※この話は第17回の途中
内容的には羽津姉の卒業直後に入り込む話になります
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「今年も同じクラスになれたね。 端岬クン」
高校最後の春、始業式を終え新しい教室に入った俺――端岬 祥は伊藤に声を掛けられた。
そして声のした方を振り返り応える
「あぁ、そうだな今年もヨロシク」
「でも凄いよね。 三年連続で同じクラスだなんて」
そうなのだ。 伊藤とは一年、二年と続き三年でも同じクラス。
見ようによっちゃ腐れ縁と言えるほどの仲かも。
「そうだな。 三年連続同じクラスだなんて凄い偶然だよな」
俺がそう言うと伊藤は一瞬不満そうな顔に変わったが、すぐに笑顔になり口を開く。
「うん、高校生活三年間同じクラス」
一瞬見せた表情に不思議な感覚を覚えるが、まぁ気にするほどじゃないか。
去年比較的親しくさせてもらった、割と気心の知れた伊藤と同じクラスになれたのは、
まぁ今後の学校生活を送る上で良い事なのかな。
でもとりあえず俺の胸のうちは別のことで一杯だった。
そして油断すると其の事で直ぐ頬が緩みそうになる。
昼、昼休みを告げるチャイムが鳴るや否や腹をすかせた生徒達が食堂めがけ一斉に駆け出す。
俺も直ぐに教室の扉を抜け駆け出した。だが向かう場所は食堂じゃない。屋上――何故なら……。
「端岬クン!」
だが扉をくぐった所で呼び止める声がした。 誰だ、と思い声のした方を見れば伊藤だった。
「何? 伊藤さん。 用なら出来ればめし食った後にして欲しいんだけど」
俺がそう言うと伊藤は戸惑いながら口を開く。
「あ、あのそっちは食堂じゃないけど?」
「ああ、分かってるよ。 屋上に向かうんだよ。 一緒に昼飯食う約束してるんでな」
俺がそう言うと伊藤は驚いた顔で尚問い掛けてきた。
「え? だ、だっていつもお昼ごはん一緒に食べてた姫宮先輩はもう卒業していないのよ?」
「ああ、分かってるよ」
「だ、だったらなんで?」
そう訊いた伊藤の顔も声も酷く戸惑ったものだったのかも。
だがそのときの俺には疾る気持で一杯で気に留めてる余裕は無かった。
「時間無くなるんで行くな。 じゃぁな」
屋上へ向かって駆ける俺の背後に尚も伊藤の声が聞こえるが、既に俺の耳に入っていなかった。
屋上の扉を開けて見回す。 居ない……。 チョット早く来すぎたか。
そして暫らく待ってると……。
「祥おにいちゃんお待た……」
「結季ー――!!」
俺は声の主に――結季向かって駆け出し、そして歓喜の想いを全身で表し抱きしめた。
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ祥おにいちゃん」
「あ、悪い悪い。 ずっと待ちわびてたものでよ」
俺がそう言うと結季は呆れたように、でも微笑みながら呟く。
「そんなにお腹すいてたの?」
「それも確かにあるけどよ。 分かってるんだろ?」
俺がそう言って笑うと結季は笑って応えてくれた。
其の笑顔にまた俺はたまらなく幸せな気持に満たされる。
そう、ずっと待ちわびてた。 結季とこうして恋人同士になれる日を。
そして其の気持をこめて再び抱きしめようとしたら……。
「もう、だから落ち着いてってば。 お昼食べないと本当に時間なくなっちゃうよ?」
そう言って俺を制した結季の顔には呆れたような、照れ臭いような。でも幸せそうな笑みがあった。
其の微笑にまた俺の胸は幸せ一杯に……、ヤベ涙出そうだ。
「にしても祥おにいちゃん はしゃぎすぎじゃない? 少しは弁えたら」
「しょうがねぇだろ。 やっとお前と二人っきりになれると思うと嬉しくて嬉しくて嬉しくて……」
「そりゃわたしも祥おにいちゃんと二人っきりになれて嬉しいよ。
でもね、ちょっとはお姉ちゃんの事も考えて?」
俺は其の声と視線に込めあれた非難の色にハッとした。
「わ、悪い……。 そ、そうだよな羽津姉の事考えて無かったわ……」
少々うかつすぎた。
もう気付けば半年以上もたつけど、俺は結季と付き合いたい一心で羽津姉の気持を袖にし、
挙句弄ぶような真似までしたんだ。
自分のしでかした事とは言え思い出すと自己嫌悪に陥いり気持が沈んでいく。
「解ってくれた?」
俺は結季の言葉に頷いた。結季の顔から険が取れ、そして俺の頬にそっと手を添え微笑んでくれた。
