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Why Can't this be Love?



1

 何時からだろう、俺――吉田紅司(よしだこうじ)が、
  あいつ―白波夕子(しらなみゆうこ)のことをこんなにも意識するようになったのは。
  物心ついたときから幼馴染で、喧嘩したりじゃれあったり男とか女とか意識せずただ楽しかった。
  誰よりも、他のどんな男友達より気を置けない仲。
  そして何時しかそれは友情から恋心に変わっていた。
  快活な性格も、跳んだり跳ねたりするたびに揺れるツインテールも、
  少し小振りの胸も全てが愛しくてたまらなかった。
  でも言えなかった。 言った途端この関係が壊れてしまいそうで怖くて。
  この関係が壊れるくらいなら幼馴染のままでいいと。

 だがそんな関係が終りを告げようとする出来事が起こった。
  単刀直入に言うと女の子に告られた。
  相手はクラスメイトの藤村美嬉(ふじむらみき)。
  酷く内気で影の薄いコだったが、三つ編みが良く似合う可愛いコだったから名前だけは覚えてはいた。
  でも、それ以上は知らないコだった。
  いや、たった一回だけ話した事がある。 駅で困ってる所を声をかけたのだった。
  切符を無くしてしまい困っていた所を助けてあげたんだっけ。
  律儀な事にその事をずっと恩義に感じてくれて、何時しか其の気持が俺への好意に変わってたらしい。

 だがそんな告白の一部始終を夕子に見られた。
  そして見られた事以上に夕子が言った台詞は俺にとってショックなものだった。
「おめでとう!コレであんたも彼女居ない歴にピリオド打てるね。
  折角こんな良いコが勇気振り絞って告白してくれたんだから裏切っちゃ駄目だよ。
  あ、コイツ一見パッとしないけどコレで結構優しかったりイイヤツだからヨロシクね」
  目の前が一瞬真っ暗になった。
  実は目撃された瞬間、見られた事に狼狽すると共に夕子の本心を知れるチャンスじゃないかなんて
  思ったりもしたから。
  若しココで夕子も狼狽したり或いは嫉妬の表情でも見せれば、それは自分にも脈があると言う証拠だから。
  でもそんな幻想は粉々に砕け散った。
  一瞬、違う、そんな気持は無い、と。
  俺が好きなのは夕子、オマエだけだと。 そう言おうと思った。
  が、
「おう、オマエも早く彼氏作れよ」
  出てきた言葉は心にも無い正反対の言葉だった
  見栄を張ってしまった。 醜く言い訳する所なんか見せたくないと思ってしまった。
  好きな娘の前だからカッコつけたいと思ってしまったから……。 自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。

 そして立ち去る夕子の背中を見送り姿が見えなくなると、
  俺の内には藤村に対する怒りが込み上げて来た。
  完全な逆恨みだ。 だが藤村の顔を見た瞬間そんな気持も吹き飛んだ。 泣いていた。
  一瞬自分の心の内を見透かされたかと思いうろたえた。 だが違った。
  嬉しくて幸せで思わず涙が溢れてしまったんだと。
  胸が痛んだ。 俺の身勝手な感情と裏腹に藤村の真っ直ぐさに。
  そしてそんな藤村を可愛いと思った。 気が付くと無意識に手が伸び抱きしめていた。
  俺は自分の身勝手さを恥じた。
  夕子が俺のことを友達としか思ってなかった事にこの娘は何の関係も無いのに。
  むしろ知りたかったあいつの気持を知れたんだ。
  下手に告白すれば友達の関係すら終わってたかもしれない、
  そうならずに済んだんだからむしろ結果的に良かったじゃないか。

 そして俺と藤村との付き合いが始まった。 最初は成り行き上で仕方なく、そんな思いであった。
  趣味も好みもまるで違うのだらけでこんなので上手くやっていけるかと心配に思った事もあった。
  だがそんな心配は徐々に消えていった。
  藤村は――いや、美嬉はいつも俺の話に真摯に耳を傾けてくれた。 そして一生懸命合わせてくれた。
  一途で真剣でそんな姿に次第に惹かれていった。

   X    X    X    X 

「どうしてあんな事言っちゃったんだろ」 
  あのあと家に帰った私は激しく後悔し、自己嫌悪に陥っていた。
  紅司を探しに行ったら女の子から告白を受けていて、しかもとっても可愛いい娘で。
  あんな事を言ってしまったのは怖かったから。
  紅司の口から、このコと付き合うことにしたよ、そんな言葉を聞くのが。
  だって其の娘、女として自分よりはるかに魅力的に見えたから。
  がさつな自分と違ってしとやかな物腰も,愛らしい顔立ちも。
  だから自分で自分に引導を渡した。 大好きなヒトから其の言葉を聞くくらいなら、と。
  そして今、自分の部屋で一人泣いていた。 泣いて泣いて泣き腫らして、それでも気持は晴れなかった。
  そんな次の日、告白を受けた。 相手は一つ年上の先輩。
  比較的見知っており、クラスの女子からの人気も高いヒト。
  でも私にとっては只の一先輩に過ぎないヒト。
  だが客観的に改めて見れば確かにそれなりに魅力的だし知らない相手じゃないし。
  誰かと付き合えばこの辛い気持も紛れるかもしれない。 そう思って告白をOKした。

 だがそんな気持で付き合ったって上手くは行かないのは目に見えてた。
  何かある度に心の中で紅司と比べてしまう。 そしてそんな気持が関係をギクシャクさせ結局破局。
  別かれる事にショックは無かった。 大して好きでもなかったのだから当然と言えば当然だ。 

「そうか、お前やっぱり未だ吉田の事が」
「ごめんなさい先輩」
  ショックは無いけどやっぱり罪悪感はある。
「実はずっと黙ってたんだが昔、吉田に相談を受けた事があったんだ。
  オマエに告白しようかどうか迷ってる、って。
  勿論その時俺もお前を狙ってたから止めさせたんだけどな。
  こんな事になるくらいならあの時アイツのの背中押してやりゃ良かったかな」
  其の言葉に思わず愕然となった。
「そんな……紅司が。 でも今更もう遅いよ。 だって紅司にはもう彼女が……」
「そうやって諦めるのは未だ早いかもしれないぜ。 俺たちだって上手く行かなかったんだ。
  あいつだって上手く行ってないんじゃ無ぇのか?」
「そ、そんな都合のいい話……」
  ある訳ない。 そう言おうとしたが言葉が続かない。
  だって本心ではそうであればどんなに良いだろうと思ってたから。
「いや、実際愚痴ってたぞ。 女と付き合うのがこんなに疲れるものだと思わなかった、って。
  同じ女でもお前と会ってるときは気楽で楽しかったって」
「で、でも今更……」
「俺とオマエはもう恋人同士じゃ無くなっちまった。
  でもな、大事な後輩である事には変わりないんだ。 だから幸せになって欲しいんだ」
  そう言って先輩は背中を押してくれた。
「ごめんなさい。 アタシ先輩の事傷つけたのに、それなのに……」
  皮肉なものだ。 今までにないほど先輩の優しさが身に染みる。
  たった今別かれ、しかも他の男へ思いを打ち明けようとしてるこんな時に。
「がんばれよ」
  そう言ってくれた先輩の笑顔に勇気付けられる。
  そして私はそんな先輩の笑顔に見送られ走り出していた。

2

   X    X    X    X 

 あの日弟から其の話を聞いた時、俺――結城悟は自分の耳を疑った。
「吉田が女と付き合い始めたって? しかも其の相手は白波さんじゃないだって?」
  吉田とは中学のころ部活が一緒で弟の同級生な事もあり、高校になった今でもたまに会って話したり、
  時に相談を持ち掛けられたりもする。

 そう、ほんの数日前にも相談を持ちかけられた。
  相談の内容は恋愛に関すること、白波に告白しようか迷ってると言うものだった。
  正直困惑した。 何故なら俺も白波に惹かれていたから。
  いや、惹かれていたというより羨ましかったのかもしれない。
  中学入学と共に引っ越してきた俺には幼馴染は居ない。
  だから白波と言う幼馴染がいる吉田が羨ましく、また妬ましくもあった。
  だから言った。 あまりことを焦らず慎重にいけと。
  下手に告白なんかして仲がギクシャクするような事になったら後で後悔するぞ、と。
  後になって我ながらみっともないことを言ったと自己嫌悪に陥った。
  ああは言ったがきっと告白は時間の問題だし、告白すればきっと付き合うことになるだろうと。

 だからそんな吉田が白波以外の女の子と付き合いだしたなんて自分でも信じられなかった。
  一体何故? だがそんな疑問以上に強烈な思いが胸に込み上げてくる。
  これって若しかしてチャンスなんじゃねぇか?
  いや、チャンス何て言うほどの物じゃ無いかもしれない。
  確立が0%から1%になっただけかもしれない。 だがその1%すら光明に思えた。
  そして思い立ってすぐさま告白した。 結果はOK。 我ながら信じられなかった。
  ベタだけど何度も自分の頬っぺたや手の甲をつねって夢じゃないかと確認したりもした。 

