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不撓家の食卓



走れ忍 リハビリ

 チャ〜チャラッチャッチャッチャララ〜
   チャ〜チャラッチャッチャッチャララ〜

その日最初に聞こえてきたのは、柴紫の萌えヴォイスではなく、携帯電話の着信音だった。
ぼんやりとした思考の中で、ボクは手を伸ばし探り探り携帯を探し始める。

 チャ〜チャラッチャッチャッチャララ〜
   チャ〜チャラッチャッチャッチャララ〜

……まったく五月蝿い。
ボクの携帯じゃなかったら叩き壊しているところだ。
そんな大きな音を鳴らしたら柴紫が起きるじゃないか……

 ……ピッ

「……クゥ?」

あんまり寝ぼけていたので、声帯がまだ狐のままだった事を思い出した。
いや、声帯どころか全身が狐のまんまだった。

「忍か?助けてくれっ!」

それでも電話の向こうではボクだとわかったらしく、話が繋がっている。
その時点で電話の向こうに誰が居るのかはかなり絞りこめる。

「五月蝿い」

 ピッ……
  ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ……

……まあ、正直どうでもいいけどね。
携帯電話には『5:43』と表示されていた。
響子ならこの時間にはもう鍛錬を始めているであろう時間帯。
だけどボクにとっては惰眠を貪る時間帯だ。
そのままボクは再び布団に潜り、ボク専用の抱き枕……
通称・柴紫貴璃華(しばむらさき きりか)に肌をすり寄せる。
こうやって肌と肌をすり合わせる感触は好きだ、柴紫がとっても暖かだから。
少しだけ力を込めると適度な弾力が返ってくるのが好きだ、柴紫がとっても可愛いから。
ボクは柴紫が大好きだ、柴紫がとっても柴紫だから。
だからこそ……

 チャ〜チャラッチャッチャッチャララ〜
   チャ〜チャラッチャッチャッチャララ〜

……だからこそボクと柴紫のラブラブ空間に割って入る奴には殺意を抱く。
二度に渡る安眠妨害によって、眠気は完全に散ってしまった。
最早再び眠るには数十分の猶予が必要だろう。
ボクは電話の相手を怨みつつ、しぶしぶ携帯を持った。

 ……ピッ

「こら忍、いきなり電話を切るとはどういう了見だ」
「……なんだ、響子か」

電話の向こうから聞こえてきた声は、ボクにとっては……良く言えばお馴染みの、
悪く言えば聞き飽きた声だった。
二人居るボクの幼馴染の片割れ、可愛くない方の幼馴染こと風上響子(かざかみ きょうこ)の声だ。

 ピッ……
  ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ……

そんな訳でボクは安心して電話を切り、布団に潜る。
ハッキリ言って眠気は薄いが、それならそれで柴紫に色々とエロいイタズラでもしてみようかと……

 チャ〜チャラッチャッチャッチャララ〜
   チャ〜チャラッチャッチャッチャララ〜

またか。

 ……ピッ

「なんだとはなんだっ!」
聞こえてくるのはまたしても響子の怒声。
そのうちどこかの血管が切れやしないかと思う。
……もしそうなったら非常に嬉しい。

「なんだとはなんだとはなんだ」

そんな願いを込めてお決まりの返し文句を言い放つ。

「なんだとはなんだとはなんだとはなんだっ!!」
「なんだとはなんだとはなんだとはなんだとはなんだ」
「なんだとはなんだとはなんだとはなんだとはなんだとは……」
「速く用件に入ったら?」
「くっ……」

そのまま響子が黙りこくる。
この手はもう百回近く使ってきたというのに、本当に扱いやすい。
まあ、とにかくこのまま二人して黙っていても時間の無駄だし、
あと3秒待って何も言わなかったら電話を切ろう。
……3……2……1……

