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合鍵


21

屋上に独り残された藍子。
敗北感と、孤独感と、寂寥感と、そして、うねる様な嫉妬感が胸にあった。

気がつくと、自分の部屋にいた。
どうやってここまで帰ってきたのか、記憶が無い。
帰宅中の藍子を見た人がいれば、藍子を夢遊病かと思っただろう。

涙が、止まらない。
止めるつもりも無かった。
もう、元也の近くにいる事さえ出来ない。あの女がいる限り、ダメなのだ。

なんで、あの女なんだろう?なんで、こんな事になっちゃったんだろう?
あの、二日間?もとくんと一緒に帰らなかった、あの二日間?
私が側にいなかったから、もとくんを、あんな女に、獲っていかれたの?
あの女は、ずっと、私がもとくんから離れるのを、狙っていたの?
たった、二回、もとくんと一緒に帰らなかっただけで、こんな事になったの?
じゃあ、ずっと、一緒にいれば、良かったのね?
他の女に、手を出せる隙を与えちゃ、ダメだったのね。
ずっと、私の目に入る所においとかなきゃ、いけなかったのね。

セーラー服を脱ぎ、下着も外した。
そして身につけたのは、いつか持って帰った、元也の寝巻きだ。
それを身に付け、彼女は、ベットに横たわる。
せめて、元也のにおいに包まれて、眠りたかった。
しかし、一度洗濯した元也の寝巻きからは、彼のにおいは消えていた。
その事がまた悲しくて、彼女は泣いた。

電話が鳴った。
寝ぼけながらも、元也は電話を取る。
誰だ?こんな朝っぱらから。
元也「…もしも、し?」
サキ『もしもーし、はにゃっほ〜
    起きた〜?』
元也「…サ、キ、さん?……どしたんです?こんな早くに」
サキ『モーニングコールだよん』 

時計を見る元也。
あれ?と思う。
藍子がいない。いつもの起こしてくれる時間は、もうすぐだ。

元也「ああ、ありがとうございました」
サキ『うん、じゃあ、遅刻しちゃ、ダメだよ。学校で会いましょう』

なんで、藍子がいないんだろう?体調、崩しちゃったのかな?
とりあえず、朝ご飯だ。

 

リビングに降りて、パンを焼く。
いつもなら、そこにはパンとサラダと目玉焼きが、用意されているのに今日は無い。
贅沢に慣れちゃったなあ、と思うと同時に、改めて、藍子への感謝の念が起きる。

顔も洗い、制服に着替え、玄関を出る。
だが、何となく力が出ない。理由は分かっている。朝ご飯が貧相だったからだ。

なんで、藍子、来てくれなかったのかな?
藍子が心配になってきた。腕時計を見る。遅刻ギリギリだ。
少し考えた後、決めた。藍子の家に言ってから、学校に行こう。
今更、遅刻を気にするのも馬鹿馬鹿しい。

藍子の家のインターホンを押すと、藍子の母が出た。
藍子の事を尋ねると、案の定、体調が悪いそうだ。昨日帰ってきてからずっと寝込んでいるらしい。
お邪魔します、と言って、家に上げてもらう。
そして、二階の藍子の部屋に向かった。

眠っていた。
悲しい夢を見ながら、眠っていたのに、玄関から元也の声が聞こえると、一気に覚醒した。
迎えに来てくれた!
心の底から、喜びが沸き起こる。
だが、それが何になるのだ。
もとくんは、もう、サキさんのものなのだ。
そう思うと、喜びが消え、再び寂寥感だけが胸に残った。

部屋のドアがノックされた。
藍子は起き上がろうとしたが、自分が元也の寝巻きを着ていることに気がつき、慌てて布団を被った。

入るぞー、と言いながら、元也が部屋に入ってきた。
元也「大丈夫か?風邪か?」
藍子「…うん、大丈夫、ちょっと、頭が痛いだけ」
元也「そっか、じゃあ、大丈夫かな。
    早く良くなって、朝ご飯作りに来てくれよ。食パンだけだから、なんか力が出てこないよ。」

その言葉に、涙が出そうになる。
けど、もうそれは出来ないのだ。あの女がいる限り。
涙を隠すため、横向きになる藍子。

元也「じゃあ、遅刻しちゃうし、もう俺いくから。
    大人しく、寝てろよ?」

…遅刻?ふと気になった。私が起こしてないのに、何で、もとくん、ちゃんと起きれているの?
藍子「…ねえ、今日、ちゃんと独りで起きれたの?」
元也「ああ、うん、けさ、サキさんがモーニングコールしてくれたんで、助かったよ」

藍子「サ、キ、さん」
元也の口から、その名前が出てくると、切れた。

 

藍子「…ねえ、もとくん、サキさんと、何なの」
元也「何なのって?え?」
藍子「とぼけないで」
元也「………
    ああ、知ってるのか。うん、そうなんだ。サキさんと俺、なんと言うか、さ」
藍子「サキさんのこと、好きなの?」
元也「当然だろう」
藍子「どこが?」
元也「どこって、言われても」
藍子「なんで?」
元也「?藍子、どうした?」
藍子「なんで、私じゃなくて、サキさんなの?
    私、今までずっと、もとくんの為に頑張ってきたじゃない!」
元也「藍子?」
藍子「それなのに、どうして、私から離れちゃうの?
    そんなの、おかしいじゃない!!!!
    そんなの、ひどすぎる!!!!!!!!!
    別に、別に、もとくんに気に入られたいから、今まで頑張ってきたわけじゃないけど、けど、
    もとくんが喜んでくれるならって、それで頑張ってきたけど、でも、でも、こんなの、ひどいよ!!!!
    私、もとくんの好きな食べ物も知ってるし、好きな事だって知ってる!!
    だって、小さい頃から、ずっと、見てきたんだもん!!!!十年以上!もとくんだけを想って
    生きてきたんだよ?
    それなのに、それなのに、それなのに!!
    見てよ!これだって、そう!このもとくんの寝巻きだって、そう!!
    もとくんが離れていって、寂しかったから、これを着て、自分を誤魔化してたんだよ!?
    こんなに想ってるのに、こんなに想い続けてきたのに、なのに、あんな、急に出て来た人のところに
    行っちゃうの!!!!???
    おかしいよ!!!!!!!!!こんなの!!!!」

藍子の迫力に驚いていた元也だったが、藍子から目を逸らし、
元也「……ごめん…」
とだけ言った。

藍子「もういい!!
    もう、こんな、ひどいもとくんなんて、いらないっ!!!消えて!!!!
    私を一番に想ってくれないなら、もう、いい!!!!
    二度と、こないで!!!!もとくんなんか、サキさんと一緒に死んじゃえ!!!!」