 そして始まる薔薇色の日々……のはずだった。 
  付き合いだした白波に俺の好きな笑顔は無かった。 吉田といつも屈託無く笑いあってた笑顔。
  俺が何よりも好きで、何よりも羨ましくて、何よりも欲しかった笑顔。
  でも今俺の目の前にあるのはそんな極上の笑顔には程遠い、薄っぺらな作り物の笑顔。 
  もう一度見たかった。 あの太陽みたいにまぶしい笑顔が。 そのために俺に出来る事は……。
  答えは解かりきっていた。 たった一つしかない答え。 でも選びたくない答え。
  だけど、これ以上見てられなかったから。 あんな痛々しい作り物の笑顔は。

          ・

「何やってんだろうな俺」
  胸の前で合わせた両手を離し伏せていた目を開くと俺は自嘲気味に呟いた。
  恋愛ごとで神頼みなんて。 しかもそれが自分の恋じゃなくて、
  たった今別れた女が別の相手と上手く行きますようにだなんて笑い話にもならない。

 そう、俺は意を決して夕子と――白波と別れた。 俺じゃアイツを幸せにしてやれないから。
  俺が白波に伝えた吉田の言葉
  ――いや、実際愚痴ってたぞ。 女と付き合うのがこんなに疲れるものだと思わなかった、って。
  同じ女でもお前と会ってるときは気楽で楽しかったって――
  確かに吉田はそう言った。 だがそれは吉田が藤村と付き合い始めた直後の事
――あいつだって上手く行ってないんじゃ無ぇのか?――
  それも過去の話。 つい先日見た吉田と藤村はとても楽しそうだった。
  そんなことを統合していくと白波が今告白した所で今更どうにもならないかも知れない。
  だけど吉田が藤村と付き合うようになるまで、吉田がどれだけ白波の事を思っていたのかも知ってる。
  だから吉田の心にまだ白波への未練が残っていれば……。
  そして俺はもう一度目を閉じ胸の前で手を合わせた。

2.5

   X    X    X    X   

 今でもあの日のことは鮮明に覚えている。 彼――吉田紅司君と始めて話をした日のことを。
  あの日私――藤村美嬉は駅で途方にくれていた。
  その日は珍しく遠出した帰り路。
  改札口を通ろうとした時、切符が無い事に気付いた。
  鞄の中もポケットの中も思い当たる所は全部探したけれどキップは出てこなかった。
  しかも間の悪い事に出かけた先で散財しすぎたせいで財布も殆ど空。
  電話を掛けようにも携帯もバッテリー切れ。
  どうしようか途方に暮れ涙まで溢れそうになったそのとき助けてくれたのが紅司君だった。
  でも私は其の頃人見知りが激しく、特に男のヒトが苦手でロクにお礼もいえなかったのに
  彼は優しくしてくれた。
  気にしなくていいよ、困った時はお互いさまだよ、と。
 
  その後も特にこれと言った変化も無く会話する機会もなかった。
  正確には勇気が無くて話し掛けられなかったと言った方が正しい。
  でも気付けば私の目はいつも彼を探していた。

 そして気付いた。
  ああ、コレが恋なんだ、と。

 でも告白できなかった。 だって彼には、吉田君にはとっても仲良しの女の子が居たから。
  とっても元気で明るくて活発で、私なんかとは正反対のコだった。
  そして其の間に私なんかが入り込む余地は見出せなかった。
  だから決めた。 この気持ち打ち明ける事無く胸にしまっておこうと。
  そう決めたはずだった。

 でもそんな私の諦めた気持を奮い立たせ背中を押してくれる出来事があった。
  それはある晴れた日曜日、従姉の由花お姉ちゃんが遊びにきた。
  いつも昔っからおばあちゃん家に行くたびに遊んでくれた優しいお姉ちゃん。
  その日来たのは結婚の報告だった。 でも相手のヒトの名前を聞いた時私はちょっと驚いた。
  由花お姉ちゃんにはとっても仲良しの、お姉ちゃんと同い年の男の子が居た。
  そして当時の私は幼心にきっと将来おねえちゃんはこのヒトと結婚するんだろうな、と思っていた。

 だけどおねえちゃんの口から出てきた名前は私の全く知らない人だった。
  だから私は疑問に思ってその事を聞くとお姉ちゃんは笑って答えた。
  幾ら仲が良がよくってもそれは言ってみれば兄弟姉妹みたいなもので恋愛とかとは全く別物だって。
  其の言葉を聞いて私は誰にも言ってなかった思いを打ち明けた。
  好きなヒトが居て、でも其のヒトにはとっても仲良しの幼馴染の女の子がいるから、と。
  その事を打ち明けるとお姉ちゃんは笑った。
  ヒトが真剣に相談してるんだから笑わないでと言うと、お姉ちゃんは笑を堪えながら謝り、
  そして応援し励ましてくれた。
  お姉ちゃんの言葉に私は勇気付けられた。
  そうか幼馴染で仲良しだからってそれが恋人同士とは限らないって。

 そして次の日、私は意を決して気持を打ち明けた。 あの日助けてもらってとっても嬉かった事。
  気付けば何時しか好きになってた事を。
  思いのたけを伝えた私は気付いた。 ことの一部始終を見ていた人が居た事を。
  その人は吉田君といつも一緒にいる例の幼馴染のヒトだった。
  瞬間、吉田君の顔がこわばった。 其の表情はまるで悪い事をしてるところを見つかったかのような。
  其の表情が私の心をたまらなく不安にさせる。
  でも次の瞬間そんな不安は跡形も無く消し飛んだ。 ああ、お姉ちゃんの言ったとおりだ。
  この二人もやっぱりおねえちゃんと其のお友達みたいな兄弟姉妹みたいな仲だったんだ。

 嬉しかった。 吉田君が受け入れてくれた事が。 願いが叶った事が。
  気付けば私の両の目からは涙が溢れていた。 そしてそんな私を吉田君は優しく抱きしめてくれた。
  ああ、このヒトを好きになって良かった。 心の底からそう思えた。
  きっと私はこの時のことを一生忘れないだろう。 吉田君の温もりを、そして優しさを。

3

   X    X    X    X

 私は真っ直ぐに走った。 本当に愛してる人の元へ。
  もう気持は偽らない。 自分の気持のままに生きるんだ。
  そう思うと気持は軽やかでまるで羽根でも生えてるみたいだった。
  やがて其の身は紅司の家の前に辿り着いていた。 はやる気持を抑えながらインターフォンを押す。
  来る途中に空の買い物篭を持ったおばさんを――紅司の母親を見かけた。
  だから今、紅司は家に一人きりのはずだ。 其の事が余計に気持を加速させる。
  インターフォン越しに聞こえた紅司の声はひどく懐かしく感じられた。
  そう言えばお互い恋人が出来てからめっきり話す機会が減ったっけ。 でもそれも今日で終り。
  お互い偽りの恋人と別れ真の恋人同士になるんだ。
  玄関に上がるとそこには愛しい笑顔があった。 
「久しぶりだな夕子、まぁ上がれよ」
「そう言えばこうして家に上がるのも久しぶりだね。 お邪魔しま〜す」
  そして私は部屋に通された。 私が部屋に入ると紅司は茶を煎れてくるからと一旦部屋を出た。
  そして戻ってきた紅司からお茶を貰い口をつける。 走ってきたせいかとても美味しく感じられた。

「ご馳走様」
「どういたしまして」
  そしてお茶で喉を潤した私は口を開く。
「ねぇ紅司、藤村さんとは最近どうなの?」
「美嬉と? ああ、上手くやってるよ」
  そう言って紅司は笑顔で答えた。 其の笑顔に面食らった。 だが思い直した。
  ああ、そうか。 私の事を気遣ってくれてるんだ。
  きっと、自分も上手くやってるからお前も気にせず上手くやれよ、そんなつもりなんだろうな。
  それにしても呼び方まで恋人のふりが板についちゃって可笑しい。 藤村じゃなくって美嬉だって。
  そして紅司は暫らく自分と藤村さんのことを話していた。 内容は一言で言やのろけ話。
  とても幸せそうな顔で。 紅司ったら私を安心させる為とは言え嘘をつくのがうまいんだから。

