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もし、神様がいるのなら……。

本編
外伝 『星を見てれば』


1

妖精がそこにいた。

全校応援で無理矢理行かされたサッカーインターハイ県予選決勝。

ピッチ内で行われる激闘。ゆれるスタンド。
きっと、私以外の生徒は声の限りに応援しているのだろう。

私は耳が聞こえない。
全ては私の想像である。

しかし、今はこれでいい。

雑音が聞こえないおかげで私は彼に集中できる。

音のない世界では、彼の優雅なドリブルも、創造成豊かなパスも、
そして何より、彼の心底楽しそうな顔も私だけのもののような気がした。

どうやら、私は妖精に心を奪われてしまったらしい。

 

翌日、私は彼について徹底的に調べあげた。(とは言っても、
彼は有名人でほとんど調べあげる必要はなかったのだが)
彼の名前は、兵藤 純也。3月14日生まれの17歳。右利きで血液型はO。
母と妹との3人暮らしで、いわゆる母子家庭。
しかし、彼と母、妹とは血がつながっていない。
それでも、父の死後、本当の息子のように育ててくれた母に彼は感謝していて、
いつか、恩返しをしたいと考えているらしい。
そして、何より私を驚かせたのは彼の妹。
彼女(名前は茜)は、私と同じで耳が聞こえない。
それで、彼は妹との会話のために手話をマスターしている。
つまり、私と直接、会話ができるのだ。

何て偶然……。
偶然?本当に?
いや、違う。これは運命だ。

きっと彼は、神様が私の耳の代わりにくれたモノなのよ!!!

……ふふふ、あはははは。
なぁ〜んだ、神様、そういう事だったのね?

今まであなたを怨んでごめんなさいね、そして、ありがとう。

私は彼と幸せになります。

次の日から私は行動を開始した。

まず、朝一に学校へ登校し、純也くんの下駄箱の確認。
……やっぱりあった。
しかも二通も……。

まぁ、純也くんはかっこいいからね。この位は想像してたよ。
だけどね、純也くん。そういうトコの管理はしっかりしなくちゃ。
変な雌猫を近付かせちゃダメ。勘違いされちゃうよ?
私は下駄箱にあったそれををバッグの中にいれた。
後で名前を確認しなくちゃ。
悪い猫にはしつけが必要だからね、ふふふ。

下駄箱を出た私は校門へと向かう。純也くんを見張りに。
言っておくけど、私はストーカーじゃないよ?

例えばね、自分のリンゴにハエがたかってたら、みんな追い払うでしょ?
私がしてるのも同じ。

だって純也くんは私のモノなんだから。

それから十分くらいたった後、純也くんは登校してきた。
あ〜純也くん純也くん純也くん純也くん、私の純也くん。

純也くんは笑顔だった。
その笑顔を見て、私の胸に淡くて、熱いものがこみあげてくるのを感じた。
しかし、すぐに私の熱は真っ黒な炎へと変貌していく。

誰?あの女。

女が私の純也くんにピッタリとはりついてい歩いている。弾けるような笑みを浮かべながら……。

何、あの女?一体誰の許可を取ってそこにいるわけ?
純也くんは私のモノなんだよ?

殺意が爆発する寸前、幸いにも疑問は氷解した。
二人がしきりに手を動かしていたからだ。

ふーん、手話……ね。

そう、彼女が茜、ちゃんか………。

2

神様はわたしに少しイジワルだ。

神様はわたしに耳をくれなかった。
神様はわたしに父親もくれなかった。

そして、神様は初めてできたお父さんも奪っていった。

わたしは何も悪い事はしてないよ?それに、これからも絶対にしない。
だから神様、これ以上私から何もとらないで。
お願い、だから……。

 

いつものように、お兄ちゃんと学校へ向かう。
道中、お兄ちゃんはいつになく上機嫌だった。
……無理もない。ついに念願の全国への切符を手にいれたのだから。
お兄ちゃんはサッカーがとても上手い。年代別代表の常連だ。
だけど、お兄ちゃんは一度も全国大会に出場したことがない。わたし達の高校が弱すぎるから……。

