかせた男子生徒が食堂めがけて駆け出すのは極自然な事だもの。
  でも端岬クンが向かったのは食堂ではなく屋上。

 昨年度までだったならそれも別に何の不思議も無かった。
  端岬クンは姉のように慕っていた姫宮先輩といつも屋上で一緒に昼食をとるのを
  日課にしてたのだから。
  其の事は正直私にとっては面白くなかった。
  何故なら私はその時も今も端岬クンに片思いしてたのだから。
  尤も見事なまでに玉砕してたのだけど……。
  だから例え端岬クンが姫宮先輩に対し姉としてのみ接していると分かっていても、
  それでも好きな男の子が他の女の子と仲良くしてるのなんかやっぱり面白いわけが無い。
  だからと言って其の事を口に出すべきではない。 なのに以前それで大失敗しちゃった。
  あの時は、告白に玉砕した時ほどでは無いものの物凄く落ち込んじゃったし、
  自分の浅はかさに後悔もした。
  でもかろうじて愛想つかされたり絶交されたりせずに済んだ。
  こういうの首の皮一枚で繋がったって言うのかしら。

 それからは私は慎重に動く事にした。 あくまでもクラスメイトよりもほんの少しだけ近い距離。
  其の距離を保ちつつ少しずつ親交を深めていく。
  其の一つが食後のデザート。
  本当はデザートなんかじゃなくてお弁当を作ってあげて一緒に食べたかったんだけど、
  でもそれはさっきも言ったように無理だったから。 ……悔しいけど。
  だから……欲張っちゃ、焦っちゃ駄目。

 でも、ちょっと危ない時もあった。

 あの日、いつものようにお昼ご飯を終えて教室に戻ってきた端岬クン。
「お帰りなさい端岬クン。 ハイ、これ」
  そう言って私はデザートを差し出す。
  最早日課になっていた私にとってのささやかだけど一日を通じて最も楽しみな一時。
  その頃には果物だけじゃなく手作りのタルトやパイ、ゼリーやプリンも持ってくるようになってた。
  そしてこの日も手作りのサクランボのゼリーだった。 
  我ながら自信作の出来だったので食べてくれるこの時がとても待ち遠しかった。

 だけどその日は少し違ってた。 いつもだったら端岬クンは直ぐに手を伸ばし食べてくれたのに。
  それに表情も何だか硬かった。 そして重そうに口を開いた。
「ねぇ、何でいつも俺にこうしてくれるわけ?」
  其の言葉に私は一瞬言葉に詰まる。 でも気を取り直して口を開く。
  出来れば抱かないで欲しいと思ってた疑問だけど、でも正直予想もしてたから。
  いつかこんな事聞いてくるんじゃないかって

「え、えっとね。 本当に美味しく出来たのかどうかやっぱりヒトからの感想とかも聞きたいから」
「ふーん。 でもそれなら女子のクラスメイトにだって」
「勿論友達にも食べてもらってるよ。 でもね、男のヒトの意見もやっぱ訊きたいわけで」
「でもそれだったら別のやつでも良いんじゃね? 例えば田辺とか。
  伊藤さんとは従兄弟同士だったよね?」
「コーちゃん? 駄目よ、だってコーちゃん甘いのあまり好きじゃないんだモノ。
  それに他の男の子達は今年になって同じクラスになったあまり面識の無いコ達ばっかだから」
「でもそれならそれで、これを機に親睦を深めるとか……」
  そう言いかけた端岬クンの言葉を遮るように私は口を開く。
「あの……若しかしてご迷惑でした……?」
  途端に端岬クンの貌に戸惑いの表情が浮かぶ。
「い、いや全然そんな事無いよ。 じゃ、じゃぁ頂きます」
  そう言って端岬クンはゼリーに手を伸ばしてくれた。
「ハイどうぞ召し上がってください」
  そして私は微笑んで応え、心の中で安堵の溜息をつく。
  どうにか乗り切れた。 この繋がりだけは護らなくちゃ。
  小さな儚い繋がりだからこそコレを失ったら益々絶望的になっちゃうから。