元也「…ごめん…」
ポツリとそう呟くと、元也はベットサイドから立ち上がった。
藍子「ま、待って!!!!!」

藍子「違う!!いまの、違う!!!
    違うから、わたし、そんな事思ってない!!!!
    違うの!!!いいの!!!いいから、私、二番でもいい!!ううん、もっと下でもいい!!
    だから、だからお願い、側に、いて。側にいさせて。お願い。
    何でも言う事、聞くから。お願い、近くにいさせて。お願い!!!!! 
    おね、がい、だから、………おね…が……い、し…ま……すから…」
最後の方は、もう、ことばにもならず、嗚咽のみが出ていた。

縋り付く様な藍子を、元也は抱きしめてやりたかった。
けど、それはもう、出来ないのだ。
サキと付き合うことになったのは、後悔してない。サキを愛していると、胸をはって言える。
それでも、元也は、自分が、間違ってしまったのかもしれないと、そう思ってしまった。
藍子も、サキと同じくらい、いや、ひょっとしたら、それ以上に、大事な人だから。

22

私を一番に想ってくれなくてもいい。
ただ、近くにいられるだけで構わない。
私は幼馴染だから。
恋人なら、いつか別れる時が来るかもしれない。
けど、幼馴染の繋がりは、切れることは無い。
これから先、永遠に繋がっていられる。
だから、私はこのままで、いい。まんぞく、しなくちゃならない。
私は、幼馴染だから。
だから、もとくん、そばに、いさせて。もう、困らせないから。わがまま、いわないから。

土曜日、日曜日の連休の間、藍子は家から一歩も出なかった。
外に出て、元也とサキが一緒にいる所を偶然見てしまうことが怖かった。
だから、ずっと、ベットの上で、泣きながら過ごした。

休み明けの月曜日、藍子は泣きすぎて真っ赤に腫れた目を気にしながらも、学校に向かった。
いつまでも泣いているのは、サキに負けた気がした。

無意識に、学校とは逆方向、元也の家のほうに足が向いていた。最初の角を曲がったところで、
もう自分が元也を起こしに行く事はできない事を思い出した。

涙が溢れそうになったが、唇を噛んで我慢した。
もう、気にしないことにしたのだ。
私はただの幼馴染。もう、それ以上を望んでしまえば、元也の側にいる事は出来ないのだ。

元也を起こしに行かないので、いつもよりずっと早く学校についた。
自分の席に座る。窓際なので、グランドが見える。
正門を眺める。
元也が来るのを、せめて、遠くから見たかった。

その日、藍子は元也とは一言も喋らなかった。藍子の方から元也を避けた。
話せば、こらえているものが溢れ出て、止められなくなる事が分かっていた。
それでも、視線は常に元也を追ってしまう。

放課後、元也は美術室に向かう。教室を出る時、藍子の方を見た。だが、藍子の方から
目を逸らした。元也は何か言いたそうだったが、気付かない振りをした。

下駄箱の前で、上履きから、革靴になる。
今日、何とか泣かずにすんだ。このまま、この悲しさが消えていくまで、こんな風に、過ごそう。
きっと、いつか、もとくんと自然に話せる時が来るはずだ。
………………ムリ。そんなの、無理。この悲しさが、消えるはずは無い。

涙が、ぽとり、と落ちた。
慌てて目を擦っていると、後ろからクラスメートに声をかけられた。

「あ、丁度良かった。藍子、このノート、元也君に返しといてくんない?
  一昨日借りてたの、すっかり忘れちゃってさ、謝っといてね!」
それだけ言うと、そのクラスメートは走り去っていった。ジャージに着替えているので、
これから部活があるのだろう。

藍子に元也への返し物を預けるのは、当然のことだった。この二人がいつも一緒にいる事を知らない人間は、
クラスにはいないのだから。
しかし、今現在の、藍子と元也の微妙な関係を知っているクラスメートはいない。

元也のノートを渡された藍子は、立ちすくんでいた。
今、元也には会いたくない。
しかも、今、元也がいるのは美術室、サキと一緒にいるところなのだ。
絶対に、見たくなかった。

それでも、元也が困るかもしれない、そう思って、美術室に行く事にした。
美術室へと向かう間、ずっと地面が揺れている気がした。

美術室のある四階への階段を登りきった途端、美術室のドアが開いた。
思わず、隠れてしまった。
何で隠れなきゃいけないのよ、と思い直し、美術室の方を見る。

心臓がギュウっと、縮んだ。
サキに腕を引かれて、元也が歩いていた。そのまま、二人は屋上へと向かう。

思考が停止したまま、後をつける。
屋上のドアの影から、二人の様子を覗き見る。

二人は、キスをしていた。

キスをしているサキと、目があった気がした。ただの気のせいかもしれない。
それでも、その場から、逃げた。

家に帰り、自分の部屋のベットに潜り込んだ。
諦めると決心した事も頭から吹き飛び、ただひたすらに、絶望感があった。

元也から貰った合鍵を、握り締める。
これだけが、支えだった。けど、もう、これさえも、何の意味も無いように思えてきた。

……
………………
………………………
…………………………………………………ああ、そうだった、の、ね。
ああやって、私のもとくんを誑かしていたのね。あの女は。
ああやって、あの汚い女は、もとくんを騙したんだ。
救ってあげなきゃ。
わたしが。

むくり、と藍子が起き上がった。
時計を見る。夜の二時だ。
フラフラとおぼつかない足取りで、家を出た。裸足である事も気がついていない。

元也の家の前まで来ると、合鍵をさしこみ、音を立てないように回した。
ゆっくりと、足音を立てないようにしながら、道具箱を探した。
道具箱から、一つ二つ、物を取り出す。

元也の部屋のドアをあける。
電気をつけないでも、月明かりで部屋の様子が見えた。
元也はぐっすりと寝込んでいた。
その事を確認すると、元也のベットの下から、元也が隠している本を取り出す。
流石に月明かりでは読めないので、デスクスタンドを灯した。
その本で、手の縛り方を確認すると、スタンドの電気を消した。
そして藍子は、寝ている元也の方へとセーラー服のスカーフを外しながら、向かっていった。

23

唇に何か当たる感触がある。
何かなと、目を開けると、月明かりの中、藍子が被さってきていた。
下着姿の藍子が自分の唇を絡みつくように元也の唇に当てる。一方的な、濃厚なキス。