お兄ちゃんならもっと強い高校に行っても活躍できるのに……。
現に、お兄ちゃんには中学卒業時、たくさんの高校やクラブユースから誘いがきた。
だけど、お兄ちゃんは全ての誘いを断り、この高校に進学した。
……理由は分かっている。それは……わたしだ。
わたしは生まれつき耳に障害があり、ほとんど耳が聞こえない。
そんなわたしを受け入れてくれる高校は少なく、近場でとなるとここしかない。
お兄ちゃんは、翌年のわたしの入学にそなえてくれたのだ。

でも、お兄ちゃんはこの高校に進学したのはわたしのせいじゃないと言う。
もともと、俺はこの高校に行きたかったんだ、と。

嘘……。
わたしは知っている。
お正月の高校サッカー選手権を家で見ている時のお兄ちゃんの寂しそうな目を……。

……思えば、お兄ちゃんはいつもわたしのために動いてくれた。
耳のせいでイジメられるわたしをいつも助けてくれたし、わたしに内緒で手話を勉強してくれた。
あの時は最高に嬉しかったなぁ〜。
それに今だって、わたしの側にいるために、サッカーの練習時間を減らしてくれている。

 

もう、わたしはお兄ちゃんを兄として見れないよ……。
だって、お兄ちゃん優しすぎるんだもん。

3

今日は体育館で全校集会がある。
お兄ちゃん達サッカー部の表彰。
いつもわたしは、集会には出ないで保険室にいるんだけど、今日はお兄ちゃんの表彰だから……。

お兄ちゃん達サッカー部が壇上に上がっていく。
ふふふっ、お兄ちゃん珍しく緊張してる。かわいい。

そして、キャプテンと副キャプテンに、それぞれ優勝トロフィーと賞状が手渡された後、
お兄ちゃんが校長先生の前に立つ。
チームの表彰ではなく、お兄ちゃん個人の、すなわち、最優秀選手賞と大会得点王の表彰。
周りがザワつくのが分かる。
きっと、お兄ちゃんの個人賞を発表したのだろう。
全校の視線がお兄ちゃんに集中している。
女生徒の何人かはうっとりとした表情を浮かべながら……。

お兄ちゃんをそんな顔して見ないで!!!!
わたしの胸が急に熱くなる。
分かっている。この感情は嫉妬だ。

分かっている。お兄ちゃんはわたしの恋人ではない。

分かっている。お兄ちゃんはわたしを妹としてしか見ていない。

だけど、だけど!!
やっぱりそんな顔してお兄ちゃんを見てほしくない。
だって、だってわたしは、お兄ちゃんの事が大好きだから……。

わたしの目からは、なぜか大粒の涙があふれていた。

 

全校集会が終わり、その日の日程を全て消化した後、わたしはお兄ちゃんと一緒に帰る。
お兄ちゃんは、わたしのために朝練は全て休み、放課後の練習は月、水、金曜日だけ参加している。
そして今日は火曜日。

帰りの電車の中、お兄ちゃんはやけにニヤニヤしていた。
どこでかぎつけたか、わたしが全校集会で泣いた事を知っているらしい。

あの時……。
わたしは恐ろしい事を想像をしてしまった。
すなわち、お兄ちゃんがわたし以外の女の子と恋人になっているところ……。

悲しかった。お父さんが死んだ時よりも。

寂しかった。子供のころ一人でお留守番してた時よりも。

そして、悔しかった。隣にいるのがわたしではないことが……。

……まずい、また泣きそう。

わたしは下を向いて、必死に泣くのを我慢する。

ふと、頭の上にあたたかい感触。
……お兄ちゃんの手だ。

お兄ちゃんは、子供の時からわたしが泣きそうになると、わたしの頭をなでてくれた。

わたしは吸い込まれるようにお兄ちゃんの胸に飛込む。
すぐに胸いっぱいにお兄ちゃんの匂いが広がり、気持ちが落ち着いてきた。
少し冷静になり、お兄ちゃんを見上げる。
お兄ちゃんは困った顔をしていた。

ここは電車の中だもん。困るよね?
でも、やめてあげないよ。
わたしを泣かせたのはお兄ちゃんなんだから。

ところで、こうやって抱きついていると、わたし達は恋人同士に見えるのかな?
わたしはふと考える。

恋人同士、か。
いっそこの場で、わたしの気持ちを告白しようか。
……いや、無理だ。
わたしにそんな勇気はない。
そして何より、今の状態をくずしたくなかったから。
結局、わたしはわたし達の駅につくまで、お兄ちゃんに抱きついていた。

 

 

 

それにしても、想像しただけでこんな気持ちになっちゃうなんて……。
もし、本当にお兄ちゃんに恋人が出来たら……………わたしはどうなっちゃうんだろう?

