INDEX > SS > 義姉

義姉 〜不義理チョコ パラレル〜



11

        *        *        *
『士郎』

「今酔っているんだけど――」
  姉ちゃんの言っている意味がわからなかった。ただ苛立ちの感情が混じった声だった。
  オレはただ顔を俯けたまま。返事はしない。出来ない。子供の様に泣いているだけ。
  そんなオレの強引に掴み上に向けさせられた。姉ちゃんの顔はやっぱり怒っていた。
  姉ちゃんはさっき置いた缶の中身を口に含んだ後、オレの頭を掴み唇を重ね、
  唇をこじあけ舌を口内へとさしこまれ、姉ちゃんの口の中にあったリものを流し込まれていた。
  流し込まれたチューハイを無意識飲み込んだ後ようやく何をされたのか気がついた。
  ――キスされたんだオレ。
「私は酔っている。あんたも酔った。お互い今晩起きたことは朝になれば全部忘れる――」
  オレの頭を掴んだまま目の奥まで見通すように睨みつけてくる。
  まだその言葉の意味が理解できなかった。
  しかし姉の伸びてくる手で理解した。
  抵抗できなかった――いや、しなかった。心の何処かで望んでいた行為だから。

 

 背徳感――
  ただひたすら姉と体を重ね、がむしゃら求めていた時には全く考えていなかった。
  昨日の夜、行為が終了して間もなく何一つ返事をしないまま姉ちゃんはオレの部屋から出て行った。
  一人ぼっちになった部屋で自分の行った行為の恐ろしさに震えていた。

 どんなに震えていようが朝はやってきた。
  朝になれば全部忘れる、確かに姉ちゃんはそんな言葉を言っていた。
  でもオレには普段通りにする自信はない。いつも通り朝食の準備をしたが
  姉ちゃんと顔を会わせるのが怖かった。
  だからオレは姉ちゃんが下へ降りてくる前に一人で食事を済ませ家を出ていた。

 

 一人駅へと向かう。日常的な行為の筈なのに日常と全く違って感じる。
  誰かがオレの事を話す、誰かが後ろからオレの背中を指差す。
  昨日オレのやったことなんて誰も知らないはずなのに。
  ただの被害妄想に過ぎない。少し考えれば分るがはずなのに、その考えを否定しきれない。
  吐き気がしてくる。
  怖い。落ち着かない。この町に初めてきた頃の様に近づいてくるもの全てを恐れている。
  あの頃は無理矢理にでも姉ちゃんが学校まで引っ張っていってくれた――

 心臓が跳ね上がった。誰かがオレの背中を叩く。お前の罰だと言わないばかりに。
  慌てて振り返った先にはいつもの様に笑っているモカさんがいた。
「あ……あの、おはようございます……」
  なるべく平静を装うとしてもできなかった。隠し切れない動揺が全身から滲みでている。
「前にも言ったけど、私でよかったらいくらでも悩み事の相談にのるよ」
  ――大丈夫だ。姉ちゃんは昨日の事をモカさんに話していない筈。
  優しい姉、というより母の様にオレの頭を撫でてくる。
  背はオレなんかよりずっと低いのに何故か大きく感じる。
「――いや、別に人に話すようなことじゃ……」
  人に話せる訳がない、姉と関係をもった事――
「んー、そう? あ、そうそう――」
  会話は間もなく何気ない世間話へと移っていった。そんな会話の中でもオレは動揺がにじみ出ていた。

 日常的な学校の光景も今の自分には不安にさせる材料にしかならなかった。
  廊下で姉ちゃんとすれ違ったが顔を見れなかった。気配でわかる――何かに苛立っている。
  昼休みにモカさんと中庭で過ごす時間が日常と化していた――筈だった。
  落ち着かない。
  そして勝手にモカさんの胸やら腰に目線が行っていた。そのことに自分が気づくと同時にモカさんが
  こちらへと笑いかけていた。慌てて視線を空へとやった。
  いつの間にかモカさんとの距離が近くなっていた事に気がついた。
  なるべく相手に気づかれない程度にさりげなく離れようとした。
  そうだ――今気がついた。背徳感とは別の感情が自分の中にあることを。
  以前の夢とも現実ともはっきりしない間隔ではない。まだ体の奥底で燻っている、あの快楽。
  もう一度やりたい――

 

 帰りの電車の中で姉ちゃんとバッタリ会った。
  姉ちゃんからは何も言ってこなかった。そしてオレからも何かを言う機会を失っていた。
  目をあわせられない。
  都合よく携帯が震えたので目をそちらへと向ける。
  ――三沢からだ。『私達友達だよね?』短い、一行だけのメールだった。
  少し考えた後『友達だよ』と返信した。別にいいんだ、これで――
  でも何故か泣きかけていた。
  姉ちゃんがオレを睨んでいた――

 その夜、姉が再びオレの部屋に来た。そして抱いた――

 姉とのそんな関係が何時の間にやら日常と成りかけている。
  口移しで何かを飲ませる、それが行為の開始の暗黙の了解となっていた。
  ただ姉ちゃんとの会話は殆どなくなっていた。その代わりと言わんばかりに夜はお互い求め合っていた。
  行為が終ると姉ちゃんは不機嫌そうな顔して部屋から出て行く。その事が寂しかった。
  傍にて欲しいのに――
  昔一緒に寝たいって言った時はなんだかんだ言いながら笑いながら受け入れてくれた。
  その時とは歳も意味も違っているのはわかっている。でも一緒に居たい。

 いつの間にかモカさんとは屋上で過ごすようになっていた。
  姉ちゃんとも三沢ともは随分話らしい話をしていない、そんな心の隙間を埋めて欲しいと
  言わんばかりにモカさんと話している。
  そしていつもの様に頭を撫でられている。子供扱いされている様で少し腹が立っていたが
  慣れてしまえば一種の挨拶にすら思えてくる。姉ちゃんが人の頭の上に手を置いてくる時は
  大抵叩く時だった。
「んー? 士郎君」
「なんですか?」
  頭を撫でていた手がいつの間にか肩に下りていた。その次の瞬間に抱き寄せられていた。
「ちょ、ちょっと」
「大丈夫大丈夫、人間って誰かと密着している落ち着くんだって。いつだって力になってあげるから」
  落ち着く以前にドキドキする。
  姉ちゃんとそういう関係になっている事を話してもモカさんは力になってくれるのかな――

 

        *        *        *
『涼子』

 シロウと関係を持った――
  最近のシロウを見ていると苛立ってくる。あの日はその苛立ちがピークに達していた。
  自分自身の苛立ちを解消する手段・相手は何でもよかった。
  それが毎晩の行為と化していた。
  そして一つ困っている。情が移りかけている――そのことが新たな苛立ちの原因となる。
  昔シロウが拾ってきた猫と同じだ。私が戻してきなさいって言っても変に頑固なって頑なに拒否した。
  母さんが帰って来る頃には私にしっかり懐いて私も無下に出来ず一緒に頭を下げていた。
  本気じゃない、ちょっと危険な火遊び、そんなものにしか過ぎない行為。
  おまけに今友達が好意をよせている相手。
  もう少ししたら母さんが帰って来る。その頃にはお互いそんな事をやろうとも考えすらしない筈。
  いや、やれない筈。
  しかし先日母さんから電話があった、帰るのはもう少し遠くなると。
  火遊びを止めるタイミングを失いかけている――

