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夢と魔法の王国



1

* * * <プロローグ> * * *

ワタシとアイツの仲は最悪だった。
双子はみんな仲が良いなんて、誰が言ったのか。
二卵性だから似てないんだと言っているのに、誰もが「そっくりだ」と笑う。
いったいどこが似ているんだろう。
アイツは何も考えていない体力バカで、ワタシは温和で器量よしの才女だ。
…いや、自信過剰じゃないぞ。
ともかく、成績も容姿も性格も運動神経も、なにからなにまで違う。
あんなヤツと一緒にされると吐き気がするんだが……。

双子には不思議なシンパシーがあるという。
一方が怪我すると、もう一方も同じ箇所を怪我するとか…。
もし本当だったら、いくらでも自分で自分を傷付けてやるんだけどな。
それでアイツが苦しむんなら、どんなに痛くったって本望だ。
まあ、既に試したことがあるから、「そんなもの信じてない」って胸張って言えるんだけどもさ。

でも。
今日、双子のシンパシーってやつを少し信じる気になって、同時に呪いたくなった。
つまるところ、非常に遺憾ながら、アイツがワタシと同じ人を好きになったってわけなんだが……。

* * * <1> * * *

本当に久しぶりに、拓がウチにやってきた。
あのバカがいない日をわざわざ選んだのだから、
今日はゆっくりゆったり、二人きりの時間を楽しむつもりだった。
「うーん、この屏風もなんか懐かしいなぁ」
玄関口を見て、溜息を漏らす拓。
純和風な佇まいのそこには、子供の頃から変わらず金色の唐屏風が置いてある。
「そう言われれば、拓がウチに来なくなって、もう十年くらいになるか。
  ……まあ、ワタシは学校で会ってるから、それほど実感が湧かないんだが」
とはいえ、やはり十年の隔たりは大きいだろう。
昔は拓の家とも家族ぐるみの付き合いをしていたのだが、
いまとなってはお父様もお母様も、拓のことを忘れているかもしれない。
……あのバカは確実に忘れてるだろうな。バカだから、アイツは。
ワタシは笑いを噛み殺しながら、拓を招き入れる。
「"彼女"の家に上がるのって、なんか緊張するね……と、おじゃましまーす」
「うむ、お邪魔しろ。いま、お茶でも持ってくる」
「先にミィちゃんの部屋に行っても……」
「かまわないよ。ああ、場所は昔から変わってないから」
「わかったよ」
板敷きの階段を軽快に上っていく足音を聞きながら、台所に向かう。
我が家はかなり広い建物で、その二階部分が全面的に子供部屋となっているのだ。
一方、階下には寝室がいくつかと居間、それにお風呂や台所などが備わっている。
その台所も、やはりそれなりに広い。
よその家の台所をあまり見たことがないからわからないが、たぶん一般家庭のものより遥かに広いのだろう。
正月ともなると、十数人のコックが走りまわる現場になるからな……。
その広い台所で、ワタシは宝探しのようにあちこち茶葉を探して回る。
紅茶を出そうと思っていた。
たしか良いモノがあったはずなのだ。
ワタシは紅茶にはそれほど造詣が深くないのだが、
先日、お母様が入れてくださった紅茶はとても美味しいと感じた。
あのバカが珍しくお代わりを要求したくらいなのだ、その味と香りは推して知るべし、だろう。
拓がそれを飲んで笑ってくれるだろうことを想って、ワタシはしのび笑う。
この気分のままで今日一日を過ごせたら嬉しい。
そして、その望みどおり拓の隣で笑って過ごせるのだと、ワタシは信じて疑わなかった。