「ゴメンね。 キツい事言っちゃって。 でもね、ちゃんと忘れずに心に留めておいて?」
「あぁ、勿論だ。 それより本当、調子に乗りすぎて悪かった。
これからはちゃんと心のうちに留めておくよ」
「うん、じゃぁ食べよ」
その時俺たちを遠巻きに見つめる視線があったことに俺は全く気付いていなかった。
・ ・ ・ ・
「……誰よ……! 端岬クンと一緒にいるあの女はっっ…………!!」
端岬クン――端岬 祥クンと見知らぬ女の子が仲睦まじく話し、楽しそうに昼食をとる様子を
私――伊藤綾子は憮然と見つめていた。
4時限目が終ったその時。 昼食を継げるチャイムが鳴るや否や教室を飛び出した端岬クン。
別に其の事自体は本来なら何の不思議も無かった。
だってお腹をすかせた男子生徒が食堂めがけて駆け出すのは極自然な事だもの。
でも端岬クンが向かったのは食堂ではなく屋上。
昨年度までだったならそれも別に何の不思議も無かった。
端岬クンは姉のように慕っていた姫宮先輩といつも屋上で一緒に昼食をとるのを
日課にしてたのだから。
其の事は正直私にとっては面白くなかった。
何故なら私はその時も今も端岬クンに片思いしてたのだから。
尤も見事なまでに玉砕してたのだけど……。
だから例え端岬クンが姫宮先輩に対し姉としてのみ接していると分かっていても、
それでも好きな男の子が他の女の子と仲良くしてるのなんかやっぱり面白いわけが無い。
だからと言って其の事を口に出すべきではない。 なのに以前それで大失敗しちゃった。
あの時は、告白に玉砕した時ほどでは無いものの物凄く落ち込んじゃったし、
自分の浅はかさに後悔もした。
でもかろうじて愛想つかされたり絶交されたりせずに済んだ。
こういうの首の皮一枚で繋がったって言うのかしら。
それからは私は慎重に動く事にした。 あくまでもクラスメイトよりもほんの少しだけ近い距離。
其の距離を保ちつつ少しずつ親交を深めていく。
其の一つが食後のデザート。
本当はデザートなんかじゃなくてお弁当を作ってあげて一緒に食べたかったんだけど、
でもそれはさっきも言ったように無理だったから。 ……悔しいけど。
だから……欲張っちゃ、焦っちゃ駄目。
でも、ちょっと危ない時もあった。
あの日、いつものようにお昼ご飯を終えて教室に戻ってきた端岬クン。
「お帰りなさい端岬クン。 ハイ、これ」
そう言って私はデザートを差し出す。
最早日課になっていた私にとってのささやかだけど一日を通じて最も楽しみな一時。
その頃には果物だけじゃなく手作りのタルトやパイ、ゼリーやプリンも持ってくるようになってた。
そしてこの日も手作りのサクランボのゼリーだった。
我ながら自信作の出来だったので食べてくれるこの時がとても待ち遠しかった。
だけどその日は少し違ってた。 いつもだったら端岬クンは直ぐに手を伸ばし食べてくれたのに。
それに表情も何だか硬かった。 そして重そうに口を開いた。
「ねぇ、何でいつも俺にこうしてくれるわけ?」
其の言葉に私は一瞬言葉に詰まる。 でも気を取り直して口を開く。
出来れば抱かないで欲しいと思ってた疑問だけど、でも正直予想もしてたから。
いつかこんな事聞いてくるんじゃないかって
「え、えっとね。 本当に美味しく出来たのかどうかやっぱりヒトからの感想とかも聞きたいから」
「ふーん。 でもそれなら女子のクラスメイトにだって」
「勿論友達にも食べてもらってるよ。 でもね、男のヒトの意見もやっぱ訊きたいわけで」
「でもそれだったら別のやつでも良いんじゃね? 例えば田辺とか。
伊藤さんとは従兄弟同士だったよね?」
「コーちゃん? 駄目よ、だってコーちゃん甘いのあまり好きじゃないんだモノ。
それに他の男の子達は今年になって同じクラスになったあまり面識の無いコ達ばっかだから」
「でもそれならそれで、これを機に親睦を深めるとか……」
そう言いかけた端岬クンの言葉を遮るように私は口を開く。
「あの……若しかしてご迷惑でした……?」
途端に端岬クンの貌に戸惑いの表情が浮かぶ。
「い、いや全然そんな事無いよ。 じゃ、じゃぁ頂きます」
そう言って端岬クンはゼリーに手を伸ばしてくれた。
「ハイどうぞ召し上がってください」
そして私は微笑んで応え、心の中で安堵の溜息をつく。