 でも幾ら嘘とは言えこれ以上藤村ののろけ話聞くのも不愉快になってきた。 そろそろ切り出そうか。
「ねぇ」
「ん? ああ、悪い。 つい俺ばっか話しすぎちまったな。
  お前のほうは先輩と上手いことやってるのか?」
「私と先輩はね……別かれちゃった」
  其の言葉を聞いた瞬間紅司の表情がこわばる。 しまったとでも思ったのだろう。
「ゴメ……」
  私は紅司の言葉を遮り口を開く。
「ヤダ、そんな顔しないでよ。 言っとくけどあたし落ち込んでなんかいないんだからね。
  それどころか今は物凄く晴れ晴れとした気分。
  やっぱね、好きでもないヒトと付き合ったって上手く行かないから」
  私がそう言うと紅司は驚いた顔をして口を開く。
「え? それって……」
「うん、私にはほかに好きなヒトが居たから。だから先輩と別れた。
  ね、紅司も其の方が良いと思うでしょ?」
「そ、そりゃ無理して付き合ったってお互い上手く行かないし……」
「でしょ?! やっぱ紅司もそう思うよね。 ねぇ、紅司の方はどうなの?」
「どう、って?」
「紅司。 あの時私があんな事言っちゃったから引っ込みつかなくなって、
  それで流されるように告白を受けちゃったんじゃないかな、って」
「そ、それは……」
  口ごもった。 って事は? 期待が確信へと変わり出す。
「確かに実を言うと、俺もあの時本当は付き合うつもりなんか無くて。
  でもその場の流れと言うか、言い訳するのも見苦しいかなと思って。
  それでつい見栄を張るみたいにあんな事……」
「やっぱりそうだったんだ。 ごめんね、あの時は変な事言っちゃって。
  だって藤村さんって私なんかより可愛いから当然OKしちゃうんだろうな、って。
  そう思ったら紅司の口からそんなの聞くの怖くなっちゃって。
  それで思わずあんなこと口走っちゃって……」
「え? それって……」
「うん。あの時本当に言いたかった言葉はね、交際を祝福する言葉とか応援とかそんなのじゃなくって。
  本当は其の娘となんか付き合わないでって。 だからねさっき言った私が本当に好きなヒト。
  それはね……紅司、あんたなの」
  私は意を決して口を開いた。

 言えた。 やっと言えた。 今までずっと言いたかった言葉。

「ね、ねぇ。 紅司……は私のこと、好き?」
  答えが無い。 沈黙が不安を掻き立てる。
「どうして答えてくれないの? 若しかして……私のこと……」
「そ、そんな事無いよ。 その、俺も……好きだよ」
  やった! 遂に聞けた。 何よりも聞きたかった言葉。
「じゃ、じゃあさ。 付き合おう?」
「ちょ、ちょっと待て! そんな、付き合うって」
「何で待つの? だって両思いなんだよ? 何の問題も無いじゃん」
「だって俺今美嬉と付き合ってるんだぞ?」
「別かれればいいじゃん? だって藤村さんとは成り行きで付き合っちゃっただけでしょ?
  私があんな事言っちゃったから」
「別かれるだなんて……、出来るわけ無いだろ。 そんな美嬉を裏切るような真似」
  そういえばコイツ昔っから義理堅かったり律儀な所あったっけ。 其の気持が邪魔してるんだね。
  だったら私が取り払ってあげる。

「裏切る? 好きでもないのに只流されるように付き合うほうがよっぽど裏切ってない?」
「好きでもないとか、流されるとか。 そりゃ最初はそうだったさ」
「最初って、じゃぁ今は違うとでも言うの?」
  私がそう問うと紅司は首を振った。 だが其の向きは横じゃない。 え? どうして縦に振るの?
  いけない、ココで怯んでは。
「好きだって言うの? そりゃ確かに藤村さん可愛いいけど、でも暗くて地味で、
  そんなコといたって疲れるだけでしょ?」
  そう言った途端、紅司の顔が険しくなった。
「確かに暗くて地味で、そんな面もあるさ。 けどな、美嬉はいつも俺の話に真摯に耳を傾けてくれた。
  そして一生懸命俺に合わそうとしてくれて……」
「それで惹かれていったっていうの? 違うよそんなの。
  それはきっと義務感や責任感みたいなものだよ」
「違う! そんなんじゃない!」
「本当にそう言いきれる? 付き合っちゃった以上は、尽くしてくれるから、
  慕ってくれるからはそれに応えなきゃいけない。 そんな義務感や責任感じゃないって」
「そ、それは……違う! 断じて違う! そんな訳……」
「じゃぁ質問を変えるね。 付き合っていて無理してるって、疲れるって感じた事は?」
「無理とか疲れるとか、そんなことある訳……」
「本当に? ただの一度も? さっき紅司も言ったよね。 無理して付き合ったってお互い上手く
  行かないって。 それって紅司にも言えることだったんじゃないの?」
「そ、そりゃ最初の頃はそう言う風に感じた事も……でも今は!」
「それってただ慣れただけで好きって気持とは違うんじゃないの?」
「違う! 違……」
  あと、もう一押し。 見ててちょっと可哀相な気もしてきたけど。 でもここで手を緩めちゃ駄目だ。
  そう、紅司の為にも
「じゃぁコレが最後。 藤村さんとの間に遠慮の気持とかそう言うの無い?
  私と話してるときみたいに全て本音で話し合えている?」
  完全に押し黙ってしまった。
  今日はもう帰ろう。 人間押してばかりじゃ駄目、時には引く事も大事だから。
「今日はもう帰るね。 でも良く考えておいてね。
  本音で付き合えない仲なんて、結局お互い後悔するだけなんだから」

4

「今日は色々疲れたなぁ……」
  部屋に帰りついた私はそのままベッドに倒れこみそして仰向けになって天井を仰ぐ。
  先輩と別れて、それでそのまま其の脚で紅司の家に告白しに行って……。 
  無事思いを伝える事が出来て、紅司からも好きって言葉聞けて……
  でも交際をOKしてもらえたわけじゃないんだよね。
  誤算だったな。 紅司の中で藤村さんの存在が想像以上に大きくなってたなんて。
  てっきり直ぐに別かれて私と付き合おうって言ってくれると思ったのに。
  でもきっと上手く行く。 私が紅司じゃなきゃ駄目だったように、
  紅司も私じゃなきゃ駄目だって気付いてくれるはず。
  私の言ったこと理解して解ってくれるはずだ。 紅司自身の為にも誰と付き合うのが一番いいのかを。

 

   X    X    X    X   

 昨日は良く眠れなかった。 原因は昨日夕子に言われた事が頭の中にこびりついてた為だ。
  夕子からの告白。 嬉しくないと言えば嘘になるだろう。 なんと言っても初恋の女の子だし。
  本来なら喜んで交際をOKしたいぐらいだった。 ――けど。
「今更言われたって……」
  確かに俺は夕子のことが好きだった。 友達として出なく女として。
  でも其の想いはあいつにその気が無いとわかった(結局は勘違いだったんだが)とき吹っ切れたはずだった。
  そう、だから友達としてなら今でも好きだが、女としてなら『だった』と正確には過去形なのだ。
  でも本当に吹っ切れてたのだろうか? いや、吹っ切れてるはずだ。
  だって昨日アイツに告白された時嬉しさもあったが、今更困ると言う思いの方が強かったんだから。
  困る? 何がってそりゃ今更美嬉にやっぱり付き合えないとか、別れてくれなんていえないし。
  あいつの泣き顔なんか見たくないし……。
  あいつを泣かせたくないって思えるってことは、あいつの事を本当に好きだからってことの
  証拠じゃないか。 そうだよやっぱり俺は美嬉の事好きなんだよ。
  やっぱり今更言われたって夕子とは付き合えないよな。 でもそう言ったらあいつ泣くかな……。
  そんな事考えたら急に胸の辺りが苦しくなる。
  そう言えば昔っからアイツが泣くたびに慰めるのは俺の役目だったっけ。
  でも今回あいつが泣いた場合は流石に俺が慰めるわけにかないしなぁ……。
  泣き顔を見たくないって事に関しちゃ夕子だって同じだよな。
  結局そんな理由だけじゃどうにもならんよな……。

 そんな事考えながら歩いてる俺の背中を強く手が一つ。
「おっはよ〜紅司! な〜に朝っぱらから背中丸めてるのよ!」
  夕子だった。
  誰のせいだよ、と言ってやろうと思ったが止めた。 言ったところで八つ当たりみたいでカッコ悪いし。
「ねぇ、昨日私が言ったことちゃんと考えてくれた?」
  あっけらかんと口を開く夕子。 まるで自分の望んだ答えが返ってくるのを疑いもしないような笑顔。
  其の笑顔が少し癇に障る。 だが強く拒絶できないのも事実だ。 我ながら情け無い。
「昨日言ったことって?」
「だからぁ、藤村さんとは何時別れるの?」
「ちょ、ちょっと待てよ!! 俺、美嬉と別かれるともお前と付き合うとも言ってないぞ?!
  夕子の言葉に俺は思わず叫んだ。
「でも昨日迷ったり口ごもってたりしたじゃない」
「う……」
  思わず言葉に詰まる。 確かに夕子と付き合うとも美嬉と別かれるとも言っていない。
  反面、夕子の事を完全に拒絶したわけでもない。
  そう、俺の心には迷いが生じていた。 折角夕子が俺の事を好きだと言う事が分かったと言うのに、
  それをそのまま断わってしまってもいいのだろうか、と。
「ま、良いわ。 其の様子だと迷ってるみたいだし、迷ってるってこと私にも脈があるってことよね」
  其の言葉に俺は何も言い返せなかった。
  俺の沈黙を肯定の意味として受け取ったのか夕子はにっこりと笑う。
  其の笑顔に思わず顔が熱くなり俺の心は更に揺らぐ。
  心の底で葬り去ったと思っていた夕子に対する恋心が本格的に息を吹き返したとでもいうのか?

