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Which Do You Love?



1

「お見合いぃ?!」
麻子の第一声はそれだった。
「まぁな。」
さらりと流す。
相澤麻子…中学からのクラスメートだ。なんとなく気が合い、腐れ縁、とでも言うのか。そんな仲だ。
俺とは違って友達が多いくせに、何故か毎週土曜日は駅前の喫茶店でこうやって雑談をすする奇特なやつだ。
こんなとこで俺みたいな奴と話してるなら他の誰かと出かけた方がよっぽど有効だと思うがな。
まぁ、毎週約束してるわけでもなくここに来る俺も同じか。
「なんだってまた…どうして?…あ、もういいです」
「親父の企みなんだよ…あ、俺もいらない…あつっ!」
コーヒーのおかわりを止めようとカップの上に手を出した…が遅かった。ちょっとコーヒーが手にかかる。
ウエイトレスは何食わぬ顔で立ち去る。ちきしょう。
そんなこんなで事情を話す。
始まりは昨日、親父から電話がかかってきた。
「もしも…」
「喜べ!聖!我が高嶋家にも春が来た!!」
「…毎回電話に出る度に叫ぶのはやめろ。」
「ゴホン!あぁすまん。年甲斐も無く興奮してしまったよ。」
「…で?」
「冷たいなぁ…まあいい。聞け!息子よ!お見合いだ!」
「はぁ?」
「あのな!…」
簡略するとこうだ。
親父とその働いている会社の社長が昔からの幼馴染みらしく、そのことに最近気付いたらしい。
そこで一緒に飲みへ行き、話が盛り上がって来た所で互いの子供の話になったらしい。
そしたらなんと互いに同い年、恋人なしと来た。
そこへ社長の方から見合い話を出したらしい。普通に考えれば、
部下の平社員の息子との見合いなど、向こうにしてみればなんのメリットも無い。
まぁ、酔っていたし、幼馴染みだったから気も緩んでいたんだろう。
当然親父は即賛成。さっき叫んだように春がくるからだ。

「…なんだ!だから来週の土曜日。お見合いだぞ!いいな!………ってことらしい。」
一人二役で声色を変えながら演じ、麻子に伝える。周りの客はドン引きだ。
こんなんだから友達少ないんかな。真剣に聞いてくれる麻子に感謝だ。
「ふーん…で?行くの?お見合い。」
「…まぁ形だけはな。なにも出たからってはい結婚、ってな訳でもないし。」
「そう…でるんだ…」
珍しく寂しそうな顔を見せる。なんて顔してんだ。別に俺とは付き合ってるっていう仲でもないし。
ただ仲が良いだけ。互いに気が合うからいい話仲間。
俺だって。女として好きっていいう感情はない。だから麻子が心配することじゃないんだが。
「まぁ、金持ちの社長のお嬢さんってやつだからな。世間知らずで頭ん中お天気になってるかもな。」
窓際にあった造花を頭に付け、おどけて笑ってみせる。麻子も釣られ笑い。
なにフォローしてんだ?俺。
「ふふ、そうよねー。あんたみたいながさつな男が、社長の娘となんか釣り合うはずも無いわよねー。
ま、身分の差を見せつけられるのが関の山ね。」
こっちが下手に出れば言いたい放題言いやがって。結婚するとか言ったらもっと悲しませてやれたかもしれんな。
ん?なんで悲しむんだ?……わからん。

2

金曜日
学校
「よぉーっす!タカビ」
バン!
「ひっ!」
さっそく朝からタカビの背中に紅葉。
タカビ…本名:園崎 望(まどか)
やたらと偉そうな喋り方だから高飛車からとってタカビ。麻子が名付けた。
本人がなんでそう呼ばれてるか気付いてない辺りは不憫だ。
「ひ、聖さん…お、お、おはようございますですわ。」
スタスタ
そう言い残してさっさと行ってしまった。おかしい。
いつもなら「あ〜ら聖さん。あいも変わらず下品な挨拶ですわね。」
なんてムカツク一言でもかますのだが……風邪でもひいたのだろうか?
結局その日はずっとおとなしかった。仲のいい麻子にもよそよそしかった。
「なぁ…いったいタカビどうしたん?」
「さぁ?聞いても曖昧な返事するだけなんだよねぇ。」
昼休み。いつもなら三人で食べるのだが、今日はタカビは机に突っ伏したままだった。
いつもなら「あらあら、聖さん。コンビニのお弁当とは…見るに堪えないですわね。」
とかいって目茶苦茶興味津津に見てる。
だが今日は昼飯を食べないどころか、目も合わさない。なんか嫌われる様な事でもしたか?俺。
まぁいいや。こういう時は放置するに限る。
「その方が楽だよな。坂巻涼君?」
教室を出てこうとする(自称)友人に問い掛ける。
「………」
ひと睨みしたまま教室を出てってしまった。相変わらず無愛想な奴だ。
俺と同じで人付き合いが嫌いなタイプだとおもったんだがなぁ。
そのまま放課後も、タカビの調子は悪いままだった。
その夜
ブー!ブー!ブー!
バイブにしたままの携帯が鳴る。こんな時間に電話を掛けてくるのは親父ぐらいなもんだ。だから先手必勝。
ピッ!
「叫ぶな!」
「えっ!?え?」
電話の向こうには驚いた女の声。麻子の声だった。
「あ、すまん。間違えた。」
「も〜。なにをどう間違えんのよ!」
「いや、だってなぁ。こんな時間に電話してくる事なんてなかったし。で?何の用だ?」
「ずいぶんなご挨拶ね…心配してやってるってのに。」
「心配?なんの?」
「あんた明日お見合いでしょ?緊張でもしてんじゃないかな〜なんて思って…ね。」
「あぁ…心配ならいらん。やる気満々だからな。」
「そっか…心配してそん…した。」
ん?
麻子の声が僅かに掠れる。
「おい…どうした?麻子。」
「ううん。なんでもない!おやすみ!」
プツ!プープープー…
いきなり切られてしまった。麻子の奴…泣いてた?