なんだ、夢か。こんな夢見て、サキさんに申し訳ないなあ。
そんな事を思い、この夢を振り払うため、寝返りを打つ。

「もとくん」
藍子の声がハッキリと聞こえた。
あれ、と思っている間に、グイっと体を仰向けにされた。
そしてまた、口の中に藍子の舌を入れられた。

口の中で蠢く藍子の舌がやけに生暖かい。
藍子の荒い息がやけに大きく聞こえる。
体に乗っている藍子の体温が熱い。
頭が覚醒してくる。

元也「あ、藍子?」
何してんだよ!と、体を起こそうとしたが、出来なかった。
手首を縛られて、ベッドにくくり付けられていた。

そんな元也の様子を見ると、藍子は満足そうに微笑んだ。
そしてまた、元也の口に舌を這わせる。

止めてくれ!そう叫んだが、藍子は聞く耳をもたない。
もう一度叫ぼうとしたときに、元也は気がついた。

藍子が、泣いていた。

泣きながら元也にキスをして、泣きながら元也の首筋を舐め、泣きながら元也の顔を
撫でていた。

こんな事をしながら、ずるい、そう思う元也。
藍子に泣かれたら、元也はどうしようもないのだ。

藍子「もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、
    もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん」
元也の名を呼び続けながら、元也の体に自分の体を擦り付ける。

藍子「もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、
    もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん、もとくん」
元也の左足を、両のふとももで挟み、腰を動かす。鼻にかかった甘い声が、藍子から漏れる。
だが、それでも元也の名を呼び続ける。

お互いが汗まみれになった頃、藍子が下着を外し、元也の腰の上に膝で立った。

そして、元也を受け入れた。
初めてなのだ。快感など無く、痛みしか無い。
だが、一言もそんな事を漏らさず、腰を動かす藍子。

そんな藍子の痛々しい様子を見たくなく、目を逸らす元也。
だが、藍子に頬を持たれ、
「私を見て、お願い……」
と言われ、藍子を見る。藍子は、涙を流しながら、微笑んでいた。微笑みながら、泣いていた。

その涙を拭いてやりたいが、両手は縛られていた。
縛られていなければ、藍子を受け入れはしなかった。

事は終わり、藍子はセーラー服を着なおした。
そして、まだ縛られている元也に顔を近づけ、キスをしようとする。
だが、元也は顔をそむける。

顔を逸らしたまま、元也が、ごめん、と言った。

藍子が息を飲むのが分かった。

藍子「…………………これでも、まだ、だめなの?
    ……………サキさんと、いっしょのこと、しても、だめなの?
    ………………………なんでよう……………
    どうして、なのよう…………………」

カチカチカチ、と音がした。
カッターの刃を出す音だ。

なまぬるい液体が、元也の胸にぼとり、ぼとり、と音をたてて落ちてきた。

藍子の手首から、その液体は落ちていた。

その液体が、藍子の血だと気付くまで、数秒かかった。

血を流しながら、藍子は元也の隣に横になる。
藍子「ねえ、もとくん、もう、一緒にいてくれないなら、せめて、さいごは、
    となりにいてね。さいごの、おねがい」
正気を逸した瞳で、微笑む藍子。
血が流れている方の腕で、元也の頬を撫でる。

元也は縛られている腕を解こうとするが、よほど上手く縛ったのか、びくともしない。
焦る元也。血は、勢いを弱める事無く出続けている。

元也「藍子!しっかり、しっかりしろお!!
    眼ェ、開けろっ!!!!
    分かった、もうお前から離れない、ずっと、お前の気がすむまで一緒にいるから、
    頼む、頼むから、死ぬな!!!死なないでくれえっ!!!!!!」

力一杯で叫んだが、藍子は反応しない。
そうしている間にも、ベッドのシーツは、どんどん赤く染まっていった。 

24

病院の売店で買ってきた花を、花瓶に移す。
寝ている人間を起こさないよう、音をたてないように注意する。

「あ、お花、買ってきてくれたんだ」
藍子が微笑みながら、元也に声をかけた。

元也「ああ、起こしちゃったか、ごめん」
藍子「ううん、いいの。もとくんが来てる時は、起きときたいから」

そう言う藍子の腕には、点滴の針が刺さっていた。

藍子が手首を切った後、元也は足の指を使い、藍子が使ったカッターで縛めをとき、
急いで救急車を呼んだ。
幸い、命に別状があるとのことは無かった。
しかし、リストカットの痕は、残ってしまうらしい。

元也「じゃあ、俺は帰るから、安静にしとけよ?」
元也が腰掛けていたベットから立ち上がると、
藍子「待って!!!」

藍子「行っちゃ、ヤダ」
元也「でも」
藍子「言って、くれたじゃない。
    ずっと、側にいてくれるって。
    私の側に、いてくれるって。
    聞こえてたんだよ?あのことば」

うっとりと元也を見ながら、
藍子「もとくん、やっと、正気に戻ったんだよね。
    もう、離さないから。
    もう、他の人のところに、行っちゃ、だめなんだから。
    だから、ここに、いなきゃダメ」

そう言って、元也の手を繋ぐ。

藍子の言う事を聞かないと、何をするか分からず、その怖さが元也を、藍子の言いなりに
させていた。

辺りも暗くなってきた。
看護婦さんが、元也に消灯時間だから帰るように言った。
元也がベットから立ち上がろうとすると、藍子が繋いでいた手に爪を立てた。

元也「いたたたたっ、何すんだよっ」
藍子「どこにいくの!!!!!!!」
元也「どこって、もう消灯時間だって、看護婦さんも言ってたろう」
藍子「騙されないんだからっ!!!
    そんな事言って、他の人のところに行くつもりでしょ!!!
    だれっ!!??さっきの看護婦さん!?それとも、サキさん!?
    言ったじゃない!!!!うそつきっ!!!
    私の側にいてくれるって!!!」

半狂乱と言ってもいいような様子に、元也は何もいえなくなった。

 

元也「わかった、分かった、ここにいるからさ、落ち着いてくれよ。傷にも悪いよ」

そう言って、なだめると落ち着いてきた。

藍子「じゃあ、ここにいてくれるのね?どこにもいかない?側にいてくれるんだよね?
    ……じゃあ、はい、入って」
そう言って、藍子は掛け布団をめくり挙げる。
一緒に寝ようと言う事らしい。