まあ、そのときまでは、な。

* * * <2> * * *

なんとか紅茶を見つけて、なんとか紅茶を入れて、ワタシはゆっくりと階段を上っている。
盆の上に乗っかったティーカップは、ゆらゆらと揺れて危なかっしい。
このまま行くか、それとも拓の助けを呼ぼうか迷い、
――思考は、明るい笑い声に遮られた。
「?」
それはワタシの部屋の中から聞こえてきていた。
楽しげな拓の声と、可愛い子ぶった気色の悪い声。
まさか。
紅茶がこぼれるのも気にせずに、わたしは階段を駆け上がる。
盆を持ったまま、ワタシは無理な体勢で扉を開け放ち、
「あれ、お姉ちゃん? どうしたの?」
くりくりした目がこちらに向く。
制服のプリーツスカートを花のように広げて、そこには美樹が座っていた。
「……なんでオマエがいる、美樹」
「なんでって、ここがわたしの家だからじゃない?」
にっこりと笑うヤツの顔には、まるで邪気がないように見える。
でもワタシにはわかる。
こいつの腹の中は黒くて薄汚いものでいっぱいなのだ。
他人は騙しおおせても、他ならぬワタシを騙すことはできない。
……これも双子のシンパシー?
一方で、「美樹ちゃん、大きくなったよなぁ」なんて、拓は笑っている。
なに言ってるんだ、この男は、まったく。
「美樹、ちょっと来い。ああ、拓、すまないが美樹に話があるんだ。ちょっと待っててくれ」
「ああ、ミィちゃん。待って」
意外にも、拓に呼び止められる。
「なんだ?」
「……あのさ、言いにくいんだけど、ちょっと用事が出来ちゃったんだ」
いまだ立ったままのワタシに、携帯を掲げてみせて、
「母さんが倒れちゃったみたいでさ」
「え? ……あ、ああ。そうか」
拓の母親はとても体が弱い。
ワタシが幼い頃からずっとそうで、いつ亡くなるかわからないとも聞いていた。
そして、彼女は今でも病院のベッドの上にいる。
……しかし。しかしだ。
なにもこんなときに……。
「それを伝えたくてミィちゃんを待ってたんだ。ごめんね」
拓はそう言って、立ち上がる。
「あ、――」
紅茶を、と言おうとして、慌てて口をつぐむ。
彼の母親が危険だってときに、「お茶でもいかが?」なんて言う気か、ワタシは?
「ん? どうかした?」
「いや、えーと、お母様によろしく伝えてくれ」
「うん、わかった。本当にごめんね。また一緒に遊ぼう。美樹ちゃんもね」
すこし寂しそうに微笑んで、拓は部屋から出て行った。
取り残されて、ワタシはその場で仁王立ちしたままだった。
手にはお盆が残っている。
紅茶から湯気が立っている。
ああ、どうしてこうなるんだろう。
「振られちゃったね、お姉ちゃん!」
呆然としているワタシを見て、美樹が笑っていた。

* * * <エピローグ> * * *

「で、オマエはなんでここにいるんだ?」
「えぇーそんな怖い顔しないでよぉーお姉ちゃーん」
「その気色悪い口調をやめろ! 今日は用事があるから出かけるんじゃなかったのか?」
「だからぁ、……くくっ、だからさぁ、おまえの邪魔をするのも用事だろ?」
「き、気付いてたのか……」
「だっておまえ、昨日からずっとそわそわしてんだもん。モロバレ」
「開き直るな、バカ!」
「まあ、わたしが邪魔するまでもなく、相手にされなかったみたいだけどな」
「っ、それはっ! だからっ!」
「久しぶりに会ったけど、拓ちゃんかっこよくなってたよねぇ。わたしがいただいちゃおうかな?」
「人の話を聞け! っつか、渡すわけないだろ!?」
「てめーの彼氏じゃないだろ。わたしが好きになったんだから、どうしようがわたしの勝手じゃん」
「ワタシの彼氏だよ。知らなかったのか、うすらバカが」
「……マジで? うわ、ショック。こんな犬の糞のどこがいいんだろう? 拓ちゃんは」
「どこぞの牛の糞よりはマシだと思ったんだろうさ」
「……ともあれ、アタックするのは個人の自由だよね!
  ふふっ、それにしても、美衣の彼氏が拓ちゃんとは……運命感じちゃうね。
  双子で同じ人を好きになるなんて、これが双子のシンパシーってやつなのかな?」
「……拓にバラすぞ、"アレ"を。それが嫌なら自分の部屋に篭って壁に向かって喋ってろ」
「……ったく、卑怯だね、おまえは」
「卑怯で結構。ともかく、拓に手を出すんじゃない」
「ちっ、そうやって恋する乙女の邪魔をしてると、いつか馬に蹴られるぞ……」
「誰が乙女だ! オマエは"男"だろうがっ!!」

2

* * * <プロローグ> * * *

わたしが男だと知っている人は、もう何人もいないと思う。
「みき」ではなく「よしき」と呼ばれることも減ってしまった。

母親のトチ狂った趣味のおかげで、わたしは物心付いた頃からずっと女装を続けてきた。
小学校のときだって、それを知っている人は少なかったし、
みんなとは違う私立の中学にわざわざ進学してからは皆無といってよかった。
絶対にバレないよう、わたしは細心の注意を払ってきた。