「おい、今電話を切ろうとしただろう」

あ〜あ……読まれてたか。
流石に十何年も幼馴染をやってると次の行動が読まれるものだ。
そのぶん、ボクも響子の行動なんてだいたい予測がつく。
例えば……

「仕事中に拾い食いをして腹を壊して、駆け込んだトイレに紙が無くて、
  それで急いで紙を届けて欲しいって所でしょ」
「誰がそんな事をするかっ!誰がっ!」

携帯を30cm以上離してもまだ耳に響く程の怒声がくる。

「もしかしてまだ仕事が一区切りついてなくて、腹を下したまま悪鬼の類と戦ってるとか?」
「お前は私をなんだと思っているんだーーーーーーっっ!!!」

すかさず腕を思いっきり伸ばして携帯を顔から離す。
例えば……響子を怒らせるくらいなら容易いって事。

「忍……君??」

……と、いけないいけない。
響子と遊んでいたら柴紫が起きてしまったらしい。

「コラ響子、キミがあんまり大きな声を出すから柴紫が起きたじゃないか」
「ああ、それはすまない……って、あれ?ちょっと待て、
  どうしてお前が寝ている柴紫の側に居るんだ?」
「そりゃあゆうべはお楽しみだったから」
「……っ!!!」

返事が無い、ただの屍のようだ。
……なんて、思わず頭の中でドラクエネタが飛び出した。
定番故に飽きが早いけど、いろんな状況で使える汎用性が強みだ。

「忍君、響子ちゃんですか?」

やれやれ、柴紫も完全に起きちゃったみたいだ。
ボクは柴紫と響子に聞こえないように溜め息をついた。
正直に言って響子なんて放っておいて柴紫とイチャイチャしていたいんだけど、
そんな事をしたら後で面倒な事になる。
結局ボクは携帯のスピーカーの音量を上げ、柴紫に手渡す。
ボクじゃ響子をからかうばっかりで話が聞けるとは思えない。
こういう状況ならボクより柴紫の方が向いていると思う……たぶん、おそらく。

「響子ちゃん……」

それ行け柴紫。GOGO!

「お土産は白い恋人でお願いします」
「行けと言うのか!?北海道までっ!?」

……OK柴紫、ツカミはそれで十分だから早く用件を聞き出してほしいな。
それと響子、ナイスツッコミ。
良くあの一瞬で北海道という単語を思いついた。

「柴紫、悪い事は言わん、今すぐに忍と別れるんだ」

……あのね響子、聞こえてるよ。

「最近お前まで忍の悪影響を受けてるぞ。これ以上忍の様に性格が歪まない内に早く別れた方が良い」

……だから聞こえてるっての。
これ以上黙って聞いているのも不愉快なので、柴紫に早く用件を聞くようにジェスチャーを送る。

「すいません、用件を聞かせてくれませんか?」
「あぁ……それは……だな……」

すると急に響子の歯切れが悪くなった。

「悪いが、もう一回忍に代わってもらえないか?」

どうも柴紫には言えなくてボクには言える事らしい。
その時点でかなり候補は絞れるけど……まだヒントが少ない。
とりあえずボクがするべき事は柴紫から携帯を受け取って……

「もしかして本当に紙が無かったの?」

……とでも言ってやる事だろう。

「ふざけるなっ!!!」

本当に響子は怒りっぽい。
仮にもボクの幼馴染ならこの位は軽く受け流してほしいものだ。

「いいから早く用件を言う。ボクと柴紫の甘い一時を邪魔しておいて、
  何もありませんでしたじゃあ怒るからね」
「ああ、実はだな……」

ようやく響子は事情の説明を始める。
冒頭の『助けてくれ』発言の真意だ。
……ちなみに、あえて柴紫にも聞こえるよう音量は上げっぱなしにしてあった事も追記しておこう。

 

 

学生の本分は勉学であるとはよく聞く言葉だが、風上響子(かざかみ きょうこ)の本分は
退魔師であると思う。
その日は黄道町から少し離れた場所に住む方々からの依頼で、
どうも学生寮に怪現象が発生していると言うのだ。
曰く……急に両足が重く感じ、一歩も歩けなくなる。
急に誰かから呼び止められたような気がする。
……ここまでならただの気のせいだと言う事もできただろう。
だがしかし、この半年間でこの寮に住む女生徒が二人も行方不明になっているのだ。
流石に気持ちが悪くなった校長が本気で怪奇現象の存在を疑い始め、
その後いろいろあって私に調査の依頼がきたのだ。
自分でも半信半疑な事だが、どうも退魔師・風上響子の名はいつの間にか有名になっていたらしい。
幸いな事に校長も私が一介の高校生である事をさほど気にせず、調査に協力すると約束してくれた。
そこで私はその現象が起きると噂される深夜に寮に張り込み、事の真偽を確かめる事にしたのだ。
したのだが……結論から言うと、調査など少しもできなかった訳だがな。
行方不明事件はともかく、心霊現象が発生するのはたいてい深夜だ。
そこで私は日中は宿直室で仮眠をとり、日没から調査を開始しようと考えた……