大人しく、布団に入る元也。
藍子はいまさら、えへへ、と照れていた。

元也「はやく、寝ろよ」

何分か経った頃、藍子が起きてる?と声を出した。
起きてるよ、というと、なんか、寝付けないね、と返事をする。
藍子「ねえ、この前みたいな事、したほうが、いい?」
と囁く。

後ろで、衣擦れの音がする。

元也「バカ言うな!お前、まだ点滴うってんだぞ?無茶も大概に言えよ」
叱る元也。
叱った後、しまった、言い過ぎたか?と思っていると、
藍子「うん、そうだね。
    ここを出れば、そんな事、いつでも出来るんだもんね。
    私も我慢するから、待っててね、もとくん
    ……でも、我慢するぐらいなら、私に言ってね」
頬を染めながら、藍子は言う。

恋人のようなセリフだ。
いや、藍子はもう、元也の恋人になっていると疑う事も無い。

しばらくすると、やっと藍子が規則正しい寝息を立て始めた。

これから、どうしようか。そんな事を思い、溜息を付く。
サキさんに、なんて言おう。
きっと、呆れて、俺の事、嫌になるだろうな。振られちゃうだろうな、きっと。

そう思うと、かなり寂しいが、だが、そうなるのが一番楽なのかもしれない。
そんな事を思っているうちに、元也も眠りに引き込まれていった。
サキさんの事を思って眠りに着いたので、サキさんの夢を見るかも、サキさん、って寝言で言っちゃって、
それを藍子が聞いたらどうなちゃうだろ?
想像しただけで怖くなり、考えるのを止めた。

25

病院前のコンビニで雑誌を買い、藍子の病室に戻るため、ロビーを通る元也。
こうやって元也が自由に行動できるのは、今のように藍子が薬で眠っている時だけだ。

ロビーの待合場を通り過ぎようとした時、後ろから声をかけられた。
その声には聞き覚えがあった。後ろを振り返りたくなかった。

「……事情は分かるけど、電話の一本ぐらい寄越してくれても良いんじゃない?」
元也「………ゴメン、サキさん」

顔を見なくても、声だけで、サキの不快感が伝わってくる。

藍子の両親から、リストカットの事は学校に言わないでくれ、と頼まれ、元也もその方が
良いと思い、誰にも言わず黙っていた。
しかし、家に服を変えに言った時、元也の家の前で待ち伏せしていたサキに捕まり、彼女だけには
本当の事を話したのだった。
ただ、藍子が手首を切るまでの状況は隠して。

サキ「で、藍子ちゃんの容態はどうなの?」
元也「命がどうこうって事は無いようです。
    ただ、手首には傷が残ってしまうらしいです」
サキ「そう、残念ね」
元也「はい、やっぱり、女の子ですから、傷が残るのは、可哀想ですよね」
サキ「…………」

エレベーターの中で、すっかり消耗しきった元也を見ながら、サキは考える。
やっぱり、あなたはいい子ねえ、元也君。
私が残念がったのは、藍子ちゃんが死ななかった事なのに。
ホント、死んじゃってくれれば良かったのに。中途半端な。

自分が、こんなに酷薄な事に驚きながらも、藍子の生存が不愉快だった。
こんな嫌な女になるとは、自分が信じられない。

元也「…本当に、お見舞うんですか?」
サキ「当然よ、元也君の幼馴染が大変なんですもの、私も当然心配だわ
    ……………それとも、私が行ったらダメなのかしら?」

今なら、藍子も薬が効いて、一時間は起きないはずだ。
その間に、ちゃちゃっと済ましてもらえば、良いだろう。

藍子の、サキへの嫉妬心は、既に嫌と言うほど見せ付けられていた。
だが、まだ、元也は気付いていなかった。
サキもまた、藍子への嫉妬心がその胸に溢れんばかりにあることを。

サキ「ふーん、良く、眠ってるわねえ」

スヤスヤと穏やかな顔で眠っている藍子。

そういえば、藍子ちゃんが私を睨んでない状況ははじめてかしら?
こうやって見ると、本当にかわいい娘ね。

視線を、顔から腕へと移す。手首には包帯が巻かれ、逆の腕には点滴がしてあった。

何でまた、こんな事したのかしら?
理由は分かりきっている。
元也の気を引くためだろう。
なんていやらしい子。こんな幼い顔してるくせに、やる事がえげつない。
それとも、幼いからこそ、こんな直接的なことするのかしら?
でも、元也君、あなた、こんな方法で、転んだりしないでしょうね?

元也「あと、一時間は起きないと思いますよ。
    すいません、わざわざ来て貰ったのに」
ほんとは、助かったけど。

サキが買ってきた花を、花瓶に移しながら、元也はそう言った。

その元也の後姿を見ていると、急に、もう何日かキスもしていない事が思い出された。
藍子を見る。本当によく寝ている。………ここは、個室だ。うん、大丈夫。窓は……
外から見られる心配も無い。唾を飲む。

サキ「ねえ、元也君……」
後ろから元也に抱きついて、体を擦りつける。
そのまま、顔を元也の方へ向ける。後は、元也がこちらに首を回せば良いだけだ。
サキの好きな、キスの仕方だった。

だが、いくら待っても、元也は顔をサキのほうへ向けない。
更に強く、体を、密着させる。それでも、反応が無い。

元也「ごめん、サキさん……」
絞り出すような声で、元也が呟いた。

その一言で全てを悟った。
体を密着させたまま、サキは問う。

サキ「藍子ちゃんに、何言われたの?
    藍子ちゃんに、何されたの?
    ……いいえ、大体は想像つくわね
    最低ね、この子。
    こんな子の言う事、聞く事無いじゃない。
    ほっとけば良いじゃない」

元也「ごめんなさい。
    ……けど、こんな状態のこいつ、ほっとけるわけ無いじゃないですか
    それに、こいつ、俺が側にいなきゃ、また同じ事しちゃうかもしれないんです。
    おれが、側にいなきゃ、ダメらしいから…
    ゴメン、サキさん」

 

………………………ふうん、そう。
元也君が、側にいなきゃ、ダメ?
そんなの、私も一緒よ。
そっか、その事が、伝えられていなかったのね。
それに、さっきの言葉、アレから察するに元也君、藍子ちゃんが好きでたまらないから、
私から乗り換えたって訳じゃあ無いみたいね。ちょっと、安心。
藍子ちゃん、元也君の優しさにつけこんで、こんなマネしたの。
上手い事したわね。さすが、幼馴染。
悔しいけど、私より元也君がどんな人間かを理解してるみたいね。
…………………それなら、どうやって取り戻せば良いのかしら?
…………………………ああ、そうか、私も、元也君がいなくっちゃ、もう生きていけない事を
分かって貰えればいいんだ。簡単じゃない。

