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振り向けばそこに…

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1

「祥ちゃん。 好きなの、あなたの事が。 幼馴染とか弟みたいな存在じゃなくって……。
  だからお願い、私の恋人になって!」
  私――姫宮 羽津季(ひめみや はづき)は意を決して今まで胸にしまっていた想いを口にした。 
  私と祥ちゃん、そして今ココには居ないが、私の妹の結季は所謂幼馴染で誰よりも気心の知れた仲だ。
  ちなみに祥ちゃんは一コ下で結季は二コ下だ。
  私は答えを待った。 自信も勝算も十分にあった。

 自分で言うのもなんだけど私は結構もてる。 学園でのミスコンに選ばれた事だってあるし、
  今まで貰ったラブレターの数も両手の指じゃ足りないくらい。
  そしてその中にはクラスの女子の人気を集めるような男の子だって居た。
  でも私の心の琴線に触れるような男の子は一人も居なかった。
  そう、私にとっての男の子は昔っからずっと祥ちゃんだけだった。

 それでもやっぱり答えを待ってる間は緊張する。 答えを待ちわびていると祥ちゃんは口を開く。
「ゴメン、羽津姉(はづねえ)の気持は嬉しいけど、けどそう言う風には考えられないんだ。
  今まで姉弟みたいに過ごしてきて、そんな今更恋人同士だなんて……」
  答えを聞いて愕然とした。 姉弟……。 自分にとってアドバンテージだと思ってた
  誰よりも親密な距離が仇になるなんて。
「ゴメン。 羽津姉の事は好きだけど、でもそれはあくまでも姉としてであって……」
  私が呆然として立ち尽くしている間も祥ちゃんは話し掛けてきた。
  顔には申し訳無さで一杯と言った感じで、今にも泣きそう。
  これじゃぁどっちが振られたんだか解かりゃしない。
「い、いいのよ。 謝らなくって。 そうか……姉、か。
  うん、じゃぁ今まで通り仲良し姉弟ってことで……ね」
  言いたい事は沢山あるし涙だって溢れそうだった。 でも出来なかった。 
今ココでまくしたてても泣いてもどうにもならない。
  そんなことしても祥ちゃんを悲しませるだけだから。 もしかしたら泣かせてしまうかもしれない。
  それにココで余計な事を口走って幼馴染と言う関係まで無くすのだけは絶対避けたかったから。

 

   ・    ・    ・    ・

「祥おにいちゃん。 お姉ちゃんが昨日からなんか様子がおかしいの。 心なしか元気なくて。
  ねぇ何か知らない?」
  昨日からお姉ちゃんの様子が何かおかしい。 一見すると普段どおりなんだけど、どこか様子が変。
  だから祥おにいちゃんに訊いてみた。
  私――姫宮結季とおねえちゃんの姉妹は、祥おにいちゃんとは幼馴染の間柄。
  だから何か知ってるかもと思って。
「羽津姉が? い、いや特に思い当たる節は……」
  そう言った祥おにいちゃんは何かを隠してるみたいだった。

「そう? ねぇ、そう言えば祥おにいちゃんも何だか昨日から……」
  私は気になって祥おにいちゃんの顔を覗き込み真っ直ぐ見つめた。
「ねぇ、本当に何も知らない?」
  何かおかしい。 そう感じたわたしは祥おにいちゃんの顔を真っ直ぐ見据えた。
  暫らくジッと見てると祥おにいちゃんは口ごもり、そして観念したように口を開いた。
「わ、解かった答えるよ。 その、言うから落ち着いて聞いてくれ。
  その、実は……羽津姉に告白された」
  其の返事を聞いてわたしはビックリした。 そして気を取り直して訊く。
「な、何て答えた……の?」
「断わった。 恋人同士にはなれないって……」
「な、なんで?! どうして?! 祥おにいちゃん、お姉ちゃんとあんなに仲良しだったじゃない……
  なのになんで」
  わたしは思わず祥おにいちゃんに喰って掛かった。
「ご、ごめん……」
「そんな言葉が訊きたいんじゃないのよ! ちゃんと答えてよ!」
「……だって、羽津ねえは俺にとってあくまでもその、姉……みたいなものだから。
  それに……その、ほかに好きなコがいるから……」
「誰? 私の知っているコ?」
  祥おにいちゃんは黙って頷いた。
「その人に告白は?」
  私が訊くと祥おにいちゃんは首を横に振った。
「しないの? お姉ちゃんの好意を袖にしてまで思ってる相手なんでしょ?」
「ああ、それは勿論……」
「じゃぁ、祥おにいちゃんもその人に告白して。 そうじゃなきゃわたし納得できない」
  その時わたしは怒っていたのかも知れない。 お姉ちゃんを振って傷つけた祥おにいちゃんに対して。
  だから祥おにいちゃんだけ告白しないで逃げるなんてことは許せなくて思わず詰め寄ってしまった。

 私に詰め寄られ祥おにいちゃんは静かに口を開く。
「分かったよ……実はその、お前なんだ結季」
「え……?」
  わたしは一瞬何を言われたか分からなかった。 だけど次の瞬間思わず声を上げた。
「こんな時に冗談なんか言わないで!」
「冗談なんかじゃない。 本当に俺はお前の事を……」
「ふざけないでよ! 美人で明るくて優しくて誰からも好かれる
  人気者のお姉ちゃんじゃなくてわたし?! そんなの信じられるわけ無いじゃない!
  だってわたしなんか暗くて、地味で、目付き悪くて、意地っ張りで素直じゃなくて……」
  そうだよ、わたしなんかお姉ちゃんに比べて可愛げも無くてつまらない女なんだよ。
  そんなわたしの言葉を遮るように祥おにいちゃんは口を開く。
「ああ……。 おまけに人一倍傷つきやすくて繊細で、その癖自分のことより人のことばっか
  気に掛けてて。 優しくて思いやりがあって、普段は突っ張ってても本当は笑うと
  とっても可愛いって事もな」
  そう言って祥おにいちゃんはそっと私の肩に手を置いた。
  祥おにいちゃん……。
  そうだった、祥おにいちゃんはいつも分かってくれてた。 他の誰も分ってくれなくても……。
  祥おにいちゃんの優しさが嬉しい。

 けど……。

 そして祥おにいちゃんは続ける。
「そんなお前が――結季が好きなんだ。 お前は俺のこと、好きか?」
「そ、そんな……それは……わ、わたしは」
  言葉が出てこない。 心臓が早鐘のように脈打ち顔が熱くなってきた。

 

「お前とキスしたい」
「……ええぇぇっっ?!!!」
  突然の祥おにいちゃんの言葉にわたしは心臓が口から飛び出るかと思った。
「俺は結季が好きだ。 だから今からキスする」
  そう言って祥おにいちゃんは私の肩に置いてた手をそっと頬に沿えて顔を近づけてきた。
「そ、そんなぁちょ、ちょっと祥お兄ちゃん。 ま、待ってよ!」
「待たない。 イヤなら、俺のこと嫌いなら振り払え。 じゃなければ引っぱたいたっていい」
  そう、祥おにいちゃんはわたしの頬に手を添えているだけ。 腕も肩も掴んでいない。
  本当に拒絶したければ幾らでも逃げれる。 でも私は動けなかった。 だってわたしは……。
  そして息が届くほどの距離に顔がきたときわたしは目を閉じた。
  やがて祥おにいちゃんの唇がわたしの唇に触れる。
  それはほんの一瞬、だけどわたしの唇に甘く柔らかな感触を残すには充分だった。
「応えてくれ。 俺のこと好きか? それとも嫌いか?」
  目を開ければ直ぐ目の前には祥おにいちゃんの顔があった。
「き、嫌い……な訳、ないじゃない。 わ、わたしだって祥おにいちゃんの事ずっと、
  ずっと大好きだったよ……けど」
  言葉が出ない。 涙が溢れ出す。
「結季……」
「来ないで!!」
  わたしは顔を手で覆い、そして祥おにいちゃんの手を振り払い走り出していた。