4

私は一人おしおきを開始する。
だってあいつらは私の純也くんに手を出そうとしたんだもん。これは私の当然の権利よね?

一人目をパスした後(一人目は友達だったので、特別に階段からつきおとすだけで許してあげた)、
二人目にとりかかる。

とは言ってもおしおきはとても簡単だ。人通りの少ない交差点で、
信号まちしているターゲットの背中を押してあげるだけ。
そして、運よく丁度ターゲットは信号まち。
私は周りをよく確認する。……よし、誰もいない。
私は静かにターゲットの背後に近付く。
あっ、ターゲットも私に気付いたみたい。
でも、惜しかったね〜。もう少し早く気付けたら助かったのに。
私はターゲットを優しく押してあげた。
ターゲットは驚いた顔で私をみる。私は最高の笑顔でターゲットを見送る。
ターゲットはトラックの車輪に巻き込まれた。
腕や足が有り得ない方向に曲がる。
あはは、まるで人形みたい。
すぐに血が噴水みたいに吹き出し私の顔を汚したが、気にならない。
それほど私は目の前の光景に夢中なのだ。

うあ、今手首が飛んだ。

あ〜あ、ぐちゃぐちゃ。もう助からないだろうなぁ。
まっ、顔見られちゃったし、死んでくれた方が私にとっては都合いいんだけどね。

さて、おしおきも終わったし、家に帰ろ。

私は、かえり血もぬぐわずにその場を後にする。続々とあつまる野次馬に横目に見られながら。

5

私は家に着くとすぐに部屋にこもり、おもむろに電気をつける。
すぐに眼前に広がる、部屋1面にはりつけられた純也くんの写真。

ふふふ、ただいま純也くん。

 

昨日の試合後、私は部屋に着くなりインターネットで兵藤純也を調べた。
キーワードを入力し、検索ボタンをクリックする。
すぐにたくさんのヒットが見つかる。その中には大量の画像もあり私はその全てを印刷し、
部屋中にはりつけておいたのだ。

 

たくさんの純也くんに見つめられ、私は幸せな気分になる。
昨日、頑張ってよかった。
私は自分で自分を誉め称えた。

 

……そうだ。
私はある事を思い付き、急いでパソコンの電源を入れ、インターネット回線を繋ぐ。

キーワード入力……

兵藤純也 高山円香

検索ボタンをクリック。
……ヒット件数は……ゼロ、か。
まぁ、しょうがないか。今はね。
でも、すぐにこの二つのキーワードでたくさんヒットするようになるんだよなぁ。
あっ、でも、その時私は「高山円香」じゃなくて、「兵藤円香」か。
兵藤円香……、なんて素敵な響きなのだろう。
私はしばらく幸せな妄想に入り浸っていた。

6

"大丈夫、わたし、一人で帰れる"

昼休み、送ってくと言ってくれたお兄ちゃんの申し出を断る。
昨日、わたし達の学校の生徒がいきなり交差点に飛び出し、トラックにひかれて亡くなった。
それで、お兄ちゃんは急に心配になったらしい。
わたしは耳が聞こえないから車のクラクションも聞こえないだろうって。

お兄ちゃんのこころ使いはすごく嬉しい。
大切にされてるって感じる。

でも、わたしはそこまで子供じゃないし、何より今日はお兄ちゃんにとっては数少ない練習日……
そこまで迷惑かけられない。

授業を終え、帰り支度をすませたわたしは一人校舎を出る。
グラウンドではお兄ちゃん達サッカー部が練習をしていた。

……たまには、いいかな。
わたしはお兄ちゃんの練習を見学していく事にした。

 

………やっぱりお兄ちゃんはすごい!!!
わたしは普段サッカーを見ない素人だけど、お兄ちゃんのプレーが明らかに際立っている事は分かる。
誰よりも柔らかいトラップ、まるでダンスのステップをきざむような華麗なドリブルは誰も止められない。
そして、次元を支配したかのような絶妙なパス。

 

かっこいい……。
いつもは見せない真剣な表情にわたしの胸はときめく。

わたしは結局、練習終了までお兄ちゃんに見とれていた。

わたしは練習の終わったお兄ちゃんに近付き、肩をたたく。

お兄ちゃんは驚いた顔でこっちを見て、すぐに話しかけてくる。

"茜、まだ、いたのか"