なんでそこまでするのかって?
そりゃ、最初の頃は目的もなかったわ。
母親に言われるままに着せ替え人形になっていただけだった。

でも、あの日から、わたしは変わった。

化粧を覚えた。
意識して言葉遣いも変えた。
服装にもちゃんと気を使うようになった。
プールも身体測定も避けて、我ながら見事に隠し通した。
そうやって少女たちの中に身を置くことで、己の女らしさを磨いてきた。

あの日。
拓ちゃんと出会った日。

あの糞女は知らないだろうが、わたしはずっと彼のことが好きだったのだ。

…絶対、負けてやらないから。

* * * <1> * * *

校門から伸びた長い坂を、自転車で一気に駆け下りた。
木漏れ日が、まだら模様になって地面に落ちている。
風がすごい勢いで耳の横を通り抜けていって、わたしは笑う。
とっても爽やか。
いや、高校球児みたいな表情をしている場合じゃないだろ。
顔を引き締めて、さらに力いっぱいペダルを踏む。
自転車は気持ちよく加速する。
わたしは昨日のことを思い出していた。
姉の美衣がやけに浮かれていたこと。
拓ちゃんが家にやってきたこと。
……彼氏彼女の間柄になったって?
ふざけんな。
拓ちゃんは近所に住む男の子だった。
幼い頃は、そりゃもういっぱい遊んだものだ。
拓ちゃんは小さな騎士で、わたしを女子と思って、お姫様のように大切に扱ってくれた。
昨日の反応から見て、いまでもわたしを女だと信じているんだろう。
そんなふうにどこか抜けているのも昔と変わらない。
可愛らしいと思う。
抱きしめたいと思う。
そうやって、自分の中にまだ熱い想いが存在していることを確認する。
一度もブレーキを握らずに、対向車の見えない直線道路を、わたしは走り抜ける。
向かう先は決まっている。
あの女と、そして拓ちゃんが通う高校だ。

* * * <2> * * *

プールでは、女子水泳部が50mクロールの真っ最中で、プールサイドには美衣の姿もあった。
隣のレーンでゆったりと泳いでいる男子水泳部の中にいるのは、あれは紛れもなく拓ちゃんだ。
ふーん、なるほどね。
あの陰気で根暗で運動神経ゼロの美衣が部活に入ったのには、こういう理由があったわけか。
……どうせロクに泳げもしないくせに。
呟きつつ、わたしは拓ちゃんの水から上がってきたのを確認する。
よし、アクション。
フェンスに付けられた扉を開け、中に入る。
そして、ゆっくりと美衣に近付いていく。
「お姉ちゃーん!」
その可愛らしい声に、プールサイドにいた女子水泳部員の目が一斉にわたしに向く。
わりあい好意的なそれらの視線の中に、……美衣の、殺気混じりのものを感じる。
わたしはあっという間に取り囲まれた。
「うわぁ! 美衣が二人いる!」
「だ、誰?」
「知ってるー。妹さんだよね?」
「双子? 双子なの!?」
まるで珍獣扱いだが、それに対する文句はこの際捨て置こう。
彼女らに対し、わたしは最大限「女の子らしい」笑顔を作る。
わたしの身長は男としても女としても小さい方なので、その仕草は余計に可愛らしく見えるはずだ。
「えへへ、美衣の双子の妹で、美樹って言います! よろしくおねがいします!」
「美衣ちゃーん、妹さん来てるよー?」
「ワタシに"妹さん"はいないはずだけどねぇ……」
ようやく美衣が立ち上がる。
「もう、お姉ちゃんひどいよ。せっかく他所の学校まできた"妹"に……」
「そうねぇ、何しにきたのかしら? ここは他校生は立ち入り禁止なんだけど」
「お姉ちゃん、なに言ってるのよ!
お姉ちゃんが『替えのパンティ忘れたから持ってきて』って言ったんじゃない!」
わざと、拓ちゃんにも聞こえるくらい大きな声で言ってやる。
わたしが広げた"ソレ"は、――大きなクマさんがプリントされたパンティ。
座って休んでいる男子部員たちが、大声で笑っている。
女子部員たちも必死で笑いを堪えようとして、しかしクスクスと笑い声が漏れ聞こえる。
「ア、アンタねぇ。大嘘ぶっこいてるんじゃ――」
子豚ちゃんのようにピンク色の顔面になった美衣に、
「あ! 部活の邪魔しちゃったね! ごめん、お姉ちゃん!」
手に持っていたクマさんパンツを投げつけ、すみやかに撤退。
美衣は頭でっかちで挑発に乗りやすいぶん、キレると手が付けられないから……。
まあ、これは単なる嫌がらせ。
本番はこれから、ね。

