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ひとり



1

彩度 さやかは可愛い。絹のように細く、滑らかで、それでいて強さをもった髪。
雪のように白い肌は優しく、はかない。
大きな目と整った鼻、小さな口は過剰に自己主張することなく絶妙な調律を保っている。

顔は内面を写すとはよく言ったもので、彼女は自己主張をあまりしない。
そんな彼女が告白をしてきたのだ。
きっと、ありったけの勇気を振り絞ったのだろう。
「駄目、ですか?」
返答に窮していると、彼女が尋ねてきた。
上目づかいで俺を見るその目は、涙でうるみ妙な色気をかもしだしていた。
ずるい。
そんな顔で告白されたら、きっと神でも断れないだろう。それほどまでに、彼女の顔は魅力的だった。
もしも、彼女がその顔を自由に使いこなせたならば、
彼女は希代の悪女として、その名を轟かせるだろう。
ま、彼女じゃ無理だとおもうけど……。

いずれにしろ、俺には選択肢がなかった。

 

「駒野く〜ん。早く行こうよ〜。」
下でさやかが俺をよんでいる。

早いもので、あの告白の日から二週間がたった。
あれから俺達は順調に交際を重ね、ついに、初めて彼女が俺のアパートに泊まりにきた。
ところが、俺は酔い潰れて寝てしまい、彼女に何もできなかったらしい。
あんま飲んでないし、そんなに弱くないんだけどな〜。
まぁ、緊張していたのだろう。

俺は荷物を整え、バイク乗り場でまつさやかのもとへ向かった。

俺がバイクに乗ると、おろおろとさやかが後ろに乗ってきた。
ぎこちない……。やっぱりさやかにバイクは合わないのかもな。

そんな事を思いながら大学へ向かった。
もちろん安全運転で。

2

「よう、加地」
「おはよう、亮(りょう)くん」
大学の校門前で見つけた男に、俺達はそろって声をかける。
「あ、ああ、おはよう」
ぎこちない笑顔で返事を返すこの男は、加地 亮。
俺とさやかの同期で、さやかにとっては幼馴染みでもある。
無口で無愛想、友達も少ない。つーか、俺とさやか以外の奴と話している所を見たことがない。
加地は、人と関わりあいをもつことを避けている。
何でも、小学生の頃、両親を交通事故(さやかはブレーキの故障と言ってた)で失った事がトラウマとなり、
人と親しくなる事が怖いらしい。

人と親しくなる事が怖かった。突然消えてしまうかもしれないから……。
だから僕は人と関わりあう事を極力さけてきた。
駒野くんは、そんな僕に初めてできた男友達だ。
彼はいつも僕の事を気にかけてくれ、そして、しゃべりかけてくれた。
初めはうっとうしいだけだったけど、次第に彼のしゃべりかけは当然の事のようになり、
気が付いたら、僕から話しかけるようになっていた。

あの悪夢以来、さやかは僕の支えだった。彼女がいなかったら、僕は発狂していたかもしれない。
そう思えるほど、彼女は僕を支えてくれた。

そんな二人が付き合いはじめた。
僕の大切な二人。僕は言葉で言い表せないほど二人に感謝している。
二人には是非幸せになってほしい

「なぁ加地、さやか知らねぇ?」
講義が終わり、さやかを探していた俺は、偶然見つけた加地に尋ねた。
「えっ?さやか?さっき駐車場の方に行くのを見たよ」
「そっか、サンキュ」
加地と別れ、駐車場へと歩を進める。
そう言えば、さやかがひとりで駐車場へ行くなんて初めてだな。

駐車場の右隅、俺のバイクの前にさやかはいた。
何やってんだ、あいつ。
さやかはバイクと向き合いしゃがんでいた。

「なぁ、何やってんだ?」

ビクッ!彼女は驚き、振り返った。
その顔は、まるで悪戯がバレた子供のよう、いや、違う。彼女の顔からは、もっと重大な何かが感じられた。
「何やってんだ?」
再度同じ質問をしてみる。
彼女は答えない。心なしか視線が游いでいるように見える。
「まぁ、いいや。駅まで送ってくから乗れよ」俺はいつものように彼女を駅まで送っていこうとした
「いや、今日はいいよ。ちょっと用事があるから……。それじゃ……」
「サヨナラ」彼女は踵をかえし、駐車場を離れていった。

心にモヤがかかっていた。
彼女が別れ際に残した言葉がえらく、頭に舞っているためだ。
サヨナラか……。
いつもと違う別れの言葉……。
もちろん、深い意味などないであろう言葉。
しかし、俺には何か別の意味がある気がしてならない。
考えれば考えるほど、心にモヤがわいてくる。
バイクのスピードをあげる。風がモヤを吹き飛ばしてくれる事を期待して。

そろそろカーブか……。
俺はブレーキに手を伸ばした。

「!!!!!」
ブレーキが利かない。
馬鹿な!!! 故障か!? いや、それはないだろう。
最近すぐブレーキが甘くなるので修理に出したばっかりだ。
悪戯?
でも、だれが?
そもそも、俺のバイクに近付いた奴なんて……。
ガードレールはすぐそこまで迫っていた。

3

僕のたったひとりの友達が死んだ。
スピードの出しすぎでカーブを曲がりきれなかったらしい。

両親が死んだ時と同じ喪失感。
いや、あの時は全てを理解するのには幼すぎた。
今の喪失感のほうが途方もなくおおきい。

通夜の席、放心する僕の横で泣きじゃくるさやか。
……無理もない、恋人が死んだのだ。

隣のさやかを慰めようと、手をのばした瞬間にふと違和感を感じた。

何かがおかしい。

さやかは悲しんでいる。真っ赤に腫れた目なんかはひどくいたいたしい。
ただ、彼女から流れでる空気が異様なのだ。
明らかに、僕や他の参列者とは異質……。
例えていうなら、野菜の中にひとつ果物が混じりこんでるよう。

 

考えすぎか……。
駒野くんの死にショックを受けて、一時的に論理的思考ができないだけだ。

………また、ひとりに戻ってしまった……。
いや、一応さやかはいるが……。

通夜も終わり僕とさやかはそろって家路につく。
「これで……」
後ろを歩くさやかが何かをつぶやいたが、言葉はすぐに夜の闇に吸い込まれてしまった。
僕はさやかが何をつぶやいたか尋ねようとした……が…やめた。

何か口を開くと、僕まで闇に吸い込まれてしまいそうな気がしたから。

 

 

「これでまた、亮くんには私しかいなくなったね」

2006/03/19 To be continued...

 

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