お兄ちゃんの問いかけにわたしは笑顔を返事代わりにする。

すると、お兄ちゃんも笑って
"そうか、すぐ着替える。待っててくれ"
と言い残し部室へと入っていった。

 

お兄ちゃんが着替えている少しの間、わたしに冷たい視線(主に女子の)が集中する。

 

しばらくしてお兄ちゃんが部室から出てくると、わたしは
周りの女子に見せつけるようにお兄ちゃんと腕を組む。
お兄ちゃんは一瞬困ったような顔をしたが、すぐに、いつものこと、とあきらめそのまま歩きだした。

えへへ、妹の特権。 こうすると恋人同士に見えるでしょ?

 

どう?お兄ちゃんにこんなことしていいのは、わたしだけなんだよ?うらやましい?
わたしは、周りの女子に対して大きな優越感を感じていた。

 

 

結局、わたしは家まで腕をはなさなかった。

7

何?あの子?

練習の終わった純也くんにタオルを届けようとした私より先に、一人の女の子が近付いていく。
恐らく、茜ちゃんだろう。

純也くんと茜ちゃんは一言二言手話で会話すると、茜ちゃんを残して純也くんは部室へと入っていく。

ギュッと唇をかむ。
何で茜ちゃんがそこにいるのよ!!
そこは私の場所でしょ!!!!!!
私は、遠くから茜ちゃんを睨んでいた。

しばらくして、純也くんが部室から出てくると、あろうことか茜ちゃんは純也くんと腕をくんだ。

 

あの女ぁぁ!!!!
強くかみすぎた唇は血が吹き出し、口中に鉄臭い血の味が広がったが、たいして気にならなかった。

それほど、私の心は黒い嫉妬の濁流にのみこまれていた。

 

 

あ〜、いいお湯。
お風呂の湯かげんはベストの状態で、あまりの気持ちよさに、今日あった嫌な事も、
全て私の体から出ていくような気がした。

 

――あの後。
私は、無意識に彼等を尾行していた。
何故尾行なんてしたのだろう?
そもそも、純也くん達を尾行するメリットはゼロだ。純也くんの家の場所などとうに知っている。
しかし、その一見無意味な尾行のおかげで私は大きな収穫を得ることができた。

すなわち、純也くんの家の鍵のありかが判明したのだ。

 

純也くんの家は母子家庭で、昼間母親は仕事で家にいない。
そして、純也くんと茜ちゃんも学校があるので家にいない。

つまり、昼間純也くんの家は確実に留守状態なのだ。

 

 

ふふふ、茜ちゃんには感謝しないとね。
私はお風呂のなかで包帯の巻かれた右手を見上げる。

 

純也くん家の鍵のありかが分かり、浮かれ気分で家に着いた私は、
思わずにやけそうになる顔を必死で抑えて、部屋にいそいそと入っていった。

ベッドに座り、
これからは、いつでも純也くんの家にお邪魔できるのね。なんて素敵な事なんだろう……。
みたいな事をうっとりと考えていると……。

痛っ!!
急に右手に痛みが走る。
慌てて右手を見ると、いたる所から血がにじみ出ていた。

考えて見ると、道中ずっと腕をくんだままだった茜ちゃんに対する怒りを静めるために、
ずっと爪を立てた手を握り続けていたのだ。
(左手は握力が足りなかったのか、かろうじて血はでていなかった)

その後、私は急いで右手の治療をした。
包帯は少しやりずぎかな?とも思ったけど、私のからだはもう私一人のモノではないので、
一応大事をとった。

 

しかし、いずれにしても茜ちゃんにはおしおきしなくちゃ。
茜ちゃんに感謝してるけど、これとそれとは話は別。

……でも、あまりヒドい事はしたくない。
もうすぐ私の妹になるわけだし、何より純也くんの悲しむ顔が見たくないから……。

まぁ、ひとまず純也くんが誰のモノかを分からせてあげる事からはじめよう。

私はお風呂のなかで作戦をねりはじめた。

 

あまりに長い時間、お風呂のなかでねり続けたためのぼせてしまったのは、また別の話。

8

"茜、最近、俺の部屋に入った?"

……え?
あの日、お兄ちゃんと腕をくんで帰ってから二日後の朝、いきなりお兄ちゃんがわたしに尋ねてきた。
何か少し怒った感じ……。
どうしたんだろう?