どうにか乗り切れた。 この繋がりだけは護らなくちゃ。
小さな儚い繋がりだからこそコレを失ったら益々絶望的になっちゃうから。
私のこの行動、友人達は健気でいじらしいと言うけれど別にそんな立派な物じゃ無い。
私にだって十分見返りとメリットはあるのだ。
ささやかでもこういう事の繰り返しはきっと端岬クンの心の中の私の存在を大きくしてくれる。
それに、そんな観念的なもの以外にも私にはもっと大きな見返りがあるのだ。 それは……。
学校が終り家に帰りつき部屋に入った私は鞄からゼリーを入れてたタッパを取り出す。
朝出たときには入ってたゼリーは当然入ってない。
代わりに入ってるのは使用済みのスプーンとサクランボの種。
そう、端岬クンが昼間ゼリーを食べる時使ってたスプーンと口から出した種。
私はタッパの中の種を摘まむと口の中に含む。
種に付いてる端岬クンの唾液が溶け出し私の口の中で私の唾液帰途交じり合う。
目を閉じ舌で転がすとまるでディープキッスでもしてるみたいな恍惚とした感覚が沸き起こる。
そして私はスプーンにも手を伸ばすとそれを私の秘所へと持っていきそっと当てる。
「ひゃぅ……!」
思わず声が漏れる。 端岬クンの使ってた……端岬クンの唾液がついたスプーン。
それが今私の秘所に触れてる。
瞳を閉じれば、それはまるで端岬クン自身の指が、舌が私の秘所に触れてるような、
そんな恍惚とした錯覚が陶酔感を伴い込み上げてくる。
最早日課になった私のこの自慰行為。
始めた当初はこんな自分に自己嫌悪に陥ったり、我ながら引いちゃったけど、でも止められなかった。
こうでもしなければ私の端岬クンへの思いは押さえられなかったから。
そして続けるうちに自己嫌悪の気持も薄れ慣れてくる。 やがて思うようになる。
そう――これは将来の為の予行練習なんだ、って。
実際このような自慰行為がどれだけ実際の交わりに役立つかなんて分からない。
でもね、少なくともメンタル面でのイメージトレーニングにはなるはずだよね。
始めてが上手く行かなくて気不味い関係になっちゃうカップルの話を聞いたことがある。
そうならない為の予行演習……。
そう、これは将来私が端岬クンと付き合うようになった時の為に必要な行為なのだ。
私と端岬クンが付き合う。
もし人に話したんなら――誰にも話すつもりは毛頭無いけど、相手はきっと呆れられるかも。
告白玉砕したくせに諦めてなかったのか、と。
確かに私は玉砕した。 でもね、それは交際を阻む邪魔な存在――姫宮先輩が居たから。
実際には幼馴染なんだけど端岬クンとは実の姉弟のような間柄。
でもそれは何時までもって訳じゃない。
年が離れてる以上必ず私達より早く卒業する。 だからそのときをジッと待つ。
待って、待って、待って、待ち続けて……
そしてやって来た端岬クンと初めて出会ったときから三度目の春。
どれほどこの日を待ちわびたであろう。
姫宮先輩が卒業した今ならきっと端岬クンは私を受け入れてくれる。
しかも今年もまた同じクラスになれた! コレはもう運命的としか思えない。
ココまで来るのに丸々二年間もかかっちゃったけど、でもこれで私の思いを阻むものは無い。
私は教室で三度同じクラスになれた端岬クンに声をかける。
<でも凄いよね。 三年連続で同じクラスだなんて>
三年連続なんて私にとって正に運命的だった。 なのに端岬クンったら……
<そうだな。 三年連続同じクラスだなんて凄い偶然だよな>
……なんて、折角のこの運命的な出来事を偶然の一言で片付けちゃうんだもの。
でも良いの。 状況がお膳立てが全て揃ったんだからあとはリベンジの告白をするだけ。
大丈夫、一年間コツコツ育んできたこの絆は決して無駄じゃない。
去年は障害になってた端岬クンの姉同然だった姫宮先輩ももう居ない。
何時告白しようかな。 でもあんまり焦るのも良くないかな。 先ずはお昼ご飯一緒に食べよう。
うん、そうしよう。 早くお昼にならないかなぁ。
そして待ちに待ったお昼時間。
でも端岬クンはチャイムがなるや否や教室を飛び出し――え、何で屋上へ向かうの?
捕まえて問い掛けても生返事で屋上へ向かって駆けていってしまった。
私は何が何だかわからず追いかけ、そして屋上で見たもの。
それは――
「……誰よ……! 端岬クンと一緒にいるあの女はっっ…………!!」 |