 

 私のこの行動、友人達は健気でいじらしいと言うけれど別にそんな立派な物じゃ無い。
  私にだって十分見返りとメリットはあるのだ。
  ささやかでもこういう事の繰り返しはきっと端岬クンの心の中の私の存在を大きくしてくれる。
  それに、そんな観念的なもの以外にも私にはもっと大きな見返りがあるのだ。 それは……。

 

 学校が終り家に帰りつき部屋に入った私は鞄からゼリーを入れてたタッパを取り出す。
  朝出たときには入ってたゼリーは当然入ってない。
  代わりに入ってるのは使用済みのスプーンとサクランボの種。
  そう、端岬クンが昼間ゼリーを食べる時使ってたスプーンと口から出した種。
  私はタッパの中の種を摘まむと口の中に含む。
  種に付いてる端岬クンの唾液が溶け出し私の口の中で私の唾液帰途交じり合う。
  目を閉じ舌で転がすとまるでディープキッスでもしてるみたいな恍惚とした感覚が沸き起こる。
  そして私はスプーンにも手を伸ばすとそれを私の秘所へと持っていきそっと当てる。
「ひゃぅ……!」
  思わず声が漏れる。 端岬クンの使ってた……端岬クンの唾液がついたスプーン。
  それが今私の秘所に触れてる。
  瞳を閉じれば、それはまるで端岬クン自身の指が、舌が私の秘所に触れてるような、
  そんな恍惚とした錯覚が陶酔感を伴い込み上げてくる。

 最早日課になった私のこの自慰行為。
  始めた当初はこんな自分に自己嫌悪に陥ったり、我ながら引いちゃったけど、でも止められなかった。
  こうでもしなければ私の端岬クンへの思いは押さえられなかったから。
  そして続けるうちに自己嫌悪の気持も薄れ慣れてくる。 やがて思うようになる。
  そう――これは将来の為の予行練習なんだ、って。
  実際このような自慰行為がどれだけ実際の交わりに役立つかなんて分からない。
  でもね、少なくともメンタル面でのイメージトレーニングにはなるはずだよね。

 始めてが上手く行かなくて気不味い関係になっちゃうカップルの話を聞いたことがある。
  そうならない為の予行演習……。
  そう、これは将来私が端岬クンと付き合うようになった時の為に必要な行為なのだ。

 私と端岬クンが付き合う。
  もし人に話したんなら――誰にも話すつもりは毛頭無いけど、相手はきっと呆れられるかも。
  告白玉砕したくせに諦めてなかったのか、と。
  確かに私は玉砕した。 でもね、それは交際を阻む邪魔な存在――姫宮先輩が居たから。
  実際には幼馴染なんだけど端岬クンとは実の姉弟のような間柄。
  でもそれは何時までもって訳じゃない。
  年が離れてる以上必ず私達より早く卒業する。 だからそのときをジッと待つ。

 待って、待って、待って、待ち続けて……
  そしてやって来た端岬クンと初めて出会ったときから三度目の春。
  どれほどこの日を待ちわびたであろう。
  姫宮先輩が卒業した今ならきっと端岬クンは私を受け入れてくれる。
  しかも今年もまた同じクラスになれた! コレはもう運命的としか思えない。
  ココまで来るのに丸々二年間もかかっちゃったけど、でもこれで私の思いを阻むものは無い。

 私は教室で三度同じクラスになれた端岬クンに声をかける。
<でも凄いよね。 三年連続で同じクラスだなんて>
  三年連続なんて私にとって正に運命的だった。 なのに端岬クンったら……
<そうだな。 三年連続同じクラスだなんて凄い偶然だよな>
  ……なんて、折角のこの運命的な出来事を偶然の一言で片付けちゃうんだもの。