「そ、そんな……わたしが祥おにいちゃんと。 そんなの……」
  ずっとずっと好きだった。 だけど絶対表に、口に出すまいと誓っていた。
  遠い幼い日、お姉ちゃんもわたしと同じ様に祥おにいちゃんの事を好きなのだと知ったその日から。
  大好きなお姉ちゃん。 わたしが無いものを幾つも持っていて、でもその事を鼻に掛けたりせず
  誰にでも優しくて。 わたしが苦しい時辛い時には必ず助けてくれる。
  そんなお姉ちゃんを誰より尊敬し誇りに思っていた。
  でもわたしはそんなお姉ちゃんに助けられっぱなしで、何もしてあげられない自分の無力さが
  もどかしかった。 だからせめてお姉ちゃんの邪魔するような事だけはしたくなかった。
  そう思い自分の恋心を封印してきたのに……。

「結季!」
  振り向けばそこには祥おにいちゃんがいた。 わたしを追いかけてきてくれたのだろう、
  肩で息をしている。 そして歩み寄ってくる。
「来ないで! ……出来ないよ。 お姉ちゃんを差し置いてわたしだけ幸せになんて……」
「わ、分かった。 もう言わないよ。 だから、もう……」
  そう言って祥おにいちゃんはわたしの肩を抱いてくれた。 そしてわたしはそのまま泣き崩れてしまった。

「ごめんなさい……」
  ひとしきり祥おにいちゃんの腕の中で泣いたわたしはやっと落ち着きを少し取り戻せた。
「気にするな。 それより俺のほうこそゴメンな」
  そしてしばらくわたしと祥お兄ちゃんは黙りこくっていた。
「ねぇ、祥おにいちゃん……」
「なんだ?」
「お姉ちゃんと……付き合う気は無いの?」
  祥おにいちゃんは黙って頷いた。 そして口を開く。
「なぁ、結季……。 俺が羽津姉と付き合ったとして、それでお前は本当に満足なのか?」
  私は黙って頷く。 そう、お姉ちゃんの幸せこそが何より私にとっても幸せなんだから。
「でも、本当にそれで皆幸せになれるのか? そりゃ俺だって羽津姉のこと嫌いじゃないさ、好きさ。
  でも、それはあくまでも姉として好きなんだ。 それにもし付き合ったとして、
  プライドの高い羽津姉にとってこんな情けかけるみたいな真似、かえって失礼じゃないのか」
「うん……けれど、それでもわたしお姉ちゃんを差し置くような真似……」
「なぁ、お前が羽津姉の幸せを願ってるように、羽津姉だってお前に幸せになって欲しいはずだ。
  そうだろ?」
  祥お兄ちゃんの言葉に私は頷く。
「結季。 きっと羽津姉なら分かってくれるさ。 俺たちのこと。 だから……」
「祥おにいちゃん……」
「何時かで良いんだ。 待ってるから。 お前がその気になってくれるまで」

2

   ・    ・    ・    ・

 あれから数日が流れた。 俺が羽津姉の告白を断わり、結季に俺の想いを断わられてから。
  一見すると俺達3人ともあんな事があったとは思えないほど平穏に日常は過ぎている。
  だが実際には羽津姉の顔からは常に俺への好意――いや未練と言った方が正しいのかもしれない――
  が見え隠れし、それに関しては俺も一緒で結季の気持に変化が現れてないか、
  其の事ばっか気になってる。 そんな片思いの一方通行が交差する日々。
  そんな日々を終わらせたくて俺は行動に出ることにした。
  かなり強引だしある意味賭けだが、これ以上埒があかないのはイヤだったから。

 放課後俺は羽津姉に二人っきりになりたいと屋上に呼んだ。
  そうして目の前に現れた羽津姉の顔は期待と不安と自信が入り混じったかのようなものだった。
「悪ぃな羽津姉、わざわざ呼び出したりして」
「ううん、気にしないで。 ね、それより話って何? あ、も、若しかして……?」
  あからさまに其の眼差しから期待が伺える。
  其の眼差しに俺の胸は僅かに痛んだが、決めた以上は躊躇は無用だ。
「ん、まぁ多分羽津姉の考えてる通り……って、うわぁ!」
「ありがとう祥ちゃん!!」
  話の途中にも拘わらず、羽津姉はその豊かな胸が当たるのもお構い無しに俺に抱きついてきた。
「イ、イキナリ抱きつかないでくれよ! 先ず話を最後まで聞いてくれ!」
「え〜。 良いよ、聞かなくったって分かるもん」
「いいから!」
  俺が抱きついてきた羽津姉を引き剥がすと羽津姉は露骨に残念そうにする。
  でも直ぐに其の表情は期待に満ち溢れたものに変わる。

 そして俺は口を開く。
「その、な。 俺の条件呑んでくれるのなら、付き合っても良いぜ」
  其の瞬間羽津姉の表情はまるでこの世の幸せを独り占めにでもしたかのように輝く。
  そしてまた抱きついてきた。
「ありがとう! 条件? 何だって聞くよ!? 祥ちゃんが付き合ってくれるのなら何だって!」
「だからむやみと抱きつかないでくれって」
  羽津姉の抱きつき癖は昔っからあった。
  其の事に気恥ずかしさを感じなかったわけじゃないが、今感じるそれはそれだけじゃなくて……。
  兎に角俺は羽津姉を引き剥がすと話を続けた。
「条件ってのはその、付き合う上での主導権は俺のほうに握らせてくれ。
  何事も俺の思うようにやらせてくれ。 それでもいいか?」
  我ながら恐ろしく身勝手な条件。 でもコレで引き下がったり呆れたりしないだろうな。
  実際、羽津姉は一瞬きょとんとした表情をしたが、直ぐ其の顔にはにんまりとした笑みが浮かぶ。
「OK 私の恋人になってくれるんだったら、なんだって聞いてあげちゃう。 キャ♪」
  そうして羽津姉は満面の笑みを浮かべたまま頬を赤らめ手をあてる。
  こりゃ、間違い無く俺の意図を取り違えてて誤解してるな。 まぁいいや、兎に角切り出そう。
「まず、基本的な態度は今まで通りにして欲しい。 あんまり露骨に恋人恋人しないでくれ。
  って言うか出来れば周囲に気付かれないようにしてくれ」
「え〜? どうして〜?」
  言った瞬間、羽津姉は露骨に不服そうな顔をする。
「羽津姉だって自覚してるだろ。 自分が結構どころか、かなりもてるって事。
  羽津姉に好意を持ってるやつからの嫉妬を全て受けてたら身がもたねぇよ」
「なるほどねぇ。 でも出来たらそんな嫉妬の視線を受けて悠然と構える余裕を持って欲しいな〜」
「いやなら付き合うの止めようか?」
「ああ! ごめんごめん! 解かってる。 言う通りにするから。 ね?」
  俺が言うと羽津姉は慌てて取り繕う。 その顔は相変らず幸せで一杯といった風である。
  そして更に続けてきた。
「ね。ね。 他には? 他には無いの?」
「無いよ。 今のところはそれだけだよ」
  羽津姉には申し訳ないが俺の要求に羽津姉の求めるような事は、多分無い。