 最近無理矢理にでも表情から苛立ちをけしいる。表情に出さないからって苛立ちが
  消えてなくなる訳ではないが、出したからって綺麗サッパリ消えてしまう訳でもない。
  モカは相変わらず毎日が楽しそうだ。
「涼子、ちょっと頼みたいことあるんだけどさ――」
  本人は隠しているつもりなのかどうなのか知らない、ただ長い付き合いだからわかる。
  何かやりたがっていることを。

12

        *        *        *
『涼子』

 肉のぶつかり合う音。
  自分の意思に反して出てしまう喘ぎ声。
  シロウが後ろから突き上げてくる。
  四つんばいになってケダモノの様に交わる。獣欲にまみれた私にはこれでちょうどいいのかもしれない。
  今のこいつと顔を向き合うと愛おしく思えてくる。抱きしめたい――ロクでもない考えばかり
  浮かんでくる。だから情欲だけに身を任せ気を紛らわせる。
  手が上半身を支えきれず肘が折れる。シロウの動きが一瞬止まる。早く続けろと腰の動きで促す。
  シロウのが奥深く二度叩きつける。腰の動きが早くなる。
  もうすぐ終る――

 わずかばかりの余韻を味わっている私の髪へシロウが手を伸ばしてくる。
  昔一緒に寝てたときからよく人の髪に触りたがっていた。
「触るな」
  その一言で全てが終る。そう強く言ってしまえばシロウは何も出来なくなる。
  それをわかった上で言ってやる。
  シロウは何かを言いかけて結局やめた。
  そんな辛そうな顔するぐらいなら自分から何か言え――

 突き放しながらも体を求めようとする。矛盾している。
  自覚しているからこそ、それが苛立ちをつのらせる。

 

        *        *        *
『士郎』

 モカさんが遊びに来た。今二人とも姉ちゃんの部屋にいる。
  今まで泊りに来るのは今まで何度もあった。手に持ってた荷物からして多分今日は泊りだろう。
  今日は姉ちゃんとできない、しない――いや、もうずっとしない方がいいのかもしれない。
  仮にも姉弟だ。その方がいいに決まってる。
  名残惜しくないと言えば嘘になるが、もう体の関係は終ってもいい。
  できれば前みたいに何でも感じで一緒に過ごしたい。三沢の事も含めて全部「普通」、
  現状維持でよかった、今頃になってそう思う。

 時計は十時を示していた。
  おかしい――いつもはもっと夜遅くまで二人は騒いでいる。
  誰か友達が来ている時には姉ちゃんの部屋には行かない。こっちに来て間もない頃、
  家に遊びに来た姉ちゃんの友達と話しかけようともじもじしていた所姉ちゃんに強引に追っ払われた。
  それ以来暗黙の了解となっている。
  考えたからってどうしようもない――もう寝よう。
  目を閉じてから少しばかり姉との毎晩の情事が頭を駆け巡ったが、強引に無視することに決めた。

 

 こっそりと部屋に何かが忍び込んでくる気配を感じる。そういえば今は居ないクロも夜な夜な部屋に
  忍び込んで布団にもぐりこんで来た。
  しかし今布団の中に潜り込んでこようとするのは猫のそれではなく人――女の子の感触。
  彼女の方から足を絡ませてくる。手を伸ばし。こちらから彼女を抱き寄せる。
「姉ちゃん……」
  こうして誰かと一緒に居るという事実が心を落ち着かせる。
  今の姉ちゃんにとってオレはセックスの為だけに必要な存在なのかもしれない。
  オレはそんな事よりもただずっと傍に居て欲しいだけなのに。
  今の姉ちゃんは抱き寄せようとすると拒否してくる。だからこれは夢だ。でも別に夢だっていい、
  こうして抱きしめていられるんだから。いつもより少し小さく感じる。まあいいか、夢だし――
「ブー!ハズレ」
「へ?」
  姉ちゃんの声じゃない。恐る恐る重い目を開くとやっぱり目の前に居た――豆球の黄色の光に
  照らされたモカさんが。
「駄目だよ、ベッドの上で女の子間違えちゃ。あ、トモカお姉ちゃんだったら別にいいかな?」
  薄明かりの下で二カっと笑ったモカさんの顔があった。そして彼女の指がゆっくりとオレの腹の上で
  円を描いている。
  頭が正しく現実を認識できない。ひょっとしたら夢なのかもしれない。
  しかし体はベッドの上を勝手に転がり彼女から離れようとしたら、あっさり背後の壁に後頭部をぶつけた。
  痛い。呻き声が出る。痛みのおかげで一気に意識が覚醒した。これは現実だ。
  モカさんはクスクスと笑いながら、先ほどぶつけた頭を優しく撫でてくれる。
「モカさん部屋間違えてますよ」
  彼女の方は向かずかず、背を向けたまま寝ている。
「大丈夫大丈夫、パパとママにはお友達のお家に泊るって言ってきたから」
  うん――言っている事は何一つ間違っていない。
「夜、ベッドに忍び寄るっていったら、どういう意味かわかるよね」
「いや、その……そういう関係じゃないし……」
  しどろもどろに口が動く。
  さっきまで頭を撫でてくれていた手が背中で「の」の字を書いていた。
「気づいているかもしれないけど私士郎君の事好きだよ。
  士郎君つきあっている子いないでしょ? だったら今からそういう関係になろうよ」
「あの……」
  何て返事をしたらいいのかわからない。
「ここまでやっている女の子に恥かかせないよね――」
  彼女の方から体を寄せてくる。
  鼻腔をくすぐるシャンプーと石鹸の香り。人の体温を感じていた。

13

        *        *        *
『士郎』

 右手がゆっくりとモカさんの髪を梳い続ける。
  誰かの髪の毛の梳いてたのはいつ以来だろう。母さんと一緒に寝ていた頃は毎日の様にしていた。
  そして、いつの頃からか一緒に寝なくなった。
  時々一人で眠るのが怖い時があった。お母さんの所へ行きたくても中途半端なプライドが邪魔した。
  そんな自分を見て気づいたのか姉ちゃんは一緒に寝るように誘ってくれた。
  そして姉ちゃんの髪を同じように触らせてもらっていた。
「士郎君、私の事好きだよね?」
「――はい」
  今頃になって隣で寝ているはずの姉ちゃんが気になった。モカさんはぐっすり眠っているからって
  言ってたけど、結構音立てたんだから起きてもおかしくない。
  でも、いいんだよな、これで。姉弟なんだからああいった関係を続けていていい訳がない。
  それに、ただ誰かに傍にいてくれるだけで心地いい。
「士郎君の匂いって涼子と似ているんだね」
  全身がビクッと跳ねた。後ろめたい事実を突きつけられている。
「あ、シャンプーとか同じの使ってるからか」
  軽く笑いながらモカさんも同じ様にオレの髪を梳く。
  大丈夫、何も気づかれていない、知られていない。心臓の鼓動は直ぐに落ち着きを戻し始めていた。
「じゃ、私一旦帰るから――それから、またしようね」
  唇が頬に触れるだけの少しこそばゆい優しいキス。
  そういえば姉ちゃんとはこんなキスはしたことがなかった。情欲だけの貪るキスだけ――

        *        *        *
『モカ』

 士郎君から離れるのは名残おしいけど、別れのキスをしてから涼子の寝ている部屋へと足を向けた。
  告白に夜這いかけるなんて結構無茶な事するなあ、私も。もうちょっと普通に告白しようかなとも
  思ったけどインパクト重視でこれにした。失敗したら一生モノのトラウマになりかねなかったけど、
  まあ成功したからいいか。