わたしはひとまずお兄ちゃんの質問に答える。
"入って、ないよ"
わたしには以前、お兄ちゃんの部屋に勝手に入り、お兄ちゃんが大事にしてた
日本代表の加地のユニフォームを破いてしまい小一時間泣きながら説教された苦すぎる思い出がある。
それ以来、わたしはお兄ちゃんの許可なしでお兄ちゃんの部屋に入った事はない。

 

その話はおいといて、お兄ちゃんの少し怒った感じの態度が気になったわたしは、逆に質問してみた。
"どうか、したの?"
お兄ちゃんは少し怪訝な顔をしたが、すぐにフッと笑い、
"いや、何でもない。きっと、気のせいだ"
と答えた。
その顔からは怒りの色はすっかり消え、もう、いつもの優しいお兄ちゃんに戻っていた。

 

支度をととのえ、普段通り、わたしはお兄ちゃんと一緒に学校へ向かう。

学校に着き、下駄箱でうわばきに履き替えようとしたところで、
わたしはうわばきの上にちょこんとのっているあるモノに気付いた。

……こ、これは、もしかして……ら、ラブレター……?

あまりの衝撃的な出来事に、わたしは時が止まったかのように、下駄箱の前から動けなくなった。

しばらく動けずにいると、後ろにいたお兄ちゃんが不思議そうな顔でわたしをのぞきこんでくる。

わたしはお兄ちゃんの視線に気付き、大いに慌てたが、なんとか笑顔でごまかし、
急いでラブレターとおぼしきモノをカバンにつめこんだ。

なぜか、それをお兄ちゃんに見られたくなかった。

 

放課後、わたしは一人屋上への階段を登っていた。

 

今朝、下駄箱に入っていた手紙はやっぱりラブレターだった。
誰にも見付からないようにトイレの個室で何度も確認したから間違いない。
だけど、そのラブレターの内容はわたしが想像してたモノよりもかなり短い内容で
「放課後、屋上に来てください。伝えたい事があります」
としか書いてなかった。もちろん差出人の名前もない。

ただ男の子にしては、丸っこいかわいい字で書かれていた事がひどく印象的だった。

 

 

屋上の扉を開けると、強い風がわたしを吹き抜けていく。
……寒く、なってきたなぁ。
少し肌寒い風に、秋の気配を感じる。

わたしは風に誘われたかのように、ゆっくりと屋上を歩き出した。

 

……あれっ?

どうやら、屋上には先客がいるみたい。
わたしと同じ制服のキレイな女の人……。

あの人は………知ってる。

名前は高山 円香さん。
わたしの一個上で、お兄ちゃんと同い年。
そして、わたしと同じ、数少ない耳の聞こえない障害児。

わたしが円香さんの方に歩を進めると、円香さんもわたしに気付いたようで、にっこりと笑いかけてきた。
女のわたしでも思わずドキッとしてしまう天使のような笑顔で……。

相変わらずキレイな人だなぁ……。

わたしは、自分と円香さんの体を比べて思わず溜め息をつく。
スタイルもわたしのぺったんこな体とは対照的……。うらやましいなぁ。

 

 

…………それにしても、円香さんはどうしてこんな時間にこんな場所にいるんだろ?

9

茜ちゃんが屋上にやって来た。
ふふふっ、作戦通り、風呂でのぼせなからも考えた甲斐があった。
私は茜ちゃんに気付かない振りをし、思わずにやけそうになった顔を、必死で抑える。

すぐに茜ちゃんは私に気付いて、私に近付いてくる。
きっと私以外に誰かいないか確認するつもりなのだろう。
私は優しい笑みを浮かべて彼女を迎える。
茜ちゃんは私が笑顔を向けると、すぐに下を向いてしまった。いつものように……。

 

茜ちゃんはいつもおどおどしている。
私は茜ちゃんと話をしたことはないが、数回廊下ですれちがったことはある。
その場合、ほぼ茜ちゃん一人で、必ず下を向いて歩いていた。

せっかくかわいい顔してるんだから、前を向いて歩くくらいすればいいのに……。
当時、私は茜ちゃんと廊下ですれちがう度にそう思っていた。

……きっと、私とは違い子供の頃から耳のことでいじめられてきたんだろう。
少し茜ちゃんがかわいそうな気がした。

 

 

そんな事を思い出していると、茜ちゃんは私のすぐ側まで近付いていた。

"こんにちは"
茜ちゃんが私に話しかけてくる。相変わらずおどおどと、そして私の顔色をうかがうかのような上目使いで。
"屋上に、誰か男の人、きませんでしたか?"

