* * *
「……口ではあんな風に言ってたけど、やっぱり怒っててオレなんかと話したくない……か」
繋がらない携帯をみつめ何度目かわからない独り言を呟く。
今彼女の家の前にいる。何度かインターフォンを押したが家族すらいないらしく返事はない。
カイロ代わりに持っていた缶コーヒーは随分とぬるくなっていた。
随分暖かくなってきたと思っていたのに日が沈むと流石に冷え込んでくる。
ひょっとしたら今日はもう帰ってこないのかもしれない。
このまま待つか、待たないか――ポケットの中に手を突っ込むと前に姉ちゃんからもらったメダルが入っていた。
――投げて決める必要なんかない、やりたいことは既に決まってるから。
溜息を吐くと白い煙になった。
部屋に明かりは見えない。ひょっとして今日は帰ってこないのかもしれない。
でも待つ。一秒でも早く会いたいから。流石に来年のバレンタインまでなんて待てないから。
携帯が鳴る。姉ちゃんからだ。
「いい加減帰ってきなさい。ふられたんなら一晩かけてあんたの駄目な所指摘した後、
私の友達でも紹介してあげるから」
「ちげーって!」
それだけ言って一方的に切ってやった。
玄関で深呼吸していただけでケツ蹴っ飛ばされたんだ。
振られて帰るだけならともかく、告白も出来ないまま帰ったりしたら何されるかわからない。
街灯の明かりの下に白い小さなものがちらほらと見え始めていた。
「雪か……」
* * *
――士郎はミカの家へ入っていった。
私がやったみたいに、私から隠れてミカと付き合うつもりなんだ。
それならそうとはっきり言ってくれた方がスッキリするのに……
私以外誰もいない家で私は感覚を閉ざした。
最低の人間を好きになってくれる人がいるわけないでしょ――
昨日ヨーコに言われた言葉が響く。辛い。苦しい。
目を開けると外からはうっすらと白い光が差し込んでいた。朝が近づいている。
変なの――まだ士郎が近くにいる感じがする。
外を見るとうっすらと雪が積もっている。
窓から眺めると――士郎がいた。
頭が空っぽになる訳もわからず階段を駆け下りる。なんであの馬鹿はそこいにいるんだろう。
「あんた、ここで何やってるのよ」玄関を開けた時の第一声だった。
士郎は私の家の前で座り込んでいた。その隣には缶コーヒーで築き上げられたピラミッドが存在していた。
「告白しにきた、ついでにこれ返しに来た」
全身を震わせながら士郎は笑いながら私のマフラーを手に持っていた。
「さすがにこの季節一晩中外ってのはきつい。
いるならインターフォン押したら出てくれよ、凍死するかと思ったぞ」
なんで笑っているのよ、こいつ。
「……なんで昨日ミカの家に行ってたのよ」
「先にきっちり別れておきたくてさ。スッパリ別れた」
「あんたみたいな馬鹿好きになる子なんてもういないよ……」
「あー、もう一人ぐらいいると思ったけど無理か」
「知っているけど……その子嫉妬深くて独占欲ばっかり強くて全然可愛くない子だよ……」
「かまわないよ」
「その子きっと他の女の子と少しでも仲良くしているだけ怒るよ」
「じゃあ、オレもお前が他の男の子と仲良くしていたら怒る」
「その子きっと、士郎が他の女の子から義理チョコでも貰ったりしてたら怒るよ」
「じゃあ、オレもお前が他の男の子にチョコ上げたりしたら怒る」
「私、他の人の事好きになるかもしれないよ?」
「じゃあ……オレも――あー、それは無理だ」
「……あんた、馬鹿でしょ。あんたみたいな馬鹿相手付き合ってくれる女の子なんてもういないよ。
可哀想だから私が付き合ってあげる」馬鹿すぎて涙がとまらない。
「……ありがと」
「徹夜明けだから、さすがに今日は学校休む。テストもう直ぐだからノートとかよろしく」
それだけ言って帰ろうと歩いていく士郎はまっすぐ歩いていない。
まるで酔っ払ったみたいに体が大きく揺れている。
――あ、転んだ。
「あんた正真正銘の馬鹿でしょ、一晩中家の前で待って風邪ひくなんて」