元也から離れ、サキは出口のほうへと向かっていった。
サキが離れていくのを見るのが辛くて、窓の外を見た。
バタン、とドアの閉まる音。

ハア、と溜息を付く元也。目頭が熱くなる。

ぼんやりと元也が外を見続けること十数分、今度はカチャ、とドアの開く音。
藍子のお袋さんかな?と思い振り返ると、そこにサキさんがいた。
ガチャリ、と後ろ手で、鍵を閉める音がした。

鍵を閉めると、手に持っていた白いビニール袋から、ガサゴソと、何かを取り出した。

カッターだった。

元也が息を飲む前で、サキは左の手首を切った。
続いて、カッターを持ち替えて、右の手首を切った。

両の手首から、血を流すサキ。
サキ「ほら、元也君、藍子ちゃんは左だけでしょう?
    見て、私は両手よ」
見せ付けるように、血を流す両手を前に出した。
そして、サキはいつもの様に、クスクスと笑い始めた。
部屋に、サキの控えめな笑い声と、血が床に落ちる音だけが響いていた。

26

元也「な、何やってんですか!サキさん!!」
パニックを起こしながら、サキのもとへ駆け寄る元也。
急いでサキの手首を押さえる。
だがもちろん、手で押さえただけで溢れ出す血が止まる訳も無い。

そんな元也を見ながら、サキはクスクスと笑い続ける。

快感だった。
元也が、ベットで寝ている藍子の事も忘れ、自分だけを見ている。
ああ、ダメ、癖になりそう、これ。

そうだ、と元也はナースコールの事を思い出した。
ナースコールを押せば、お医者さんやら看護婦さんがすぐに来てくれるだろう。
掴んでいた先の手首を放し、藍子の枕元にあるそれを押しに行こうとした。

だが、グイっと手首を掴まれた。
サキが、血塗れの手で元也の手首を掴んでいる。
そのまま、強い力でサキの方へと寄せられた。

サキ「ねえ、私のこと、愛してる?」
元也を抱きしめながら、サキは囁く。

元也「え、え?何、何言ってんですか?」
掴まれている手首に、どんどんとサキの血が流れてくる。
その生暖かい感触が、元也を混乱させる。

サキ「愛してる?って、聞いてるだけよ」
元也「あああ、愛してますって、だから、放して、お医者さん、呼んでくるから!!」
大声で叫ぶ元也。

それを聞き、ニッコリと微笑むサキ。
サキ「ダメ、私の事、愛してるって証明してくれなきゃ、お医者さん、呼んじゃダメよ」

元也「しょ、証拠?」
何、何、ええと、証拠?どうすればいいんだよ?
ええと、ええと、あああ、ええと、ええとええとええとええとええとええとええと

ハッと閃き、キスをした。
三秒ほど唇をつけた後、
元也「これで、これで良いでしょ!?
    お医者さん呼んでくるから、手ぇ、放してください!!」

唇を舌で舐めた後、
サキ「まだ、ダメ。信じられないわ。
    ……もっと、証明してくれなきゃ、ね」
そう言うと、サキは元也をベットに押し倒した。

 

藍子の足先から、ベットの端まで、丁度、人一人分が横になれるスペースがあった。
そこにおさまる元也とサキ。

元也「な、な、サキさん!!!」
女性の力とは思えない力で、元也の腕を押さえ込む。
いくら元也がパニックで力を入れれない状態でも、異様な力だ。

片手で元也の両手首を押さえつけ、余ったほうの手で元也のベルトに手をかける。
ベルトを外すと、血を流し続けている手首を、口元へと運び、血を舐め取る。

次いで、元也にキスをした。元也の口に血を流しこむ。

唇を離し、微笑むサキ。

サキの唇に、血が付いている。
まるで、紅を差したかの様だった。

こんな状態だと言うのに、一瞬、サキの美しさに見とれてしまった元也。

シーツが、どんどん赤く染まっていく。
その中で、サキは血塗れになりながら、自分が上になって、腰を動かし続けた。

元也は、全身に血を浴びながら、愛してる、愛してるから、早くどいて下さい!
お医者さん呼びに行かなきゃ、サキさん、死んじゃいますよ!!と叫び続ける。

最終的に、サキは元也から四回も搾り取った。

サキがやっと満足したのか、倒れるように横になった。
いや、気を失ったのかもしれない。

押さえられていた手首が開放されると、急いで起き上がり、ベルトを直しながら、
藍子の枕元のナースコールへと駆け寄った。
スイッチを押そうとした。

直前で、手首をつかまれた。
そのまま、骨が砕けそうな強さで、握られる。

藍子だ。

藍子が目を見開き、唇を噛み、顔面を蒼白にしながら、サキを睨んでいた。
掴んでいる元也の手首に藍子の爪が食い込み、血が滲んで来た。

ポタリ、ポタリと、シーツが吸い切れなくなったサキの血が、床に当たる音が響いていた。

27

藍子「死ねッ!!
    この泥棒猫!!!
    死んじゃえっ!!!!!」

元也の手を掴んだまま、藍子はサキに枕を叩き続けた。
サキは動かない。

元也「藍子!止めろっ!!サキさん、死んじまうぞっ!!!」
藍子「良いじゃない!!こんなの、死んじゃっても良い!!
    きたない!!いやらしい!!」
元也「藍子ッ!!」

空いている手で、藍子が振り回している枕を止める。
枕を放り投げて、ナースコールを押した。

その隙を突いて、藍子がサキに近寄り、首を絞める。
藍子「死んじゃえっ!!死んじゃえッ!!
    もとくんはねぇ、私のものなんだからッ!!
    あんたなんか、死んじゃえばいいんだっ!!!!」

急に、サキが笑い出した。藍子を嘲る様な笑い声だ。
サキ「藍子ちゃん、あなた、本当に馬鹿ねえ。
    良い!?良く聞きなさいよ?
    元也君はねぇ、あなたじゃなく、私を選んだのよ?
    あなた、手首を切るような方法で、元也君の優しさにつけこんで、最低ね。
    ここから、元也君の近くから、消えなさいよ?」
藍子「うるさいっ!!
    あんたなんかがいるから、おかしくなったのよ!!
    死んでよ!!」
サキ「あははははっ!
    あなた今、すごい顔してるわよ、醜い顔。
    元也君、見てあげて、この藍子ちゃんの顔。嫌ねえ、怖いわねえ
    あははははははははははっ!」