お見合い。
そう聞いた時はショックだった。あまりにも急な話だったからだ。
自分には関係ない。そう何度も言い聞かせていた。
でも、やっぱりだめだった。聖が私以外の女と楽しそうに話したり、
笑っていたりするのを想像しただけで、怒りが込み上げてきた。
何時からだろう。私が聖に恋をしていると気付いたのは。
もしかしたら出会った時からかもしれない。最初は中学の時。聖は一人でいた。
無口で、クラスの輪に入らないタイプだった。
私はそういう奴を放っておけない…いわゆるおせっかいだった。
なんとか仲良くさせようと必死になったが、難しかった。
そんなある土曜日。買い物帰りに駅前の喫茶店。聖はそこにいた。
窓際にいたので、外から座っているのが見えた。私の足は勝手に動いていた。気付けば聖の前に立っていた。
「こんにちは…」
「………」
聖は驚いたように私を見ていた。
「相変わらず無愛想な奴ねぇ。」
「…そんなとこに突っ立ってないで、座れば?」
嬉しかった。聖に少しでも近付けたことが。それから仲良くなるのに時間は掛からなかった。
毎週土曜日。聖はこの喫茶店に来ていた。私たちだけの時間。
もう何年も続いていた。その中で気付いた。聖は決して深い付き合いは好まない事。
ドライな関係が丁度良い距離だと言う事。
だから私もそれを守っていた。もし近付きすぎたら、せっかく築き上げたこの関係が壊れてしまう。
そう思ったから、自分の本音を抑えていた。
そんな時に、お見合いの話がでた。
聖は全く気にしていなかった。結婚なんてする訳ない。そう言っていた。
それでも言葉だけでは不安だった。その話を聞いてから、ずっと聖への思いは大きくなるばかりだった。
今気付けば、最近では喫茶店だけでなく、学校でも聖と一緒にいる。あぁ、恋なんだ。これが…

かなり遅めだが、これが初恋だった。今まで男友達はいたが、全くそう言う対象として見なかった。
ただ、聖は違った。どこに惚れたのだろう…
最初の印象と、話してみてのギャップかもしれない。
読書が好きなこと。猫が好きなこと。料理がうまいこと…
知れば知るほど嬉しくなり、さらに聖をしりたくなった。でももうこれ以上知るには、
さらに深い関係にならなくてはいけなくなった。
聖との共通の友達、タカビにも相談した。そしたら、向こうにも脈はある。大丈夫だと言ってくれた。
だからお見合いの前夜、電話をした。気付いて欲しかった。伝えたかった。私の気持ちに。
心配したなんていうのは建前。本音はただ聖の声を聞きたかった。…そして、自分の気持ちを伝えたかった。
「緊張でもしてんじゃないかな〜なんて思って…ね」
違う。励ましたいんじゃない。行かないで。そう言いたかった。
「あぁ、心配ならいらん。やる気満々だからな。」
そんなこと、いつもの冗談だって分かってる。でも今だけは、言わないで。
「そう…心配してそん…した」
不意に涙が溢れてきた。私がいるから、行かないで。今からでも、断って。私の為に。あなたを愛してるから…
ピッ!
これ以上聖の声を聞いたら泣きそうだった。だからすぐに挨拶をして切った。
もう自分の思いは止められない。 もしお見合いが終わったら、自分の気持ちを伝えよう。
だから今は願うだけ。お見合いだけで終わることを。また私の所に戻って来てくれる事を。

3

お見合い当日
ブルルルル…キキッ
会場近くの駐輪場に原付を止める。まったく、現地集合とは、手間の掛かる。
初めてスーツなんて着た。卒業式までは着ないとおもったんだがな。
「おぉ、来たな。聖。」
玄関では親父が待っていた。
「先方はもう待っているぞ。早く行きなさい。」
「あぁ、わかってるって。…ところでさ、相手の名前、なんつーの?」
そう。お見合いがあると聞いただけで、その詳細は聞いていなかった。まぁ聞いた所で変わるものはないが。
「あぁ、たしか…桐原…なんだったかな?」
桐原……
最悪な予感がしてきた。偶然ということならいいが。
「あぁ、この部屋だ。さ、無礼のない用にな。」
あんたがな、と言うよりも先に、親父が襖を開ける。
むせ返る畳の匂いが鼻を突く。
部屋にはテーブルがあるだけだった。
その右手には相手の女と…父親だろう。ふさふさの髪に濃い髭を生やした、いわゆる『渋い』おじさんだ。
そしてその相手。これまた綺麗な着物に、しっかりとセットした髪。濃すぎない自然な化粧。
背筋をピッと伸ばし、凛とした顔立ちだった。
…初めて見たのなら見とれていたかもしれない…でもこいつは…確かに…
「どうもはじめまして。君が聖君だね。いやぁ、いい名前じゃないか。」
「どうも、恐縮です。」
社交辞令に適当に返事をし、女の向かいに座る。目が合うと、優しくほほ笑みかけてくる。
「はじめまして。桐原奏(かなで)でです。」
そう来たか
「こちらこそはじめまして。高嶋聖です。」
ほぼ棒読み。
そのまま話は進む。
お歳は?
趣味は?
ご職業は?
まるで職務質問の様にQ&Aが続く。
そして一段落して。
「それでは後はお若い二人で…」
「おお、そうですな。」
ドラマの台本に書かれた様な台詞を残し、二人はそそくさと部屋から出て行く。
そして部屋から遠ざかった頃を見計らい…
「……ちょっと歩きながら話すか。」
「ええ、そうしましょう。」
二人そろって園庭にでる。外から見ても分からなかったが、なかなか広かった。
しばらく無言で歩く。先に口を開いたのは俺だった。