「紅司君おはよう」
  その時背後から声がかかった。 美嬉だ。
  その時俺は夕子と一緒にいるところを見られた事に対して言い知れない後ろめたさを感じた。
「ああ、おはよ……」
「藤村さんおはよう!」
  その時俺が挨拶を返すのを遮るように夕子が口を開いた。 一体どういうつもりだ、夕子。
「あ、白波さんもおはよう。 紅司君と仲良いんですね。 やっぱり幼馴染だからかな」
  だが、美嬉は相変らずの朗らかな笑顔で応える。 其の笑顔に俺はほっと胸をなでおろす。
「あ、ああ、まあな。 ところで美嬉にも幼馴染なんているのか?」
「ううん、私には特にそうしたヒトは居ないよ。
  でも従姉のお姉ちゃんにはとっても仲良しの幼馴染の男のヒトがいるの。だから何となく解かるの」
「ねぇねぇ、そのお姉さんと幼馴染の男の人って今どうしてるの?」
  その時夕子が口を挟んできた。
「お姉ちゃんは先日結婚の報告に来ました。 でも相手の人はその幼馴染の人じゃ無くってね。
  あ、でも幼馴染のヒトとは今でも仲良しだって言ってたわ」
  美嬉の応えを聞くと夕子は何かを考え込むそぶりを見せる。
「ふーん。 じゃぁ私は先に行くね」
  そう言うと夕子は一足先に学校へと向かっていった。
  だが俺は夕子の其の何か考えてるかのような表情が気になった。
  アイツ、一体何を考えてるんだ?

5

   X    X    X    X

「ねぇ紅司ぃ、今度の日曜日って開いてる?」
  ある日の授業の合間の休み時間。 私は話し掛けてきた。 丁度藤村さんも居なかったしね。
「日曜日? いや、今のところ予定は無いけど……」
「えへへ……。 だったらさ……」
  ジャーンと自分で効果音を言いながら私は2枚の映画のチケットを取り出して見せた。
「あ、それって……」
  其のチケットを目に紅司は声を上げる。 予想通り。
「好きでしょ? 紅司こういうの」
「おぅ! さすがと言うか良くわかってるじゃん」
「そりゃそうよ。 何年幼馴染やってると思ってるのよ」
  そう言って私は胸を胸を張ってみせた。 
「ハハ、違いねぇ」
「じゃ、そう言うことだから今度の日曜日OKね? 時間は10時でいい?」
「そうだな、じゃぁ……ってチョット待て」
  返事を仕かけ紅司は言葉を切った。
「ん? なぁに?」
「コレって若しかしてデートなのか?」
「やだなぁ、若しかしなくてもデートに決まってるじゃない。
  うんとお召かししていくから期待しててね」
  私はウインクして答えた。
「いや、そう言う意味じゃなくってだな……、俺今美嬉と付き合ってるんだぞ?
  誰とも付き合ってなかった昔ならともかく今そんなことすれば、コレって立派な浮気じゃないか?」
  紅司は申し訳無さそうに口を開く。
「あのねぇ、結婚してるわけでもないんだから浮気だなんて大げさすぎるわよ。
  それに例え見られたって平気よ」
  まったくコイツはいちいち大げさに考えすぎよ。
「んな訳あるか。 仮にお前はよくっても俺は……」
「だからぁ、大丈夫だってば。 藤村さん私たちの仲が幼馴染同士だって知ってたわよね?」
  遮るように私は口を開く。
「おぅ、そう言えばこのあいだの朝そんな事話てたな」
  紅司は先日の朝の様子を思い起こすように答えた。
「その時藤村さん言ってたじゃん。 従姉のお姉さんの幼馴染の話」
「ああ、それが?」
「それぞれ別々に恋人が出来ても仲良し同士だ、って。 つまり彼女は幼馴染が恋人同士になるなんて
  ありえないって思い込んでるのよ。 だからね、例え私達が二人一緒にいるところを見られたって
  絶対に疑ったりなんかしないって」
  だからこそ私は誘った。 藤村さんのことを気にする必要が無くなれば断わる理由は無いはず。
「う〜ん、確かにそうかも知れんが……。 悪りぃ、やっぱ遠慮しとくわ」
「え〜何でぇ?!」
「やっぱ後ろめたい気持がある以上そう言うのしちゃいけないと思うんだ」
  申し訳なさそうに答える紅司。
「……ふ〜ん。 それが答えな訳ね」
  そこまで紅司が藤村さんに義理だててるのがなんだか妬けた。
「ああ」
「ファイ○ルアンサー?」
  私は某クイズ番組の司会者の口真似をしながら問い掛けた。
「ああ、ファイ○……って、おい!」
  紅司は思わず声を上げた。 何故なら私は口振りだけでなく、其の手つきまで某司会者よろしく
  チケットを破り捨てるそぶりをしてみせたのだから。 紅司の慌てふためくさまに
  思わず吹き出しそうになる。
「バカねぇ。 本当に破るわけ無いじゃない」
  私がそう言うと紅司は呆れるように、そしてホっとしたように溜息をつく。
「まぁ、良いわ。 今回は諦めるわ。 でも若し気が向いたら来てね。
  10時に駅前広場で待っているから。 あ、気が乗らなきゃ来なくてもいいから。
  10分待ってこなければ潔く帰るからさ」

 

   X    X    X    X

 

 日曜日。 俺は一体何をやってるのだろう。 時計は10時を指している。
  夕子は先日言ったとおりに駅前広場に来ていた。 そして俺はと言うとそこから離れた場所から
  夕子の姿を見つめていた。
  やはり美嬉に悪い気がするのでデートする気にはなれなかったが、
  それでも夕子が気になってきてしまった。
  とりあえず10分待とう。 夕子は10分待って来なかったら帰ると言っていた。
  とりあえずそれだけ見届けたら帰ろう。

 10分経過。 帰る様子は無さそうだ。

 20分経過。 同じく帰る様子は無い。

 30分……40分…………そしてもう直ぐ一時間が経過しようとした。
  それでも夕子は帰るそぶりを見せない。
  とうとう俺はその場を離れた。 何時までも待ち続けそうな夕子を後にしていく事に
  後ろめたさを感じないわけではないが、だがそもそも俺はきちんと断わったんだ。
  ココで帰ったとしても誰にもとがめられるいわれは無い。

 家に帰りつくと俺は本を開く。 夕子のことを頭から振り払おうと。
  だがどうしても気になり没頭できない。

 気が付くとぽつぽつと雨音が聞こえる。
  何時の間にか外を見れば今朝あんなに晴れていたのが信じられないぐらいの本降りだ。
  道路に水溜りが出来始めてる所を見ると既に降り始めて相当経っているのだろう。
  流石に雨に降られれば夕子も帰っただろう。 そう思ったが気になってしょうがない。
  本当にあいつ諦めて帰ったのか? 若しかして未だ待ち続けてるんじゃ……、イやそんなはずは……。
  どうしても気になって俺は家を飛び出した。 いるわけが無い。 流石にこの雨だ。
  あいつも観念して帰っただろう。 俺が駅に行ったところでアイツは居ないだろう。
  そして俺は其の事を確認すれば胸をなでおろせるだろう。
  そう、其の確認のために駅に向かうんだ。

 ――あいつが居ないのを確認して安心する為に……。

 だが俺の予想に反し夕子はそこに居た。 雨に打たれながら。
  俺の姿を確認すると夕子はおどけて笑って応えた。
  だがセットした髪も召かし込んできた服も雨でびしょ濡れで、
  其の頬は雨に打たれたせいか熱っぽく紅潮し唇は紫色に変わっていた。
「紅司ぃ……。 遅いぞぉ、 レディーをこんなに待たせちゃ駄目じゃな……」
  言い終わらないうちに夕子は倒れるように俺にもたれかかってきた。 慌てて俺は夕子を抱きとめる。
  其の体は雨に濡れすっかり冷え切っていた。
「しゃべるな! とりあえず大急ぎで帰るぞ!」
  俺は夕子を抱きかかえ走った。

 

