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不撓家の食卓



第8話IF 『溶けていく思考』

この話は外伝……と言うよりもifストーリーです。
基本的に本編での不屈の思考は
  ジェンティーレ<勇気and英知
となっていますが。
もしも
  勇気and英知<ジェンティーレ
となっていたらどうなるか?
こんな設定の話です。
時間設定は第8話で天野が倒れてから快気祝いをするまでの間です。

以上の事を頭に入れた方は読み進めてください。

 

 ……じゅく……じゅく……じゅく……
「……んっ……あんっ……あふっ……」
「……はあっ……はあっ……くぅっ……」
どれだけの時間が経っただろうか?
いつ始まったのかは覚えていない、いつ終わるのかはわからない。
ただ作業のように慣性のように体を動かしていた。
  ……じゅく……じゅく……じゅく……
「……良い……もっと……不屈ぅっ……」
「……くっ……ううぅっ……あぅっ……」
ようやく自分の真下にある物が人間であった事を思い出す。
それを自覚した瞬間、それを強く抱き寄せ腰の動作を活性化させる。
  じゅく、じゅく、じゅく、じゅく、じゅく……
「やっ!?駄目っ……そんな急に……あんっあくぅっ……」
「……うっ……ううっ……」
すぐにまた頭が真っ白になる。
ただ作業のように慣性のように、体が続く限り腰が動く限り。
  じゅく、じゅく、じゅく、じゅく、じゅく……
「駄目っ……駄目だ、イク、またイッてしまう……」
「……はっ……はっ……はっ……はっ……」
……少しでも長く忘れていたいから……
「あんっあんっあくぅっ……ああぁっ!!!」
「……くっ!!!」
  どくっ、どくっ、どくっ……
だがそれも長くは保たなかった。
再び意識が戻ってくる。
再び思考が戻ってくる。
だが……忘れようにも体はすぐには動きそうもなかった。

 

不撓家の食卓 番外編『溶けていく思考』

 

ようやくまともな思考が可能になる。
本能が行為の続きを求めたが、悲しい事に体は自らに染みついた行動を優先させ
現状の確認を行ってしまう。
ここは俺の診療所の……病室らしい。
妙に蒸し暑い……それに酒臭い。
いや、そんな事よりも間近に感じる素肌の感触と女の匂いの方が重要か。
体の下に俺よりも一回りも二周りも小さい少女が居た。
特に性器から感じる感触は……ああ、ようやく思い出した。
俺はジェンティーレと性交をしていたのだったな。
それと同時に様々な思い出したくない物まで思い出してくる……
「ジェンティーレ、起きているか?」
「……く〜……す〜……」
……返事は無い。
ひとまず俺はジェンティーレの膣内より性器を抜き取ろうと……
  ……ぎゅっ
俺の背後でジェンティーレの両足が組まれたようだ。
すぐに両腕も俺を抱きかかえるように組まれた。
「ジェンティーレ、起きているのか?」
もう一度同じ質問を繰り返す。
「……離れたくない」
今度は数秒もしない内に返事が戻ってくる。
その数秒の間に俺の性器が膣の感触を感じ膨張を始める。
「そうか……ならいい」
別に引き剥がそうとも思わない。
体にもう少し活力があれば再び行為に没頭し始めるだろう。
ジェンティーレも自ら腰を振ろうとはしない。
だがその肌の感触だけは全身で感じていた。
すっ……と、その長い銀色の髪に触れてみる。
「くすぐったいよ……」
ジェンティーレと眼が合った……白銀の瞳が俺の顔を写していた。
昔と全く同じ色……それでいて、昔と全く違う顔。
胸の辺りから僅かに圧迫感を感じる。
僅かに……ほんの僅かな圧迫感を感じる。
それが酷く違和感を醸し出す。
「ジェンティーレ」
たまらず名前を呼ぶ。
もう一度名前を確認する。
「………………」
……返事は無い。
酷く虚ろな瞳が見える。
きっと俺も同じ眼をしている。
きっと思い出したくもない物を思い出している……
俺の眼には天野友美が写っていた。

 

俺は勇気を裏切った。
天野友美の生還を祈る想いを裏切った。
俺は英知を裏切った。
天野友美に魅せられた兄妹を裏切った。
わかっていた、あの時自分の目の前に居るのが天野友美だという事は。
だが俺は迷ってしまった。
一瞬の迷い、だがそれは永劫にすら勝る迷い。
あの時天野友美とマリー・クロード・ジェンティーレの中間を漂う少女を見た。
俺は迷ってしまった、天秤にかけてしまった。
二つの想いに挟まれ、方向を持たず、どちらでも無い、どちらにもなれる者を……
『ジェンティーレ』と呼んだ。
その瞬間に……いや、もっと前からこうなる事は予測できていた。
それが天野友美を殺す事になると承知の上でだ。
だが俺は天秤にかけてしまった。
『天野友美』と『マリー・クロードジェンティーレ』を。
果たして俺は耐えられるだろうか?
勇気と英知……俺の命よりも大切な者達から怨まれる事を。
果たして俺は耐えられるだろうか?
ジェンティーレを見るたびに思い出す、天野友美の面影を。
それが……たまらなく不安だ。

 

私は不撓さん……いや、勇気君を裏切った。
天野友美が愛する少年を裏切り、不屈を選んだ。
私は友美を裏切った。
自らが死人であると自覚しながら、マリー・クロード・ジェンティーレとなる事を選んだ。
正確には、私はマリー・クロード・ジェンティーレではない。
『1つ』が欠けた、一番大切な『1つ』が欠けたマリー・クロード・ジェンティーレ。
三年前に私が言おうとした事、死ぬ前に不屈に伝えたくて、それでも伝える前に力尽きた言葉。
一番大切な想い、一番大切な言葉……それがどうしても思い出せない。
それでも不屈は私を『ジェンティーレ』と呼んでくれるだろうか?
もう随分と小さくなった友美の想いを感じる。
友美の想いが今なお小さくなり続けているのを感じる。
まるで紅茶に溶ける角砂糖の様に、まるで胃液に溶ける食物の様に。
いや、溶けると言うよりも……消失すると言うべきだ。
きっともうじき消滅する、あまりにも弱々しい想いを辛うじて感じていた。
だけどもう天野友美には戻れない、消滅を留める方法も無い。
このままゆっくりと消え去ってしまうだけだ。
果たして私は耐えられるだろうか?
三年前の『ジェンティーレ』を追い続ける不屈に。
果たして私は耐えられるだろうか?
鏡を見るたびに思い出す、天野友美の面影に。
それが……たまらなく不安だ。

 

「ねぇ、不屈……もう一回しないかい?」
「ああ……」
再びまぐわい始める二つの身体。
再び消え始める思考、そして不安。

 

……少しでも長く忘れていたいから……少しでも長く忘れていたいから……

2006/07/26 完結

 

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