 でも良いの。 状況がお膳立てが全て揃ったんだからあとはリベンジの告白をするだけ。
  大丈夫、一年間コツコツ育んできたこの絆は決して無駄じゃない。
  去年は障害になってた端岬クンの姉同然だった姫宮先輩ももう居ない。
  何時告白しようかな。 でもあんまり焦るのも良くないかな。 先ずはお昼ご飯一緒に食べよう。
  うん、そうしよう。 早くお昼にならないかなぁ。

 そして待ちに待ったお昼時間。
  でも端岬クンはチャイムがなるや否や教室を飛び出し――え、何で屋上へ向かうの?
  捕まえて問い掛けても生返事で屋上へ向かって駆けていってしまった。
  私は何が何だかわからず追いかけ、そして屋上で見たもの。
  それは――

「……誰よ……! 端岬クンと一緒にいるあの女はっっ…………!!」

17.6

 奥歯がギリギリと軋む。 握り締めた掌の中で爪が食い込む。
  痛みに我に帰り掌を開いてみれば爪は朱に染まってた。まるで塗りそこなったマニキュアみたい。
  煮えくり返るはらわたを必死で押さえながら私は屋上から立ち去り教室に帰る。
  本当はあの女が何者なのか問い詰めたかった。
  でも済んでの所で思いとどまる。 若しそんな事をして去年の二の舞になってしまったら、
  そしたら今度こそもう本当に取り返しのつかないことになるから。

 それにしても! それにしても本当に何なのよ! あの女は!! 
  端岬クンにあんな風に微笑みかけてもらって、抱きしめてもらって……!!!
  端岬クンも! あんな女のドコが良いって言うのよぉ!! あんな目付きの悪い!
  胸だって私よりも小さいあんな女のドコが!!
  その時口の中でバキっと何かが折れる音がした。気付かぬうちにお箸を噛み砕いてしまったみたい。
  苛々した気持でご飯なんか食べてたからだ。
  ……とりあえず、少し冷静になろう。 端岬クンが帰って来たら色々訊きたいけど。
  でもあんまし問い詰める様な真似は駄目だ。
  返って逆効果になりかねない。 落ち着け。 落ち着くのよ私。 兎に角……待とう。
  端岬クンが帰ってくるのを。
  それまでにお腹の底で獣のように暴れまわるこの気持を落ち着かせなきゃ。

 

 ……遅い……。
  時計を見ればもう昼休み終了まで五分も無い。 時計の針が無機質な音を刻みながら進んでいき、
  残りを一分を切り、更に残りあと二十秒を切ろうかと言う時になって
  やっと端岬クンは教室に帰ってきた。
「あ、端岬クンお帰りなさ……」
  だが端岬クンは私の横を素通りして自分の席へ向かって――無視された?!
  いや違う、気付いていない?!
  端岬クンの顔には今まで見たことが無いほどの幸せで満たされてるかのような笑顔が浮かんでいる。

「あ、あの端岬クン……」
「ん? ああ伊藤さん何?」
  言われて始めて気付いたような表情。……本当にさっき声かけたのに気づいてなかったんだ……。
  そう思うと悲しいやら腹ただしいやら……!
  何、ですって! そ、そんなの決まってるじゃない!
  去年一年間毎日私のデザート食べてくれるの日課にしてくれてたじゃない!
  いや、それも勿論だけど屋上で逢ってたあの女の事……! でも焦ってまくし立てちゃ駄目。
  落ちついて聞かなきゃ……。
「あ、あ、あの……」
  その時授業の開始を告げるチャイムが鳴った。
「お、チャイムが鳴ったぜ。 時授業始まるから席に付いたら?」
「あ……う、うん」

 な、な、何なの!? 一体何がどうなってるわけなの!? あの女! 端岬クンの一体何なのよ!
  腹の中の黒い獣は益々暴れ狂い必死で押さえ込もうとするけどなかなか荷立ちが収まらない。
  お陰でノートは破れるわ、シャーペンのペン先は潰れるわ……!