 今更無意味かもしれないが、鼻歌混じりにスキップしそうになるのを抑え、ゆっくりと足音を
  殺しながら部屋に戻る。音を立てぬよう最新の注意をもってドアノブを回し、開けた。
  よし! まだ熟睡中だ。にんまり笑って出迎えられる可能性もあったが問題なし。
  睡眠不足と言って叔母から譲ってもらった睡眠薬はまだ効いている。
  いくら友達だからと言って――いや、友達だからかな。やっている最中の声とか聞かれるの恥ずかしいし。
  士郎君との事もう言っちゃおうかな。熟考――よし、このまま黙っていよう。ここまできて話すのも
  今更っぽいし。隠れて付き合うってちょっとしたスリルっぽいし。それにバレたらバレた時で別に
  大した問題ないし。
  にやけている顔を抑えながら、外がもう少し明るくなるまでもう一寝入りしようと布団に潜り込んだ。

        *        *        *
『士郎』

「テレビ見にくい?」
「……いや、別にそんな事ないですけど」
  本日、昼過ぎにモカさんが帰ってから電話で呼び出された。断るのは悪いと思ったし、
  何より今家にい辛い事もあって素直にモカさんの家に遊びに来た。
  ドアを開けてそうそう挨拶代わりに頬にキスされた。殆ど不意打ちだったから反応できずに
  ポカンとしていたらモカさんに笑われた。
  で、ビデオでも見ようって言われたからソファーに腰を下ろしたら、モカさんは子供が
  親にするように、オレの前に腰を下ろした――正直どう突っ込んだらいいかわからなかった。
  モカさんも特別何か文句言ってくる訳ではなかったのでそのまま定位置となった。
「そうそう、私達の事、涼子にもう話した?」思い出したようにモカさんが口を開いた。
「いや……まだです……」
  姉ちゃんとは会話らしい会話を随分していない。このことを話したら姉ちゃんは何て言うんだろう。
  わからない。それどころか何て言ったらいいのかすらわからない。
「そっか。じゃあもう少し黙っていようか」
「――はい」
  モカさんは無防備にオレに背中を預けながら、弱い心に言い訳をくれる。
  気がついた時には後ろからモカさんを抱きしめるように腕が回っていた。特別何をする訳でもなく、
  ただ一緒にいるだけの心地よいだけの時間。嫌なこと、後ろめたいこと全てを何処かに捨てて
  来てくれる――

 ただ、傍にいてテレビ見ているだけの状態。そんな中、モカさんがオレの手を掴み、
  ごく自然にそのまま手を胸に促す。
  ――そういう事して欲しいって事だよな。
  ここまで露骨にやられれば嫌でもわかる。
  モカさんて着やせするタイプなんだよな――そう思っていると半ば無意識に手が柔らかい感触を
  味わいたいと蠢く。その手の動きにあわせてモカさんの体全体も小さく揺れる。
「もう、士郎君エッチなんだから」ボソッと呟く。
  えっと、今はモカさんから――
「続き、ベッドでしようか――」
  その誘いに黙って頷いていた。

        *        *        *
『涼子』

 シロウにしては珍しく遅い時間に帰ってきた。
  夜、いつもの様にシロウの部屋に行けば布団を頭からかぶっていた。
  こいつの言いたい事はわかる。
  もうしたくない――口に出しはしない、こいつらしい消極的な態度での返事だ。
  あれだけヤリタイヤリタイって目で言ってた癖に!
  今朝のシロウとモカと様子を思い出していた。フン、そうか――シロウにとって私はその程度か。

 布団越しにシロウを二度蹴った――そんな中途半端な態度で人にわかってもらおうと思ってるのか。
  知られたくないから黙っているのか――
  分ってくれると思っているから黙っているのか――
  私を何だと思っているのか――

14

        *        *        *
『士郎』

 姉ちゃんとの会話は完全になくなっていた。食事すら一緒にとらなくなっている。
  最後のコミュニケーションらしいものと言えば布団越しに蹴られた事だけだった。
  夜の関係を止めてしまえば元の姉弟の関係に戻れる――そう思っていた。
  しかし今は姉ちゃんとの溝はどんどん深くなっていく。もはや同じ家に住んでいるだけの
  他人となっている。
  どうしたらいいのかわからない。小さな頃は何も考えず生の感情だけをぶつけていた。
  だからしょっちゅうケンカばっかりしていた。いつの頃からだろう、素直に姉ちゃんで呼べるように
  なったのは。
  今自分は一人ぼっちだ。部屋にはオレ以外誰もいない。いつもなら用事もないのにやってくるのに――
  一人きりじゃ無いはずの家で孤独を感じている。その孤独感を紛らわせようとモカさんへと
  電話をかけていた。

 

        *        *        *
『モカ』

 士郎君に夜這いをかけた時、最初「姉ちゃん」って言ったんだよね。あの二人って今じゃ馴れ合う
  素振りどころか殆ど話さないのに家じゃ結構仲いいのかな。この間原因は詳しくは教えてくれなかった
  けど士郎君からケンカしたみたいな事電話越しに辛そうに話してたし。
  士郎君が来て間もない頃は私に士郎君への文句ブツクサ言ってきたと思ったら帰り道じゃ
  仲良くしてたりしてたし。口ではなんだかんだ言って仲いいのって結構うらやましいんだよね。

 今のところ士郎君との仲は好調。涼子には男が出来たと一応それとなく言ってみたけど、
  なんでもない話題の様に流された。結局未だ秘密のまま。ちょっとは勘繰ってくれないと
  隠しがいがないよ。
  士郎君と仲良くしていた三沢さん、私に面と向かって何か言うわけでもなく見ているだけ。
  別に卑怯な手段を使って奪ったとかそういうつもりは全く無いけど、ああいう目で見られると
  あんまりいい気はしないな。士郎君も何か言う訳じゃないけど彼女見ていていい顔しないし。

「士郎君はイヌとネコどっちが好き?」
  二人きりで膝枕させて軽く頭を撫でながら聞いてみる。
  やっぱり可愛いな、こうして撫でながら上から見てると。少し照れながらも凄く満たされた表情。
「猫ですけど」
  うーん、ネコか。ネコでいいかなー、もう。
「うんうん、わかった」そう言って遊んでいたもう一方の手で士郎君「ほらゴロゴローってやって」
「無理ですって」少し困った顔をして笑ってる。
「士郎君は私の何処が好き?」不意打ち気味に尋ねてみる。
「え――優しいところ……」一瞬間を置いてから返事が返って来る。
  今ちょっと考え込んだでしょ、そういうのはいつでも即答できるようにしないと。
  口に出して言う代わりに頭を撫でている手を少し乱暴な動きに変えた。

 