 夕子の家に辿り着きドアに手を掛けると鍵がかかっていた。
  呼び鈴を押そうとすると夕子が口を開く。
「……今日はパパとママ出かけていて……」
「鍵は?!」
  俺は思わず叫んだ。 夕子は応える代わりに鍵を差し出した。
  鍵を受け取るとすぐさま鍵穴に差込みドアを開ける。 そしてそのまま夕子の部屋へ駆け込む。
  勝手知ったる幼馴染の家と言うヤツだ。
「とりあえずは先ずは着替えだな。 濡れた服着たままだと良くないだろ」
「うん……」
  夕子はゆっくりとタンスへ向かって歩き出す。 足取りがふらついてるので支えながら俺も一緒に歩く。
「体と髪しっかり拭けよ。 じゃぁ着替えてる間俺部屋出てるから」
  そう言って俺は部屋を出ようとしたが、服の裾を夕子に引かれた。
「拭い……て」
「なっ……!」
  そんな……そんな事出来るわけ……。 だって今の夕子の姿は濡れた服を脱ぎ下着のみの半裸状態。
  おまけに濡れた髪は解かれいつものツインテ―ルじゃない。
  いつもと違い必要以上に女を意識させる姿。
  こんな理性のネジが跳びそうな姿を前に一緒にいられるか。
  でも反面こんな状態放っては置けない。
  俺は夕子の髪と体を拭き始めた。 なるべく見ないよう、意識しないようしながら背後から拭く。
  それでもいやおうなく意識させられる。
  タオル越しに伝わってくる女性特有の柔らかさに、鼻腔をくすぐる甘い匂いに。

 理性を強く揺さぶられる危うい感覚に襲われながらも拭いてると、突如夕子が振り向いた。
  そして手を伸ばし俺の首に廻すと顔を近づけ唇を重ねてきた。
  夕子の匂いが、肌の感触が、濡れた髪が、そして初めて味わう其の甘く柔らかな感触が
  俺の理性の殻を剥がしていく。 そして夕子は唇を離すと耳元に囁いてきた。
「ねぇ、お願い……。 温めて……」
  夕子の肩を両手で抱きかかえるように掴み、そして……
「おう! じゃぁ今温かいの入れて来てやる! 台所借りるぜ!」
  そして俺は逃げるように部屋を飛び出した。 心臓が未だバクバクいっている。
<温めて……>
  俺だってあの状況で其の言葉の意味が分からないほど鈍くもないしガキじゃない。
  今の事を若しヒトに話したら――話す訳ないのだが――チキンだのへタレだの罵しられるだろう。
  実際そう言われても仕方ないだろう。
  それでも据え膳を喰わなかったのは美嬉への想いや義理立て、それも勿論だがそれだけではない。
  初めてだったから、あんな夕子の姿。 まるで俺の知らない別の女の子みたいだった。
  そしてそんな姿に美しいと、魅惑的だと感じながらも何故かそれ以上に怖さを感じたから。
  台所に入ると冷蔵庫を開け牛乳を取り出す。 マグカップに注ぎ電子レンジに入れスイッチを入れる。
  レンジが加熱完了の電子音を鳴らすと俺はマグカップを取り出し部屋へ向かった。
  ドアの前に立つと躊躇いの気持が起こるがそれを押さえノックしてドアを開く。
  部屋に入ると夕子はベッドで寝ていた。 とりあえず俺は胸を撫でおろす。
「ほら、とりあえずこれでも飲め」
「ありがとう」
  俺がマグカップを渡すと夕子は受け取った。
「じゃぁ、俺は帰るな。 安静にしろよ」
  そして俺は部屋を出た。 いや、逃げたと言った方がイイのかもしれない。 兎に角居られなかった。
  これ以上あの場所にいるとどうにかなってしまいそうで。

6

   X    X    X    X

「紅司のバカタレ……」
  飲みほし空になったマグカップを両手にしながら私は呟いた。
  いや、紅司が悪いんじゃない。 今回のは私も急きすぎたのかも。 今回はコレで良しとしておこうか。
  紅司の性格からして断わりはしたものの、気になって待ち合わせ場所に伺いに来る事は予想が出来た。
  雨に関しては全く予想できてたわけではない。
  少なくとも最初に誘ったあの日には分からなかったから。
  出しなに見た天気予報でも降るとは言っていたが、朝方晴れていたのがこうも見事に降るとまでは
  予想してなかった。
「お姫様抱っこ……してくれたんだよね。 えへへ……」
  思い出すと頬が自然と緩む。 雨で冷え切った体にはより一層紅司の温もりが暖かく感じられた。
  ウチに付いて部屋に入ったところまでは出来すぎてるぐらい『こうなったら良いな』と
  思うとおりにことが運んでくれた。 でも……
「流石に何もかも思い通りとは行かないか」
  まぁ良い。 欲張りすぎて取り返しがつかなくなっては元も子もないしね。
  それに、今回は紅司に私の『女』を十分印象付ける事ができた。 

 そして翌日。 体調は良好。 昨日ずぶ濡れになっちゃったけどあの後温かくして栄養とって
  シッカリ寝たからすっかり全快。 天気も昨日の雨が嘘みたいなほど快晴でイイ気分。
  前方を見れば、お、紅司を発見。
「おっはよ〜紅司」
  私が声を掛けると振り向いた紅司はどこかまだ寝ぼけたような、不機嫌なような顔をしてた。
「あ、ああ。 おはよう」
  何となく睡眠不足っぽく見えるけど、若しかして昨日の私の事気にしてくれてるのかな。
  やっぱり未だ私の事が気になって未練を感じてくれてるってことなのかな。
「昨日はゴメンねー。 雨の中わざわざ家まで運んでもらっちゃってサ」
「其の調子だともうすっかり大丈夫みたいだな」
「ウン、昨日シッカリ寝たからバッチリ全快!」
  そして私はウインクしてVサインをして見せた。 そんな私を見て紅司はホっとしたような
  戸惑ってるような顔を見せる。
  やっぱり昨日の事気になってるみたいね。
  直後前方数メートルの所にお下げ髪の見知った背中を発見。 藤村さんだ。
  隣の紅司を見れば、何となく声をかけずらそうな顔をしてる。 隣に私がいるせいかな? ふーん……。
  私は藤村さんのもとへ駆け寄り挨拶する。
「藤村さんおはよう」
「あ、おはようございます白波さん」
  藤村さんは振り向いて挨拶を返してくれた。 そして後ろにいる紅司にも気が付いたみたいだ。
「紅司クンもおはよう」
  そして紅司も挨拶を返す。
「あぁ、おはよう」

   X    X    X    X

 一体コレはどうしたことだ? 俺は最近の身の回りの状況に少々混乱を憶えている。
  現在昼飯時。 テーブルを寄せて弁当を広げているのは俺と美嬉と……そして何故か夕子も一緒にいる。
  いや、夕子と一緒の昼メシ自体は幼馴染として小学校の頃からずっと、それこそクラスが違う時でも
  どちらかがもう片方の教室に弁当を持ってって一緒に喰ってたりした。
  だが俺が美嬉と付き合うようになってからはそう言う事はなくなっていたんだが……。
  それが何でこう言う事になっているんだ?
  既にこの状況になって数日が過ぎ、美嬉も夕子も和気藹々と食事を楽しんでいる。

「わぁ、コレとっても美味しい」
「でしょ? 紅司もコレ好きなんだ。 良かったら今度作り方教えてあげよっか?」
「本当? ありがとう白波さん」

 こんな具合である。
  万事平和で良い事な筈なんだけど、なんか胸がざわざわする。
  こんな状況が成立してるのは、美嬉が夕子の事を信頼してると言うか警戒してないと言うか
  そんな状態だからだ。 美嬉は夕子と俺の幼馴染と言う関係を完全に兄弟姉妹みたいなものだと
  信じ切っているから。
  だが、実際にはそれは大きく違っていて、夕子の俺に対する思いは完全に恋愛感情のそれだ。
  そして俺の夕子に対するものもそれに近いのだが……。
  いや、一応言っておくが二股じゃないと思うぞ。 確かに未練が無いと否定しきれないが、
  一応夕子には美嬉と別かれるつもりもないし今更付き合えんと言ってあるし、
  幼馴染以上の付き合いはしてない……筈……。

 何て言うか夕子の考えてる事が読めん。 
  そんなこんなで傍目には穏やかだが、どうにも俺の心中は落ち着かない。
  そんな風に俺たちの日常は過ぎていった。

 そして更に数日経過。
  俺の心中とは裏腹に相変らず夕子と美嬉は仲良くやっている。
  至って平和で最近では俺の考えすぎなんじゃないかと思えてきたりもするのだが……。
  そんな二人の間で最近話題に上る事が多いのはファッションとかお化粧の事。
  まぁ、女の子なんだからそう言う話題で盛り上がるのは当然と言えば当然か。
  それにしても改めて思い知らされたのは女は化ける。 昔っから言い古された言葉だが、
  改めて目の当たりにすると驚かされる。
  特に顕著だったのは夕子だ。 美嬉も当然美人で可愛いのだが元から淑やかで女らしかったのに対し、
  夕子は、まぁ可愛くはあったがお転婆で女らしさに欠けるところもあった。
  それがどうだ。 髪型、化粧、ファッション。 そうしたことを意識しだした途端驚くほど綺麗に、
  女らしくなっていく。
  そんな姿に俺は魅入られつつも同時にどこか怖さも感じる。