 そしてやっと授業終了を継げるチャイムが鳴る。
  私は席を立ち端岬クンの元へと向かった。 私に気付いた端岬クンが口を開く。
「ん? 何か用、伊藤さ……」
  だが言いかけて端岬クンは私の顔を見て口をつぐんでしまった。
「ちょっとイイかしら? お聞きしたい事が有るんですけど?」
「な、何……?」
  心なしか端岬クンの表情がこわばっている。 苛立ちが私の顔に出てしまってるためだろうか。
「お昼休み、屋上で一緒に居た女の子……誰?」
  私がそう言うと端岬クンは照れ臭そうな笑みを浮かべる。 大好きな人の顔に笑顔がともる。
  本来なら見とれそうなものなのだけど、今の私には其の笑顔が何故か無性に癇に障った。
「見てたのか?」
「誰なの? 私の見たことのない顔だったけど?」
「知らないか? 一コ下だから昨年度もいたけどな。
  まぁ、とある事情で昨年度はあまり俺と一緒に居なかったしな。
  それにあいつ自身が結構人見知りするし人付き合いも少なかったし」
「誰なの?」

 そして次に端岬クンの口から発せられた言葉は私にとって最も聞きたくないものだった。
「え、え〜っと。 ……俺のカノジョ♪ へへっ、中々可愛かったろ?」
  其の言葉に私は思わず声を上げる。
「な、何よカノジョって!! 去年言ってたじゃない!? 付き合ってるコなんかいないって!!
  それに昨年度もずっと同じクラスで端岬クンの事ずっと見てたけどそんな様子……!」
  私が声を荒げると端岬クンは慌てて私をなだめようと声をひそめ話し掛けてきた。
「ちょ、チョット待てよ……。 何をそんなに興奮してるんだ?」
「何をですって?!! 端岬クン! アナタ本気でそれ訊いてるの?!」
「こ、声が大きいよ伊藤さん……。 お、落ち着いて……。 と、とりあえず場所変えよう?」

 

 そして私は端岬クンと連れだって屋上に来た。
「あ、あの何をそんなに怒ってるわけ?」
  端岬クンの声に私は思わず声を上げる。
「何を、ですって?! 本当にわからないの?! そんなの……!」

 ――好きだから……、端岬クンが好きだからに決まってるでしょうが!!
  そう言おうと思ったが済んでの所で言葉を呑み込んだ。
  私の中の何かが――それは本能、或いは女の勘? 分からないが、兎に角心の中から叫んでくる。
  ――言っては駄目だと。 其の言葉を吐いては駄目だと。

「い、伊藤さん……? だ、大丈夫?」
  さっきまで物凄い剣幕だった私が突然黙りこくってしまったので、
  端岬クンはより一層困惑の表情を深めてる。
  私は尚も言葉を発せられずに居た。 言葉の代わりに涙だけがボロボロ溢れ出てくる。

 その時端岬クンの手が目の前に差し出された。 そして其の手にはハンカチがのせられてた。
  見上げて其の顔を仰ぎ見れば心配そうに私を気遣う端岬クンの優しい顔があった。
  でも……
そこにはそれ以上のモノは無かった。 それ以上の――クラスメイト以上の。
  ハンカチなんかじゃなく抱きしめて、慰めて欲しいのに……。
  だけど見て取れしまう。優しく心配してくれてもある程度以上踏み込ませてくれない空気が……

「お願い……。 一人にさせて……」
「え、でもこんな状態の伊藤さんを一人残してなんて……」
  端岬クンは心配して私を気遣う優しい言葉を掛けてくれるけど、でも今は其の言葉も辛いだけ。
「あとで……ちゃんと教室に戻りますから……」

