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鏡 -鏡のセカイ編-

Ryo side
Mayu side
True
Revenge
Dimention
Epilogue

 

1

今日は朝からおかしい日だった。
携帯のアドレスやメールは消されてるし(真奈がやったのだろう)、真奈はずっと腕に付いたままだし、
その目は曇ったままだった。
他の女が話しかけて来ただけで睨んで追い返すし、コンビニの店員と目が合っただけで嫉妬の嵐。
なにより…真由のことをなにも意識していなかった。

「どうして私以外の女に近付くの?私がいればいいじゃない。」
「無茶言うなよ。」
ずっとこんな感じだ。
おもいきって真由のことを聞いてみた。
「なぁ…真由はどうした?帰ってきたのか?」
その言葉を聞いた途端、真奈の顔色が変わった。
「アハハハ、真由ちゃんとはね、ひとつになったんだよ」
「ひとつ?」
その言葉の意味が分からなかった。
「うん……ふふ、私の部屋に来て。」
そう言って腕をつかまれ、真奈の部屋へと連れられていく。
あの日以来、一度も入っていないが…
ガチャ
「う!」
ドアを開けた途端、強い腐臭が鼻をさす。吐き気を催すほどだった。
その匂いに真奈は気にする事なく奥へと入っていく。俺もハンカチを鼻にあてついていく。
「真由ちゃんはね…ここ。」
ガチャ
真奈の部屋のドアが開けられた。そこは…地獄だった………
「う!真由!?…ぐぅ…おぇぇ…」
余りの光景に、言葉もなく、匂いと入り交じって嘔吐してしまった。
部屋中は血の海だった。壁、床、天井。全て血に染まっていた。
ベットの上には、女の体があった。だが、腐敗が進み、所々破損していた。でもわかる、これは真由だ…
「おい…真奈…うぅ。なんだよ。これ…」
激しく吐いたため、喉が切れたように痛い。枯れ切った声で真奈に聞く。
「アハハハ、真由ちゃん私にあんなひどいことするんだもん。だからお仕置してあげたの。
でもねえ、真由ちゃん、本当に涼くんのこと好きだったみたいだから、私とひとつになったの。
ふふふ、優しいでしょ?私って。」
『ひとつ』
そういう意味か。余りにも常識から外れている。冗談で済まして欲しいぐらいだ。
どうしてこうなった?
いつ
どこで
だれが
なんで
なんのために
ほんの一週間前までは普通に、幸せに暮らしてきたんじゃないか。いつの間にこんな…
まるで『鏡』のように反転した世界になったんだ?

「ふふふ…だからね、涼くん。涼くんも私とひとつになろう?そうすれば、
私達三人、ずぅーと一緒だよ?私、死ぬまで他の男と喋らないから。ね?」
気が動転している間に、真奈が耳元でそう囁いた。

ドス

「!!!」

気付いた時には遅かった。ゆっくりと下を見ると、包丁が深く、腹に突き刺さっていた…
「あ?…え?…」
不思議と痛みは感じない。ただ、悲しかった。
誰のせい?
なんでこうなった?
そんなの決まってる。全部俺のせいだ。
真由が死んだのも、俺のせいだ。
俺は真由が迷っていた時、なにをしてやれた?なにもせず、ただ逃げていただけだ。
そのせいで今度は真奈まで壊れてしまった。守れなかったじゃないか!
思い出が走馬灯のように駆け巡る。




雨の日
真奈達の両親が事故で死んだ日。
二人は悲しみに沈み、ろくに食事もとらなかった。
だから俺は二人にこう言った。
「俺がいる。決して俺はどこにもいかない。だから俺がお前たちを守ってやる。幸せにしてやる。」
今思えば、他人を幸せにするなど、なんて無責任な言葉だろう。俺自身、もう忘れていた。
でも二人はその言葉を信じてきたからこそ、今まで生きてこれた。
でも、俺がその約束から知らず知らず逃げていたから、こうなってしまった。
結局、真由も真奈も守れなかった。
俺は…最低な奴だ!!