 その日の夜、電話がかかってきた。 結季からだ。
『お姉ちゃんと付き合うことになったってった本当……?』
「ああ。 羽津姉から聞いたのか?」
『うん。 お姉ちゃん……とっても、嬉しそうな顔……してた』
「これがお前の望みなんだろ?」
『うん……。 ありが……とう。 用は、それ……だけ、だから。 じゃぁ……オヤスミ……ナサイ」
「ああ、お休み……」
  そして俺は電話を切った。 
「ありがとう……か。 だったら……、だったら何でそんな辛そうな、泣きそうな声で話すんだよ……!!」
  俺は思わず携帯を壁に叩きつけそうになる。 だが、寸前で思いとどまる。
  落ち着け。 憤るな。 焦るな。 事は未だ始まったばかりなんだから。

3

   ・    ・    ・    ・

 電話を切ると涙が滲んできた。 駄目、泣いたりしちゃ。
  だってコレは私が望んだ結果なんだから。
  大好きなお姉ちゃんと祥おにいちゃん、二人が晴れて恋人同士になれたんだから。
  お姉ちゃんがどれだけ祥おにいちゃんを好きか、
  そのことは妹であるわたしは誰よりも良く知っていた。
  祥おにいちゃんだってお姉ちゃんのこと決して悪くは思っていない。
  私達3人は小さい頃からずっと仲良しだったのだから。
  だから、わたしさえ身を引けばきっと全てが上手くいく。

 祥おにいちゃんがわたしを好きだと言ってくれた時、本当はすごく嬉しかった。
  でもそれを受け入れるわけにはいかなかった。
  だって受け入れてしまえばそれはお姉ちゃんの恋心を摘んでしまう事に他ならなかったから。
  それだけは絶対にしたくなかったから。
  だから……だからコレは最良の結果のはず……なのに、なんで、なんで……。

 次の日の朝、わたしはいつもよりも早く家を出た。
  折角付き合いだした二人の邪魔をしたくなかったから。
  でも本当はそれだけじゃなくてわたしが辛かったから。
  今のわたしは祥おにいちゃんの前でどんな顔をしていいか分からなかったから……。

 その日からわたしは一人になった。 いや、一人になる事を選んだ。
  お姉ちゃんも祥おにいちゃんも悪くない。
  二人共気にせず今まで通り一緒にいようって言ってくれた。
  でも其の言葉に甘えたらきっと決心が鈍ってしまうから……。

 

   ・    ・    ・    ・

 その日朝は快晴。 まるで私の心を表してるかのように澄み渡っていた。
  昨日の告白を思い出すと自然と頬が緩む。 そして学校への通学路、祥ちゃんを発見した。
  嬉しさのあまり私は駆け出し、そして抱きついた。
「おっはよ〜。 祥〜ちゃん」
「う、うわっ! は、羽津姉?! イキナリ抱きつくなよビックリするじゃないか」
  祥ちゃんったら顔を真っ赤にして驚いてる。 可愛いったらありゃしない
「良いじゃない。 だって私達はコ・イ・ビ……」
「ストップ! 羽津姉、昨日俺が言ったこと憶えてる?」
  勿論忘れるわけが無い。 でも晴れて恋人同士になれたっていうのに、
  それを押さえて今まで通りなんて出来るわけ無いじゃない。 だから私はとぼけて見せた。
「え〜? 何だっけ〜?」
  そんなつまらない約束とぼけて押し切ってうやむやにしちゃえい。
「羽津姉!」
  瞬間、祥ちゃんは厳しい声を発した。 いや、声だけじゃなく其の表情も険しかった。
「羽津姉が約束守れないようならこの話やっぱり無しにしようか?」
  私は其の気配に気圧され慌てて慌ててその身を放す。
「ゴ、ゴメンゴメン。 つい調子にのりすぎちゃって悪かったから、そんなに怒らないで、ね」
  私は慌てて両手を合わせて謝る。 
「ね、ねぇ。 じゃぁせめて手を繋ぐぐらいイイでしょ?
  コレなら昔っからしょっちゅう繋いでたんだから」
  私がそう言って手を差し出すと、祥ちゃんは少し照れながら手を握り返してくれた。
  昔もこうしてよく手を繋いだけどこういうのも何だか初々しくて良いな。

「あれ? そう言えば結季は?」
「あ、、あのコなら今朝は用事があるとかで一足先に出たわよ」
「そう……」
  私の返事を聞くと祥ちゃんはチョット寂しそうな顔をする。
  そう言えば何時も登校時は三人一緒だったけ。 二人っきりになると物足りなく感じるのかな。
  ……なんかちょっと妬けるな。 ってなに考えてるんだろ。
「ね、ねぇ。 若しかしたらあのコ私達に気遣ってくれたのかも」
「え? 気を遣うって?」
「折角私達が付き合いだしたんだから、二人っきりで水入らずにさせてあげようってつもりなのかも」
  そう思ったら急に結季の事が可愛く思えてきた。 勿論今までだって可愛い大切な妹だけど。
「そんなわざわざ……」
「ねぇ、折角の好意なんだからありがたく甘えとこうよ」
「でも、なんか寂しいよな」
「其の分は私が埋めてあげるから元気出してよ。 ね」
「まぁ、確かに俺たちはそれで良いけど、結季の方は大丈夫なのかなぁ。
  アイツ友達あんまり居ないみたいだし」
「大丈夫よ。あのコだってもう子供じゃないんだし」
「そうだよな。 でもあいつに言っといて。 あまり俺たちに気を使うなって。
  俺も会ったら言っとくけどさ」
「分かったわ」
「頼むよ。 結季は俺にとっても妹みたいなものだから」
「そうね。 でもこれからは妹みたいじゃなくて『義妹』とかいて『いもうと』って呼んだほうが
  正しいかもね」

 

 正午――昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴るや否や私は二人分のお弁当をもって飛び出した。
  目指すは屋上! 祥ちゃんと一緒にお昼を食べる為に!
「祥ちゃん、おっ待たせ〜」
  ってチョット早く来すぎたかな。 まぁいいや待つのもまた楽し、って言うし。
  屋上での一緒のランチは昔っからの日課だったけど、今日の楽しみはひとしおだった。
  何せ今日は私がお弁当を作ってきたのだから。 はっきり言ってかなりの自信作!
  今回は結季も協力してくれたし。 あのコ対人コミュニケーションはからっきしだけど、
  其の分一人で何かに没頭する作業は得意だから料理も物凄く上手だったりするのよね。
  コレばっかりは私も全く敵わない。 だから今回はお願いして手伝ってもらっちゃった。
  お陰でとっても美味しく出来た。 だから今回は結季に物凄く感謝してる。
 
  そんな事考えてるとドアが開いた。
「祥ちゃん!」
「悪りぃ、待たせちまったか? 羽津姉」
  祥ちゃんの顔を見ると嬉しさがこみ上げてくる。
「全然そんな事無いよ。 私も今さっき来たところだから。 それより座って座って。
  今回は自信作なんだよ」
「……自信作……って、羽津姉が作ったのか?!」
「チョット?! 何よその反応は!」
「いや、だって羽津姉、料理……」
  そう、はっきり言って私は料理はあまり得意じゃない。 っていうかストレートに言えば下手。
  でも今回は……
「私だって成長してるのよ? そ・れ・に、今回は結季に手伝ってもらったの」
「結季に?」
「そ、あのコのお墨付き。 ってあからさまにホッとしないでよ!」
  まぁ、祥ちゃんの反応も尤もなんだけどね。
  前に私が一人で作ったときは思い出したくも無い程散々な結果に終わっていたから。
「ハハ、悪い悪い。 じゃ、あとは結季が来るのを待つだけか」
「あ、あのコなら今日は来ないわよ。 折角の二人っきりの時間邪魔したくないし。 だって」
「そっか……」
「そう言う訳だから食べましょ」
「そうだな。 俺もはらぺこだし。 じゃ、いただきます」