「まさか君だったとはね。驚いたよ。」
「…知らなかったんですか?」
「あぁ、もともと受ける気のない話しに、興味は無いからな。」
「相変わらず失礼な物言いですね。」
「性分さ。…それより、君は知ってたの?相手が俺だって?」
「ええ。そうじゃなかったら受けませんでしたわ。」
「そう…。相手が俺なんだから、余計に嫌だったんじゃないの?」
普通に考えれば受ける筈がない。
「いいえ。この話を聞いた時は、飛び上がるほど喜びましたわ。運命とは、分からない物ですね。」
そんなに喜んだんかい。
「………目的は?
……復讐かい?」
思い当たる理由はそれだけだ。
「確かに、あなたのことは憎んでいます。でもそれ以上に……どうしようも無い程愛してもいます。」
それは初耳だ。
「そう……難しいね。感情って」
「忘れただなんて惚けるつもりですか?」
「忘れやしないさ。ただ責任を感じて無いだけだよ。」
「責任?あなたのせいで姉さんは…!」
「おっと。確かに原因を作ったのは俺かもしれないさ。でも彼女は勝手に壊れただけだぜ?」
「勝手にって…。原因があなたにあるのなら、責任だってあなたにもあります。」
「ああいう結果に至るまでの課程は彼女自信の問題さ。
全部が全部、俺のせいってわけじゃぁ無い。原因だけが全てじゃ無いだろ?」
「……確かに、姉さんにも落ち度はあります。」
「理解が速くて助かるよ。」
再び歩き出す。

「…今はその話は置いておきます。問題はお見合いについてです。
私はあなたさえよければ結婚……いえ、まだ早いですね。婚約まで考えています。」
あなたは?という目で見つめてくる。
正直こんな事言われるとは思わなかった。
「私、ずっと黙っていましたけどあなたのことを毎日思い続けていたんですよ?
遠慮して表にはしませんでしたが。それにこの事は姉さんからの許可も取ってあります。
後はあなたのお気持ち次第です。まぁ、あなたのお義父様のことを考えれば、答えは一つしかないかと…。」
「はは…それは脅迫かい?」
「まさか。提案です。」
「ふん…ずいぶんと一方的な提案もあったもんだ。」
そしてお見合いは終わった。返事は…まだしていない。
「どうだ?綺麗な娘さんだっただろ?あれほどいい相手は二度といないぞ?」
「あぁ……まだわからん」
駐輪場での帰り際。そんな話をする。この男の無知な笑顔が余計に苦しい。
「わかんないさ。」
そう呟いて走り出す。
何となく、ドライブがしたかった。海沿いの道。スピードを上げ、飛ばしていく。
なんて返事したらいいんだ。
誰に遠慮しているんだろう。
親父?
奏?
麻子?
それとも…
今は、何も考えた無くない…………

4

日曜日 喫茶店
「で?」
麻子の第一声はそれだった。昨日の夜、土曜日の代わりとして今日喫茶店に来るよう言われた。
「で?って、なにが?主語述語が抜けとるよ。」
「ふぅ〜〜〜。昨日の、お見合いは、どうだった?!」
嫌味ったらしく強調しやがる。客が俺達だけで幸いした。
「んー。そのことね…」
「ふふ。あんたの事だから、門前払いってとこ?」
失礼極まりない奴だよ。
「それがさ、奴さん、準備万端らしい。」
「は?なにそれ?」
「だからさ、俺の返事で全ては決まるって訳。」
「え?ちょ、ちょっと待ってよ。それは奇跡だとして、受ける気はないんでしょ?ねえ?どうなの!?」
コップの水が零れる程強く迫って来る。
「ま、まぁ待て。なにをそう慌ててる?お前が決める事じゃあ無いだろ?」
「それは…そう…だけど。」
がっくりと肩を落とす麻子。正直、麻子がなんで躍起になってるかなんて想像はつく。
自惚れと言われればそうかもしれないが、考えて欲しい。
なんとも思わない奴と毎週お茶など飲むだろうか?
見合い話にムキになるだろうか?
自慢…にもしたくはないが、ある事をきっかけに、人の気持ちを察する事に長けてしまった。
「それもそれで嫌なんだけどね。」
ぽつりと独り言。
「ほら。また考え事してる。」

ふっと気付くと、ウェイトレスが困ったような顔でこっちを見ている。またか。
どうやら俺は考え事をしていると、無意識に物や人を睨んでしまうらしい。
そのせいで周りからの心証は最悪。とは麻子が言う。
「まさか…受けるつもり?!や、止めときなさいよ。
次期社長候補だなんてあんたには似合わないって。ましてやお嬢様タイプの女の子だなんて。
あ、あんたはね、私みたいにひっぱってくれるタイプがお似合いなのよ。」
どさくさに紛れて大変な事に言っているのに気付いていないのか。
それとも必死なアプローチなのか。後者だったら麻子にもかわいいところがあったもんだ。
「はは…参考にしておくさ。」
適当に相づちを打つ。そう簡単に割り切れる問題だったらいいんだがなぁ。