* * * <3> * * *

美衣をさんざんからかったあと、わたしは拓ちゃんのもとに向かった。
「こんにちは、拓ちゃん!」
「こんにちは、美樹ちゃん。……その、パンツはもういいの?」
拓ちゃんは恥ずかしそうに微笑む。
あーもう、この笑顔!
汚らしい美衣なんかとは比べ物にならない、天使の笑みだわ!
「あんなのどうでもいいって! わたし、拓ちゃんに会いにきたんだよ!」
「え……?」
わたしたちを遠巻き見ていた誰かが口笛を吹いた。
それに、拓ちゃんは顔を真っ赤にする。
「あのね、今度の日曜、暇かなぁ?」
上目遣い。45度の角度をキープ。
囁くような、他の人に聞こえないくらいの声で、拓ちゃんに迫る。
「え……と、確か、ミィちゃんとデートする予定だったけど……」
「そ、それダメだよ!」
「え? ダメ?」
拓ちゃんの胸にすがりつく。
既にわたしの瞳は潤み始めているはずだ。
「お願い、デートをキャンセルして。日曜日に、わたし、
どうしても拓ちゃんに伝えなきゃいけないことがあるの」
「でも……先に約束したのはミィちゃんとだし……」
「お姉ちゃんと拓ちゃん、二人に関することなの。大事なことなの。お願い!」
「その"伝えなきゃいけないこと"って、いま言うのとかじゃだめなの?」
「うん、日曜日じゃなきゃだめ……」
わたしはじっと、拓ちゃんの目を見つめる。
涙がぽろり、頬を伝う。
「……わ、わかったよ。そこまで言うなら……」
ふふん、ちょろいもんよ。
うちのクラスメイト直伝の泣き落とし。
どれほどのものか疑ってたけど、いやぁ、効果抜群だわ。
「ありがとう、拓ちゃん……わがまま言ってごめんね……」
わたしは涙を拭き拭き、健気に微笑んで見せた。

* * * <エピローグ> * * *
「で、アンタはなんで学校まで来るんだ! しかもあんな馬鹿な嫌がらせまでして!」
「あのパンツ、実際にあんたの愛用のパンツでしょーに」
「そうだけどっ! んなもん皆に見せんなっつーんだよ!」
「いいじゃん、クマさんパンツなんて可愛らしいわよ」
「……こいつっ、こっ、殺してやろうかっ」
「殺されたくなーい。あははっ。
  あ! そういえば、帰り道、拓ちゃんになにか言われてたわよね? なんだったの?」
「ん? ただ、急に今度のデートをキャンセルするって言われただけで……」
「デートって、今度の日曜に買い物いくんだってはしゃいでた? なんだ、やっぱり振られちゃったの?」
「キャンセルされただけだっ!」
「まあ、いいけど。……そっか。振られちゃったのかぁ。あ、それだったらさ、」
「……振られてないが、なんだ?」
「美樹、お姉ちゃんにお願いがあるんだけどぉ、聞いてくれるぅ?」
「気持ち悪いから単刀直入に言え、クソバカ」
「……あのさ、今度の日曜、暇?」

3

* * * <プロローグ> * * *

「今度の日曜、デートをして欲しいのよ。」
美樹が言った。
話によると、美樹の話を聞いてワタシに興味を持った後輩がいたらしい。
よければ、今度の日曜日に、二人きりでデートをして欲しいと。
ずいぶん積極的な人間もいたものだ。
美樹がワタシのことをなんという風に言ったのか知らないが、どうせロクなことを言っていないのだろう。
それで興味を持ったというのだから、どうせ変な男に違いない。
しかし、結局、ワタシは頷いた。
特に意図はない、単にそういう気分だからだった。
せっかくのデートを拓にキャンセルされて、その当てつけというのもあるかもしれない。