 祥ちゃんはお弁当の蓋を開けると物凄い勢いで食べ始めた。 ふふっ、よっぽどお腹がすいてたのね。
  とっても美味しそうに食べてる。 そんな姿見るとやっぱり作った身としては感無量よね。
  でも出来ればもうチョット落ち着いて食べて欲しかったな。
  折角の恋人同士の二人っきりのランチタイムなんだから定番の『ハイ、あ〜んして』とか
  やりたかったのになぁ。

「ごちそうさま」
「おそまつさまでした」
  そうして私は空っぽになったお弁当箱を受け取る。
  こうして綺麗に空っぽになったお弁当箱を見ると満足感が込み上げてくる。
「ねぇ、ところで何が一番美味しかった?」
「そうだな〜。 どれも美味かったけど卵焼きかな。
  結季のと比べても遜色ないぐらい美味しく出来てたよ」
「え? 卵焼き?」
「ああ、美味かったよ。 おっと、実は次の授業に提出する課題を終わらせなきゃいけないんで、そろそろ教室に帰るわ。 じゃぁな、羽津姉」
「あ、うん」
  そうして祥ちゃんは屋上を後にしていった。
「結季のと比べても遜色ない、かぁ……。 そりゃそうよ。 だって……」
  実は卵焼きは何度やっても上手くいかなかったので、
  結局結季が作ったのをそのまま使わせてもらったのだったから。
「やっぱ、料理じゃ結季にはかなわないなぁ。 ってしょげてたってしょうがない。
  だったら次こそは本当に私が作ったのを美味しいって言わせて上げるんだから!」
  そうして私は拳を握り締め決意を固めた。

 ふと空を見上げれば空はどこまでも澄み渡っていた。 お日様の光が気持ちイイ。
「祥ちゃんも課題ぐらいウチでやっときなさいよね」
  折角のいい天気なんだからもう少し一緒にのんびりしてたかったのにな。
  お腹も一杯でポカポカと気持ちイイからお昼寝とかも良いかも。
  そしたら膝枕とかしてあげたのになぁ。
  まぁ、愚痴ったり欲張ったりしてもしょうが無いか。
  それに次にとっておく楽しみが増えたって考えれば良いしね。
  そして私も屋上を後にした。

   ・    ・    ・    ・

「そう言えば一人っきりでお弁当食べるのって久しぶりだな……」 
  わたしは中庭で一人木にもたれかかってお弁当を食べている。
  折角美味しくできたお弁当なのに一人で食べると何だか味気ない。 でも仕方ない。
  自分で決めた事なんだから。 祥おにいちゃんとお姉ちゃんを二人っきりにさせてあげようって……。
「祥おにいちゃんとお姉ちゃんも今頃食べてるんだろうなぁ……」
  初めてかもしれないなぁお姉ちゃんがわたしに頼みごとするなんて。
  何でもこなすお姉ちゃんが唯一苦手で、そして同時に唯一私が勝てること、それがお料理だった。
  恋はヒトを変えるって言うけど本当ね。 あんなに一生懸命なお姉ちゃん始めてかも。
  だからそんなお姉ちゃんには絶対に幸せになって欲しかった。
  大丈夫、そんな健気な姿見せられればきっと祥おにいちゃんも……。
  だから……、だから私も早く気持を切り替えなきゃ……。

「よう、結季。 こんなところで一人でメシか?」
「しょ、祥おにいちゃん?! お、お姉ちゃんと一緒にお昼食べてたんじゃなかったの?!」
「ああ、さっき喰い終わった」
「お、美味しかった……?」
「ああ、結構美味かったぜ」
  良かった……。 うん、お姉ちゃん一生懸命頑張ってたもの。
「結季もお疲れ様。 大変だったろ。 あの羽津姉にあそこまで作れるようにレクチャーするのは」
「そんな事無いよ。 全てはお姉ちゃんが頑張ったからだよ」
「でも、卵焼きだけはお前が作ったヤツだろ?」
「……!」
「やっぱりな。 あれだけ出来が段違いだったからな。 美味かったぜ。
  とりあえずそれだけ伝えたかったから。 じゃな」
  祥おにいちゃんは笑顔でそう言うと手をヒラヒラ振りながら去っていった。

「……祥おにいちゃんのバカぁ……。 そんな……、そんなこと言われたら諦められないじゃない……。
  折角の……決心が、鈍っちゃうじゃない……」

4

 その日の朝もわたしはお姉ちゃんよりも一足先に家を出た。
  そう、それは最早わたしにとって新しい日課になりつつあった。
  当初お姉ちゃんや家族に不思議がられたが理由は幾らでも創れる。
  人ごみを避けたいから、朝の静寂の中で読書を楽しみたいから……。
  勿論本当の理由は誰にも言ってない。

「おはよう結季。 随分と早ぇのな」
「しょ、祥おにいちゃん?! な、何でこんな時間にいるの?!」
  わたしは驚きのあまり声を上げた。
「いや、まぁ何つうか珍しく早く目が覚めてな。 早起きってのもたまには悪くないものだな。
  じゃ、行くか」
  そう言って祥おにいちゃんは私の手を引き歩こうとした。
「ちょ、チョット待ってよ……」
「ん、なんだ? まぁ時間ならタップリあるけどよ」
  戸惑いを隠せないわたしとは逆に祥おにいちゃんは微笑を湛えながら私に語りかけてくる。
「お姉ちゃんはどうするの?」
「羽津姉? ココ最近いつも一緒なんだし、たまには良いだろ」
「ちょ、ちょっと?! 何よそれ。 祥おにいちゃんのお姉ちゃんに対する気持ってそんなものなの?!」
「……俺の気持?」
  そう言った祥おにいちゃんの顔から先ほどまでの微笑みが消えた。
  そしてその声はどこか険しく、と同時に寂しげにも聞こえた。
「お前がそれを聞くのか……? 結季」
「…………」
  祥おにいちゃんの其の言葉に私は何も答えられなかった。
  わたしが黙りこくっていると祥おにいちゃんは申し訳無さそうに口を開いた。
「悪りぃ、別にお前を困らせるようなつもりなんかなかったんだ。 その、スマン……」
「い、いいの。 わたしのほうこそ変な事言っちゃってゴメン……。
  そ、そのわたしもう行くから祥おにいちゃんはお姉ちゃんと……」
  言いかけたわたしの頭を祥おにいちゃんはそっと撫でてくれた。 
「ああ、羽津姉を待って一緒に行くよ」
  そう言った祥おにいちゃんの笑顔は優しく穏やかで、でもどこか寂しげだった。
  そしてわたしは手を振る祥おにいちゃんに見送られ先に学校へと向かった。
  どこか後ろ髪引かれる想いを引き摺りながら……

 

   ・    ・    ・    ・   

「俺の気持……か。 分かりきった事聞くなよ……結季」
  そう、今でも俺の気持は結季の方を向いている。 それが何故今羽津姉と付き合っているのか。
  羽津姉が俺への想いを諦めない限り結希は俺を受け入れてくれない。
  だったら、どうしたら羽津姉は俺を諦める?
  思案を重ねた結果一つの結論に達した。 それは……

 暫らく俺は時計と睨めっこしたり適当にその辺をぶらついて時間を潰した。
  さっさと学校へ向かっても良かったんだが結季に言っちまったからな。
  羽津姉を待ってから一緒に行くって。