 そう言えば魅了の『魅』って字には『鬼』の字が入っているっけ……。

7

   X    X    X    X

「なぁ、美嬉」
「なあに、紅司クン」
  ある日の休み時間紅司クンが人目を避け囁くようにそっと話し掛けてきた。
「美嬉はさぁ今のままで別に良い訳?」
「今のままって?」
「いや、夕子のことなんだけど。 若し邪魔なら俺からあいつに言っとくけど……」
「ううん、邪魔だ何てそんなことないよ。
むしろ紅司クンを通じて白波さんとお友達になれてとっても嬉しいくらいよ。 それにね……」
「それに?」
「うん、紅司クンって一人っ子でしょ?」
「ああ、それが?」
「あのね、友達が彼氏のお姉さんや妹さんと仲良しなのチョット羨ましいな、って憧れがあったの。
  だからね紅司クンのお姉さんや妹さんじゃないけど、
  まるで姉妹みたいに仲良しな幼馴染の白波さんともお友達になれて嬉しいんだ。
  白波さんを通じて紅司クンの知らない側面を知れるのも嬉しいし」
「そうなの?」
  紅司クンは意外そうな顔で問い返してきた。
「うん。 だから今の状況とっても楽しいんだ」
「そうか。 うん、まぁお前が不満が無いならそれでいいんだ」
  そう、白波さんを通じて紅司クンと普通に付き合ってただけでは見えない色んな側面も見れて。
  お陰でとっても楽しくて充実してる。

 でも幸せで楽しいだけかと聞かれればチョット違うかも。時々思うときもある。羨ましいな、って。
  白波さんは私の知らない紅司クンを知っている。 私には無い紅司クンとの思い出を持ってる。
  幼馴染と言う、私と紅司クンとの間には無い沢山のもの……。
  そんな白波さんが羨ましくて思わず嫉妬しそうに、そして時に劣等感を感じそうになる。
  もし白波さんが紅司クンを好いていたらきっと私なんか敵わないんだろうな、って。
  でもそんな感情抱くなんて間違っているし、白波さんに申し訳ないものね。
  白波さんはあくまでも紅司クンの幼馴染。 それを証拠に私ともとても仲良く接してくれる。
  だから私は彼女の事も大好きなのだ。
  白波さんの事も含めて紅司クンとの幸せな日々を私は噛締めている。

 ある日の事、いつものように三人でお昼ご飯を食べてると白波さんが切り出してきた。
「ねぇ、隣町にあるテーマパークなんだけど、実はチケットが手に入ったから今度遊びに行かない?」
「わぁ、楽しそう」
  私が声を上げると続いて紅司クンも口を開く。
「良いね。 何時にしようか?」
「今度の日曜日なんてどう? 実は丁度其の日イベントもあるんだ」
「え? 日曜日?」
「何だ美嬉 今度の日曜だと都合が悪いのか?」
「う、うん実は用事があって……」
「そうか、じゃぁ別の日に……」
  紅司クンがそう言おうとしたのを私は慌てて遮る。
「待って。 そんな、折角其の日限りのイベントもあるみたいだから勿体無いよ」
「でも……」
「私の用事も丸一日じゃないから、用事が済み次第駆けつけるから、ね?」
  私がそう言っても未だ紅司クンは未だ決心がつかないみたい。
  私を気遣ってくれる優しさは嬉しいけど、でもそのせいで縛ったりとかしたくないから。

「ほら紅司。 藤村さんもああ言ってるんだし。 じゃぁ藤村さん、チケット渡しておくね。
  遅れても良いから出来るだけ来てね」
  そう言って白波さんは私にチケットを差し出す。
「ありがとう。なるべく早く駆けつけれる様にするから二人共気にしないで先に行って楽しんでてね」

 当日、二人と遊びたかった私は用事をほんの少しだけど早く切り上げる事が出来た。
  そして二人を見つけた私は駆け寄ろうとしたのだが思わず足が止まってしまった。
  二人の間の距離があまりにも近すぎて……。
  ううん、幼馴染なんだから、兄弟姉妹みたいな仲なんだからそんなの何もおかしくない。
  其のはずなのに……。
  私の足はまるで地面に張り付いたみたいに動いてくれなかった。
  私がまるで石像のように動く事も喋る事も出来ずにいると白波さんが紅司クンの腕に抱きつき
  腕を絡め、そして顔を近づけ……。

 私は思わず駆け出していた。 まるでその場から逃げるように。
  その時私の目には二人の距離がまるで恋人同士みたいに見えて……。
  そんなわけ無いと分かっているのに、分かっているはずなのに……。

 次の日の朝、私は憂鬱な気分で朝を迎えた。 結局昨日は二人の下へ行けなかった。
  そして、その日を境に私は白波さんに対し今までのように接する事が出来なくなってしまった。
  白波さんの様子は今までと何一つ変わりない。
  だけど、私の中の白波さんに対する気持が、意識が変わってしまったから。
  白波さんの紅司君に対する気持は本当に幼馴染としてのものだけなのだろうか。
  やっぱり白波さんも紅司君の事を異性として好きなんじゃないのだろうか。
  そんな疑いの念が浮かんでしまう。
  そんな疑いの気持ちがお腹の底で渦巻いてしまって白波さんの顔がまともに見れなかった。
  白波さんに対してだけじゃない、若しかしたら、まさか紅司クンも白波さんを……。
  若しかしたらこの二人は私が思ってるような単なる幼馴染なんかじゃ……。

 違う、そんな訳ない。 そんな風に考えるのは白波さんに対しても紅司クンに対しても失礼だ。
  そう思っても私の心は……。

 イヤでたまらなかった。 私のこの醜い気持が、疑心暗鬼が。
  こんな気持のままでは白波さんには勿論、何よりも紅司君にも顔向けする事が出来なかったから。

8

   X    X    X    X

 あの日、結局美嬉は来なかった。
  何より問題なのはその日が終わるまで其の事に俺も夕子も気付かなかった事。
  お陰で家に帰って其の事に気付いた俺は自己嫌悪に陥った。
  何か物凄く悪い事をしでかしてしまったような気分に……。
  その日からだ。 美嬉の態度がなんかよそよそしくなり始めたのは。
  俺も何だか気不味くて声をかけずらくなっちまって……。

 だが夕子の方はと言うと合いも変わらすと言った感じだ。
  ……そう、相も変わらず。
  ある意味不自然だ。
  あれだけ仲良さげにしてたと言うのに、その相手の態度が変わったと言うのに何故?
  何故そんな風に変わらずに笑っていられるんだ。

 でも其の事を夕子に聞く事も出来ず悶々とした思いが晴れぬまま時だけが過ぎていく。
  過ぎ行く時は何も解決してくれない。 いや、むしろ悪化させていってるような気すらある。

 若しこのまま行ったら俺と美嬉との関係はどうなっちまうんだろ。

 ……自然消滅? ふとそんな単語が脳裏をよぎってしまった。
  そして其の言葉に言いようの無いほどの寂しさを感じずに居られなかった。

 寂しい……? 美嬉との繋がりが消えてしまう事にそう感じると言う事は……。
  やっぱり俺にとって美嬉はそれだけ大きい存在に……。

   X    X    X    X

 私はここ数日楽しくて仕方なかった。 何故かって? それはあのコ――藤村さんがね――
  ふふっ……、アハッ、アハハハハハハハハハッ!!
  私は声に出さず心の中で高らかに笑う。

 本当長かったわ。 でも辛抱した甲斐があった。 友達の振りを続けた甲斐が。
  正直恋敵と笑顔で仲良くなんて振りだけとは言え気分の良いものではなかった。
  って言うか虫唾が走る! 良くあんな事辛抱できたものだと思う。
  でも、時間がかかったけどやっと解かってもらえた。解からせることが出来た。
  藤村さんにも、紅司にも。

 そう――私達二人の間の空間は、それは幼い頃からずっと共有し続けてきたそこには
誰も入り込む余地なんか、入り込ませたりなんかしちゃいけないんだって事を。

 そしてある日の事。
「今日、放課後良いか?」
  紅司から誘われた。
「うん、勿論OKだよ」
  私は二つ返事でOKする。
「じゃぁ放課後な」
  何だろう? コレは若しかして……告白?
  思わず頬が緩む。 未だ笑うには早すぎるかも、いやそんな事は無い。
  だってココ最近紅司が過ごす時間は藤村さんより私のほうが多いぐらいだ。
  そして藤村さんと紅司は最近よそよそしい。 そう、恋人同士とは思えないほどに……
って元々私はあの二人を恋人同士だなんて認めてなかったけどね。

 そして待ちに待った放課後。 私は紅司に連れられやって来たのはある喫茶店。
  着いた席は少し奥の他の客からは離れた場所。 人目を避けるような位置取り、神妙な表情。
  いよいよ胸の鼓動がが高まってくる。