気付けば、自分の目からは涙が流れていた。いつだろう。最後に泣いたのは。
もう記憶にない。でも、この涙は、決して忘れないだろう。
グッ!!
強く、強く。もう離さないように真奈を抱き締める。まだ、死ぬには早い。もう少しだけ保ってくれ。
死ぬ事で逃げることはできる。でも逃げる事に残る物は悔いだけ。今までだってそうだった。逃げ続けた結果がこれだ。
自分に対して。
自分の大切な人に対して。最後ぐらいは正直に…

「真奈…ごめん。」

「え?」

「今さら…昔の約束思い出した。お前達を幸せにしてやる、守ってやる…って。
…あの言葉を聞いた時のお前達、笑ってくれたよな。俺を信じて…一緒に生きていけるって言ったよな?
それなのに…俺、なにもしてやれなかった。…ただ…口先だけで、ただ一緒にいただけだった…。
そのせいで…こんな事になっちまった。」
「そんな…ずるいよ…涼…くん…。こんな時に…思い出すなんて…ずるい…よ…」
真奈の声は震えていた。
「あぁ…ずりぃよなぁ……。だから…さ。最後ぐらいは…お前の本当の気持ち……俺にぶつけてくれよ。
苦しいんだろ…?
つらいんだろ…?
そりゃ…そう…だよな…自分の…た、大切な…妹を…殺しちまったん……だもんな。
だから、だからさ……泣きたいなら、泣いてく、くれ…よ。。おれが全部、受け止めてやるから
。俺が…できるのは、もうそれぐらい…しかないから。」
その瞬間、真奈の目からは、大量の涙が溢れていた。
「うわああぁぁん!涼くん!わたし…わたしぃ…真…由を……涼くん…まで。うあぁぁぁ!」
まるで子供のように泣き続けている。余程我慢していたのだろう。堪っていたものをすべてはきだすように泣いた。
俺は真奈を抱き締め、優しく頭をなでていた。
「あー…や…べぇ…」
視界がぼやけてくる。もう限界に近いのだろう。あれだけ保てばたいしたものだ。
ドサ!
立つ力も無く、そのまま仰向けに倒れこむ。

「り、涼くん!」
真奈が顔を覗き込む。もうその目は濡れてはいたが、曇ってはいなかった。それが嬉しかった。
真奈の頬に涙を拭うように手をあてる。
「…涼くん…私……どうしたら…」
…最後に笑った顔がみたかった。嫉妬に狂ったのでは無い、本物の笑顔を。
いつも真奈は明るく笑っていた。あれは俺の分まで笑っていたんだろう。
最後まで、真奈は真奈でいてほしい。だから…
「…真奈……最後、ぐら、い……………笑ってく…れない、か?」
「う…ん」
真奈は笑った。泣き顔のまま、笑顔なんていえるようなもんじゃなかったけど、
いままでで一番綺麗な顔だった。
「ありがとよ…愛してる…」
自分でつぶやいた声でさえ聞こえなかった。真奈は聞いてくれただろうか。最初で最後のこの告白を
全身の力が抜け、顔が横になる。意識は消え、睡魔に近い感覚に襲われる。真奈が何か叫んでいたが、聞こえなかった。
自分でつぶやいた声でさえ聞こえなかった。
これが死ぬってことか。
寝るのに近い。
これなら恐怖もない。

それに、自分の命の代わりに大切な物を取り戻せた。

失ったものは大きいかもしれないけど、自分にしかわからない、何にも優る、大事なものを……



世界が閉じる。
目に入るのは、机から落ちて割れていた『鏡』だけ。



……なんだよ
……………俺らしくないな
まぁ、いっか。最後ぐらいは



その鏡の世界には、微笑んでいる俺がいた

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