「もうそろそろかな」
  そして後ろを振り向くと丁度羽津姉の姿が目に飛び込んで来る。
  俺と目線の会った羽津姉は嬉しそうに駆け寄ってきた。 其の顔に満面の笑みを湛えて。
「おっはよ〜祥ちゃん」
「おはよう。 羽津姉」
「ねぇ、祥ちゃん何か良い事でもあった?」
「え? いや、別に」
  羽津姉の其の言葉にドキッとした。
  若し良い事があったとすれば、それは久しぶりに朝に結季と話せた事だろう。
  だがそんな事言えるわけが無い。
「そうだな。 若しかしたら天気が良いからかもな」
「そうね。 今朝もいい天気ね。 何にしても祥ちゃんがご機嫌なら私も嬉しいよ」
  そう言って羽津姉はにっこり微笑み、其の笑顔をより一層輝かせる。
  其の笑顔に胸が痛む。 俺の思惑なんか知らず疑いの無い只真っ直ぐな笑顔。
  それは俺には眩しすぎた。 それは本来恵の光である太陽が、
  光指さぬ暗闇に生きる生物には苦痛を感じさせるのと似たような感覚だったのかもしれない。
  だがそうした気持は表に出してはいけない。

   ・    ・    ・    ・   

「ねぇねぇ祥ちゃん。 今度の日曜日開いている?」
  帰り道、私は祥ちゃんに尋ねた。
「日曜? まぁ、今のところ予定は無いけど。 なんで?」
「なんで、って……。 もう!それぐらい察してよ。 デートの誘いに決まってるじゃない!」
  もう、祥ちゃんってばこんなに鈍かったっけ?
「ああ、ハイ。 デートね」
「何よその気の無い返事」
「あ、いや、そんな気の無いなんてそんな事無いよ。 で、どこか行きたいところでもあるの?」
  私が不満を洩らすと祥ちゃんは取り繕い問い返してくる。
「うん。 あのね、見たい映画あるんだ」
「映画、ねぇ……」
「大丈夫よ。 きっと祥ちゃんも気に入ると思うから」
  コレは自信がある。 付き合い長いんだから映画の好みとか十分知ってる。
  こういう時って幼馴染は得よね。
「いや、そうじゃなくって今月チョット金欠気味なんだ」
「なんだ、そんな事気にしてるの? 大丈夫よそれぐらい私が出してあげるから」
  まぁ、二人分の出費が全く痛くないかと言えばそうでもないけど。
  でも祥ちゃんとのデートと思えば安いものよ。
「い、いいよ……って言うか以前は『姉弟』みたいな感じだったからおごってもらうのも
  抵抗無かったけど、カノジョにおごってもらう男なんてカッコ悪いじゃん」
  姉におごってもらうのは良くてカノジョは駄目、ねぇ。
  まぁ少し尺前しないけど、でもカノジョって言ってもらえてチョット嬉しかったり。
「へぇー。 祥ちゃんもそう言うの気にするんだ。 じゃぁお金のかからない所で良いからさ、どう?」
「金のかからない所って?」
「そうね。 例えば公園とか?」
「なんか年寄りくさいな。 羽津姉はそれで良いの?」
  そりゃ本当はさっき言った映画が良かったんだけど、しつこく言って嫌な顔されたくないしね。
「私は祥ちゃんと一緒ならどこだって楽しいよ。 それにあの公園大きな池もあるし花だって
  一杯咲いてるじゃん?」

 

 そして当日――日曜日の朝。
「よーし、もう直ぐ完成」
  今日は日曜日。 待ちに待ったデートの日。 私は持っていくお弁当の盛り付けにいそしんでいた。
  お昼のことを考えなが盛り付けてると楽しくて仕方が無かった。
「お姉ちゃん、そろそろ行かないと遅れるんじゃないの?」
  私は結季の声に視線を時計に移す。
「え? ウソ、もうこんな時間?! どうしよう」
「お姉ちゃん。 お弁当あとは詰めて盛り付けるだけよね?」
「う、うん」
「じゃぁ、仕上はわたしがやっておくからお姉ちゃんは出かける準備して」
「そう。 ありがとう、じゃぁお願い、任せたわ」
  そして私は台所を後にして部屋に駆け込む。 そして大急ぎで支度を済ませる。
  支度を済ませ部屋から出ると玄関では結季がお弁当一式を持って待っててくれてた。
「ハイおねえちゃんお弁当。 あとお箸とお絞り。 それと魔法瓶にお茶入れといたから」
「ありがと〜結季! やっぱ持つべきものは妹ね! お陰でギリギリ間に合いそう。
  じゃぁ行ってくるわね」
「いってらっしゃい。 祥おにいちゃんと楽しんできてね」
  そして私は結季に見送られ待ち合わせの場所へと向かった。

 私は走った。 待ち合わせの場所――公園の入口に辿り着くと祥ちゃんは居た。
「お、お待たせ……、祥ちゃん。 待った?」
  私は肩で息をしながら祥ちゃんに話し掛ける。
「大丈夫、殆ど待ち合わせ時間ピッタリだし」
「そ? 良かった〜」
  私は祥ちゃんの返事を聞き安堵の息を洩らす。
「で、何でこんな時間ギリギリなわけ?」
「お、お弁当の支度してたら時間かかっちゃって……」
「そんな無理しなくても弁当なんかそこら辺の店で買ったって」
「駄目よそんなの! 折角のデートなんだから」
  そうよ。 折角のデートなのにそんな買ってきたお弁当なんて。
「ま、羽津姉がそういうのなら。 じゃ、行こうか」
  そう言って祥ちゃんは歩き出そうとした。
「ちょ、ちょっと待って……。 は、走ってきたから少し休ませて……」
「ああ、悪りぃ。 じゃ、少し休んだら行こうか」

 

 そして私達は園内に入って見て回った。 今日は朝から雲ひとつ無く澄み渡って快晴。
  こんなにいい天気になってくれて、結果的に見れば今日のデート公園にして良かったな、うん。
  咲き誇る花々、公園の中央に位置する池で羽根を休める水鳥たち。
  もとから見所の多い公園であったけど今日はそれらがより一層輝いて見えた。
  好きなヒトと一緒に回る。 ただ、それだけで幸せだった。

 一通り見終わった頃、私達は昼食をとることにした。
「いただきま〜す」
「ハイ、どうぞ召し上がれ。 どう、美味しい?」
「ああ、美味いよ。 にしても羽津姉も随分と腕を上げたな」
「えへへ、ありがとう。 そう言ってくれると私も作った甲斐が会って嬉しいよ」
  こういう言葉もらえるとやっぱり感無量。
「今日も結季に手伝ってもらったのか?」
「それがね、なんと今回は殆ど私一人で作ったの!」
  私は自信を持って胸をはって応えた。
「マジ?」
「マジも大マジ! 最後の方で時間がなくなっちゃって詰めるのと盛り付けは手伝ってもらったけど、
  それ以外は全部私一人でやったのよ」
「へぇ、頑張ったんだな」
「ありがとう。 コレも結季のお陰ね」
  そう、いつも結季が手伝って、教えてくれなければ私はここまで作れるようにはなれなかった。
「結季には本当に感謝している。 やっぱり持つべきものは可愛い妹よね」
「やっぱ仲良いよな、羽津姉と結季。 ところで結季には浮いた話とか無いの?
「う〜ん。 そう言えば全然聞かないわね。 あのコ折角可愛いのに対人関係苦手だからね。
  私達以外と話してるのあまり見たことないし」
「そうか……」
「あのコにも早く良いヒトが出来れば良いんだけどね」
「でも誰でもい良いってわけじゃないだろ?」
「当然よ。 大事な妹だもの。 私の眼鏡に適うヒトじゃないと」
「で、ちなみにどんなヤツならOKなわけ? 例えば」
「例えば? う〜ん、そうね〜」
「例えば俺みたいな、とか?」
「あ、それ良いわね。 祥ちゃんが若しもう一人居たら是非結季の彼氏になって欲しいな」
「俺がもう一人って……。 んな……」
「あら、世界には良く似たヒトが三人はいるって言うじゃない。
  きっと祥ちゃんみたいなヒトも他にいるはずよ」

