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もし、神様がいるのなら……。

本編
外伝 『星を見てれば』


星を見てれば

「この人がこれから純也の母親になってくれる人だ」
僕が小学5年生になってすぐ、お父さんが女の人を家に連れてきた。
「はじめまして、純也くん」
女の人がにこやかな笑顔で僕に挨拶する。
「ホラ、純也も挨拶しなさい」
「……はじめまして」
お父さんが少し怒ったような口調で言うから仕方なく僕も挨拶した。
僕には本当のお母さんがいない。僕が小さいころに離婚しちゃったから。
だから、僕は本当のお母さんの事をあまりよく知らない。
でも、やっぱりお母さんはお母さんだ。この人をお母さんとは思えない。
僕がしばらくブスッとしていると、その女の人の後ろに誰かいる事に気付いた。
「あらっ、この娘が気になるの?ふふふ」
「ああ、その娘の名前は茜。今日から純也の妹になるんだぞ」
妹……。僕に?
嬉しいけど少し恥ずかしい。今までずっと一人だったから
僕が少し照れている間に女の人が茜ちゃんの方に振り向き何やら手を動かしている。
何してるんだろう?
女の人が手を動かし終わると、茜ちゃんが僕の前にでてきておじぎをした。
そしてすぐに女の人の後ろに隠れてしまった。
??何?新手のギャグ?
僕が少し混乱していると
「ごめんなさいねぇ。この娘は少し恥ずかしがりやさんだから」
女の人がその娘の事を説明してくれた。
そうか、少し恥ずかしがりやか。でも少しじゃない気が……。
「純也。実はな、その娘は耳が聞こえないんだ。だからなうまく喋れないんだ」
耳が聞こえないのか……。何かかわいそうだなぁ。
でも、耳が聞こえないと何でうまく喋れないの?
耳と口は別だよ?
僕が少し不思議そうな顔をしているとお父さんもそれを感じとったのか理由を説明してくれた。
「純也が喋るとき自分の声が聞こえるだろう?だけど耳が聞こえないと自分の声すらも聞こえないんだ。
すると純也ならどうなると思う?」

 

そうか、自分の声も聞こえないのか。とすると
「自分が何を喋っているか分からなくなる。……あっ、そうか」
なるほどね〜。そういう事か。
僕が分かったような顔をしていると
ポンと、頭の上に手が置かれる。これはお父さんの癖で何時でも何処でもやってくる。
まぁ、嫌じゃないけどね。
でも、人前でやるな!恥ずかしい!!
僕はお父さんの手を払い除けた。
一瞬頭が軽くなるが再びお父さんが手を乗っけてきた。
僕はお父さんの手を払い除ける。
お父さんが手を乗っける。
僕はお父さんの手を払い除ける。
お父さんが手を乗っける。
……………。

こんなやりとりが数回続いた。
何だかおかしくなって、いつのまにか僕は笑っていた。見上げるとお父さんも笑っている。
あの人も笑っている。
茜ちゃんも笑っている

しばらく四人の笑い声が玄関をつつんでいた。

僕が俺に変わってどのくらいたっただろう?
俺が中2、茜が中1の時親父が急死した。
親父は会社で急に倒れ、急いで病院に運ばれたらしいが間に合わず息を引き取ったらしい。
授業中に芳恵さん(あの人の名前。すごく優しい人だけど、"母さん"と呼ぶのにはまだ抵抗があった)から
電話があり俺はその事を知った。
最初は冗談だと思った。それでも芳恵さんが泣きながら話してくるから信じざるを得なかった。
何かドラマの主役みたいだな。当時は本気でそう思った。
きっと心の奥底では信じてなかったんだと思う。だって今朝、あんなに元気だったんだぜ?