同日
某レストラン
彼が私を呼んだ。彼の方から呼ぶなんて珍しい事だ。とても嬉しい。まだ捨てられていないっていうことだ。
「よお、待たせたな。『……』」
彼が私を名前で呼ぶ。二人っきりのときはいつもそうだ。彼に名前で呼ばれる度、心が跳ね上がる。
「さってと…いきなり本題に入るけど………奏との見合い話、知ってたんだろ?」
「う、うん。」
予想していた通りの話だった。
「まぁ、さ。俺が言うのもなんだけど……お前としてはどうなんだ?」
「私は……確かに嬉しい事じゃないけど……。
それが奏の為になるなら反対はしないし、なによりあなたの決める事に決して逆らわないから……。」
そう。彼が全て。彼が最優先。
「でも…もし受けるとしても……私の事、捨てないでくださいね?もしそうしたら私……。」
「わかってるって。大丈夫さ。心配するな。」
彼はこれを償いと言う。私はただそれにすがるだけ。でもそれでいい。どんな手段でも、彼に見てもらえれば。
彼の一番になれなくてもいい。でもかまってもらいたい。それが今の私の位置。
「それで……今日は、一緒にいられるの?」
学校の人が今の私を見たら驚くかもしれない。でもそんなのはどうでもいいこと。
私には彼だけがいれば何もいらない。世界なんてそんな物。
「あぁ…お前が大丈夫なら構わないけど。」「うん!」
よかった。一緒にいられる。
今日は彼と一緒。だから精一杯尽くさないと。彼の望むままに。それが私の生き甲斐。私の運命。私の望み。
彼に捨てられぬよう。彼が私を忘れぬように…。
もし捨てられたら…私……

5

Pipipipipipipi………
カチッ
「んん〜…あぁー。」
月曜日 朝
いつものように目覚める。全く清々しい朝だ。
違うのは……
「ん……」
……こいつが隣りにいることか。
起こさないようにそっとベッドから出る。朝飯の時間だ。
「そうだな…モヤシ炒めでいいかな。」
Withソーセージって辺りだな。
フライパンに油を敷き、炒め始めたところで……
「聖?…ひじりぃ……」
半泣きの声で名前を呼ばれる。ふぅ……
「はいはい。ここに居るよ。」
寝室に顔を出す。俺を見た途端、テテテと寄って抱き付いてくる。
「あぶね!!フライパンがあるんだよ!」
「起きる時は一緒に起こしてって言ってるでしょ!!心配なんだから!!」
「あぁ…ワリィ。」
泊まる度にこれだから困ったもんだ…



学校
いつもの朝。だけどテンションは違う。それは…
「お見合い……どうすんのよ…」
「頼むからさ、学校行ったらそれ、内緒な?」
冷やかしのネタになるだけだ。人様の注目の的になるのは勘弁だ。
「あ〜ら聖さん。お見合いしたんですって?」
「ぐっ!」
その声は…タカビ
「うっさい。望は黙っとれい。」
「!!!」
「あらあら。いきなり失礼な挨拶ですわね。」
声がでかいんだよお前は……ん?
「どーした?麻子。なに固まってんだ?」
「ん…ううん。な、なんでもない。ない。」
どもってそれはないだろと突っ込みたかったが、深入りは禁物。今日の麻子は機嫌が悪そうだ。

土曜日
私は一人喫茶店にいた。聖が来ないなんてわかってる。でも家に居たくなかった。
嫌な事ばかり考えてしまいそうで………
「はぁ。」
はは、ダメだ。いつでもどこでもアイツの顔が浮かんでしまう。
今頃他の女の子と楽しく話して居るんだろうか。
それともいつもみたいに無愛想でいるんだろうか?
私が知っている限りアイツが笑顔をむけるのは私以外にいないだろう。
嫌。嫌。嫌。
私以外に笑わないで欲しい。
私以外に心を開かないで欲しい。



驚いた。
いや、ショックだった。
「うっさい。望は黙っとれ。」
聖にとっては何気ない一言だったのだろう。
でも……今タカビのことを名前で呼んだ。初めて呼んだ。彼が変わってしまったのだろうか。不安だった。
私の知らないところでなにがあったのだろうか。
駄目。変わらないで。あなたを変えるのは私だけ。私の色だけに染まって欲しい。
もしそれが駄目なら…変わるのを止めるだけ………
「!!!」
「どーした?麻子。なに固まってんだ?」
「ん…ううん。な、なんでもない。ない。」
そうだ。止めてしまおう………
私の色に染めたまま………