サキが笑っている最中に、お医者さんが入ってきた。
お医者さんも、何が何だか、状況は分かっていないだろうが、サキが大出血している事に
気がつくと、急いで処置をしてくれた。

サキを担架に乗せ、運んでいく病院のスタッフさん達。
元也も付いて行こうかとすると、藍子に腕を掴まれ、後ろから抱きかかえられた。
そのまま、藍子は元也の首に腕を回し、絞め始めた。

元也「あ、藍子?」
返事が無い。その沈黙が恐ろしく、もう一度、藍子を呼んだ。

藍子「もとくん、大丈夫、私、勘違いとか、誤解なんて、してないから」
   「うん、分かってる。安心して。
    もとくんが浮気した、だなんて、思ってないから」
   「最低よね、サキさん。手首切って、もとくんの気を引こうだなんて、まるでストーカーみたい」
   「何考えてるんだろ?
    ああいう、おかしな人の考える事って、わかんないや」
   「きっと、勘違いしちゃった、可哀想な人なのね。
    もとくん、優しいから、勘違いしちゃったんだね」
   「優しいもとくんは大好きだけど、誰彼区別無く、優しくしちゃうのも、問題だね。
    ああいう、困った人、これからも出てきちゃうんじゃないかな。嫌だな。」
   「あーあ、サキさん、このまま死んだらいいのにね。そしたら、もとくんも安心できるのにね
    あ、でも、これで死なれたりしちゃうと、気分悪いね」
   「ほんと、迷惑ね。あんな、見せ付けるみたいに手首きるなんて」
   「もとくん、さっき、サキさんに、いやらしい事されてたけど、気にしちゃだめだよ?
    ああいうの、犬に噛まれたと思って、忘れるのが一番よ」
   「自分が相手にされなくなったからって、あんな強引に、いやらしいことするなんて、
    人として最悪ね」
   「ああ、嫌。サキさんの穴、ほじくり返してやりたい。
    ほじくり返して、もとくんの、一滴残らず、掻き出してやりたい」

藍子「…でも、私、やっぱり、嫌だな。何だか、私のもとくんが汚されちゃった気がする。
    サキさんの血も一杯ついてるね」
   「そうだ、服、脱いで。
    私が、綺麗にしてあげる。私のにおい、付け直してあげるね」

元也の服のボタンを外していく藍子。

元也「藍子っ」
藍子の腕を振り解こうとする元也。

藍子「うん?どうしたの?
    拭くだけよ。私は、こんなとこでも発情しちゃう様な人とは違うわよ。
    血、気持ち悪いでしょ?サキさんの血だもんね」

元也についた血を、タオルで拭う藍子。
タオルを六枚換えたところで、やっと血を拭き終わった。
元也「ああ、ありがと、藍子」
とりあえず、礼を言っておく。立ち上がり、サキの所へ行こうとする。

藍子「ダメよ」
藍子は手を離さない。

藍子「私、やっと分かったの。
    今まで、私、気を抜きすぎてたみたい。
    これまで、ずっと、私が元也君を見守ってあげなきゃダメだったのね。
    ゴメンね、私がしっかりしてないから、あんな人に、つけこまれちゃうんだよね。
    これからはもう、大丈夫だよ。
    もとくんに近づこうとする人は、全部、私が追い払ってあげるね。
    ほんとに、ゴメン。なんて馬鹿だったんだろう、私。
    そうね、そうと決まれば、退院したら、もとくんのお家に引越さなきゃ。
    ああ、やる事、たくさん有りすぎるよ。早く退院したいなあ」

サキの所へと行きたかったが、足が動かなかった。
頭が回らない。藍子の喋り続けている話の内容も分からないまま、呆然と元也は
立ちすくんでいた。

28

ベットに横たわり、すっかり傷がふさがった両手首を見ながら、サキは考える。

さすがに、目の前で両手首切るのはやりすぎだったかしら?
しかも、その後、血塗れのまま、襲っちゃた。
手首から血出したままの女の子に襲われるの、どんな気分かしら?
うーん、微妙なトラウマになってなきゃ良いんだけど。
それとも逆に、変な性癖が付いちゃってたらどうしよう?
毎晩出血しながらやるのは、命がいくつ有っても足りない。
でもあの時、元也君が私の事心底心配してるのを見ながら強引にしちゃうの、
すごい興奮しちゃった。
あの、元也君の混乱した顔。ああ、素敵。

あの時はさすがにイっちゃてたが、ああでもしない限り、元也君は自分から離れて
行ったかもしれないのだ。
なんたって、私のはじめてを、一代決心をして、あげちゃう位、好きになった人なのだ。
そう思えば、ちょっと位のとっぴな行動も許して欲しい。

それはそうと、気になる事がある。
意識が回復してからこっち数日の間、一回も元也君がお見舞いに来てくれない。
まあ、私も凄い事しちゃったから、彼が引いちゃったのかも知れない。
とは言え、元也君の性格なら、どんなに引いちゃっても、一回は花ぐらい持って来る筈だ。
それなのに、来ないと言う事は………

わかりきってる。
藍子ちゃんだ。

藍子ちゃんがどうせ、『サキさんの所に行くなら、もう一回手首切ってやる!!』
位の事言ってるんだろう。
あの娘なら、それ位の事は言いそうだ。

ふふっ、安心していいよ、元也君。
私、貴方に対してはこれっぽっちも怒ってないから。
ちゃんと私を選んだこと、わかってるから。
流石に、幼馴染にそこまでされちゃ、仕方ないよ。
私は、藍子ちゃんと違って、そこまで道理の通らない事、言わないから。
まあ、そうね。退院してから、
『酷いわ、元也君!!私のこと、捨てちゃうのね!!』
位の事を言わせて、困らすぐらいでいいわ。
どんな顔して、オロオロするかしら?
考えるだけで、ああ、体が熱くなっちゃう。うふ。

そして、藍子ちゃん。
いいわ。せいぜい、私が退院するまでは、せいぜい元也君に我が侭言っときなさい。
それが、最後の我が侭になっちゃうんだから。
いまごろ、藍子ちゃん、あなた、どんな酷い事、元也君にしてるのかしら?
きっと、手錠をかけて、ベッドに縛り付けて、その独占欲を満足させてる頃かしら?
…………………いいわね、それ。