 

"茜ちゃん、あのラブレターは私が書いたものなの"
私は茜ちゃんの質問を無視して、一人話し始める。

さぁ、作戦開始だ。

 

キョトンとした顔を浮かべる茜ちゃんを一気にたたみかける。

"私ね、純也くんと付き合っているの"
"だからね、いくら妹だからと言って、私の純也くんにベタベタくっつかないで欲しいんだけど"
"純也くんもね、そう思っているみたい。純也くん優しいから、面と向かっては言わないけど、
私に正直迷惑だって愚痴言ってたわよ"

そこまで言い終わり、チラッと茜ちゃんを見ると、信じられないといった表情をし、
今にも溢れそうな涙で瞳をうるませている。
目の集点があっていない。
ふふふ、あと一息ね。

私はとどめとばかりに、呆然としている茜ちゃんにある写真を見せる。

その写真を見た途端、茜ちゃんの瞳からはせきをきったかのように涙があふれだす。

 

作戦通りね。

目的を達成した私は、膝まづき両手で顔をおおい泣きじゃくる茜ちゃんを横目に静かに屋上をあとにする。
ひとまずこれで茜ちゃんは純也くんにベタベタくっつかなくなるだろう。
それに、純也くんが誰のモノかも理解しただろう。

 

ふふふ、全てこの写真のおかげね。
私は屋上から下っている途中の階段で立ち止まり、さっき茜ちゃんに見せた写真を眺める。

……先日私は純也くんの家に忍びこみ、純也くんの部屋を探索した。
首尾よく目当てのアルバムを見つけ、使えそうな写真を全て抜き取る。
本当はアルバムごと欲しかったんだけど、さすがにそこまでやったらバレてしまうだろう。
まっ、それでも特に気に入った写真は抜き取ったんだけどね。

 

にしてもよくできてるなぁ。これ。

私は自分の作った写真に感心する。

 

この写真、部屋に飾ろうかな?

10

わたしは見慣れた天井を見上げながら、今日おこった出来事を考えていた。

 

今日、学校の屋上で円香さんが、あのラブレターを出したのは私だ、
みたいな事を言い出した時にはいろんな意味で衝撃的だったが、
次に発せられた言葉はもっともっと衝撃的だった。

"私ね、純也くんと付き合っているの"

頭に何か鈍器で殴られたかの様な衝撃が走る。
……お兄ちゃんと円香さんが付き合っている。
お兄ちゃんはわたしを邪魔に思っている。
円香さんがまるでたたみかけるかのように発する言葉を理解するごとに、
何か深い闇にのみこまれていくのを感じた。

 

……きっと、これは何かの間違いだ。

わたしは混乱した状況から必死に希望の光を見い出した。

しかし、わたしの儚い希望は円香さんがわたしに見せた写真を前に脆くも崩れさってしまった。

 

お兄ちゃんと円香さんが腕を組んだり、手を繋いだりしている写真。
写真の中のお兄ちゃんはとても楽しそうな顔をしていた。

頭がお兄ちゃんと円香さんが付き合っている事を認識した途端に目の前が真っ暗になり、
何も考えられなくなる。

……その後の事はよく覚えていない。
ただ、最後に円香さんが見せた妖艶な笑みだけが脳膜にやきついていた。
そして、気が付いたらわたしの部屋のベッドの上だった。
どうにかして家には辿りつけたみたいだ。

 

 

……お兄ちゃん、盗られちゃったんだ……。
今日おこった事を考えるだけで、再び胸に深い悲しみが沸き上がってくる。

 

わたしは悲しみをまぎらわすために、ギュッと布団を抱き締め、必死でお兄ちゃんを感じようとする。
この布団は、お兄ちゃんのお下がりだから……。

……いや、お兄ちゃんのお下がりは何も布団だけではない。
洋服も、枕もタオルだってお兄ちゃんのお下がりだ。
わたしの部屋にはお兄ちゃんのカケラであふれている。
だけど、肝心のお兄ちゃんはここにはいない。円香さんに、盗られてしまったから……。

 

結局、この部屋の全てがわたしを余計に悲しくさせた。

To be continued...

 

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