6

土曜日
今日も変わらず喫茶店で麻子を待っていた。あのお見合い以来、向こうからの接触はない。
このままお流れなんて事になってくれたら喜ばしいのだが。
カランカラン
入口のベルが鳴る。恐らく麻子だろうな。
「よ………ぉ」
「お久し振りですね。」
歩いて来たのは麻子ではなく奏だった。
「麻子さんでなくて残念でした?」
「……なんでここに居るって知ってんだよ?それに麻子の事も。」
ここでの事は誰にも言ってないし、知られていないはずだ。
「あなたのスケジュールぐらい確認済みです。」
そう言いながら向かいに座る。
「まいったな。……で?そこまでしてここに来たんだ。なんか用があるんだろ?」
「ええ。まずはこちらを……」
そう言いって鞄から紙切れを一枚取り出した。
「ん?………なんだこれ!?お前!いつの間に!?」
「あのお見合いの後にすぐに用意してもらいました。お父様に相談したら喜んで賛成してくれましたわ。」
「あの……親バカ髭野郎……」
テーブルの上に置いてあったのは婚約届だった。もう俺が書く所以外はきっちりと記入してあった。
「学校で渡すのもまずかったので、今日になってしまいましたが。」
「はっ。こんなもん、俺が書かなければ意味がないさ。それとも、次は偽造に走るか?」
「書きたくなければそれで良いのですが………その時は、麻子さんやあなたのお義父様にまで被害が及びますよ?」
「おい!。ちょっと待て!麻子は関係ないだろうが!?」
「あら?真っ先に麻子さんに反応するなんて、あなたらしくないですわね。
姉さんのこともそれぐらい大切にして欲しかったですわね。」
ちくしょう!
相変わらず社長の娘ってだけで権限ふりまわしやがって。
「なんで……なんでそこまでして俺なんかと結婚したいんだ?」
「言いましたでしょう?あなたを愛しているからって。」

本当か?
なにか裏がないか?
こいつがそう安々と結婚する程プライドが無いはずがない。
「さぁ、どうします?麻子さんには、私から言っておきますよ。」
そう言って微笑む。この笑顔が今日ほど憎く思ったことはない。
「……くそっ!」
なんでだ?
なに悩んでんだ?俺。
確かに社長への婿だなんて美味しい話さ。ましてや全国に有名な店だ。普通の奴なら速攻くいつくだろうさ。
じゃあ俺はなにを迷ってるんだ?
金や名声より大切な物があるのか?………人によっちゃああるだろうな。
「あっははは……」
不意に笑いが零れた。
そうさ。認めるさ。俺は麻子が好きだ。女としてな。
全く。人の気持ちを察する事に長けてるくせに、自分の事は全然気付かないなんてな。
ただ今はアイツに好きだなんて言える資格は無いな。自分の過去と今を全て清算するまではな。
「……時間をくれるか?」
「考えた所で、結果は変わらないと思いますが?」
「言ったろ?結果は原因だけじゃなくて課程の影響もあるって。」
「……まぁいいでしょう一週間です。それ以上は待てません。」
「感謝するよ。」
ふう。なんとか時間は稼げたか……
ガチャン!
なにかが落ちる音がした。
床を見ると……ケーキ、だったのだろう。原形をとどめずぐちゃぐちゃになっていた。
嗚呼。
最悪なタイミングだ。
そうは問屋が卸さないか。
「……聖…だ……れ?その女………」
テーブルの横では、麻子が顔面蒼白で立っていた。




7

まず口を開いたのは奏だった。
「あなたが相澤麻子さんですね?初めまして、聖さんの婚約者の桐原奏です。」
作り笑いとともに手を差し出す。一方の麻子はただ体を震わせながら立ちすくんでいた。
出された手など全く気にしていなかった。
「聖……婚約者って…何?……お見合い断るんじゃなかったの?」
「あぁ、確かにそう言ったね。」
「じゃあ…なんで婚約届なんて……書いてんの?」
静かに…けれど怒りが溢れんばかりの声が漏れる。
不謹慎かもしれないが、怒った麻子の顔もまた美しいと思った。
「その話がまとまったので、これを書いてもらうためにここに来たんです。」
さらりと奏が言う。この尼…よくアドリブが効くもんだ。
「っ!!」
一層麻子の息遣いが荒くなる。言い訳や反論をしたっていい。
だがこの状況でいったところで 単なる付け焼き刃だ。
パン!
乾いた音が店内に響く。一瞬だった。頬に痛みが走る。
「バカ…バカ馬鹿ばか!!聖なんて……聖なんて……」
全てを言い終える前に、店から出ていってしまった。
去り際に見た彼女の目からは、大粒の涙が流れていた。
「これであなたの言う結果というのも、決まったも同然ですね。」
「………貸せ。」
そう言ってテーブルにあった婚約届をひったくる。
「家で書いてくるから……来週また、ここに来な。」
「ええ、わかりました。」





月曜日
学校
麻子は休みだった。アイツが学校を休むのは初めてだった。
そして始めて分かった。アイツがいないと俺は一人だということ。
アイツがいないだけで一日がつまらないと言う事が………



同日 麻子の家
気付けば部屋にいた。泣いて布団にうずくまってた。食欲も気力も無い。
「聖…聖…んぅっ…」
ただそう呟いていることしかできなかった。
家に帰り、ずっと自慰行為に走っていた。もう何度イッたかも覚えていない。
寂しさを紛らわせようとし、イッた後の激しい虚無感に襲われ、再び繰り返す。
そんな悪循環だった。道具としてボールペン……ただのボールペンではない。