 席につきお互い注文した飲み物も来た後紅司が口を開く。
「なぁ、どう思う? 最近のその……」
「どう、って?」
「最近の俺ってお前と会ってる時間多いよな」
「そうね、でも別に何の不思議も無いでしょ。だって私達幼馴染で誰よりも気心の知れた仲なんだから」
  私はにっこり笑顔で応える。
「でも俺には付き合ってる女の子がいる。
恋人の美嬉とよりもお前と会ってる時間が多いって不自然じゃないか?」
「見ようによっちゃそうとも言えるかもね。でも逆に考えられない?」
「逆?」
「そう、藤村さんと紅司が付き合ってる事の方が不自然だったって考えられない?
だから逆に一緒にいる時間が減ったのならそれは減るべくして減った自然な事なんじゃないの?」
「……何が言いたい?」
  心なしか紅司の声のトーンが少し下がったような気が……? まァ良っか。

 私は間を置かず口を開く。
「自然の流れに身を委ねたら?って事」
「自然な流れ?」
「そ。 藤村さんと過ごす時間が減ってるって言うのなら
それは無理して会う必要は無かったってことなのよ。
だったらこれ以上無理して会おうとせず流れに身を委ねたら?
それで終わる恋ならそこまでのものだったってことなのよ」
「そうだな……確かにこのまま流されたら終わっちまうな」
  其の言葉に私の胸は高鳴る。 そう、終わる。 でもそれは同時に始まりになる。
  私と紅司との!

 でも次に紅司が発した言葉は私の予想もしてないものだった。
「だけど俺はこのまま流されて終わりたくなんか無い。 アイツを……美嬉との繋がりを失いたく無い」

   X    X    X    X

 俺の言葉を耳にした夕子の顔に困惑の色が浮かぶ。
「え……? な、何ヨそ……れ」
  そして夕子は振り絞るように震える声で言葉を紡ごうとした。
  胸が痛い……。 分かっていた事とは言え覚悟してたとは言え。
  だけど、覚悟を決めた以上はもう後には引けない。
  思えば俺は今まで逃げていた。 夕子も美嬉もどちらも傷つけたくなくって……。
  でも俺のそんな曖昧な態度が結果美嬉を傷つけた。
  どちらかしか選べないなら、どっちかを傷つけずにさけられないなら……。
  そして俺が選んだ答え。 それは――。

 そして俺は口を開く。
「気付いたんだ。 美嬉と疎遠になって気付いたんだ。 俺はアイツを失いたくない。
その為にこの流れを断ち切る。 だから夕子。 もう……俺のクラスに来ないでくれ……。
俺に会いに来ないでくれ」
「ちょ、ちょっと待ってよ……! なんで……? なんでそうなるの……?」
「分かってるんだろ? 美嬉が俺に対し疎遠な理由。 明らかにお前を意識してってこと。
そしてそれがアイツの誤解――」
「ご、誤解って何よ?!」
  夕子は俺の言葉を遮るように口を開いた。
「俺とお前が幼馴染以上の関係じゃないかって思われてるってことだよ」
「そ、それが誤解だって言うの? 間違ってるって言うの?! 幼馴染以上の関係?!
其の通りじゃないの?! だって私は紅司の事が好き! そして紅司も私の事が好き――」
「だった、だ」
  今度は逆に俺が夕子の言葉を遮るように口を開いた。

「え……? な、何よ……『だった』って」
「言葉どおりの意味さ。 確かにお前に対して女として好意を抱いてた時もあったさ。 だけど……」
「な……何よそれ……。 わ、私のこと好きなんじゃなかったの……?」
「好き、だった……だ。今俺が好きな女の子はお前じゃないんだ。俺が好きなのは、美嬉なんだ……」
「い、意味わかんないわよ? う、嘘でしょ……? ねぇ! 嘘だって言ってよ!
「嘘じゃない。 もう、とっくに終わってたんだよ。 俺の初恋も、お前の初恋も……」
「そ、そんな……! それは勘違いだったって……!」
「確かに切っ掛けは勘違いだったさ。 でもな、もう今更どうにもならない所まできてたんだ。
俺のお前に対する気持の踏ん切りも、そして美嬉に対する気持も……だから――」
  俺は伝票を掴み立ち上がると背を向ける。そしてそのまま振り返らず口を開く。
「じゃぁな」

 そして席を立ち去ろうとする俺の背後でガラスの割れる音がした。
  其の音に反射的に振り向いた俺は言葉を呑んだ。
  見れば夕子の手にしていたグラスが割れ、そして夕子は其の割れたガラス片の中でも
一際大きな欠片を握り締めていた。 手からは真っ赤な血がぽたぽたと滴り落ちてる。
  俺は咄嗟に駆けよる。
「お、おい大丈夫か夕子――」
  言いかけた俺の言葉を遮るように夕子はガラス片を握り締めた手を突き出してきた。
  済んでのところで俺は避ける。
「ゆ、夕子……!」
  俺は夕子の顔を見て息を呑んだ。
  夕子の瞳には涙が滲み顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

「どうしてよ……。 ねぇ紅司ぃ……」
  其の様子は明らかに尋常じゃなかった。
「お、落ち着け。 兎に角其の手に持ってるのを放せ。 先ず手当てし……」
  何とかなだめようと声をかけよとするが――。
「う、うあぁぁぁぁ!!」
  夕子は益々感情的にガラス片を手にした手を振り回す。
  振り回すたびに手から鮮血が振りまかれる。
  何とか取り上げやめさせたいのだがかわすだけで精一杯だ。
  この騒ぎに店の人たちも駆けつけてきたがどうする事も出来ず脅えたように困惑してる。

 やがて腕の勢いが弱まる。この隙に取り押さえガラス片を取り上げようと近づくが――。
  次の瞬間夕子は顔をあげ、そして其の目が合った瞬間背筋が凍りつく思いがした。
  その貌は泣いてるような笑ってるような、そんな狂気じみたものだった。
  そして夕子はガラス片を握った手を静かに持ち上げ――。
  次の瞬間まるで花が咲くように夕子の首から鮮血がほとばしった。

9

「何でこんな事になっちまったんだ……」
  俺は頭を抱えながら呟いた。
  あの後、店の従業員の人達が直ぐに救急車も呼んでくれたお陰で夕子は大事には至らずにすんだ。
  とりあえず今は入院しているが、数日もすれば退院できるだろう。
  尤も退院した後も暫らくは自宅療養になるだろうが。

 そして俺はと言うとあれから丸一日経ったが、鬱とした気持のままだ。
  やはり夕子のことが気にかかる。 当然だ。 何だかんだ言ってもあいつは俺の幼馴染だ。
  それがあんな風に怪我を負って入院して、気にならないわけが無い。
  だからと言ってどうする? あいつの望むように付き合ってやればいいのか?
  違う。 そんなことしてもそれは一時的なその場しのぎにしか過ぎない。
  それでもアイツはそれで満足してくれるだろう。
  だが、其の選択肢を選ぶと言う事はすなわち美嬉との別れを――。
  出来ない!!
  やっぱり駄目だ。 夕子のことは確かに心配だが、それでも今の俺にとって一番大切なのは美嬉だ。
  もう決めよう……。 今度こそ本当に覚悟を。

   X    X    X    X

 あの日、紅司クンと白波さんの間に幼馴染以上の感情があるのではないかという疑念が沸いて以来
私は白波さんは勿論、紅司クンにもまともに視線を合わせることも話すことも出来ずにいた。
  苦しかった。 寂しかった。
  本当は会って話したい気持で一杯だけど、でも出来なかった。
  疑念の気持を抱いたまま会うのが、話すのが怖かったから……。
  そして私は紅司クンを避け続けてた。

 そんな鬱とした気持のまま過ごす日々のある日の学校の休み時間。
「美嬉!」
「こ、紅司クン……?」
  私は紅司クンに呼び止められた。
「話があるんだ……」
  紅司クンは何時になく真剣な面持ちだった。
「ごめんなさい。 今、用事があるから……」
  でも私はそう応えその場を立ち去ろうとした。
  其の真剣な面持ちの口から語られるのが別れ話なのではと思うと怖くて。
  だけどそんな私の腕を掴み紅司クンは言葉を続けた。
「大事な話なんだ。 一緒に来てくれ」
「え……? ちょ、ちょっと待っ……」
  そして私は戸惑いを隠せないまま紅司クンに手を引かれ多少強引とも言える形で連れて行かれた。

 紅司クンに手を引かれ私が連れて来れれた場所。 それは屋上だった。
  屋上に付くと紅司クンは振り返り私の顔を真っ直ぐに見つめた。
  其の真剣な眼差しに私は思わず気圧されながら口を開く。
「紅司クン? あ、あの私……」
  そんな戸惑いを隠せずにいる私に向かい紅司クンは意を決したように口を開いた。
「美嬉、お前に話しておかなければいけない事があるんだ。 沢山有るけど、
だが一番大事なことから伝えるぞ。
俺にとって誰よりも一番大事なのはお前なんだ、美嬉」