 

 

「………………」

……と、急に響子の説明が止まる。

「どうしたの?」
「私は何故こんな所でこんな事をやっているんだ……」

……なんだ、いつもの自己嫌悪か。

「はいはい、そんな事はどうでも良いから早く続きを言う」

 

 

そこで私は日中は宿直室で仮眠をとり、日没から調査を開始しようと考えた。
学校が終わってからすぐに現地へ向かったので、到着したのは確か5時頃。
おおよそ6時間位は眠れるだろうと思い、その日の当直の先生から布団を借り、就寝した。
それで……だな……
その……まあ……なんだ……
あれだ……あの……
早い話が……気がついたら痴話喧嘩に巻き込まれていたんだ。

 ピッ……
  ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ……

 

 

「何でボクが他人の痴話喧嘩なんて聞かなくちゃいけないんだ。電話代だってタダじゃないんだよ」
「忍君、流石に今のはちょっと……」

柴紫が苦笑する。

「ギャグとしては、ちょっとワンパターンすぎじゃありませんか」
「いや、これが繰り返しの美学って言うんだよ」
「視聴者の方々に飽きられませんかね」
「違うよ柴紫、お約束ってのは美学にまで昇華させればむしろ飽きを防止する効果があるんだ」

 チャ〜チャラッチャッチャッチャララ〜
   チャ〜チャラッチャッチャッチャララ〜

またもや電話がかかってきた。
いい加減にしつこいぞ響子。

「柴紫、もしかしてコレを含めてワンパターン?」
「ワンパターンです」

柴紫が確信を持って答える。
そう言われれば……確かにワンパターンかもしれない。

「じゃあここは一つパターンを変えてみようか」

 ……ピッ

『忍です、現在電話に出る事ができません。御用の方は発信音の後でメッセージをお願いします。
なお、緊急の方は携帯電話なんぞに頼らないでください』

 ピーーー…… ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ……

発信音の後、すぐに電話が切れる。
いくら響子でもメッセージを入れるのが無駄だって事くらいはわかるか。

「響子ちゃん、大丈夫なんでしょうか……」
「駄目だと思うよ。自分の力でなんとかできるのなら最初からボクに連絡したりしないって」

ボクが関わるとロクな事にならないから……と、心の中で補足する。

「さて柴紫。携帯電話が絶たれた今、響子が考えそうな事は?」
「家の電話」

問に対し、少しも間をおかずに答える。

「上出来だ」

襖を開け、廊下にある卓上電話に向かう。
昔懐かしの黒電話とはよく言うが、ボクらにとっては見慣れた黒電話。
ボク手に受話器が収まった瞬間、手の中で激しい振動と共にベルの音が鳴り響く。
うん、なんてわかり易いんだろう。

 ガチャッ……

「お掛けになった電話番号は、現在使われておりません……」
「忍だろう。声を変えてもわかるぞ」

案の定、電話の先に居たのは響子だった。
それも電話越しからでもわかる程の怒気と殺気を纏った響子だった。

「いいかげんにしなよ。ボクはこう見えても忙しいんだ」
「電話越しで顔が見えるかっ!」
「ああ……こうしている間にも柴紫といちゃいちゃする時間が減っていく……」
「柴紫を嘗め回す時間の間違いじゃないのか?」
「同意語でしょ」

さらに響子の気が増大していくのがわかる。
流石は特注の携帯電話、いつものパターンならそろそろ響子に握り潰されてるというのに。
そして後ろの方に真っ赤になった柴紫。
ああもうっ!!なんて可愛いんだ柴紫は。