        *        *        *
『智子』

 大きく深呼吸をしてから静かに保険室のドアを開けた。
  ――居た。
  士郎が体育の授業で保健室に行ったと聞いて心配になってやってきていた。今士郎は保健室の
  ベッドの上で静かに横たわっている。
  会って何て話したらいいんだろう。頭の中がはっきりしないのに足が勝手に士郎へと向かっている。
  足の裏の接地間ない。夢の中の様に朧げに立っている事、歩いている事に現実感がない。そんな中
  体はゆっくりと自分の意思以外の何かにひっぱられるように彼に近づいていく。
  気がつくと真下に士郎の顔があった。寝ているらしいくこの距離まで来ていても反応はない。
  自分の頭が重力に従いゆっくりと落ちようとしていた。
「――モカさん?」少し寝ぼけた感じでゆっくりと口を開いていた。
  意識が突如覚醒し、慌てて顔を離し背を向けていた。
「……ごめん、間違えた」後ろからそんな声が聞こえた。
「……大丈夫?」
  背を向けたまま聞く。顔を見ることが出来ない。
「……うんまあ。鼻血がちょっと酷かったけどもう止まった」
  お互いの言葉が余所余所しく感じる。
「モカさんって――付き合っている人?」
  ――違うって言って。
「……うん」
  言って欲しくない答が帰ってきた。
「好き――なんだ……」
「……好きなるように努力してる」
  ――そんな努力しなくていいのに。
「そう……。
  なにか言いにくいことあったら私から言ってあげるから。士郎って変な遠慮して言おうとしない
  ところあるから。
  私でよかったらいつでも相談乗ってあげるし、力になってあげるから――」
  もう自分の口が自分の意思で動いていない。
「じゃあ、私もう行くから」
「ああ――」
  これ以上この場所にいると自分の口から何が出てくるのか分らない。それが怖い。だからこの場所から
  逃げた。

 保険室からゆっくりと出て行った時、全身が強張っている自分に気がついた。

        *        *        *
『士郎』

 保健室で気づいた。三沢の事、姉ちゃんの事、全部モカさんに逃げている。
  モカさんは弱い自分を許してくれている。そして自分はそれに甘えている。
  モカさんはオレの事を好きだと言ってくれる。オレも嫌いじゃない。
  いいのかな、これで――自問自答してみるが答えはわからない。
  屋上でよりかかっているモカさんの体重を感じながら、そんな事を考えている。
  ただよりかかっているだけで、特別何もしていない。でも心地いい。
  三沢ともひょっとしたらこういう関係になれたのかな、ふと思う。姉ちゃんだったら――
  今自分はモカさんをその二人の代わりにしているのかもしれない。
  ――よくないな、こういうの考えているのって。

「今日帰りに私の家寄ってよね」
  ボンヤリと空を見ながら考えている中、声をかけられた。
「え――あ、はい」
  返事が終ると同時に頬にキスをされた。
「よーし」心の奥底からの抑えきれない笑みがそこにあった。

15

        *        *        *
『モカ』

 本日最後の授業は終わり軽く鼻歌混じりに校門へと向かおうと教室をでたら彼女――三沢さんが
  そこにいた。
  雰囲気・場所からも行って待ってました感じかな。普段挨拶すらしない無視すればいい関係のはず
  なのに俯き気味の彼女から出る空気でうっかり私は足を止めてしまった。
  今から何事もなかったように歩きはじめてもいいかな――そう思っても一度止めた
  えーと、第一声は何かな……か、返せって言っても返さないからね!
  いきなりビンタ? それともグー? いやまさか学内で刃物沙汰って事は……
  ビクビクと、しばらく待つが彼女から何も行ってこない。彼女の顔を見れば目をきつく閉じて体が
  小さく震えていた。
「えーと……私行っていいかな?」正直言ってこんな空気から一秒でも早く逃げたい。
  返事はない。数秒待った結果彼女を大きく避けるようにして歩いていった。

 正直言ってこういうのって気分良くない。
  別に騙したり――嘘ともとれることはいったけど、カノジョいるのに寝取ったり
  ――夜這いはかけたけど、まあ……とにかく後ろ指さされるような事はしてないんだけど。
  んー、誰か適当な友達でも紹介してあげた方がいいのかな。
  ――嫌なことはさっさと忘れよっと。今日はとっておきがあるんだから。

        *        *        *

 モカさんの部屋には何というか独特の空気がある。女の子部屋だからというのか、そういうものだと
  思ってたが今日匂いの元であるポプリが置かれているのを発見した。姉ちゃんの部屋にはあったかな、
  こんなの。
「ちょっと目閉じててくれる?」
「いいですけど?」
  いつも挨拶代わりにしているキスなのに目を閉じてとしては妙に改まった感じがする。そう思いながら
  頭をおろし目を閉じて静かに待つ。
  慣れた唇の感触の代わりに頭に何かかぶせられた。感触からしてプラスチック製のカチューシャの様な
  気がする。
  頭の上に手を伸ばして触ってみると何か毛のついた三角形のものがあった。
「ネコミミィィー!」
  薄目で見てみると目の前でなんかが悶え狂っていた。
「えーと……」
「違う! にゃー!」
「へ?」
「ネコだから『にゃー』」

 モカさんにほお擦りされている――モカさん曰く猫だからスリスリしなきゃダメとの事。
「あの――モカさん」
「『にゃー』忘れてる」
「……モカさんって姉ちゃんとケンカしたことあるんですか……にゃー」
  ぐっと恥辱に耐えつつ言葉を吐き出す。
「涼子と? まあ士郎君より付き合い長いから結構したけど。士郎君ケンカでもしたの?」
  ケンカとは少し違うのかもしれない。でも、何かが違っている。だから前みたいに元通りになりたい。
「その――仲直りってどうやってしてましたか……にゃー」
「んー、大体はお互い頭冷えたら何事もなかったようにケロッとした顔で話すのが殆どだったけど」
  オレもそうだったはずなのに――
「謝るんならさっさと謝った方がいいよ、よっぽど頭に来ている時はともかく素直に謝れば大抵許して
  くれる子だから。後にゃーはもっとナチュラルに」
「……にゃー」

 呼吸を大きく整えて姉の部屋の前で大きくノックを二度する。
  しばらく待つが返事はない。でも部屋にいるのは分る。
「……入るよ」
  震える手でドアノブを回す。
  家の中でもすれ違う程度でしか顔をあわせていなかった姉がそこにいた。
「――誰が入っていいって言った?」そうつまらなそうに一瞥をくれた後再び文庫本に目を戻していた。
「いや、あの――ごめん……」
  他に何か言わなきゃいけない事があったはずなのに、頭の中が空っぽになってそれ以上言葉が
  続かなかった。
「……なにが?」
  その返事に対して自分の口が動かない。
「なにが『ごめん』なの。あんたよく分ってなくても適当に謝れば許してもらえるって思ってるでしょ。
  そういうのって一番ムカつくんだけど」
  苛立ちを隠さない声でぶつけてくる。それでいてこちらには目さえ向けない。視線は文庫本へいった
  まま話してくる。
「いや……だから……」
  はっきりしない自分の口目掛けてさっきまで姉ちゃんの手にあった文庫本が飛んできていた。
  姉の顔は怒りで歪んでいる。
「……ごめん」
  もうそれ以上何も言えなくなっていた。何がいけなかったんだろう、そう思いつつ姉に対して
  背を向けていた。
  何がいけなかったんだろう、そう思いながら泣きたいのを堪えつつ部屋を出よう
  背を向けていてもわかる。姉ちゃんが近づいてくる。
  ――背中に抱きつかれている。

        *        *        *
『涼子』

 クソッ! クソッ! クソッ! 何でこいつの顔見ていると苛立ってくるんだ。
  背中から抱きつきシロウのベルトをすばやく外す。重力に従いズボンは一気にずり落ちた。
  そのままシロウの足を払い床にうつ伏せに転がしてパンツをズリ下ろす。
「抵抗したら只じゃおかないよ」
  頭を床に押さえつけつつ、もう一方の手でベッド下からバイブを引っ張り出す。
  狙いを定めシロウの菊門目掛けてバイブを押し込む。強い抵抗があるが無視してさらにねじ込む。
  シロウの口から声にならない悲鳴がこぼれた。
  目を閉じ歯を食いしばり苦痛に耐えている――フン、泣き叫んでみなさいよ。
  モーター音が流れ出すとシロウの表情が変化した。ふーん、こいつってこういう顔するのか。
  シロウの反応を観察しつつ掻き回す――なんだ感じているのか。