 今の私のこの状況、最悪ではないがそれにかなり近い状況。
  私――バカみたいだ……。
  ずっと春になれば願いは叶うって勝手に一人で思い込んで信じて……。

 そう、確かに私は付き合ってる人はいるのかと訊きはしたが、
  好きな人はいるのかとは訊かなかった。
  ――怖かったから。若しそこで居ると言われてしまえば
  そこで完全に終えてしまうのが怖かったから。
  結果私の其の臆病さが今日の悲劇を招いた。

 でも……諦めきれない。
  ココで諦め切れるくらいだったらとっくの昔に吹っ切ってるから

17.7

 ・   ・   ・   ・ 

 俺は屋上を一人後にした。
  伊藤の事が気にならないわけじゃないが本人が一人になりたいと言ってたし。
  ああいう状況なら肩でも抱いて慰めてあげるべきなのかもしれないが、
  でもそんな仲じゃ無いからな。 俺たちは只のクラスメイト同士だから。

 でも本当に何だったんだろ。何をあんな凄い剣幕で怒ってたんだ?
  まさか……未だ俺に好意を?
  いや、そんなまさか。 だって以前きっぱり断わってるし。
  確かにいつもデザートをご馳走してくれたりするけど、でもあんなのは味見とかそう言うのだろ?
  実際本人もそう言ってたし。 それに確かに俺以外続けて同じクラスだった男なんて居ないから、
  だから俺に話し掛けやすかっただけだし。

 そうだよ、きっぱり断わられたんだからとっくに俺の事なんか諦めて……、諦めて?
  諦めきれるか? よくよく考えてみればコレって……この状況って……。

 気付いて俺は頭を抱えた。
  そうだよ、俺に断わられた羽津姉がその後簡単に俺を諦めたか?
  かって結季に断わられた俺が簡単に諦めたか?
  ――否。
  そう俺も羽津姉も諦めたりなんかしなかった。恋愛なんてそう簡単に諦めたり出来ない。
  其の事を誰よりも俺自身が身を持って知ってた事じゃないか。

 そんな事を考えてるとやがて伊藤が教室に戻ってきた。
  俺は……視線を合わせられなかった。 何と言葉を掛けていいか分からなかった。
  そしてそのまま伊藤とは言葉も視線すらも交わす事無く、気まずいままその日の学校を終えた。

 だがそんな気まずい思いも放課後、結季の顔を見れば全て吹っ飛んだ。
  クラスメイトと上手く行かなくて気持が沈んでようと、愛しき人の顔を見るだけで全て吹き飛ぶ。
  何て言うか改めて恋愛してるって恋人同士って凄いなとか思う。

 その後一緒に帰って、一緒に寄り道して、帰った後も就寝前には電話で互いに愛を囁きあって、
  そして日付が変わり朝になれば一緒に通学路を歩む。 そういった一つ一つが幸せで幸せで、
  心が軽やかでまるで羽根でも生えて飛んでいってしまいそうなくらいだった。

 だが学校に到着し、結季と別れ教室に入ると現実に引き戻される。
  伊藤と視線が合った瞬間一気に心が重くなる。
  正直この瞬間まですっかり忘れてたが……無視できない避けられない問題だよな。

 でも……どうして良いかなんて……やっぱりきっぱりと引導渡すべきか?
  う〜ん、でも再度告白されたわけじゃないからな。
  それに今度はちゃんと恋人が居るって伝えてあるし。

 そんな悩みも時間が流れ昼飯時のチャイムが鳴り結季とのランチタイムになると一気に吹っ飛ぶ。
  伊藤に申し訳ない気持が無いわけでも無いが、だがこれは俺とクラスメイトの問題だ。
  こんな事で結季を煩わせたくもないしな。