「忍……お前と言う奴は……」

そしてなんて空気が読めないんだ、響子は。

「もう切って良いかな?」
「頼むから最後まで聞いてくれ」
「キミに頼まれても嬉しくもなんとも無いんだけど」
「そう言わずに助けてくれ……」

だんだん響子の声色が情けなくなってきた。
もう怒る気力も尽きかけているみたいだ。
こりゃ……思った以上に疲弊してるな、今の響子は。
いい加減にからかうのも限界らしい。
うん、そうと決まったらとっとと話を進めてしまおう。

「えーっと……響子?」
「なっ、なんだ?」
「宿直の先生には恋人が居て、しかもその先生には浮気癖があって、
それで響子が先生の連れ込んだ新しい浮気相手だと勘違いされて困ってるんじゃないの?」
「そうなんだ、助けてくれっ!!……って、お前はエスパーかっ!!?」
「いやだって……」

そうとしか推理できないんだ。
響子が自分の力でどうにも出来なくて、他人の痴話喧嘩で、
しかも宿直の先生が絡んでいるトラブルなんて他に無い。

「とにかく何か知恵を貸してくれないか、こういう話は私にはどうにもならん」
「あれ?知恵だけで良いの?」
「知恵だけで良い。お前が絡むと無駄に話が大事になる」

……他人に助けを求めておいて偉そうに。
とは、口には出さないでおく。
ボクだってこれ以上話をめんどくさくしたくない。
とは言え、いくらボクでもこれだけの情報で的確な指示を出すのは難しい。
いや、比較的汎用性の高い手を使えばどうにかなるだろうけど、
響子がそれに素直に従うかどうかは疑問だ。
そして何より、さっきの話には妙な点がある。
妙な点と言うよりは偶然かどうか疑わしいと言うべきだけど、とにかく妙な気がする。
どっちみち……ボクが行くしかないか。

「響子、今からボクもそっちに向かうよ」
「来るな」

……即答ですか、そうですか。

「大丈夫だよ、悪いようにはしないって」

……たぶん、おそらく。

「そう言って後で後悔した事が何度あったか」

まるでこっちの心を読んだかのような返答だった。
いやまあ、割と的を得た意見だと思う。
響子にしてはたいした学習能力だ。
だけどボクが来るなと言われて諦める性格だと思っているのだろうか。

「ボクが、行く、悔しかったら止めてみなよ」
「くっ……」

響子が歯軋りをする。
ようやく自分の立場ってものが理解できたらしい。
それと同時に自身に降りかかる災厄に対し覚悟を決めているのだろう。

「大丈夫だよ、さっきも言ったけど悪いようにはしないから」

……さっきも思ったけど、たぶん、おそらく。

「いやしかし……不安で仕方が無いぞ」
「我慢する、とりあえずボクが到着するまでの間を持たす策を伝えるから良く聞いて」
「あっ……ああ、わかった」

よし、せっかくだから少し前に考え付いた例のアレを試してみよう。

「キリンレモンのテーマで。ハイ、復唱」
「ちょっと待て、それのどこが策なんだ?それのどこが」
「良いから復唱する、大きな声でね」

割と長い時間響子は躊躇する。
気持ちは分かるけど……ここは我慢してもらわないちと策を遂行できない。

「キ……キリンレモンのテーマで」

あっ、駄目だ。
声が小さすぎる。

「声が小さいよ、痴話喧嘩の当事者にも聞こえなくちゃ意味が無いんだから」
「一体これのどこに意味があると言うんだ……」
「最後まで聞けばわかるよ。もう一回復唱」

もう一度響子が口を閉ざすも、今度は割りとすぐに大きな声が電話越しに響く。

「キリンレモンのテーマでっ!!」
「うん、上出来。次いくよ……ツタン仮面と連呼してみよう。復唱」
「ツタン仮面と連呼してみようっ!」

 ……硬直60フレーム……

 ……180フレーム……

 ……6000フレーム……

「ううぅっ……うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ……」

電話の先で響子の断末魔が響く。
しっかりと意識を集中して聞けば三人分。
痴話喧嘩の張本人達かな……たぶん、おそらく。
違っていたらご愁傷様としか言いようが無い。
響子は声が無駄にでかいからな、もしかしたら寮全体に響き渡っていた可能性も無い事は無い。

「……ご愁傷様」

ボクは電話に向かいそう呟いて、なるたけ静かに受話器を手放した。

2007/03/01 To be continued.....

 

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