 

俺と茜が病院に着く頃には親戚もチラホラと集まり始めていた。
その内の一人。俺の従兄弟から病室を聞き出すと、俺と茜は急いで親父の元に向かった。

病室では親父が眠っていた。眠っているようにしか見えなかった。
そっと親父の頬に手を触れてみる。
冷たい。親父の体から体温を感じる事ができなかった。

親父は死んだんだ。
この時初めて親父の死を認識した。

俺と茜が病院に着く頃には親戚もチラホラと集まり始めていた。
その内の一人。俺の従兄弟から病室を聞き出す。
俺と茜は急いで親父の元に向かった。

病室では親父が眠っていた。眠っているようにしか見えなかった。
そっと親父の頬に手を触れてみる。
冷たい。親父の体から体温を感じる事ができなかった。

親父は死んだんだ。
初めて親父の死を認識した。

 

 

葬式の席、俺に悲しんでいる暇はなかった。
芳恵さんもそうだが、何より茜がありえないほど気が動転していて慰めるだけで精一杯だったからだ。
茜は親父に本当によくなついていた。俺とは違い茜は本当のだとか義理だとか関係なく
親父を父親として見れていた。
それは俺にはできなかった事。
そんな茜が少し羨ましかった。

……俺は芳恵さんが死んだ時あれほど悲しめるだろうか?
……いや、無理だ。俺はまだ芳恵さんの事を"母さん"とよべてない。
まだ、義理と言う言葉にこだわっているから……。

 

葬式も終わり、人も減った。
俺はボンヤリと来賓席に座り空をあおいでいた。
空には無数の星が散らばっていた。
そう言えば俺が子供の頃、親父がよく言ってたな。人は死んだら夜空の星になるって……。
なぁ、親父はどれだい?

トントン。
俺の空想を吹き飛ばし、現実へと連れ戻す手が俺の肩を叩いた。
振り向くと化粧の濃い、葬式の場には不釣り合いな格好をしたオバハンが立っていた。
「もしかして、純也?」
「ハァ、そうですけど。あなたは誰ですか?」

 

「あ、そうか。あなたは私の事を知らなかったのね?実は私があなたの母親なのよ。
いや〜、嬉しいわあなたに会えて」
俺の母親を名乗る女はひどく楽しそうに話しかけてくる。
何だコイツ?キャッキャキャッキャはしゃぎやがって。人が死んだんだぞ?俺の親父が死んだんだぞ?
俺はキッと母親を睨んだ。
「あ、明後日予定あいてるかしら?あいてる?そう、じゃ一緒に食事しましょう。
駅前のダ・ヴィンチで待ってるわ。それじゃ私行くから明後日会いましょう。時間は6時ね」
俺の事を無視して、言いたい事だけ言うと母親はサッサとどこかに行ってしまった。

 

それから2日後、俺と母親はレストランで食事を取っていた。
「どう?学校は楽しい?」
俺がスパゲティを食べていると母親が尋ねてきた。
「えぇ、楽しいですよ」
「そう、それは良かった。あの男にあなたを任せてからは心配で心配で」
あの男って親父のことか?
自分の顔が引きつっていくのがはっきりと分かる。
この人は何様のつもりだ?あんたは一度も俺に会いに来てくれなかっただろ!?
そんな俺の思惑もおかまいなしに母親は次々と言葉を紡ぐ。
「聞いてくれる?あの男ってヒドイのよ。酒は浴びるように飲むし、金つがいもあらい。それにね……」
これ以上は耐えられなかった。
「すいません。ちょっとトイレに行ってきます」
俺は少し強引に席をたつ。母親が何か言っているが全てききながした。
そして、俺はトイレに行くと見せかけてそのまま出口へと向かった。
出口の前。俺は一度母親の方を振り返る。
母親は夢中で携帯でメールをしていた。
……もう会うこともないだろう。だけど未練はなかった。

 

満面の星空の下、俺は家へと歩を進めていた。
ふと家の近くの公園に立ち寄り、ボンヤリと空をあおぎながら今日の出来事を考えていた。
……なぁ母さん、親父はあんたの悪口を一度も言わなかったよ。

 

家に着くと茜が出迎えてくれた。
俺が母親の元に行ってしまうんじゃないかと本気で心配していたらしい。
可愛いいやつだ。
俺は茜の頭をポンと叩くと芳恵さんの方へ向かった。
居間を抜けた台所に芳恵さんはいた。
芳恵さんは俺に気付き少しぎこちない笑顔を向けてくる。
芳恵さんまで俺が母親の元に行ってしまうと思ってたみたいだ。
やっぱり親子なんだな。ははは、何か少しおかしい。
俺は笑いをこらえゆっくりと口を開けた。
「今までありがとう」
そして………

「これからもよろしく。母さん」

2006/04/15 完結

 

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