17.8

 ・   ・   ・   ・ 

 鬱な気持が昨日の昼から全く晴れない。
  昨年度までは端岬クンと毎朝顔を合わせては笑顔で挨拶を交わせてたのに……。

「こんな事してももう意味なんて無いかもしれないのに……」
  昼休み、食事を済ませた私はリンゴを剥きながらポツリと呟く。
  昨年度だったら何の問題も無く食べてくれた。 でも昨日はデザート食べてくれなかった。
  それも意識してではなく無意識で完全に忘れさられてた。
  今こうして剥いてるリンゴも、きっと気付かず食べてもらえない。
  そんな事考えながら剥いてると戸を開ける音が聞こえた。 顔を上げれば戸には端岬クンがいた。
  其の顔にはやはり満面の笑みが浮かんでいた。
  また屋上であの女と……『カノジョ』と会ってたんだ。
  だが私と視線が合った瞬間笑顔が消え代わりに困惑の色が浮かぶ。
  次の瞬間私の左手の指に違和感。

 どうやら手元が狂いナイフの刃で指を切ってしまったらしい。
  見る間に傷口から血が溢れ出す。皮が剥かれ白い身を晒してたリンゴが見る見る赤く染まってく。
  鋭い刃であまりにもスパッと綺麗に切れた直後って案外痛くなかったりするからね。

「い、伊藤さん大丈夫?!」
  私が呆然と自分の傷口を見つめてると端岬クンが慌ててハンカチで傷口を押さえてくれた。
  大丈夫よ、と私が口を開こうとすると、それより先に端岬クンが口を開く。
「直ぐ保健室へ行こう!」
「大丈夫よ。 それにもう直ぐ授業始まっちゃ……」
「そんな事言ってる場合じゃないだろ?!」

 そして私は端岬クンに連れられ保健室へ向かった。

「ハイ、コレでもう大丈夫よ」
「ありがとうございます」
  止血と消毒をし包帯を巻いてもらった私は保険の先生にお礼を言う。
  そして一部始終をずっと心配そうに見守っていた端岬クンもホっと安堵の息を洩らした。
  端岬クンに向かい私は声をかける
「ゴメンね私のせいで。 授業もう始まっちゃって」
「気にしなくていいよ。 だってクラスメイトだろ」
  ――クラスメイト……
「うん、そうだね。 ありがとう、じゃぁ教室に戻ろうか」
  クラスメイトか。 端岬クン、あくまでもあなたにとっての私はそうだと言うのね。
  ふん――。

 その時私の心の内にあったのは何だったのだろう。
  どう足掻いても振り向いてくれない端岬クン。 だけど――それでも私は諦め切れなかった。
  どうして私じゃ駄目なの? どうしてあんな目付きの悪い女を選ぶと言うの?
  憎かった。 妬ましかった。 あの女が。

 只あの時私を心配してくれた端岬クンは、少なくともあの時だけは私だけを見つめてくれてた。
  ――あの時は一時だけでも私に関心が向いてた。 
  きっとあの時の端岬クンの心の中にはあの目付きの悪い女なんかいなかったはずだ。

 この怪我の――。
  私はジッと包帯の巻かれた手を見つめる。
  こんな怪我ぐらいで一時でも其の心を向かせる事が出来るなら私は……。

 ふふっ……。

 ・   ・   ・   ・ 

「結季お待たせ〜」
  放課後。校門で待ってたわたしの瞳に映ったのは満面の笑顔で駆け寄ってくる祥おにいちゃんの姿。
「ううん。 大丈夫わたしも今さっき終わったばかりだから」
「そっか? じゃ行くか。 ところでどこか行きたい所とかあるか?」
「うん。 えっと、ね……」

 付き合い始めてからと言うものわたしと一緒にいるときの祥おにいちゃんはいつも本当に楽しそう。
  そして楽しいのはわたしも一緒。 一緒に居るときだけじゃない。
  気が付けば居ない時も祥おにいちゃんに思いをはせて幸せな気持になってる。

 お姉ちゃんに対する申し訳ない気持や後ろめたさはやっぱりあるけど……
  でもやっぱり祥おにいちゃんには笑顔でいて欲しい。
  祥おにいちゃんの笑顔を見てるとコッチまで幸せな気持になれるし。