聖の物だった。一年前、一度借りたまま返さずに黙って使っていたのだ。

それを聖のモノと思って使う。
「ん…ふぁ!ひ、ひじりぃ…ひゃぁ!」
自分でも分かるぐらい重症だった。自慰に疲れて眠っても、夢の中でさえ聖に抱かれていた。
目が覚めれば夢だと気付き泣いていた。
そしてまた自慰を始める。一人暮らしだから誰も止める人なんていない。
かといって、もう聖以外の人と会うことも嫌だった。
でも、もし聖に会いに行っても、あの女が隣りで笑っているのだろうか。
嫌。ヤメテ!!!私を見て!!
今頃聖の腕の中にいるのだろうか。
嫌!嫌!嫌!あの女に愛を囁かないで!!
良くないことばかりしか浮かばなかった。あんな婚約届だなんて出されれば終わったも同然だ。
所詮自分はまだ子供。出来る事なんて限られてくる。
『手遅れ』…そう思ったが最後。悲しみがまた込み上げてきた。それを抑えるため、自慰行為も激しさを増す。
「は、はあっ!ひ、聖…ん、くぅ、あぁ!た、助け…てよぅ。あぁん!ひじりぃ!」
ビクッビクッ
またイッた。
疲れが溜まったため、眠くなりそのまま寝てしまった。また夢で聖に会えたらいいな…





午後の気怠い授業。国語は自習だった。
昼飯後だったので、眠気が襲う。雨音を子守歌に、熟睡にはいった。



『俺は(私は)アイツと出会う夢を見た。』




あれは中学の卒業式の後だった。HRが終わり、クラスのみんなが卒業パーティーを開くと騒いでいた。
正直、顔と名前の一致してない奴等とそんなことをする気なんて毛頭なかった。
だからみんなが騒いでいるなか、そっと教室を出ていった。その時だった。
「ちょっと聖!あんたも出なさいよ!クラス会。」
麻子だった。前々からお節介を受けていたため、こいつの名前だけは覚えていた。まだ髪が短い頃だ。
「いいよ。忙しいから。」
そう言えば、大抵の人なら引くはずだった。でもこいつは……
「だったら時間を作りなさい。最後ぐらい仲良くしなさいよ。」
無礼者だった。ここまで踏み込まれるのは初めてだった。だから…
「……駄目だ。女との約束なんだよ。」
完全な嘘である。よく考えれば俺みたいな奴に女ができるわけがない。でも麻子は
「え!?女!?」
馬鹿正直に受け止めていた。
「ち、ちょっと!誰?女って!?アタシが直接話つけてやるから!連れてきなさい!」
人をあまりにも素直に信じられる心に、俺は呆れ返った。
「お前には関係ないはずだ。ましてやもう卒業なんだからな。」
そう言い残して踵を返し、階段を下りて言った。
「やめときなよ、麻子。なんかあいつ、変な奴だし。誘った所で盛り下がるだけだよ。」
「そうそう。あんな根暗野郎放っといて、俺たちだけで楽しもうぜ!」
丸聞こえなんだよ、ばか野郎。それともわざと聞こえるように言ってんのか?
「でもさ……アイツだって三年間一緒だったんだし……」
そこから先は聞こえなかった。
ただその声が聞こえた時、久しぶりに…小さく笑った。




また玄関には知らない靴があった。
まぁいつものことだと、気にせず上がり階段へと向かう。
昇ろうとした時、右手の部屋から妖艶な声が聞こえた。
健全な青少年なら何かしら性的反応があってもいいだろう。
でも俺にはなかった。当たり前だ。自分の母親の声なんだから。あったらただの変態だ。
どうせまた何処の誰かも知らない男に抱かれているんだろう。
自分の若さと金を餌にして。
いつもの事と言い聞かせてみても、嫌なモノは嫌だった。階段を駆け上がり、部屋へと飛び込んだ。


父、母、自分の三人で食事を取る。会話なんて或るはずも無い。
親父の奴も、知っていて黙っている。
こんな壊れきった家庭より、もう一つの幸せな家庭のほうが大事なのは当たり前か。
母親だって、こんな家庭のために料理を作ろうだなんて思っちゃいない。
そんな時間があれば、快楽に身を任せているからだ。
だから料理は毎回俺が作ってる。
反抗しても意味は無い。
最早存在価値の無い俺が消えた所で、アイツらには百円を落としたぐらいにしか思わないからだ。
かといって死ねる勇気もなかった。
だから、こんな地獄の迷宮から逃げ出したかった。
学校を拠り所にしたところで、そんなのは上辺だけ。なんの解決にもならない。
ましてや教師まで見て見ぬ不利をされては、どうしようもなかった。

だが春休み。
事態は一転した。親父の奴が向こうの女に騙されていたのだ。
身ぐるみ全てを剥された情けない男は、妻の元へと帰還した。
だが不幸は続く。
母は妊娠をしていた。
30を過ぎた女に、本気でほれ込んだ男がいたのだ。しかも相手はかなりの資産家だった。
こうして母は父と離婚を即決した。十分な理由もあったため、法的に可能だった。
だが父は、自分の不幸とは対称的に、幸せを掴み取った母と、
無惨とはいえ形式上妻である女を取った男に、理不尽な嫉妬に狂った。
そして土曜日の朝。父は母を殺した。そしてその死体を犯し、自分の体液を死体にかけていた。
それを目撃した俺は、すぐさま家を飛び出した。
何処でもよかった。ただあの家で起きたことが信じられなかった。
何処かで時間を潰し、戻って来たら何ごとも無くなってしまわないかと期待した。
そこで入ったのが、駅前の喫茶店だった。そこで一日を過ごしていた。
でも現実は変わらなかった。変わるはずもなかった。