 其の言葉に私は今までの不安を拭い去ってくれる想いと、そして安堵感を感じ……。
  でも直後正反対の気持が沸き起こる。
  紅司クンと白波さんの親しげに話していた姿が脳裏に浮かんでしまい……。
「紅司クン……。 嘘……言わなくったっていいよ。
紅司クンにとってお似合いなのは私じゃないって解ってるから……」
  そんな弱気な気持が気持とは裏腹な言葉を紡いでしまった。
「夕子のことを言ってるのか?」
  そして紅司クンの口から出てきた言葉は私の不安な気持を見透かしてるようなものだった。
  私が其の言葉に視線をそらしたまま頷くと紅司クンは私の肩を掴み正面から見据え言葉を続けた。
「やっぱり誤解してたか。 いや、まるっきり誤解って訳でもないが……。
確かにお前が思ってるように俺の夕子に対して抱いてた想いはお前が思ってた通り、だった。
幼馴染としてじゃなくて女として好き、だった。 でもそれらの気持は全部過去形だ。
今、俺が好きなのは……、いや今だけじゃなくこれから先も俺が好きな女はお前なんだ。
もう一度言うぞ。 俺が今、一番好きなのはお前だけだ!
この気持だけは偽り無い本当の気持なんだ! お前を失いたくないんだ!」

 涙が溢れ出してきた。
  紅司クンがこんなにも私の事を思っててくれたことに対する嬉しさ。
  それなのに私は信じてあげられず、それどころか勝手に疑って避けていた事に対する申し訳なさ。
  そんな気持で胸が一杯になってこみ上げる想いが涙を溢れさせていた。
「ほ、本当に私でいいの? 白波さんじゃなくて私なんかで……?
わ、私、紅司クンのこと信じ切れず、勝手に疑って避けてたのに……」
  私がそう言うと紅司クンは私の涙をそっと拭い優しく微笑んでくれた。
「気にしてないよ。って言うより疑われるような俺にも否があった。 済まなかった。
辛い想い抱かせてしまって……」
  紅司クンの言葉に私は首を振った。
「ううん。 謝らなきゃいけないのは私のほうなのに……」
「ありがとう。 これから先も俺の恋人で――一番大切な人でいてくれるか?」
  優しい声で語りかけてくる紅司クンに私は想いの全てを込めて言葉を紡ぐ。

「ハイ。 私のほうこそコレから先も、ずっと、ずっと……、一緒にいてください!」

   X    X    X    X

 何でよ。 どうしてよ。 どうしてこんなことになっちゃったのよ。
  私と紅司は幼馴染で誰よりも深い仲で、しかも相思相愛同士だったのよ?!
  なのに何でこんな事になっちゃったのよぉ……!
  おかしいよ。 間違ってるよ……。
  そうよ、私を選ばないなんて紅司は間違ってる。

 どす黒い感情がお腹の底から沸き起こり心を塗りつぶしていく。

 私じゃなくて藤村さんを……藤村を選ぶだなんて紅司は間違ってる!
  藤村が、あの女が紅司に間違いを犯させた。
  許せない……! 私にこんな思いをさせた紅司もあの女も絶対に許せない!
  絶対……絶対に許さないんだから!!

 だから……二人には……報いを……

 受けさせてやる!

 

 離れた場所に二人で話をしている紅司と藤村の背中を見つめながら私は鞄に手を突っ込んだ。
  そして取り出すは一振りのナイフ。

(死ね……! 死ね……!! 死ね……!! 死ね……!!! 死んでしまえ!!!!
私を裏切った紅司も! 私から紅司を奪ったあの女も!! 二人とも死んでしまえ!!!)

 怒りと憎しみと妬みで胸のうちを支配されてた私は其の行動に疑問を抱く余地など無かった。
  そして私の存在に気付かぬ二人に向かって私は真っ直ぐ進む。
  二人揃ってでも、どちらか片方でも構わない。
  この手で引導を渡してやる!
  もう、ただ二人が一緒にいるそれだけで私の心は掻き乱され許せない思いだけで一杯だった。
  このナイフをあの二人に突き立てる、それしか私の頭に無かった。
  そしてあと数歩で二人にナイフが届く――、そう思ったときだった。

「何やってるんだ白波!」
  私は腕を掴む強い力と其の声に妨げられてしまった。
  其の掴んできた手と声の主は――
「先……輩……?」
  かって一時だけ――そう、紅司を忘れたいが為だけに偽りの交際をしてた相手――。

「こんな物持って! 白波! 一体何をするつもりだったんだ?!」
「何を……ですって? そんなの決まってるじゃないですか……。報いを受けさせてやるんですよ。
紅司に私を裏切った事に対する――、そしてあの女に私から紅司を奪った事に対する!!!」
「バカヤロウ!! 本気で言ってるのか?!」
「えぇ、本気ですよ。 冗談でこんなこと言えるわけないじゃないですか。 だから退いて下さい。
退いてくれないなら先輩も……」
「俺も刺すって言うのか? いいぜ……」
  次の瞬間、先輩は私の手首を掴むと自分の方に向け……。
「せ、先輩何するんですか?!」
  先輩は私の手に握られたナイフをそのまま自分の腕に突き刺したのだった。
  手に伝わってくる肉を切り裂いた感触が、伝って流れてくる血の生温い温度に私は……。
「目を反らすな白波! コレがお前がしようとしてた事なんだぞ?!
こんな事をお前はしようとしてたんだぞ?! 分かっているのか?!」
  先輩の言葉が胸に突き刺さる。 ナイフから滴る血は私の手にも伝ってきて――。

「う、うわああぁぁぁぁぁ……………!」
  途端に恐ろしさが込み上げてくる。 人を傷つけてしまったと言う事の怖さ、
取り返しのつかないことをしてしまったという罪悪感――。
  指先から力が抜けナイフから手が離れると真っ赤に染まった掌が目に飛び込む。
  血塗られた掌に私はその場に崩れ落ちそうになり――。
「白波?! おい?! 大丈夫か白波?!」
  ――そんな崩れ落ちそうになった私の体を支えてくれたのは先輩の腕だった。

 

「ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……」
「いや、俺の方こそ色々済まなかった……」
  あの後泣き崩れる私は先輩に連れられその場を離れ、そして先輩の腕の手当てもして今に到ってる。
「先輩……、腕の方は……」
「あぁ……もう血も止まってるし、ちゃんと指も動くし神経とかも大丈夫みたいだ」
  先輩の言葉に私は胸をなでおろした。 そしてホッとするとまた涙が溢れてきた。
  そんな私の涙を先輩は拭ってくれて心配そうに覗き込んできた。
  私を案じ顔を真っ直ぐに見つめてくる先輩の眼差しに私の荒んでた心は癒される思いだった。

「先輩……どうして、その、私なんかのためにココまでしてくれたんですか?」
  私がそう訊くと先輩は一瞬困惑したような表情を見せ、そして僅かに視線をそらし口を開く。
「その……お前の事が、まだ……好き、だから……」
「え……? そ、そんな……。 だ、だって私……」
  私は紅司を忘れられなくて、それが辛くて紛らわせたいと言う身勝手な思いで
その気も無いのに先輩と付き合った振りしてて……。
  それで先輩を傷つけたのに……。
「あ、別にまた付き合ってくれとかそんな事は言わないから……。お前が吉田を諦められない事は、
惚れた相手を諦められない事ぐらい、そんな事この俺が誰よりよく知ってるから……。
でもな、振り向いてくれないからってそれでどうでもいいわけじゃないんだ。
例え振り向いてくれなくっても、報われない片思いでも、
それでも好きな相手が過ちを犯すのをみすみす黙ってなんて見てられなかったから……」
  其の言葉に再び涙が溢れ出してきた。
  先輩の気持に比べて私の紅司に対する気持の身勝手さに対し恥かしさがこみ上げてきた。
  気付けば私は先輩の胸に顔を埋め泣いていたのだった。

 

 ――あれから数ヵ月――
  とある休日の昼間。

「おまたせっ、先輩」
「いや、俺も少し前に来たばかりだから。 じゃぁ行こうか」

 あれから気付けば私と先輩はこうして過ごす機会が増えていた。
  これが恋愛感情なのか、と問われるとやっぱり違う気がする。
  失恋の傷も多少は癒えたけど、でもやっぱり未だ紅司に告げられた事が辛くて諦め切れなくて、
結局それを紛らわす為先輩を利用してるだけかもしれない。
  それが申し訳なくて先輩にそう伝えたりもした。
  それでも先輩は微笑んでくれた。
『それでお前の気持が紛れるなら幾らでも利用してくれればいい』と言ってくれた。
  そんな先輩の優しさに縋ってる自分が卑怯だと自己嫌悪に陥ったりもしたけど……、
それでも先輩は変わらない優しい笑顔を向けてくれた。
 
  そして、最近気付いた事が一つある。
  それは先輩の――

 このひとの笑顔が前よりも好きになってた事だった――。

END

2007/07/18 完結

 

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