「かもしれない」
何度目か分らない言葉を再びかける。
今士郎は私のベッドで横になっている。
忘れかけていた雰囲気だ。ちょっと前の私達二人にあった空気。
でも決定的に違うことが一つある、私達が恋人だってこと。
「おまえ学校はいいのか?」
確かに時計を見ればそろそろ時間だ。
「今日はずっと士郎を看病していて上げる。
私一人学校に行ったらどうなると思う? 私、皆に士郎に散々弄ばれた挙句――」
「わかったって」少し困った顔しながらも笑って返事していた。
――明日学校に行ったら皆に言おう。私達付き合ってますって。
恋人だから、ずっと一緒にいたいから。
「おかゆ作ってきてあげようか? ふーふーしながら食べさせてあげる」
「いいって」
「子守唄うたってあげようか?」
「お前恥ずかしい台詞連発しすぎだぞ。風邪で寒気しているのか、
恥ずかしくて寒気しているのかわかんなくなってきたぞ」
自分だってついさっき一緒になって人に聞かせられないような台詞連発していたくせに。
覚悟しなさい。これから毎日恥ずかしくなる台詞きかせてあげるから。
「だってもう好きって気持ち隠さなくていいもん。ずっと一緒だもん」
今はそっと手を握っているだけ。それなのに好きって気持ちが奥からいくらでも湧き出てくる。
士郎が私を好きでいてくれる。ずっと望んでいたこと。
「そういえばミカと別れる際に、
電話はまたする、ホワイトデーのお返しはちゃんとするって言っちゃったけど、
嫉妬深くて独占欲の強い可愛い子は許してくれるかな?」
「許す――でも、いつも私が電話しているから私以外に電話は出来ない。
それから私のホワイトデーのお返しは――」
「お返しは?」
「ロングマフラー。二人一緒に巻ける位長いの」
それを一緒に巻いて歩くんだ、誰から見ても恋人同士だってわかるように。
「恥ずかしいな、それ……」
携帯が鳴る。私のじゃない士郎のだ。
「ちがう。それも違うって。あーうん、わかった。今日はちゃんとと帰るから」
――誰からだろう。
「誰から?」
「はは、姉ちゃんから……告白しにいってそのまま彼女の家なんか泊まるなだってさ。
それから後でちゃんと紹介しろってさ」
「うん、今度行くから」
「かなりだるくなってきたから、病院開く時間になったら起こしてくれ」
士郎は目を閉じた。しばらくして規則正しい呼吸音だけが聞こえてきた。
キスしてもいいよね――恋人だから。
寝息を立てている士郎の顔の上に移動して、そっと唇を重ねる。
「風邪うつるぞ?」うっすらと士郎は目を開けていた。
――起きてた。
顔に全身の血液が回っていた。
* * *
二月十四日。
「あ、神崎先輩」
後輩の子に呼び止められた――が、
マフラーの共有者はおかまいなしに歩いていこうとするため首がグイグイ引っ張られていく。
「悪い、またあとでな」
それだけ言って後輩とは別れた。
「士郎、あの子と最近よく話してる」
「中学の時同じ部活だっただけだって」
人の言い訳を無視してグイグイと智子は前へと進む、
このロングマフラーは犬の散歩時の紐の役目を果たしているのかもしれない。
最近そう思うようになってきていた。
どっちが飼い主でどっちが犬かは――やめよう、そういうの考えるのを。
「ほら、義理だ」教室つくと田中がそういってチョコを投げてきた。
それを受け取ろうとした瞬間に智子に綺麗にカットされた。
「ミカには前もってい言ってたけど、士郎は私だけので十分だからね」
没収されたチョコをしまいながら智子はオレに同意を求めてきていた。
「でもホワイトデーに三倍返しよろしくね」田中はケラケラと笑っている。こいつわかっててやってるな。
「ああ、そのことなんだけど――」今朝見た姉の意味深な笑顔を思い出しながら答える。
「なに?」
「義理なら今朝姉ちゃんから貰ったんだけど」
「――帰りにちゃんと没収しにいくから」声が少し低くなっていた。
――姉ちゃん、きっとわかっててハート型なんて送りやがったな。 |