 ――どのぐらいこの退廃的に遊びを楽しんでいたのだろうか。
  涙を流し鼻水と涎を垂らしながらもこいつは何も言わない。
  こういうのも穴兄弟って言うのかな――

16

        *        *        *
『モカ』

 校門で士郎君はっけーん!
  小走りで近づいていくと言われる前に頭をおろして来る。よしよし、わかってきたじゃないか。
  ほっぺにチュっと。
  ん? 改めて士郎君の顔を見れば表情が激変している。怯えている。
  原因は何かと士郎君の視線の先、私の真後ろを向けば――「や、涼子」そう言いながら自分の顔が
  少し引きつっているのが自覚した。
  涼子は私なんか見えない聞こえないといった態度で士郎君の襟首を掴んで歩き出していた。
  士郎君は荷馬車の子牛の如く引っ張られるまま引っ張られていく。
  あぅ、私の士郎君返してー

「お義姉さん、弟さんを僕にください。僕は本気です。必ず幸せにします」
  おどけて見せるがムスっとした顔で涼子は士郎君をグイグイ引っ張って駅のホームまで来ていた。
  さっきから何言っても涼子は聞こえない見えないといわんばかりに無反応。士郎君は文字通り震えつつ
  落ち着かない目で涼子の顔色をうかがっている。
  そうこうやっているうちに電車がやってきて、涼子は士郎君の襟首を掴んだまま電車に乗り込んだ。
「……ひょっとして怒ってる?」電車に乗り込む前に涼子に尋ねてみる。
  返事の代わりにキツイ視線が飛んできた。
  ――マジギレ?
  背筋を冷たいものを這いずり上がって脳天まで昇り上がり体温を二度ほど下げる。無意識のうちに足が
  二歩程下がっていた。
  全身が固まっている中、電車の中ドアが閉じられた。
  ああん、士郎君――

 次の電車が来るまでの間暇なので一人で考えることにした。
  バレても、ちょっとぐずったり、ネチネチ文句言ってきたり、根掘り葉掘り聞いてくるとかは
  想像してたけどあんな態度を示すとは想定外だった。
  あれって黙ってたからじゃなくて士郎君が相手だから怒ってたのかな。そうだとすると涼子って
  結構ブラコンだったのかな。
  まあ、あの様子だと今晩はこってり絞られるのかな。
  そして手錠、うん革手錠、色は黒。それでベッドに拘束されて夜明けまでヒイヒイ言わされて、
  士郎君は「ごめんなさい、ごめんなさい」って何度も泣きながら嘆願するけど――いや、
  ギャグボール咬ませているから声は上げられないのか。
  あと首輪――首輪か、やっぱりネコは鈴付だよね。耳と合わせて尻尾もつけるべきか。
  ……いけない、変な妄想して涎が少し出てた。

 ――まあ、冗談はおいといて今晩一晩は士郎君はこってりと問い詰められて、
  しばらくネチネチとからかわられるのか。

 

        *        *        *
『涼子』

 減速Gを感じ始めたので、つり革を握る手に力を込める。
「言いたいことがあるなら言ったら」
  シロウは顔をそらし私を見ようとしない。それでいて何か言おうとして顔をこちらに向けるが
  結局やめて口をもごもごさせてから視線を下に落とした。
  最近ずっとそうだったが昨日の一件でさらに悪化した。
「嫌いなら嫌いってハッキリ言いなさいよ!」
  電車の中だというのに勝手に語気が荒くなってくる。何事かと視線が集まってくる。
「……違う……」
  顔は俯けたまま、電車の中であるという事を考慮してもか細く、聞き取るのがやっとの声だった。
  既に電車は止まってシロウの後ろのドアは開いている。一つ前の駅ではあるが士郎をホームへと
  蹴り飛ばしていた。
  無遠慮な目を向けてくる輩は睨み返すとすぐさま視線を逸らしていた。

        *        *        *
『智子』

 いつもの学校から帰り道だった。
  土手に誰かが寝そべっている。制服からしてうちの学校の男子。
  ――士郎だ。
  辺りを見回してみるがあの人は見当たらない。
  大きく二度深呼吸した後ゆっくりと士郎へと近づいていく。
「……隣いい?」
  ――いいんだよね、友達とこうするぐらい。
「あ――いいけど……」
  一度だけこっちに顔を向けたけど直ぐに寝そべって空へと視線を向けていた。
  ゆっくりと士郎の隣に腰を下ろす。
「何しているの?」
「……ちょっと考え事」
  無造作に投げ出されている士郎の左手に躊躇いがちに私の右手が伸びてゆく。
「――付き合っている人の事?」
「……ちょっと違う」
  ――私の事考えていたらいいのに。
  士郎の手の上に私の手がそっと重なる。顔を見ていられず、私も空を見上げた。
  ――握って。心のなかでそっと囁く。心の声が届いたのか指が絡み合う。
  手が熱い、脈打っている。まるで心臓がもうひとつ手に出来たみたい。もしこれが本当の心臓なら
  私達ずっと離れられない。いつまでも一緒にいなきゃいけない。なんでそうならないんだろう。
「なんか……こうして一緒にいるのって随分久しぶりな気がするな」
「……そうだね」
  恐る恐る士郎の方を見れば、頭を空と川へ数回行ったり来たりした後、二度頷き小さく呟いた。
「――オレそろそろ帰る事に決めたから」
  士郎の手から力は抜けていた。
「あ、うん……じゃあ明日学校でね」
  私の方から手を離す。わがまま言っちゃいけないよね……
「うん……学校で」
  そう言って士郎は行った。
  まだ右手が熱い。士郎の熱が残っている。

 徐々にではあるが右手にあった士郎の熱が消えつつある。その手を見ながら歩いていたら
  電柱にぶつかった。
  隣の塀から無遠慮に伸びたエンゼルトランペットが私を見下して馬鹿にして笑っていた。
  なんでこいつはこんなに高く伸びるのに上を見ないのだろう。
  ――上から見下ろすのってどんな気分なんだろう。

17

        *        *        *
『士郎』

 土手を歩きながら左手を西日にかざしてみる。まだ微かに残る彼女の温もりと感触。
  ――オレまだあいつの事好きなんだ。
  よくない、モカさんがいてくれているのにそんな事考えるのは。
  そもそも、あいつの事なんで好きになったんだろう。一番仲のいい女友達だったから?
  気が合う相手だったから? 好みのタイプだったから?
  いくつか自分に問いかけてみるがハッキリとしない。でも胸の奥底で叫んでいる声はシンプルだ。
「好き」の一言。
「よくない」今度は口に出していった。
  感情を理性で否定するように心の中で何度も反芻する。
「でも、友達でいてもいいんだよな」右手の暗くなっている空に向かって呟いていた。
  最近ずっとあいつとはギクシャクしてたけど元の関係に戻れそうな気がする――
  あくまで友達としての関係に。

 もう一つのギクシャクした関係、姉ちゃんとの関係。こっちはもうどうしたらいいのかわからない。
  どこで何がどう間違えたのかすらハッキリしない。
  ――でも、もう一回ちゃんと話してみよう。
  そう心の中で呟いた時、昨日の出来事がフラッシュバックし尾てい骨から脳天にかけて寒気が走った。