ワタシは、拓ではない男とデートすることになった。

* * * <1> * * *

そして。
ワタシは有名な待ち合わせスポットである噴水の前で、おめかしをして、
恋人でもない男が来るのをひたすら待っているのだった。
道行く人々は涼しげな格好で、家族は楽しそうに、恋人たちは嬉しそうに、
笑いながら、あるいははしゃぎながら、手を握り、あるいは腕を組み、目の前を通り過ぎていく。
その光景を、ワタシは一人で見ている。
暑い日差し。
肌が焼かれるのを感じる。
とてつもなく不愉快だ。
拓以外の男とデートするなんて、普段なら考えもしないことだ。
ここにいる理由なんてない。
単にむしゃくしゃしているだけ。
楽しみにしていたデートをキャンセルされて、
しかもそのキャンセルの理由も教えてくれなくて、
それに、水泳部の練習のとき、あのオカマの変態に鼻の下を伸ばしていたのもムカつくし、
あのオカマの憎たらしい顔も、ワタシの神経を非常に刺激してくれる。
ああもう、それら一つ一つを思い出すだけで、頭のどこかが切れそうになる。
拓とあのオカマが話しているところを見ると、いっそ「そいつは男なんだぞ!」と叫んでやりたくなる。
けれど、まあそこまでするのも大人気ないと思ってしまうのだ。
アイツがずっと女装を隠していることを知っているし、
しかも、それを始めたのは本人の意思ではなく、お母様の勝手のせいなのだから。
ワタシは少しだけ、それに同情している。
あくまで少しだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
そんなことを考えて気を紛らしながら、ワタシはじっとその場に立っていた。

* * * <2> * * *

やってきたのは、可愛らしい男の子だった。
背は低く、ワタシと同じくらい。
中性的な顔立ちで、茶色がかった髪の毛が目立っている。
Tシャツにジーンズというラフな格好だが、不思議と清潔感を感じさせる少年である。
「あなたが美衣さんですか……?」
「そうだけど、君がプーくん?」
美樹から聞いた名前を言う。
「あ、はい。いや、ぼくは風太です」
「うん。いこうか、プーくん」
「風太ですって……あ、ちょっと……」
ワタシは歩き始めた。
デートの予定は立ててあるので、そのプランに従ってまずは映画館へ向かおうとする。
本当ならば、ワタシの横にいるのは拓のはずだったのだが……。
考えるとイライラしてくるので、ワタシは頭を振って思考を打ち消す。
「美衣さん? どうかしましたか?」
「気にするな」
そう返しても、プーくんは小首をかしげている。
ワタシは彼の腕を取った。
「わ、わわわわわわ!?」
「ほら、ぐずぐずするな。さっさといくぞ」
腕を胸におしつけるようにして抱くと、プーくんの顔が面白いほど真っ赤になる。
……新鮮な反応だ。
たまには、こういうのもいいかもな。
そうだ。とりあえず楽しもう。
いろいろなことがあるけれど、今日はみんな忘れてしまおう。
少し楽しくなって、ワタシは薄く笑みを浮かべた。

* * * <エピローグ> * * *

「ほらね。わたしの言ったとおりでしょ」
「…………」
「お姉ちゃん、拓ちゃんと遊べないからって、他の男の子とデートしちゃうんだよ。そういう女なの」
「……な、なにかの間違いだよ……」
「あんなに仲良さそうなのに? ほら、お姉ちゃん、腕まで組んでるじゃん!」
「ただの友達とか……じゃないかな……?」
「ちゃんと見なさいよ、拓ちゃん! 目を逸らしちゃダメだよ!」
「ち、違う。……うん、友達なんだよ、きっと……そうに決まってるよ……」
「拓ちゃん!」

 ――――――♪

「……あ、電話だ。で、出なきゃ」
「拓ちゃん! 聞いてよ、拓ちゃ――どうしたの?」
「……えっと、もう一度お願いします」
「拓ちゃん?」

「母さんが……重体……?」

4

* * * <プロローグ> * * *

『お姉ちゃん? いまどこにいる?』
『どうした?』
『尾行してたんだけど、見失っちゃって』
『……おまえは本当に暇人なんだな。まあ、それなりに楽しくデートしてるから。邪魔するな』
『ああ、そうなんだ。なら"問題ない"わ』
『……なんだそれは。切るぞ』
『うん。せいぜい仲良くね。おまえみたいな女を相手にしてくれる人なんて珍しいんだからさ』
『――っ!!!』

――ッー……ツー……――

切れたか。
わたしは拓ちゃんの方に向き直った。
「美樹ちゃん? 電話終わったの?」
「うんっ! 早く行こっ!」
拓ちゃんのお母さんが心配だ。
余裕のない表情をしている拓ちゃんの手を引いて、わたしは走り出した。