家に帰れば、すでに『家庭』は無く、無数の野次馬と警察官で溢れていた………

8

やはりというか当然というか。俺は親戚中をたらい回しにされた。
そりゃそうだ。犯罪者の息子だなんてレッテルをはった奴の面倒なぞ、誰もしたくない。
結局十数回断られた後、今の家庭に引き取られた。とはいえ、住む場所は別という条件付きだ。
それでもまだ渋っていたぐらいだ。
あの日以来、土曜日は毎週あの喫茶店に来ていた。部屋にいると、あの情景を思い出してしまうからだ。
喫茶店は駅前から少しそれた裏道にあり、客はほとんどいなかった。
それがまた俺にとってもいい環境だった。店に来ては読書に没頭していた。
そんなある日、アイツが……麻子の奴が現れた。
「こんな所に来てるなんて……意外ね。」
全く。この時ばかりは呆れて何も言えなかった。あれだけ卒業式の日に拒絶しといて、まだ話しかけてきたのだ。
「あ、その本!私も読んでるの!」
にやにやしながら鞄から同じ本を取り出した。
「面白いわよねー。特にこの主人公が……」
不愉快だった。自分の不可侵領域をここまで犯されることが初めてだった。だから何も言わず席を立った。
出口のドアを開けようとした時。
「高校……合格したの?」
何気ない……『普通』に満ちた会話だった。ただそれが暖かかった。
「………」
黙って首肯をし、店を飛び出していた。その暖かさが……なによりも堪えたからだ。
翌土曜日
「ふっふっふっ。読めたわよ。あなたが店に来るのは毎週土曜日ね。」
絶句した。
まさかまた来るとは思わなかったからだ。ましてや行動パターンまで推測していたのだ。
「………」
「相変わらず無愛想な奴ね。」
「あ……」
こいつなら。こいつなら俺を必要としてくれるのだろうか?
俺を受け入れてくれるのだろうか?それともただの同級生としてのよしみなのだろうか?
不安と希望を含め、こう言った。
「立ってないで座ったら?」
これが二人の関係の始まりだった………



「ん………」
目が覚めた。不思議と体の疼きは収まっていた。今見た夢は、聖と私の始まりの夢だった。
あの時私は躍起になっていた。どうしても聖と仲良くなってやる、と。そうじゃないと気がすまなかった。
だから初めて喫茶店で会った次の日から、同じ時間帯に毎日店へと足をのばしていた。
今考えれば軽いストーカーだ。でも嫌じゃなかった。少し心地よい気もした。
そして二回めに会った日……
「立ってないで座ったら?」
初めて見た笑顔に、私は墜ちた。
「会いたいよ……聖………」
どうしても聖に会いたかった。あの笑顔を見たかった。声を聞きたかった。彼の……全てを求めていた。
たとえ隣りにあの女がいてもいい。今すぐに会いたい。ダメなら奪うだけ。消すだけ。
時計を見る。もうこの時間なら家にいるだろうか。そんなことを考えながら、すでに体は動いていた。




「やっべぇやっべぇ。」
どうやらあのまま放課後まで一気に寝てしまったらしい。起きれば五時を回っていた。
少し寝冷えしてしまった体を暖めるよう走っていくと、誰も居ない下駄箱で、丁度タカビと行き会った。
「あら、聖さん。今お帰りですか?」
「まぁな。寝過ごしちまってよ。」
「あらあら、相変わらずだらしのないことで。全く、受験生としての自覚が足りないのでは?」
「うっせー。お前だって今帰りだろうが。」
「ふふ、私は今から彼とデートですの。だからそれまで図書館で時間を潰していたんですのよ。」
「へーへー。お惚気はあっちでやってくだせぇ。」
しっしっと手を振って追いやる。
そんなのも意図せず、鼻歌交じりで幸せそうに歩いて行く。
「『彼』か……」
俺はそんなタカビに哀れみと謝罪の視線を送りながら、雨の中を下校した。

9

まだ雨は降り続いていた。どうもこの特有の匂いは苦手だ。
冷えた体に更に寒さが染み渡る。
………と、前方にタカビを発見。あれが『彼』か。
「よ!タカビ。」
「あ、…ま、また会いましたね。」
いつもと違い、お淑やかなタカビ。なんか不自然で新鮮だ。
腕を組んでいた隣りの『彼』が顔をしかめる。こんな時に俺に会うのに困惑しているんだろう。
しかたない。ここは相手に合わせてやるか。この茶番に。
「これがさっき言ってた彼かい?はじめまして。園崎のクラスメートの高嶋です。」
「ええ……はじめまして…」
「そうです。こちら、お付き合いさしていただいている聖さんです。お会いするのは初めてでしたわね。」
成り立っていないようで成り立つ会話。当事者のみが気付かない状況。
ねじれた愛情。幸い周りに人がいなくてよかった。
「じゃ、邪魔者はさっさと帰りますか。またな。」
「…さようなら。」
「また明日。」
二人と手を振って別れる。二人が見えなくなるまで見送った後、
雨音にかき消されそうなほど小さくつぶやく。

「認められるといいね……」

そして再び歩き出した。






アパート前
アパートに着いた時はもう六時を回っていた。ここまで遅くなるのは初めてだった。
傘を閉じ、階段を上っていく。
部屋のドアの前。人影があった。体育座りでうずくまっていた。
「!!……ま……麻子……」
「えへへ……来ちゃった……」