 そんな祥おにいちゃんだけどたまにふっと物憂げな表情を見せる事がある。

「祥おにいちゃん。 何か悩み事でもあるの?」
  ある日の事わたしは其の疑問を口に出してみた。
  言われて祥おにいちゃんは一瞬驚いたような表情を見せた。 でも直ぐに笑って見せた。
  だけど分かる。 其の笑顔は気持を隠したものだって。
  だからわたしは構わず続ける。
「祥おにいちゃんの悩みってお姉ちゃんの事?」
  訊きながらわたしは祥おにいちゃんの顔を見つめ反応を注視する。
「……じゃないみたいね」
  わたしの言葉に祥おにいちゃんは困ったようにポリポリと頬を掻いた。

「祥おにいちゃんの悩みがお姉ちゃんについてだったなら私は何も言わないわ。
  酷く聞こえるかもしれないけど、お姉ちゃんのことで悩んでるのだったのなら、
  わたしは悩まないでなんて言わないよ。 でもね……」
  私は一息ついて続ける。
「だからこそそれ以外で悩まないで欲しいの。 悩んでるのだったら力になりたいの、わたし」
  わたしがそう言うと祥おにいちゃんにホッとしたように笑顔がともりそして口を開く。
「ありがとう結季。 其の気持だけで十分だよ。 大丈夫ちゃんと自分で解決できるから。
  それよりゴメンな。 心配掛けさせちゃって」
「そう? でも本当に無理してない? わたしに出来る事なら……」
「そうだな……じゃぁ特効薬でも貰おうかな?」
「特効薬?」
  わたしが其の声に思わず小首を傾げると
「あぁ、ちょっと目を閉じてくれるか? あ、そうそう首の角度も其のままで」
  言われてわたしは祥おにいちゃんの言わんとしてることが分かった。
  言われるまま私は瞳を閉じる。 目を瞑った途端自分でも顔が火照ってくるのが分かる。
  やがてわたしの唇に祥おにいちゃんの唇が重なる。

 唇――体の中で最も鋭敏な部分の一つ。
  そして瞳を閉じた状態で交わすことにより其の感触は更に鮮明に伝わってくる。
  祥おにいちゃんの唇の其の柔らかさが、感触が、温もりが、そして鼓動までもが。
  わたし達のキスは回を重ねるごとに重ねる時間が、味わう時間も増していった。
  そして今交わしたキスも数十秒といつもと比べても特に長かった。
  やがて唇を離し、目を明けると目の前には祥おにいちゃんの顔。
  キスそのものの感触も好きだけど、実はわたしは其の直後に見せる祥おにいちゃんの表情。
  それを見るのがもっと好きだったりする。
  そう、この幸せ一杯の顔を間近で見るのが。

「元気でた?」
「あぁ、もうばっちり。 ありがとうな結季」
「ううん。 わたしもその……祥おにいちゃんとのキス……するの好きだから」
  言ってて自分でも顔がますます熱くなっていくのが分かる。
  そしてわたしのそんな顔に祥おにいちゃんは一段と其の笑顔を輝かせる。
  良かった祥おにいちゃん元気になってくれて。

 でも逆に私の胸中には疑問が残る。 祥おにいちゃん結局何を悩んでたんだろう。
  気にはなるけど……でも今はあえて訊かない。
  折角祥おにいちゃんが元気を取り戻してくれたのに蒸し返す事になるから。
  だから訊かなかった。

 でも本当に何なのかしら。 一人で解決できるって言ってたけど、大丈夫かなぁ……。
  大丈夫なら良いけど、若しそうじゃなかったのなら……。
  そして祥おにいちゃんがあんな顔をしてる原因が誰か――他の誰かによるものだったのなら……。

 わたしはそのひとをゆるさない

2006/08/07 To be continued..... 本編へ

 

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