        *        *        *
『涼子』

「姉ちゃん、晩御飯できたんだけど」
  ドア越しにシロウの声がする。そういえばこいつと最後に一緒に食事したのっていつだろう。
  答える気はないのでベッドに寝転がったまま無視をする。
  シロウはまた勝手にドアを開けた。でも向かない。
「姉ちゃん最近変だよ」
「関係ないでしょ」
  天井を見上げながら答える。こいつに心配されるとなると相当ヤバイな。
「だって姉弟だろ!」
「元々他人でしょ!」
  クソッ苛立っている。苛立っているけどその原因がはっきりしない。
  長い沈黙の後シロウは何か小さく唸りだした。横目で盗み見る――やっぱり泣いていた。
  そういえば昔からこいつを泣かせてばっかりだ。
「もう私の負けでいいから――私が悪いかったから、こっちに来なさい」
  上半身を起こし大きく溜息を吐いていた。
「胸貸してあげるから気が済むまで泣いてなさい」
  涙を拭いながらベッドに腰掛けたシロウの背中をさすりながら抱きしめる。
「前も言ったけど甘えるならもう少し素直に甘えなさいよ。女の子の涙は宝石に変わる事はあっても
  男の涙はそうもいかないんだよ」
  中々泣き止まない――世話のかかる弟だ。

 今私のベッドでシロウが眠っている。
「泣き疲れたからって眠るってあんた一体歳いくつよ」
  起こさない程度の小さな声で語りかけながら体を撫でてやる。
  今日はまだお風呂に入っていない。そう思い体を起こし――昔こいつと一緒に寝てて夜トイレに行って
  帰って来たら一人で「いない」って泣きかけてたっけ――今日ぐらいは別にいいか。
「おやすみ」
  シロウの額の髪をかきあげ、そっと額にキスをした。お母さん――今の母、義母ではなく
  私を生んでくれたお母さんがいつも寝る前にしてくれていたキス。

        *        *        *
『モカ』

 今朝会った涼子は別段私に言って来る訳でもなく何にもしてこなかった。
  私も士郎君の事は口に出さなかった。
  士郎君に聞いても私の事は何も言ってこなかったって言ってたから一応黙認ってことでいいのかな?
  とりあえず火薬に火をつけたくないから現状維持ってことで。

 廊下で士郎君の後ろ姿発見。うんでもあれだ。隣にいる彼女――三沢さんとの二人の距離……近すぎる。
  いや、手を繋いでいるとか腕組んでいるとか、手が肩にまわっているとか、
  手が腰にとかそういうんじゃないけど、ただの友達というには微妙な距離。
  単純に物理的な距離っていうより二人の間を流れる何とも微妙な空気、乙女の第六感を
  全力で刺激するオジサンドキドキの儚げ青春の柑橘系の甘酸っぱい空気が。
  ちょって手が触れ合っただけでお互い顔を赤らめて「ごめんなさい」「こっちこそ」
「……あのよかったら今度の日曜日に」という話題がしどろもどろに出てきそうな。
  うむ、現カノジョとしてはこういう場合はどうするか――
  見なかった事にしようか、別に特別何かしている訳でもないし、こっちにも気づいてないし。
  うーん、でもこういうのに慣用で隙を見せすぎると浮気されやすいとか聞くけど、
  あんまりガツガツ言ったりすると嫌われるとかっても聞くし――
  思考がグルグル回る。モアベター、モアベター――よし、これだ!
  念の為、周囲の涼子確認。よしいない。
  ぐいぐい二人の背後から近づいていく、そして――真ん中を突っ切る!
  十センチとない二人の間に手を突っ込む、そのまま強引に体を割り込ませ、
  彼女に世を向ける形で士郎君の腕に抱きつく。
「士郎君元気?」士郎君の腕を体に擦り付ける様に動かす。
  よし、士郎君へのアピールと彼女への牽制を同時にやれた。
  ……でも背中に物凄くネガティブな感情が固まったオーラがビリビリと感じるので振り向くのは
  止めにしよう……

 ふんふん軽く鼻歌混じりで、いつも通り士郎君に会いに行こうとして階段下りようとしたら
  ピリリと首筋に刺激。
  後ろを振り返れば直ぐそこ、手を伸ばせば届くには十分過ぎる距離に三沢さんがいた。
  顔は真下を見るように俯いていて表情はよくわからない。三秒程固まっていたが向こうから
  話しかけてくる気配はない。無視を決め込み再び振り返り、階段を下りていった。
  別に彼女は何もしてこなかった――背中にネガティブオーラをぶつけてくるだけで。
  一旦踊り場まで来た所で後ろを見たら彼女は階段を下りることなく、先ほどのその場で立っている
  だけだった――こちらを惜しそうな瞳で階段の上で私を見下ろしている。
  ――ひょっとして、さっき後ろ向かなかったらヤバかった?
  かなり寒くなってきているはずなのに背中に汗が噴出していた。

18

 モカさんとこうして一緒に肩を並べて帰るのは日常の一部となっていた。
「それでさ、ゆっこはカレの家遊びに行った――!」
  電車待ちで話していたところ、モカさんは言いかけた言葉を急に飲み込み体をすくめた。
  どうしたのか、声をかけようとした所、視界の右側――モカさんの後ろに三沢の姿が会った。
「やっ。今帰り?」
  言葉だけなら別になんでもない友達同士の挨拶の筈なのに微妙な違和感を感じる。
  前と比べる随分普通に話せるようになった気がするけど、まだお互いどこかに蟠りを感じている。
「あ――うん」
  どうしてだろう、こうしてモカさんと一緒に歩いている所を見られた事に罪悪感を感じてしまう。
  三沢は只の友人――の筈なのに。
  そうだ――以前まではいつも三沢の奴が隣にいたんだ。あいつとは傍に居るだけでうれしかった。
  そしてもっと一緒に居たかったんだ……
「最近って日が沈むの早くなったよね」まだまだ青い西の空を見ながら三沢は言う。
「夜になると随分冷え込むしな」
  モカさんはオレたちの間に会話を邪魔しない為かオレの背中側にいた、代わりに手を握り締めていた。
  心なしか、その手はいつもより強く握られていると感じた。

 三沢とは電車の中でもずっと話していた。ここまで彼女と話していたのは随分久しぶりに話した気がする。
  何気ない会話。何気ない彼女と会話の筈なのに違和感を拭い去れない。胃の奥に少しずつ
  得体の知れないものが流し込まれている。
「モカさんどうかしました?」
  さっきまで三沢と話していたから気づいてなかったがモカさんは頭が痛いのか、
  何かを考え込んでいるのか、片手を頭に当てていた。
「え、と……いや、考えすぎ考えすぎ……」人の耳で聞こえるギリギリのレベル呟いていた。
「……いやまあ、ついでだから……」さっきまで表情はなく、何かを思いついた顔がそこにあった。
「うーん、私達付き合っているよね?」
「ええ、まあ……」
  目の前の表情からは、それだけで終らない確信があった。
「別に催促とかする訳じゃないけど、プレゼントとか欲しいかなーって」
  恋人へのプレゼントってどんなのがいいのだろう。今までそんなもの送った事がないから
  よくわからない。花か? いや何か違う気がする。身近な女性で何か送った事あったっけ――
  ああ、そうだ。去年の姉ちゃんの誕生日には適当にケーキとか贈っていた。
「指輪とかもいいかなーって」瞳が煌いていた。
  指輪? 指輪っていくらぐらいするんだ? 今まで買った事もなければ興味すら
  もっていなかったから、どのぐらいの値段がするかなんて想像もつかない。
  今財布の中で足りるのだろうか。
「とりあえず今日はチョコレートケーキでもいいよ?」
  人の頭と財布の中を見透かした様な笑みがそこにあった。