お姉ちゃん、デート、楽しんでね。

* * * <1> * * *

運よくタクシーを拾うことが出来て、車中。
運転手さんに事情を話して、全速力で飛ばしてもらっている。
運賃もあとでいい、だってさ。いい人だ。
拓ちゃんは落ち着きなく、窓の外を眺めたり、前を睨んだり、俯いたりしている。
タクシーが何度目かの角を曲がったとき、拓ちゃんがぽつりと呟いた。
「……ミィちゃん、来てくれるって?」
こんなときにあの女のことなんて、と思いつつも、正直に答えてあげる。
「さぁ、なにも。どこにいるかも教えてくれなかったよ。デート中だからじゃないかな」
「そんな……。いや、絶対来てくれるよね……」
拓ちゃん、まだあいつのこと信じてるんだ。
目の前で別の男とデートしてるとこを目撃しても、まだ。
……妬けるなぁ。
タクシーが信号に引っかかった。
運転手さんが申し訳無さそうに、ルームミラーでわたしたちの様子を確認する。
わたしたちはどう見えているのだろう。
兄妹?
友達?
恋人?
ただの男と女?
男と、男?
……まったく、こんなときに考えることじゃないな。
「母さん……」
拓ちゃんの声は悲痛だ。
わたしは、そっと彼を抱きしめる。
「絶対大丈夫だよ。これまで元気だったんでしょ?」
「うん……まだ半年は、って……。倒れることも、しょっちゅうあったし……。
  ……でも、今回は先生の声、真剣で……『今度ばかりは覚悟して』って……」
拓ちゃんはいまにも泣き出しそうで、すごく弱々しい。
わたしは、腕にさらに力を込める。
「わたしがいるから……そばにいるから……大丈夫だから……」
そう、拓ちゃんのそばにいるのはわたしだ。
あの女は決して来ない。
来ないんだよ、拓ちゃん。

* * * <2> * * *

「手術中」のランプが煌々と光っていた。
わたしは、ずっと拓ちゃんの手を握っていた。
拓ちゃんは、ずっと目を瞑っていた。
わたしたちが病院に着いたのはギリギリで、
手術室に入っていく拓ちゃんのお母さんの姿を、少しだけ見ることが出来た。
拓ちゃんはぎゅっとお母さんの手を握って、そしてすぐに引き離された。
それからずっと、この状態――
「なんで……ミィちゃんは来てくれないんだろう……」
「デート中なんだよ」
「なんで……来てくれないんだよ……」
「……知らないよ」
本当は知っている。
わたしが伝えなかったからだ。
来なくて当たり前だ。
拓ちゃんのそばにいるのは、わたしなんだから。
わたしは、もう少し強く、拓ちゃんの手を握り締めた。

 

「手術中」のランプが消えた。

手術室から出てきた医者は、
すぐさまわたしたちに近付いてきて――

「うああああああああああああああっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!」

拓ちゃんの絶叫を、わたしは何も言わずに聞いていた。
拓ちゃんが流す涙を、泣かずにじっと見つめていた。

* * * <エピローグ> * * *

『うん、もう大丈夫』
『僕、頑張るよ』
『今日はずっと傍にいてくれてありがとう』
『……僕は、美樹ちゃんのことが好きだよ』
『これからもずっと傍にいて欲しい』

おやすみを告げて、通話を切った。

わたしは家に帰っていた。
時計の針はもう23時を回っている。
美衣はもう眠ってしまっているだろうか。
……今日は疲れた。
悲しいこともあった。
けれど、それ以上に嬉しいことがあった日だった。
電話越しに聞いた拓ちゃんの声が、まだ耳に残っている。
『好きだよ』
好き。
好き。
好き。
わたしも好きだよ。
……わたしの夢が叶うかもしれない。
拓ちゃんなら打ち明けられる。
言ってみよう。
わたしがちゃんと心を込めて告白すれば、
彼はわたしが男だと知っても受け入れてくれる。
信じてみよう。
拓ちゃんを、信じるんだ。
そして、ずっと傍にいてあげるんだ。