 お昼ご飯を食べ終わるとこの後どうしようかと言う話になる。
  見所が多いとは言えそれでもそれだけで一日を潰せると言うほどじゃないからね。
  実際お昼ご飯の前に殆ど見て回っちゃったし。
「ねぇ、この後どうするの?」
「ああ、それなら」
  そう言って祥ちゃんはバッグに手を突っ込む。
「なになに? スケッチブック?」
  バッグから出てきたもの。
  それはあまり大きくない小振りの一冊のスケッチブックと色鉛筆のセットだった。
「ああ、どうせ見て回るだけじゃ直ぐやる事無くなりそうかと思って持ってきた」
「そう言えばココ最近祥ちゃんの描いた絵って見たこと無かったわね うん、良いじゃん。
  私も久しぶりに見たいし」
「ああ、まぁあんま期待しないでくれよ? それより羽津姉はどうする?」
「私? 私は隣で祥ちゃんが描いてるところを見てる」
  そうして祥ちゃんは暫らく私とお喋りなどしながらスケッチに興じてた。
  だけど筆が進むにつれ祥の口数が減っていく。

「それでね、祥ちゃん」
「…………」
「ねぇ、祥ちゃん?」
「……ん? 何?」
「『何?』じゃないわよ。 私の話聞いてた?」
「悪りぃ、聞いてなかった。 って言うか少し黙っててもらえる? 折角だから絵に集中したいんだけど」
「あ……こ、こっちこそゴメンね。 じゃぁ私静かにしてるから」
  返事は無かった。 既に祥ちゃんはまた絵を描くのに没頭し始めていた。
  其の横で並んで座る私は思わす溜息をこぼす。
  絵に没頭するのも良いけど折角なんだからもう少し私に構ってほしいなぁ……。
  いけないいけない、そんなネガティブに考えちゃ。
  気を取り直してスケッチブックに向かう祥ちゃんの真剣な横顔に視線を向ける。
  祥ちゃんを見てると私の顔も自然とほころんでくる。
  祥ちゃんと二人っきりでいられる。 祥ちゃんの隣にいられる。
  祥ちゃんの側で横顔を眺めていられる。 十分だった。 それだけで私は十分幸せな気持になれた。
  結局その日は陽が傾くまで祥ちゃんは絵を描くのに没頭し、
  私は隣で飽きる事無く其の様子を眺めてたのだった。

5

   ・    ・    ・    ・   

 羽津姉を家まで送った後、俺は家に帰りついた。
  部屋に戻り一人っきりになると込み上げてくるのは自己嫌悪の気持。
  今日のデート、羽津姉がどれだけ楽しみにしていたか十分すぎるほど伝わっていた。
  そんな折角のデートだってのに酷い事言った。 無神経な事も言った。 傷つけるような言葉も吐いた。
  自分にとって姉にも等しい大切なヒトに向かって。
  物心ついた時からいつも側に居てくれていて俺の事を実の弟のように可愛がってくれてた。
  辛い時や苦しい時も何度も助けてくれた。 傷ついた時もいつも優しく慰めてくれた。
  俺にとって、とてもとても大切なヒト……。
  そんな大切な人に向かって俺は……俺は……。

 それなのに……
  それなのに何で……
「何であんなに幸せそうに笑っていられるんだよ!!」
  俺は感情のままにスケッチブックを壁に向かって叩きつけた。
  叩きつけられて角の潰れたスケッチブックが床に落ちる。
  落ちた拍子にページが開く。 今日のデートで描いた絵。
  羽津姉の事を無視するように一人没頭して描いた絵。
「畜生……、ちっくしょぉぉぉお!!!」
  俺はスケッチブックから絵を引き千切った。
「こんな……、こんな絵……!!」
  気が付けば今日描き上げた絵は跡形も無くばらばらになっていた。
  そして俺の両目からは涙が溢れていた。
「何を泣いてるんだ俺は……。 今……更……」
  両の拳で涙を拭う
「分かってた事じゃないか……。 最初から分かってた事じゃないか……」

 羽津姉が俺への想いを諦めない限り結希は俺を受け入れてくれない。
  だったら、どうしたら羽津姉は俺を諦める?
  思案を重ねた結果達した一つの結論。 それは実際に付き合って、それで分かってもらう事だった。
  俺と恋人同士になったって上手くなんかやれないと言う事を。 そして諦めてもらおう。
  我ながら酷い事をしてると思う。 付き合う気も無いのに付き合って、冷たい態度をとり続けて。
  こんなやり方が正しいとは思わない。 でも思いつかなかった。 羽津姉に俺を諦めさせる方法。
  そう。 全ては覚悟の上での選択だったはず。 それなのに何で……何でこんなに苦しいんだ。
  解かってる。 こんなやり方間違っている。 羽津姉の気持を踏みにじるような真似。
  今からでも気持を入れ替えて真剣に付き合おうか。
  羽津姉は今更言うまでもないくらい素敵な女性なんだ。 それこそ俺には勿体くらい。
  そんなヒトが俺なんかを好いてくれてるんだから……。

 結季だってそれを望んでいる。
  でもそうしたら俺以外に結季の事を分かってやれる男なんているのか?
  いや、そう考えるのは俺の我儘で身勝手なエゴだろう。 俺以外にだってそんな男が現れるはずだ。
  俺以外の男……?
  結季が俺の知らない俺以外男と並んで歩く。 結季が俺以外の男と手を繋ぐ。
  結季が俺以外の男に微笑みかける。 結季が俺以外の男と唇を……
  イヤだ!! 絶対にイヤだ!!
  想像しただけではらわたが煮えくり返りそうになる。
  結季を誰にも渡したくなんか無い!! 俺以外のヤツが結季と付き合うのなんか耐えられない!!
  それは羽津姉に対しては一度だって感じた事の無い感情。 羽津姉がどこの誰と一緒に居るのを見ても
  一度だってそんな風に感じた事は無かった。

 やっぱり……俺は結季を諦められない。 俺が心の底から愛する只一人の特別な女の子。
  この気持だけは変わらない。 変えられない。
  例え羽津姉を――姉にも等しい大切な人を傷つける事になろうとも……。

6


    ・    ・    ・    ・   

 その日の朝はいつもと違っていた。 祥ちゃんの姿が見あたらないのだ。
  いくら待っても探しても見つからないのでとうとう祥ちゃんちの玄関のインターフォンを押してしまった。
  対応に出てくれたのはおばさん――祥ちゃんのお母さんだった。
「え、風邪ですか?」
「そうなのよ。 ごめんね羽津季ちゃん。 折角来てくれたのに」
「そうですか。 分かりました。 では学校が終わったら、お見舞いに寄らせて頂きますね」
「ありがとう、あのコもきっと喜ぶわ。 ほら、そろそろ行かないと遅刻しちゃうわよ」 
「あ、本当だ、もうそんな時間。 では祥ちゃんによろしく伝えておいてください」
  そして私は一人学校へと向かう。 学校までの道のりってこんなに長くて退屈だったっけ。
  いつも祥ちゃんと一緒だから登校中のお喋りが楽しくてあっという間に感じるけど、
  一人だとこんなにも寂しく感じるものだったなんて……。

 その日は酷く退屈な一日だった。 やっぱり祥ちゃんに会えないと何をするにも気が乗らない。
  でも考えてみれば祥ちゃんは風邪でもっと辛い思いしてるんだよね。
  健康な私が文句なんか言ったら罰が当たっちゃう。
  それに今日一日会えないわけじゃないものね。 そうだお見舞いの品何がいいかな。