 姉ちゃんと一緒に夕食をとった。久しぶりだ。言葉数は少ないが一人じゃないことが
  心に温かい潤いを与えてくれる。
「ねえ気づいたんだけど」
  夕食後テレビを見ていたら、目の前に姉ちゃんの顔が飛び込んでいた。
「え、何?」
  目の前の顔を見ているのが恥ずかしくなって目を天井へ逸らした。天井の染みが見える。
  あの染みは何時頃から出てきたのか。昨日今日ではないし少なくとも自分がここに来た時は
  なかった気がする。
「相手と話すときは真っ直ぐ相手の目を見る」
  頭を掴まれて顔を真っ直ぐ向けられた。でも目は泳いでしまう。そして頭を掴んでいる手を
  無理矢理払ってまで顔を背けることも、自分の部屋へ逃げる事も脊髄が許してくれなかった。
  真っ直ぐ見ることは出来なくても目は左右に移動させながら、その顔を視界にいれたくて仕方がない。
  そうだこんな風な感じの事が以前姉ちゃん以外に――
「私達ってスキンシップが足りない」
「いや――」
  スキンシップって――あの淫らな情欲に溺れた関係が頭をよぎる。いや、姉ちゃんの事嫌いとか
  そういうんじゃないし、美人だとは思うけど――目の動きと呼吸、鼓動、全てが落ち着かない。
「普通姉弟ってもっと一緒に遊んだりするのに私達殆ど遊んだことないじゃん」
「――あ、うん。言われてみれば」
  体から急激に力が抜けていた。なんだ普通に家族としての意味合いか。
「で――どうするの?」
  いきなりそんな事言われても何をしたらいいのか自分の中に全くイメージがわかない。
「さあ? あんたも考えときなさいよ」
  姉ちゃんは軽く笑いながら頭を撫でるように優しく二回叩かれていた――これもスキンシップに
  入るのかな。モカさんもよくしてくれているが誰かに触れてもらっていることが無条件で癒される。
  あ、グーで叩かれた回数の方が圧倒的に多いかも――
  ――そういえばお互い全く触れないでいるが姉ちゃんはオレと寝た事はどう思っているんだろう。

19

        *        *        *
『モカ』

 考え過ぎ――の筈。
  今頭の中で転がっている問題は三つ。
  一つは涼子が私達の事を何も言ってこないこと。あの時の「私のもの勝手に取るな」と
  言わんばかりの視線を向けていた事実はなかったかの様に全く触れて来ない。
  ここまで何も言われないと返って奇妙過ぎる。単に一晩寝たら落ち着いたから
  我関せずって態度とっているだけかもしれない。
  これは別にどうでもいいと思う。今頭の中を占有している問題はここから。
  士郎君があの子と仲がいい事。前から学校内でよく一緒に歩いていたりはして、
  遠めにいい雰囲気って感じはしてた。
  でも、私と付き合う少し前から彼女と一緒にいるのを見かけなくなっていた。
  そこから、ふられたって話を聞いた時彼女の事だと思っていた。
  そして最近その彼女との関係がビミョーって言うか妙な勘繰りいれたくなる感じがしてくる。
  士郎君の私への応対を見る限り本当に彼女とは仲のいいだけの友達――の筈。
  そして最後に――彼女が私の後ろに立った時の気配。今日の学校の下り階段の前、
  そして帰りの駅のホーム。その時殺気というか何と言うかネガティブな気配を感じた。
  そして場所は後ろから突き落とせば冗談に済まない場所。階段はもちろん、駅のホームなら
  タイミングによっては――いや、同じ学校行っているんだし後ろに立つなんて偶然でも
  十分過ぎる程考えれる。
  元カレとヨリを戻そうかどうか考えていたところ、元カレはさっさと別の女みつけたんで、
  元カレに対しては友人として踏ん切りをつけようとしているが、
  現カノジョが目に入ると何をするわけでもないがやっぱり妬ましい気持ちが出てくるって所だろう――
  そう頭の中で強引に決着を付けた。

 嫌な考えヤメヤメ。士郎君と電話でもして忘れよう――と思った矢先に猫の鳴き声がした。
  窓の外に目をやれば一匹の白猫がいた。赤い首輪がついている、飼い猫だ。
  暗闇の中、窓からの光に照らされた白い体に、猫の特徴とも言える目が輝いていた。
  しばらく窓越しに見つめあった後、窓を開き手を差し出していた。
「ほーら、おいでおいで」
  白猫は逃げはしないが、手に近づいても来ない。ただこちらを見ているだけ。
  愛想悪い子だな。何かエサないとダメかな。
「ちょっと待っててね」
  待つかどうかはわからないが、とりあえず声はかけておいた。

 数分足らずの間だったが白猫は行った言葉律儀に守ってくれたのか、それとも別にやることが
  なかっただけなのか待っていてくれた。
「かもーん」
  白猫の目の前で煮干ちらつかせると、警戒しながらもゆっくりと近づいて煮干を咀嚼し始めた。
  煮干がなくなった後、まだ少しでもその味を堪能したいのか私の指先を猫独特のざらついた舌で
  舐めてくる。

 フム、何か食べ物で――これは使える!

        *        *        *
『智子』

 鏡の前でミカが私の髪を念入りに梳かしてくれている。
「ごめん、急に泊りたいなんて言ったりして……」
  私の両親は帰りがいつも遅い。帰って来ない日だって珍しくない。
  お互い自分の仕事の世界だけで生きている人間。
  今にして思えば結婚して私が生まれてきたのが不思議なぐらいの。
  放任主義を通り越して無関心に近い親については物心ついて以来そうだったので別に今更
  何か言おうとは思わない。
  おばあちゃんが私の育ての親だったから、でもそのおばあちゃんは去年亡くなった。
  家に帰れば私は独りになる。そして独りでいると変な事考えそうになるから――士郎の事、
  あの人の事――
「ううん、別にいいよ」
  鏡に見えるミカは何事も無いかのように笑っている。
  私の心の奥底の黒いものに気づいていないから笑っていられるのかな――
  いやミカはいつだって笑っていた――どうしたらこんな風に笑っていられるんだろう。

        *        *        *
『士郎』

 モカさんからメールが来た。件名及び本文に「にゃー」の一言。
  どう返信していいか全くわからない。電話をかけようかどうかしばらく迷った挙句メールで
「にゃー」と返した。

「お風呂空いたよ」
  後ろから頭を軽く叩かれて、ようやく姉が風呂から上がった事に気がついた。
「あ、うん、わかった」
  そう返事してから振り返ればタオルで髪を拭いている姉ちゃんがいた。
  綺麗だ――心が自然に呟いていた。
  しっとりと潤いを含んだ黒い髪、それから目を離すことができない。
  こちらの視線に気づいたのか何故か姉ちゃんが笑っていた。あわてて視線をそらした。
「すぐ入るから」
  逃げる様に風呂場へと向かっていた。

 ついこの間まで全く意識していなかったそれがある。昔はよくクロノキが占有していた洗濯籠――
  の中のもの、女物の下着。今家には二人しかいない。当然誰のものかもわかっている。
  しかし何故か視線が行ってしまう。
「そういう関係はもう終ったんだ」そう自分に小さな声で言い聞かせた。