5

<プロローグ>

朝。
登校してきた拓に挨拶したけれど、無視された。
拓は、そのまま教室から出ていって、授業が始まるまで帰ってこなかった。
後を追いかけることも出来なかった。

授業の合間、何度も話かけようとしたが、拓はそのたびに教室からいなくなっていた。
ワタシを避けているようだった。

……怖い。

ワタシはなにをした。
なにかしたっけ。
拓が不愉快に思うことを?
なにを怒っている。
わからない。
拓はワタシのこと、嫌いになったのか。
違うそんなはずない。
でも、そうじゃないと――

昨日、別の男といたことが、棘のようにワタシの心に突き刺さっている。
考えたくなくて、後ろめたさを必死に押し殺した。
考えたくない。
考えたくない。

……あ。
アイツがなにかしたのか。
アイツがなにか言ったのか。
そうだ。
こんなに急に拓の態度が変わるはずない。
昨日のデートだけでなく、あることないことベラベラと吹き込んだのだろう。
アイツのことだ、どんなことを言ったかわからない。

……だとしたら、もう許してやらない。

 

昼休みにようやく拓を捕まえて。
なんとか、放課後、二人きりで話す約束をした。

* * * <1> * * *

「母さんが死んだよ」
開口一番、拓はそう言った。
「……え?」
まったく思いがけない言葉だった。
もちろん拓のお母さんが病弱だったことは知っていた。
でも、死んだって――
「母さん、嘘ついてたんだ。余命半年とか言って、実はいつ死んでもおかしくなかったんだって。
  はは。笑っちゃうよね。僕のためを思って嘘をついてくれてたんだ。
  あと半年とか、まだ大丈夫とか、治る見込みもあるとか、……嘘ばっかりだよ。
  そんなんだったら、本当のことを言ってくれた方がよかったのに」
屋上の冷たいコンクリートの上に、拓は座り込んだまま、じっと動かない。
傍に立つワタシには、うつむいた彼の表情は見えない。
けれど、これで朝から様子がおかしかった理由がわかった。
大切な人を亡くすことは辛い。
いつもと違って当たり前だ。
……でも、どうしてワタシに言ってくれなかったんだろう。
ワタシは信用されてないのだろうか。
拓のそばで彼を支えてあげるのは、ワタシの役目なのに。
「ねえ、ミィちゃんは、嘘、つかないよね?」
心細げに見上げてくる拓に、ワタシは勢い込んで答える。
「つかない。絶対に、つかない。誓うよ」
拓は弱々しく笑って、立ち上がった。
そして正面からワタシを見据える。
「……信じる。だから、正直に答えて」
拓は一息置いて、言った。
「昨日、ミィちゃんと一緒にいた男の人は誰?」
――っ!
見られていた!?
……そうか、美樹が!
「ミィちゃんは、あの人が好き……なんだよね?」
「違う!」
叫んだ。
「あ、あれは、ただの友達なんだよ!」
視界が涙で滲む。
拓はそんなワタシを見つめている。
その目には、もうワタシは映っていないような気がした。
怖い。
怖い。
怖い。
拓が離れてっちゃうよ。

ワタシは拓の胸にすがりつき、訴える。
「違う! 違う! ワタシには拓だけなんだ! 信じてようっ……」
拓は、涙でぐしゃぐしゃのワタシの顔を、じっくりと眺めて。
――やがて、微笑んだ。
「わかってる。ミィちゃんは、嘘つかないもんね」
「信じて、くれるの?」
拓は、無言で頷いた。
……よかった。よかったよ。
わかってくれた。
そうよ、ワタシと拓は愛し合っているんだもの。
美樹が何を言おうと、何をしようと、ワタシたちは――

「でも、もう別れよう」

……え?

「ミィちゃんは、母さんが死んだとき、……来てくれなかったよね」

え? ちょっと、 え? そんな、 それは、 だって、

「言い訳はいいんだ。責めたりもしないよ。
  ……でも、僕は、死ぬほど悲しかった。
  そんなとき、傍にいてくれない人は嫌なんだ。
  傍にいてくれたのは、美樹ちゃんだった。
  ねえ、ミィちゃんと美樹ちゃんは双子だよね。
  同じ性格で、同じ顔だよね」

違う。違うよ。
どこが似てるって言うの。
ぜんぜん違うじゃない。

「それなら、傍にいてくれる美樹ちゃんを、僕は選ぶよ」

そんな。
そんなことって……。

「僕は、美樹ちゃんのことが好きだ」

「あはっ」
そのとき。
「あははははっ」
ワタシは笑っていたのかもしれない。
ワタシは泣いていたのかもしれない。
壊れた。
なにかが、ワタシの中で壊れた。
ワタシは笑っていたし、泣いていた。
もういい。
全部教えてあげる。
なにもかも嘘っぱちだって教えてあげる。
「いいことを教えてあげようか」
ワタシは拓の耳元に囁いた。