取りあえず部屋へ上がらせた。傘もささずに来たのだろう。全身ずぶ濡れだった。

タオルを渡したが、全く拭こうとしない。パジャマのままの服装だった。
その濡れた布地が肌にくっついている。
「っ!………」
よく見ると下着……ブラを着けていないようだった。
胸元まで外れたボタンから見える肌や頬の色が、ほんのりと赤くなっていた。
それに加え腰まで伸びている長い髪が纏わりつき、かなり色っぽかった。
自分の腰が熱を持ち、疼き始める。
まずい……
このままじゃあ……
「ふふ……どうしたの?」
ぼうっと見ていると、上目遣いで覗いてきた。
「!!。あ…いや。なんでもない。体、冷えただろ。風呂沸かしてくるから、ちょっとまってろ。」
慌てて立ち上がり、風呂場に行こうとすると……
「どこにも行かないで!!」
グイ!
急に腕を引っ張られた。
そのままの勢いでベットに押し倒される。
起き上がる前に両肩をがっちりと押さえ付けられ、身動きがとれなくなった。
「うふふふ…そんなの待ってたら風邪引いちゃうわよ………。
今まであなたのことずっと待ってたのに…まだ待たせるつもり?」
ぎりぎりと肩を掴む力が強くなる。
「だったら……体拭けよ…」
なんとか言い訳を試みる。
女特有の甘い香りが鼻をくすぐる。それとともに理性の壁が音を立てて崩壊する。

麻子はそっと耳元へ口を寄せ、こうつぶやいた。
「じゃあ……聖が暖めてよ……私だけを…」
それが引き金だった。

10

「はぁ、はぁ、はぁ。」
静かに始まり、静かに終わった性交。いや、性交とは言えないだろう。愛撫だけだったのだから。
聖の性器は治まったまま。麻子は快感で完全に脱力状態だった。だが不満だった。
「なんで……勃たないの?……私、そんなに魅力ないの?」
そうじゃない。確かに麻子は女としての魅力はある。精神的にも興奮はする。
でも、体はそう素直に反応してくれない。
いわゆる精神性の不能だ。
「あの…女が。あの女がいいって言うの?!私なんて抱きたくもないの!?」
「違う!そうじゃ……」
「嘘!!体は正直じゃない!!お願いだから……私を抱いてよ…聖しか…いないのよぉ…。」
うつむいていて麻子の表情はわからない。ただ小刻みに体が震えていた。
ただなにかブツブツ呟いていた。
「ふふ…ふふふ。そうよ…そうよねぇ…それがダメなら……奪ってやる……聖の全てを奪ってやる!!」

ガッ!

急に首を締め、一気に力をこめる。
「がっ!は…ま、麻子……!」
「聖は……私とだけ仲良くしてればいいの……!他の人には、無愛想でいなさい
!変わらないで……私の知ってる聖のままでいて!!」
「麻子…ちょ、ブレイク、ブレイクだ……」
麻子の肩を何度か叩くと、気を取り戻したように力を緩める。
「あ…ご、ごめん!」
麻子をどかして立上がり、ふらふらと歩く。ただ水が飲みたかっただけなのだが……
「ま、待って!」
腰にしがみつかれ、また身動きがとれなくなる。
「ごめんなさい……酷いことしちゃって……謝るから……謝るから嫌いにならないで。ここに居てよ…」
泣き声になりながら訴える。
「そ、それとも、この前の喫茶店ではたいた事に怒ってるの?だったらそれも謝る。
でも、勘違いしないでね!?聖が好きだからこんな酷いことしちゃうのよ?」
最早自分で何を言っているかも理解していないのだろう。ただ感情のままに口が動いているのだろう。
「麻子…俺もお前が…」
「はん!首を締めておいて、よく好きだなんて言えたもんですわね?」

ドアから響く第三者の声。自分の言いかけた言葉を止め、咄嗟に振り向く。
「あの…女ぁ!」
飛び付きそうになる麻子を必死に押さえる。
男女が絡み合っているのを平然と見てられるとはな……ホント、血が凍ってるんじゃないか?こいつ。
「はぁ、はぁ、うふふ…でも、残念だったわね…来るのが遅かったわ。
もう聖は私を抱いてくれたの……愛してもらったのよ…ふふ、悔しいでしょう?」
奏でがやれやれといった様子で肩をすくめる。
「そんな行為、先だろうが後だろうが何ら違いはありません。それに、遅いのはあなたの方ですわ。」
「?…何を言って……!!!」
そう言って鞄から紙切れを一枚麻子の目の前に突き出す。
それは婚姻届だったが……俺の書く所も既に記入してあった。
「これで決まりです。私たちはもう夫婦同然ですので、あなたの入り込む余地はありません。」
「そんな…嘘よ!!嫌!!嫌ぁ!!」
「お前!!なんでそんなのを持って…」
思わず奏に詰め寄る。そんなものを書いた記憶など無いからだ。
「あら?あなたが書いて渡したんじゃありませんか?覚えてらっしゃらないの?」
この前もらった紙は手を付けてないはずだ。
「聖……どうして……どうしてこの女なの?!私にしてくれたことは嘘だったの?!」
「違う!俺は書いてない!!こいつが勝手に……。」
「イヤァァァ!!やめて!!なにも聞きたくない!」
俺が言い訳をする前に、麻子は大声で叫んで飛び出していってしまった。
「…言いましたでしょう?どんな手段もいとわないと。
それに、あなたの事だから、あの人を抱いてなんていないのでしょう?」
「ちくしょう……ちくしょう……」
麻子が出ていったドアを見てうなだれながら呟いた。奏の言葉なんか耳に入らなかった。
全てこいつの思惑通りに進むことが悔しかった……

To be continued....

 

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