 風呂上りに携帯を見ればメールが来ていた。今度は「にゃにゃー」の一言だった、
  ――どう解釈すればいいんだろう。よくわからないから「にゃん」と返信した。
  リビングは既に暗くなっていた。姉ちゃんは自分でスキンシップが足りないとか言ってた癖に
  さっさと自分の部屋に帰ったんだろう。
  俺も寝よ。そう思い自分の部屋へ向かっていた。

 部屋に入ると部屋を暗くし、布団へ潜りこもうとしたら姉ちゃんの体に足をぶつけた。
「姉ちゃん、ごめん」
  慌てて足を引っ込めながら姉ちゃんに謝る。
  姉ちゃん?
  薄暗い部屋の中をベッドの中から見回す。ポスター、本棚、その他色々あるがオレの部屋に間違いない。
「ね、姉ちゃん?」確認するかのように声をかけていた。
「なに?」
  やはりそこに姉ちゃんが居た。
「ここオレのベッド……」
  何か別に言うことあった様な気がするがそれ以外言葉がなかった。
「あんた、怖くて寝れない時、いつも私の部屋来たでしょ? だから今日は私から来たの」
  今別に怖くないし――いや、そもそも最後にそんなことしたの随分昔だし――じゃなくて――
「え、と……別に怖くないから……」
「言ったでしょ――スキンシップ」
  いや、普通の姉弟でもこの歳になると一緒に寝ないと思う――多分。
「髪の毛触っていいよ?」
  どうしたらいいかわからなくなったので姉に対して背を向けて寝ようとしたところ、その言葉が出ていた。
「あ、うん――」
  寝返りをうって姉ちゃんとなるべく視線を会わないようにしながら、警戒している猫が
  エサをとりにいくように恐る恐る手を伸ばしていた。
  そっと指先に絡める。柔らかい、それでいて弾力がある、記憶の中にあるそれよりいい感触だった。
  そうこうしているうちに理性が押さえつけている男としての本能がムクムクと起きかけている。
  知っている。今目の前にあるのは女の体だ、男が求めてやまない快楽を与えてくれる体だということを。
「もういいの?」
「――うん」
  よくない事を考え始めたのでそこから逃れるために、髪から手を離し姉に背を向けていた。
  しかし背を向けたからといって今同じ布団の中にいる存在が夢幻の如く消える訳ではない。
  むしろ返って意識してしまう。現に後ろの息遣いがはっきりと聞こえている。
「そっか――」
  溜息にも似た声の後、手足が伸びてきていた。両腕でしっかり掴まれ、足でも掴まれている――
  まるで抱き枕だ。
  今背中に感触がある。もし体の中の神経を移動できるなら今間違いなく七割はそこに行っている。
  背中に当たる柔らかい布地の下のまた別種の柔らかさをもった存在を味わいたいと。
「さっきあんたがしたい事したから、今度は私の番」
  スキンシップ――心の中で呪詛の様に呟く。

20

        *        *        *
『士郎』

 抱き枕――オレは抱き枕だ。密着している暖かく柔らかい感触を振り切るように、
  自己暗示にかけるように心の中で呟く。
  抱き枕抱き枕。心の中でいくら呟いても背後から自分を抱きしめている存在が消える訳でもなければ
  頭の隅へと行き緩やかな睡眠の時間に遷る訳でもない。
  姉弟――血の繋がりはないが、この歳でこの様なスキンシップは不自然じゃないのか。
  でも、自分はついこの間から、この様に抱きしめて欲しかった。
「ねえ――私の事好き?」
  耳元で囁かれた言葉が体の芯に走った。以前なら茶目っけのある姉の事だ、落ち着けば脅かせて
  人を困らせたいぐらいに思っただろう。でも弟と姉としてではなく男と女としての関係を持ってしまった。
「……嫌いじゃない」
  大きく間を置いて出たのはそんな言葉だった。
  嫌いじゃない――今まで何度もケンカしたりして煩わしいと思った事は一度や二度ではない。
  最近になって改めて感じた。傍にいて何でもない時間を一緒に過ごしていたい。
「私は『好きか』そうでないか聞いているんだけど」耳元でまたも囁く。
「そういうのはハッキリ言うのもの」

 抱きしめていた腕は離れたかと思うとパジャマの中に手が進入してくる。
  手がゆっくりとオレの腹で円を書き始める。
  この手の動きを知っている。一緒に寝た時何度もされた――無論子供の頃のじゃれ合いではなく、
  愛撫として――
  姉の手が中指を残して腹から離れる。ゆっくりと中指は体の中心を昇り胸の辺りで再び円をかき始める。
  ここから何が始まるかは知っている。でもやっちゃいけない。
「エッチの時に気持ちよくなる為に一番大事な事って何か知っている?」耳元に息を吹きかけながら
  姉の手はゆっくりと円をかきながら下へ下へと下っていく。
「あ、相手を……大事に、すること」
  シーツをきつく握り締め全身を固め、その言葉をようやく搾り出した時には手は下腹部を過ぎ
  優しく玉袋を愛撫し始めていた。
「やりたいと思う事やる事――」
  腰を動かしたい。豊満な胸を貪りたい。中へと突き入れたい。
  やっちゃいけない、とめなきゃいけない。頭はやめろいっても体の昂りがそれを許してくれない。
  姉の遊んでいたもう一方の手がパンツの中に忍び込み、本来外から何かが進入しない菊門へと
  指が進入していた。
「ひゃっ?」体が震え思わず声が漏れていた。
「ふーん、やっぱりね」耳を甘噛みしていた口が離れた「何かやりたいことある?」
「……い、いや別に」
  こんな言葉無意味に決まっている。また以前のように流されるままやってしまうに違いない。
  今昂っているものを姉が沈めてくれる。全部叩きつけられる。
  パンツの中から手が抜き取れる――次は何が来る。期待が高まる。
  しかし姉の手は自分を再び抱き枕の様に抱きしめただけだった。
「――じゃ、お休み」
「あ……おやすみ」
  やりたい。全身が昂っている。今すぐそこに全身が要求してやまない体がある。
  姉ちゃんの行為は終ったというのに頭に上った血が戻ろうとしない。
  目を閉じれば乱れていた姉ちゃんの裸体しか浮かんでこない。
  自分で処理しようにも姉ちゃんが背後に張り付いている状況下でできるわけがない。
  眠れそうもない――

 

 目覚めた――という事は少しは寝れたらしい。全然寝た気はしないが。
  時計を見ればいつもより少し遅い。今朝はもうトーストとハムエッグにしよう。
  そう考えながら布団から抜け出していた。

 台所へ入るなり味噌汁の匂いがした。あれ、母さん帰って来ていたのか。
「おはよう」
  エプロン姿の姉ちゃんが朝の挨拶をした。
「あ……おはよう」
  冷蔵庫から牛乳を取り出し、マグカップに注ぐ。電子レンジにセットする。
  電子レンジの中の回転をするマグカップを眺めているとカツオ出汁の匂いが鼻腔をつつく
  ――味噌汁はカツオ出汁じゃなくてイリコ出汁だと思うんだけどな。少なくとも母さんは
  ずっとイリコ出汁だった。他の家ではどうなんだろう、そういえばそんな事誰かに聞いた事なかった。
  鼻歌混じりにまな板を叩く音がする――何か妙な違和感を感じて仕方がない。
  姉ちゃんは別に料理が出来ないなんて事はない。まあ人並みだと思う。
  面倒という理由でオレにやらせている。
  ああ、確か中学の時もこんな感じで母さんと一緒に料理していた様な――
  とりあえず今は前を見ろとレンジが電子音を鳴らしていた。

To be continued...

 

inserted by FC2 system