 あ、そうだ。

「おーい、結季」
「あ、お姉ちゃん」
  休み時間、私は廊下で結季に声をかけた。
「ねぇ、今日のお昼は久しぶりに一緒に食べましょ」
「い、いいよ……祥おにいちゃんとの邪魔したくないし……」
「相変らずそんな事気にしてるの? 大丈夫よそんな事気にしなくも」
  本当このコはそんな気ばっか使って。 まぁ、そこがまたこのコの良いところでもあるんだけど。
「っていうよりね……」
「?」
「実はね、今日祥ちゃん風邪でオヤスミなのよ」
「えぇっ?! 祥おにいちゃん風邪ひいちゃったの?!」
  私が言うと結季は驚いた声を上げる。
「うん。 それでね放課後お見舞いに行こうと思うの。 だからね、お昼ごはん食べながら
  その時持っていくお見舞いの品とか色々相談にのって欲しいの」
「そう……。 うん、分かった。 じゃぁお昼に」

 

 そして放課後、私はお見舞いの品を持って祥ちゃんの家へと向かった。
  結季と相談した結果先ず電話でおばさんに病状を聞いてみることにした。
  どうやら胃腸や消化器系をやられたわけじゃないらしいので、普通に食事も取れるし食欲もあるみたい。
  それでお見舞いにはケーキを買っていく事にした。 祥ちゃんの好物――駅前のケーキ屋さんの
  洋ナシのタルト。 きっと喜んでくれるよね。 ちなみにケーキ代は結季と半分ずつ。
  それと図書館で本も数冊借りた。 風邪で寝込んでるときって結構退屈だからね。
  今は未だ引いたばかりで読む気力なんか無いかもしれないけど、直ってきた頃、暇を潰せるのが
  あると良いからね。 そして祥ちゃんの家に到着。 ちなみに渡し一人で結季はいない。
  一緒にお見舞いしよって言ったんだけど、風邪で寝込んでるところにあんまり押しかけちゃ悪いって。
  一人も二人も変わらないと思うんだけどな。 オマケに私の鞄も持って帰ってくれて。
  本当あのコったら気ばっか使っちゃって。

 インターフォンを押すとおばさんが笑顔で出迎えてくれた。 そして部屋に通される。
「祥ちゃんお見舞いにきたよ。 どう? 具合の……」
  部屋に踏み入れて私は思わず息を呑んだ。 そのときの祥ちゃんの眼が一瞬、
  まるで手負いの獣みたいに見えて……。
「羽津姉……わざわざ見舞いになんか来なくてもいいのに……」
「え……?」
「あ、いや悪りぃ、言い方が不味かったかな。 その、移っちまったら悪いからさ……」
  そう言って吉ちゃんはバツの悪そうな顔をする。 そして私はほっと胸をなでおろす。
  さっきの態度が冷たい感じがして一瞬寂しく感じちゃったけど、風邪で体調を崩してるんだもの。
  不機嫌だって仕方ないよね。
  それに私に風邪が移らないよう気を使ってくれての言葉だったんだし。
「そんな、大丈夫だよ。 そう簡単に移ったりしないって」
「それに今だるくて話す気力も無いんだ……」
  気だるそうに吉祥ちゃんは応えた。
「そ、そう……。 そうだよね風邪引いてるんだものね。
  あ、あのねケーキ買ってきたんだけど食べる?祥ちゃんの好きな駅前のケーキ屋さんの洋ナシのタルト。
  結季と二人で出し合って買ったんだよ」
  私はそう言ってもってきたケーキの箱を掲げて見せた。
「結季も来てるの……?」
「ううん。 あんまり押しかけちゃ悪いっていって来てないよ。 一人も二人も変わらないのにねぇ」
「そうか……」
  祥ちゃんやっぱりしんどそう。
  でも食欲はあるって聞いてるからケーキ食べさせてあげれば少しは元気出るかな。
「ねぇ、それより食べない? 折角だから食べさしてあげるよ」
「いや、今あんまり腹減ってないからイイ。 後でいただくよ。
  ありがとうな。 結季にもそう伝えておいて」
「うん、分かった」
「あと、そろそろ眠くなってきたんでいいか?」
  そうだよ、病人なんだもの。 しっかり睡眠とって早く直さなきゃ、だもんね。 長居しちゃ悪いよね。
「あ、うん。 じゃぁ私そろそろお暇するね。 お大事にね祥ちゃん」

7

   ・    ・    ・    ・   

 放課後、今日もわたしは図書館で一人本を読み耽っていた。
  祥おにいちゃんとお姉ちゃんの邪魔をしたくなくって、でもわたしには親しい友人と呼べる子は
  居なかった。 それで結局暇をもてあまさずに済める場所として主にココを利用していた。
  読む本は其の時々によりまちまちだった。 もとより読書より時間を潰す事の方が目的なのだから。
  でもだからといってあんまり適当に選んでも後で後悔することになる。
  特に恋愛小説は慎重に避けている。 以前考え無しに選んで読んだら自分に重ね合わせたり、
  過剰に感情移入して泣きそうになった事がある。

 図書館に頻繁に毎日のように出入りするようになると常連と言える存在がいる事に気付いてくる。
  若しかしたら私も其の人達から同じ様に思われてるのかもしれない。
  でも、そうした人達と知り合いになる事は無かった。 私自身他人と話すことが苦手だったし
  其の人達もみんな読書に没頭してたから。
  あと……私の目付きも原因の一つなんだろうな。 話すのが苦手で人見知りで、
  オマケに目付きが鋭いのだから、よほどの物好きでも私に話し掛けてくる事は無かった。
  口下手なのと、この目付きのせいで昔っから友達が居なかった。
  でも私自身はこの目はそれほど嫌いではなかった。 ……まぁ嫌った所でどうにかなるものでもないけど。
  それは祥おにいちゃんのお陰。 皆が怖いって言う中、祥おにいちゃんだけはそんな事言わなかった。
  それどころか褒めてくれた。 きりっとした鋭い眼差しが素敵だとまで言ってくれたっけ。
  そう、身内であるお姉ちゃんを除けば祥おにいちゃんだけだった。
  どんなときでも私のことを解ってくれたのは。

 気が付けば手元の本は何時の間にか、かなりのページが進んでいた。
  にも拘らず読んだ内容はまるで頭に入って無い。
  またやっちゃった。 気を取り直してページを戻す。
  祥おにいちゃんの事を考えまいと本を開いても、気が付くと意識がそっちに飛んでしまう事がある。
  ……早く吹っ切らなきゃいけないのに。
  ふと、祥おにいちゃんの声がした気がした。 幻聴なんか聞こえてるようじゃ駄目ね。
  未練がましい自分に我ながら呆れる。
「結季ー。 おーい聞こえてるか?」
  幻聴なんかじゃなかった。
「……! 祥おにいちゃん?! 何でココにいるの?! お姉ちゃんは?!」
「あのなぁ、幾ら付き合っているからって四六時中一緒って訳じゃないんだぜ?」
  そう言って祥おにいちゃんは笑って見せた。 その笑顔につられて私の顔もほころびそうになる。
  だが、わたしは感情を押さえ込み祥おにいちゃんから顔をそむけるように手元の本に視線を移す。
  そして口を開く。
「……何の用?」
「いや、特にこれと言った用があるわけじゃ……」
「だったらほっといてくれる? わたし今本読んでるんだけど」
  言いながら自己嫌悪に陥る。 用なんか無くても話し掛けてきてくれて、本当は嬉いぐらいなのに……。
「そう言うなよ。 ココ最近あまり話もしてないんだし折角久しぶりに……」
「ほっといてって言ってるのよ!!」
  わたしは思わず怒鳴り声を上げてしまった。
「わ、悪りぃ。 邪魔しちまったみたいだな……。 じゃぁ俺行くから。 またな……」
  そう言った祥おにいちゃんの声には申し訳なさと、寂しさが入り混じったものだった。
  そして力なく立ち去っていく靴音。 それらがわたしの胸を締め付ける。
「ゴメンナサイ!! ……祥おにいちゃんゴメ……ンナサ……」
  私は思わず祥おにいちゃんの背中に縋りつくように抱きついていた。
  祥おにいちゃんは振り向くと私を優しく抱きしめ、そしてそっと髪と背中を撫でてくれた。
  祥おにいちゃんに抱きしめられてるとたまらないくらい幸せな気持で満たされていく。
  やっぱりわたしは祥おにいちゃんの事がどうしようもないくらい好きだ。
  今更この気持どうする事も出来ないこと分かっているのに……。
  お姉ちゃんの邪魔なんかしたくないのに……。

