「高田、ちょっといいかな。
念のため聞くが沢木とは付き合っているのか?」
ある日の帰り道、唐突に友人からそんなことを聞かれた。
「そ、そそそ、そんな訳ないでしょ」
言葉が上擦る。自然と顔が赤くなっていた。
ひょっとしたら私の気持ち、アイツにも気づかれているかもしれない。
清水は中学の頃からの付き合いだ。
一言で言えば変な奴。具体的に言うなら言動に裏表なくストレートに伝えてくるため、
人によって好き嫌いがハッキリと分かれるタイプの人間。自分が感情表現が下手だから、
その分ハッキリ話すんだと昔言っていた。
「ならよかった。
さすがに君が実は付き合っているとか言ったりしたら泣く泣くあきらめるつもりだった」
「――沢木のこと好きなの?」
今まで誰が好きとか言ったり、誰か好きな人がいるとかいった感じはしたことはない
――後者はあくまで気づけてないだけかもしれないが。
「ああ、そうだ。具体的に自覚したのはつい最近だが、だいぶ前からのはずだ。
彼の事を考えている胸の鼓動が早くなる。自然と目で追いかけている。
一緒に居たいと思っている。もっと知りたいと思っている。
まだまだあるが――。彼の話をしている今、口元が緩んでいる」
あまり人の顔を観察できる様な心理状態ではなかったが注意深く顔を覗いてみる。
確かに普段の顔と比べれば笑っている気がする――あくまで注意深く見ればである。
「ふむ、では自分は明日告白するつもりだがいいな?」
「――なんで私に断るのよ」
「好きなのだろ? 行動の節々に照れ隠し以外の何者でもない部分が見て取れるからな。
本当にいいのだな、私と彼が付き合うようなことになっても?」
確かに好きだ。だからってそんな風にハッキリ言える訳がない。
人の心の奥まで覗き込むように語り掛けてくる。真っ直ぐ前を向いて自分の気持ちを示せと言わんばかりに。
「私も――告白する」
何故そんな事を言ったのかわからない。でも言ってしまった。
少なくとも清水は言った事は必ず実行する。そういう奴だ。
「それは構わないが、順番は私からだ。私も親友とはいえ恋敵相手にそこまで御人好しにはなれないからな」
「……いいわよ」
――しばらくしてから自分の口から出た言葉で全身が緊張している事に気づいた。
* * *
「沢木、ちょっといいかな」
朝の教室、友達と雑談中に清水に呼びかけられた。
「いいけど、何」
清水は真っ直ぐこちらの目の奥を見つめるようにして一呼吸してから口を開いた。
「色々考えたが着飾った言葉はやはり本質を隠してしまう気がするので本当の気持ちだけ言っておく。
好きだ。付き合って欲しい」
教室中に居た人間の視線がこちらに向いていた。爆弾が落ちた直後の如く教室内は静まっていた。
廊下や隣の教室から聞こえてくる声にやたら現実感がなかった。
付き合って欲しいって――遊びに付き合ってとかそっちじゃないよな。前に『好き』だと言っていたし。
頭の中で何かがグルグル回り出す。
「え、と――何で」
前々から変な奴だとは思っていたが、ここまでだとは想像の範囲外だった。
恋愛対象とかそういうものとして考えたことはなかったが、
そんな事を言われて真っ直ぐ見つめられているとドキドキしてくる。
こうして見てる顔は結構綺麗だと思えてくる――
「君が好きになった理由なら説明できないが、好きであるという根拠なら一週間考えて抜いたから言えるぞ。
長くなるがいいか?」
「――いや……いい」
その言葉通り本当に嘘偽りなく長々と話してくれる気がしたから。
――衆人環視の元に。
「返事はいつでもいいぞ」
頬をつねってみる。何故か頬の筋肉が強張っていて掴みにくかった――痛い。現実じゃねえか。
「念のため言っておくが夢などではないぞ」
――ツッコミありがとう。
「雪風のフェアリィ・冬ってさテーマ自体は奥深いんだけど、話の内容としては少し苦しいものがあるとは思わないかな?」
何か訳の分らない事を言ってみる。脳が現実を上手く受け入れようとしていない。
「2001年宇宙の旅を代表とされるような古典的な機械の叛乱の変形としては面白いが――いや、こういう話ではなかった。
私が言いたい事は終った高田、お前の番だぞ」
教室の視線が今度は清水の離れて後ろに居た高田の方に移る。
周りは高田の方に視線が行っていたが、自分としては、SFネタが素直に返された方がいたことの方が驚愕だった
――今まで友達にはスタトレネタすら通じたことないのに。
「どうした? 言えないのなら、こちらが言ってやってもいいぞ」
「黙っててよ!なんでこんな馬鹿に好きですなんて言わなきゃいけないのよ!」
清水に視線を向けている間に、なんか爆心地目がけてもう一発爆弾が落ちた。
ようやく自分の言った言葉の意味を理解したのか顔を真っ赤にして俯いた。
もう一度頬をつねってみる。頬の筋肉がさらに強張っていて掴みにくかった――痛くない。クソッ!やっぱり現実じゃねえか。
「まあ、彼女なりの感情表現の形だ。気持ちはわかる通りだ。夢でも誤解でもない」
ひょっとしてどっかでカメラが回っているのか。それなら一発受けを狙った返事でもしなきゃいけない。
「えっと――じゃあ両方付き合うって事で」ボケとしては無難だと思う。
その言葉を聞いた高田が真っ直ぐ目の前に走ってきた。
「沢木!」顔を真っ赤にしたまま、こちらを睨んで一喝する。
「ハイ!」反射的に背筋を伸ばし返事をしていた。
ビンタではなく拳が頬に飛んできた。
――痛かった。
「大丈夫か、沢木?
高田、愛情表現とは言え、そういう行動は誤解も招くし、少々過激ではないか?
ああ、そうそう自分は付き合ってくれるなら別にそれでも構わないぞ」
――いつだ、ドッキリだと言ってくるやつが飛び込んでくるタイミングは。
口の中には血の味がしていた。