「――美樹は男だよ」

あはははっ!
そのときの拓の表情といったら!
「……そ……そんなの、嘘――」
「嘘はつかないって、さっき言ったろう」
そう、それは拓が誓わせたことだ。
だからこそ、拓はワタシの言葉を否定できない。
「アイツは女装が趣味なんだよ。女に混じって、それで自慰にふけっている変態。
  スカート履いてチンコおっ勃ててるような変態なのさ。
  あははははっ。拓はそんな変態に欲情してたってわけだ。
  ああ、拓。可哀想な拓。
  泣くことはないぞ。ワタシがいるじゃないか。
  拓のこと、ワタシは理解ってる。
  ワタシだけは理解してるっ!」
ワタシは頬の筋肉を無理やりに引き上げて笑った。
びくん、と拓が震えた。
「ねえ、拓」
ワタシはできるかぎり穏やかに語りかけた。
子供を優しく諭すように。
赤ちゃんに言い聞かせるように。
「ねえ、拓。お願いだよ。
  拓はかしこいから、わかるだろう?
  拓とあいつは結ばれないんだ。
  どんなに想われても。どんなに想っても。
  二人は絶対に結ばれない。
  ねえ、ワタシなら拓を愛せるんだ。
  拓。拓。たくぅ……。
  拓も、ワタシなら愛せるだろう?
  だから、ね? ワタシにしよう?
  拓は、ワタシを愛してくれるよな?」
私はそっと、彼を抱きしめた。

抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。
抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。
抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。

ワタシの腕の中で震えていた拓は、
「う、うん、わかり、ました」
――ぎこちなく頷いた。

もう、絶対に離さない。

* * * <エピローグ> * * *
『美樹ちゃん? 拓だけど。……えっと、話があるんだ』

『うん、わたしも、話がある』

『いまから、僕の学校の体育館裏に来てくれる? あそこなら誰も来ない』

『わかった』

『待ってるから』

『うん』

 

言われなくても、授業が終わってすぐに、わたしは拓ちゃんの高校に向かっていた。
告白するつもりだった。
真実を、わたしの口から話すつもりだった。
わたしは深呼吸した。

いよいよだ。

Last

<エピローグ>

急いで体育館裏に向かった。
これからいう言葉を、心の中で何度も練習する。
鼓動が高鳴る。
きっと大丈夫だ。
拓ちゃんは受け入れてくれる。
だから、拓ちゃんにきちんと言うんだ。
わたしは男なんだ、って。
「男なんだって?」
「え?」
わたしは拓ちゃんを見た。
拓ちゃんは見たことのない目をしていた。
「ミィちゃんから聞いたよ。僕をずっと騙してたんだね」
「た、拓ちゃ……?」
なにがなんだかわからなかった。
拓ちゃんの目が恐い。
なんで?
どうしたの?
わたしはただ拓ちゃんに触れたくて、一歩、踏み出した。
そこで、足を払われた。
「きゃっ……」
地面に倒れこんだわたしの上に、拓ちゃんがのしかかってくる。
痛い、痛いっ!
う、動けないっ!!
わたしの上に乗っかったまま、拓ちゃんがわたしのスカートに手を掛ける。
「い、いやっ……いやだっ……」
わたしは涙を流して必死に暴れるけれど、
拓ちゃんは完全に上に乗っていて、ひっくり返すことも抜け出すことも出来ない。
ビリビリと、スカートが破られていく。
冷酷に、無情に、わたしの正体が暴かれていく。
……やがて。
「やっぱり本当なんだ」
そう言う拓ちゃんの目が、ひどく冷たかった。
まるでムシかゴミを見るような目で、わたしを見下ろしていた。
どうしてそんな目で見るの、拓ちゃん。
わたし、ずっと、ずっと、好きだったのに……。
「これからは僕に近付かないでくれよ……変態さん……」
そう言い残して、拓ちゃんは去っていった。
一度も振り返らなかった。
あとには、わたしだけが取り残された。
地面が冷たい。
立ち上がる気力さえない。
ずっと待っていても、拓ちゃんは戻ってこなかった。
誰もこない体育館裏で。
わたしは、ずっと泣き続けた。

2006/03/27 完結

 

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