そうね、元也君に首輪をつけ、部屋に監禁して、食事の世話も、下の世話もしてあげる、
食事にバイアグラとか混ぜて、興奮させて、『愛してる』って百回言えたら、してあげるって、
それで百回言っても、『心がこもってなかった、もう三百!』とか言っちゃうの。
あら、これ、ほんとに素敵。

ほかには、ええと、食べ物は全部、私が噛んでから、口移しで食べさすの。
それから、そうそう、その食べ物にはぜんぶ、私の涎とか、他の物とかが入ってるの。
後は………駄目。もう思いつかない。

とにかく、元也君を快感漬けにして、私無しでは生きていけない体にしちゃうの。
……と言っても、私だって、元也君とするまで、経験なかったし、どうすればいいか分かんないし、
どっかに、
[HOW TO 快楽漬け 〜男を虜にする方法〜]
みたいな本、売ってないかしら?売ってるはずないわよね。

……ああ、何考えてんの、私。
暇だからって、バカすぎる。

………でも、手錠と首輪ぐらいなら、多分SMサイトで買えるよね。
まあ、本気じゃないけど、監禁するわけじゃないけど、まあ、ちょっと、買ってみとこう、かな。
念の為。
 
後は…元也君を藍子ちゃんから隠せる新しい家。
あの家にいる限り、元也君は、藍子ちゃんから逃げられない。
藍子ちゃんがわからない新しい家で、一緒に暮らそう。
私が今すんでる所を引き払って、アパートにでも行こう。

…………決して、監禁目的ではない。念の為。
まあ、少しぐらい、お遊びのつもりで、監禁ごっこはするかもしれないかな?
しれないかな?
まあ、その結果、ほんとに監禁してしまうかも知れないけど、まあ、いいよね、元也君
言う事聞いてくれないと、また手首切っちゃうからね?きっちゃうからね?
切って、また襲っちゃうからね?からね?うふふ。

何かもう、私、立派なサイコさんね。自覚がある分、性質悪いかしら?
まあ、愛ゆえよ、愛。LOVEよ。
愛は人を狂わせる。いい事いうなあ、昔の人。

待っててね、元也君。うふふ。

29

藍子「んーん、もとくん」
元也「うん?何だ?」
藍子「んん、何でもないよ」
元也の膝の上に乗っている藍子は、まるで仔猫の様に元也に擦り寄る。
とろけそうなほど、幸せそうな顔をしている。

そんな藍子を抱えたまま、元也は心の内で溜息をつく。
もう、丸三日、家から出してもらっていない。

藍子は、退院すると自分の家にも帰らず、元也の家に直行した。
元也が藍子の家に帰そうとすると、手が付けられない程興奮し、喚き散らした。

「側にいてくれるって言った。アレは嘘だったの?」
「私が側にいないと、どんな人が寄ってくるか分からない。私が守らなきゃダメなの」
「それとも、私が側にいると迷惑なの?」
「そんな筈ないよね?側にいてくれるんだよね?」
「だれか、他の人を呼ぶつもり?だったら、その人教えて。話してくる」
こんな意味のことを、大泣きしながら叫び、まわりの物を投げつける。

投げられた本が顔に当たり、元也が鼻血を出すと、顔を青くして駆け寄ってきた。
元也に、ごめんなさい、ゴメンなさい、と振るえながら謝り続けた。
そして、側にいて、側にいて、側にいて、側にいて…………
と、何度も繰り返した。

そんなに、縋り付く様な様子の藍子だったが、夜、元也が
「サキさん、大丈夫かな」
と一人でつぶやくと、目を見開いて、元也を叩きつけた。
藍子の爪が元也の唇に当たり、血が出た。
「もとくんが、悪いんだからね。サキさんの事なんか考える悪いもとくんには、お仕置きが
  いるんだからね?」
そう言って、更に叩き続けた。

叩き続けるうちに再び藍子は泣き始め、叩かれて赤くなった元也の頬を撫で、
ごめんなさい、ゴメンなさい…と謝り始める。

もう、元也はどう対処すれば言いか分からなかった。ただ、藍子を刺激しないように注意する
事しか出来なかった。

二人揃って学校に行った。
久しぶりの登校なので、周りからもどうしたの?と質問攻めにあった。
藍子のリストカットの事は隠してあったし、藍子の手首にはリストバンドをはめさせてあるので
異常な状態である事はばれなかった。

ただ、休み時間のたび、藍子は元也を責めた。
「私を見てなかった」「私が見たのに目を逸らした」「私以外の人と喋った」
元也は大人しく謝った。
謝る元也を見ると、藍子は
「これは、もとくんの為なんだから、そんな嫌そうな顔しないでっ!」
と叫ぶ。
その後、決まって、元也と体を合わせた。

学校に行き始めて数日後、藍子が学校に行かせない、と言い出した。
元也は逆らう事は無かった。

家に篭ってする事は、体を合わせる事がほとんどだった。
藍子から求める事も、元也から求める事もあった。

ある日、藍子が料理中、元也が電話に出た。
つまらない勧誘の電話だった。二言三言喋って、電話を切り、振り返ると、
藍子が包丁を持って立っていた。
誰から?と聞かれて、元也が、勧誘の電話、何でもないよ、と答えると、
藍子は電話線を引っこ抜いた。

買い物も、一緒に行っていたが、今では元也を残して藍子が一人で行っている。
元也が、他の人の目に入る事が我慢できず、逆に、元也が自分以外の人を見るのも
我慢できないらしい。
買い物の間、ずっと携帯電話で話しながら行動している。
帰ってくると、元也から携帯電話を取り上げる。誰にも連絡させないためだ。

食事が終わり、一日のやるべき事がすむと、藍子は元也に甘え出す。
後ろから抱きつき、膝に乗り、元也の胸に顔を擦り付け、元也のにおいを気が済むまで
感じ続ける。

このときの藍子の顔は、昔の、サキと会う前の顔に戻る。

そのまま、元也の膝の上で眠ってしまう事もある。
今日もそうだ。
だが、眠ったからといって、藍子から離れるわけにはいかない。
起きた時側にいないと、また暴れ出すからだ。

穏やかに眠っている藍子を見ながら、元也はサキの事を考える。
すっかり連絡が取れなくなってしまったが、大丈夫だろうか。
お見舞いに行きたい。いつ頃退院できるか知りたい。
謝りたい。
いろんな事、ひっくるめて、謝りたい。