 そして祥おにいちゃんはわたしと少しだけ言葉を交わした後、図書館を後にした。
  祥おにいちゃんの背中を見送っる私の心の中には満ち足りた幸福感が残った。
  でもそれは直ぐに自分の弱さ、情けなさへの憤りに変わる。
  あそこは、あのまま突き放すべきだったはず。 なのに……なのに。
「わたしの……、バカ……。 こんなのじゃお姉ちゃんに顔向けできないじゃない……」

8

   ・    ・    ・    ・   

 付き合いだしてから祥ちゃんの感じが少し変わった。
  何て言うか昔は少し頼りなくて本当に弟みたいな感じだったけど、
  落ち着きが出てきてク−ルな感じで……まぁそっけなく感じなくも無いけど。
  あ、若しかして緊張してたのかな? 気心の知れた仲と言っても改めて恋人同士になると
  意識しちゃうものなのかもね。
  でもそのせいか何だか前よりカッコ良く感じる。
  よく幼馴染と付き合ったって知りすぎて新鮮味が無くてつまらないなんて話聞くけど、
  全然そんな事無かった。
  今までに無い祥ちゃんの側面とか見れて、なんだか全てが新鮮で。 だから改めて思う。
  付き合ってよかった、って。

 そう、少なくとも付き合い始めた最初の頃は全てがただ新鮮に見えて、楽しくて仕方が無かった。
  でもそのうち何か違和感を感じるようになってきた。 いや、違和感と言うよりも
  一種の恐怖に近かったのかも。
  本当に祥ちゃんは今のこの状況を――私との交際を満足してくれてるのだろうか。
  楽しんでくれてるのだろうか。

 ある日の正午。 その日もいつものように私と祥ちゃんは屋上で昼食を楽しんでいた。
「ご馳走様」
「おそまつさまでした」
  そして食べ終わった祥ちゃんは立ち上がると口を開く。
「あ、羽津姉。 明日は弁当いらないから」
「え?」
  私は祥ちゃんの言葉に耳を疑う。
「きょ、今日のお弁当美味しくなかった?」
「いや、そんな事無いよいつもどおり美味かったよ」
「だ、だったらなんで……」
  一体何故。 何か自分に落ち度があったのだろうか。
  胸のうちからどんどん不安が広がっていく。
「いや、全然そんなのじゃないよ。 只、たまにはクラスの連中と昼飯喰ったりしたいってそれだけだよ」
「そうなの?」
「ああ、だから羽津姉が心配するような必要は全く無いよ」
「でもクラスメイトとの付き合いなんて授業の合間の休み時間とかでも十分なんじゃ……」
「男には男の付き合いってものがあるの。 それじゃぁそろそろ昼休みも終わるから教室に帰るな。
  羽津姉も遅れないようにな」
「あ、待って私も……」
  空のお弁当箱を片付けて追いかけようとしたが既に視界には祥ちゃんの姿は無かった。

 

 何だろう……。 この頃祥ちゃんの態度がいやにそっけなく寂しく感じる。
  恋人同士という間柄に対する気恥ずかしさ? 戸惑い?
  もうそろそろ恋人同士という関係にも馴れて来そうなものなのに、未だ祥ちゃんにぎこちなさがある。

 最近祥ちゃんを見てるとそんな不安が胸の中を渦巻いてばかり。
  だからあの日も、よせばいいのに盗み聞きみたいな真似をしてしまった。

 あの日、祥ちゃんがクラスメイトと思しき男の子と話しているのを見つけた。
  丁度私のいる場所は祥ちゃん達から
<なぁ、お前ってさァ姫宮先輩と付き合っているの?>
  クラスメイトの子が祥ちゃんにそう話し掛けてるのを聞いてしまい、
  私のいる場所が丁度死角だったこともあり思わず耳をそばだてる。
  祥ちゃんは私のこと友達に何て話すのかな。
<姫宮先輩って羽津姉の事?>
<ああ、お前一緒にいる事多いじゃん。 付き合ってるんじゃないかって皆噂してるぜ>
  噂になってるんだ私達! 他の周りの人たちからそう見られてる。
  表向きでは隠していてもやっぱり分かっちゃうのね。 そう思っただけで胸が躍る。
<ただの幼馴染だよ>
  でも其の事に対する祥ちゃんの返事はそっけなかった。 もう、相変らず照れちゃって。
  さっさと観念してばらしちゃえばいいのに。
<幼馴染ぃ〜? 本当にそれだけかぁ?>
  クラスメイトの子は尚も祥ちゃんに詰め寄る。 なんか思わず応援したくなる。
<それだけだよ。 姉弟みたいなもので、そんなんじゃねぇって>
<姉弟ねぇ。 でも本当にそれだけかぁ? だってあれだけの美人なんだぜ。
  おまけに優しくって成績優秀で全高男子の憧れの的だぞ? そんなヒトを前にして……>

<だからだよ>
<へ? どういう意味だよ>

  何? 一体どういう意味?
<よく言うだろ? 高嶺の花は手が届かないし手を伸ばそうとも思わないからこそ高嶺の花なんだ、って。
  そんな女のコと恋人同士なんて上手く行くと思うか?>

  其の言葉に私は一瞬愕然となりかける。 だけど気を取り直す。
  違う、あんなのは私達の仲を悟らせない為に付いた只の嘘だ。
  うん、そうに決まっている。

<んー。 まぁ一理あるかもな。 けどよ……>
<お前もしつこいね。 確かに俺と羽津姉は幼馴染で仲良いよ。
  でもな、それはあくまでも幼馴染でかつ姉弟みたいな仲だからこそだからだよ。
  男女の仲や恋仲なんて想像しただけで肩こりそうだぜ>
<じゃぁ、さぁ。 お前、姫宮先輩が他の男と付き合う事になったとしても平気なわけ?
  サッカー部のキャプテンが狙ってるって噂もあるぜ>

  男の子の声に引き戻される。 あぁ、そう言えば告白されたっけ。
  勿論その場で直ぐ丁重にお断りしちゃったけど。
<良いんじゃねぇの。 羽津姉に良い彼氏が出来れば俺も弟分として嬉しいさ>
<へぇ、でもまぁ其の口ぶりからするとマジで姫宮先輩とは何でもないみたいだね>
<だから言ってるだろうが>

 目の前が暗くなりそうになる。 あんな言葉に不安を感じる必要なんて無いはずなのに。
  だって祥ちゃん以前言ってたもの。 私と付き合ってるのを他の男の子達には知られたくないって。
  そう、だからさっき言ってたことは全部そのための嘘……。
  分かっているはずなのに、それなのにどうしても不安な気持が広がっていく。
  さっきの祥ちゃんのあまりにも淡々としたそっけない口ぶりが何時までも私の耳の中で、
  まるで呪いの言葉のように響き続けていた。

To be continued... 幕間(8.5話へ)

 

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