だけど、藍子を放っていく訳にもいかない。
もう、どうしたら良いのか分からない。
泣けてきた。

藍子「……ん?どうか、したの?」
涙が当たり、藍子が目を覚ました。
元也が答えないでいると、藍子も泣き始めた。
泣きながら、元也の涙を舐め始めた。
その舌の感触がくすぐったく、元也は笑った。藍子もつられて笑い出した。
その藍子の笑顔が、昔のまま、可愛らしく、幼いものだった事が、元也を更に
混乱させていった。

30

雨音が聞こえる。
今日は買い物に行かなくてはならないと言うのに億劫だ。
窓に当たる雨を見ながら、藍子はベットから起き上がり、服を着る。

ここから一番近いスーパーまで六分。買い物に十分。帰りに六分。計二十二分。
そんなに長い間、もとくんから離れていなくちゃダメなの?
想像するだけで、寂しくて不安になって、つい、もとくんをベットに縛り付けて、
襲ってしまった。三回ほど出してもらった。
お腹一杯。幸せ一杯。

脱いでしまった服を再び着なおす。
元也を縛り付けてある縄が緩んでない事を確認し、キスをすると部屋から出て行く。
出て行ったが、帰ってきて、もう一度、キスをした。

靴を履き、傘を選び、玄関のドアを開けた。
傘を開けようとした時、声をかけられた。
「にゃっほー、お久しぶり」

声の方を振り向こうとすると、体中に衝撃が走った。
そのまま、藍子の意識は遠ざかる。

独り部屋に残された元也。
絞められっぱなしの手首が痛い。鬱血しそうだ。
最近の藍子は酷過ぎる。
逃げたい。
けど、放って置くわけにはいかない。

何度も考えて、やっぱりどうする事もできない、と言う結論に至る。
はあ、と溜息を付く。
サキさんはどうしてるかな。そろそろ退院できる頃だと思うけど、大丈夫かな?

そんな事を考えていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。
藍子?いや、買い物に行ったにしては帰りが早すぎる。
まさか、俺がサキさんの事を考えた事に気がついて、帰ってきた?
そんなとんでもない考えが浮かび、本気で元也は怖くなった。

部屋のドアが開く。
一瞬、元也は幻を見ているのかと思った。
サキさんのこと考えていたから、こんな幻を見るのかと。

サキ「うわッ!?何それ、いつの間に元也君、そんなプレイを?」
元也が手首を絞められているのを見たサキの第一声がそれだった。

元也「え?あ、いや、これは、僕が望んでやってる訳じゃあ…」
そこまで言って、元也はサキが何でここにいるのか疑問を持った。
どうやって、この家に入ったんだ?サキさんには、合鍵、渡して無かったよな?
藍子?藍子はどうしたんだろ?

色んな疑問が頭を駆け巡る。
だが、サキが「よいしょっと」と、部屋に何かを引きずり入れるのを見ると、謎が解けた。

サキが部屋に入れたもの、それは手首と足首に交差する様に手錠をかけられた藍子だった。
あれでは身動きが取れそうも無い。
それだけでは飽き足りないのか、サキは更に首輪を藍子にかけ、その先を部屋のシルバーラックに
括りつけた。首輪の紐の長さは30センチほどだろうか。
そんな事をされても、藍子は目を覚まさない。

元也「さ、サキさん、藍子に、なにを?」
サキ「んー?ああ、これを、カチッと、ね。」
サキが取り出したのは、おそらく、スタンガンと言う奴だろう。
サキがスイッチを入れるたび、ジジッと音がする。

元也「な、何考えてんですか!!」
サキ「何って、決まってるじゃない」

クスクス笑いながら、サキはベットに括り付けられている元也に近づく。
舌なめずりをしているサキの舌が艶かしく紅い。

その赤と対比して、唇が真っ青である事に元也は気がついた。
そう言えば、髪も服もびしょ濡れだし、体も震えている。
元也の頬を撫でるその手も、氷の様に冷たい。

元也「サキさん、どうしたんですか?そんなに冷え切って、
    今まで、何処にいたんですか?」
サキ「ん〜?ずっと、このおうちの庭にいたのよ」
元也「ずっと、てどの位?こんなびしょ濡れになるってのに?」
サキ「だってさ〜、あなた達、ちっとも外に出てこないんだもの。
    そうねえ、昨日の晩からずっと、待ち伏せしてたの」
元也「き、昨日?」
サキ「だって、藍子ちゃん、私だって分かったら、絶対入れてくれないの分かってたから。
    ちょっと強引な手で入るつもりだったしさ」

そのまま、サキは元也に被さってきた。ぞっとするほど冷たい。
体の芯から冷え切っているのだろう。

元也「サキさん、そのままだったら、風邪引いちゃうよ。
    体、シャワーででも暖めてきてくださいよ」
サキ「いーや。
    もっと素敵な体の温め方があるじゃない」
微笑むサキの顔に濡れた髪がしっとりと張り付いている。
ジャケットを脱いで、青いセーターも雨に濡れて体のラインを強調するように張り付いている。
スカートも、ふとももにくっついて、肌の色が透けて見える。下着の色も分かる。黒だ。

まだ気絶したままの藍子が横になっていると言うのに、元也の体は反応してしまう。
こんな状況で襲われて、最中に藍子が起きたらどうなるか。
心底恐ろしかった。

だが、腕を縛られたままの元也は逃げられない。
元也「や、止めてください!サキさん!!藍子が、藍子が」
サキ「いいじゃない。別に。
    考えてもみてよ。あなたがお見舞いにも来てくれず、私、寂しかったのよ?
    その上、ちょっと考えれば、あなたと藍子ちゃんがどうしてるかなんてすぐに
    想像ついたし、嫉妬で死にそうになったし、おかげで独り寝が寂しくて堪えたし、
    実際来て見れば予想通りでまた死にそうなぐらい腹も立つし、今までの藍子ちゃんとの
    生活を想像すれば、取り戻したくなるのは当然だし、ここは一つ、見せ付けてやろうかなって」

遠くで、何かグチョグチョとくぐもった音がする。
意識が戻るにつれ、音がクリアに聞こえてくる。
手足を伸ばそうとして、がチャリ、と金属音がする。身動きが取れない事に気がついた。
意識が覚醒する。目を開いた。

音の出所がわかった。
分かったが、何が起きているのかわからなかった。

たっぷり三分間は瞬き一つしなかった。目の前で起きていることを凝視していた。
「ああ、起きたんだ。おはよう、藍子ちゃん」
ベットの上で体を上下に動かしている人が挨拶をしてきた。
思わず、挨拶を返してしまった。
藍子「…おはよう、ご、ざい、ま、す」

To be continued... 

 

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