元也「じゃあ、サヨウナラ、また明日!」
サキの家の前まで着くと、元也は回れ右をして、帰ろうとする。
慌てて声をかけるサキ。
今、元也の家には、藍子が居るのだ。
帰したく、ない。
サキ「ちょ、ちょっと待って!
体、冷えちゃったんじゃない?ココアでも入れてあげるから、上がっていったら?」
元也「うーん、いや、結構です。
藍子、家で待たせてるし、とっとと送ってやらなきゃ、藍子のお袋さんが心配する
だろうから」
笑顔で答える元也。
…年上のおねえさんに、夜、部屋に上がっていかない?と、言われて、何も思いつかない
朴念仁なら、まあ、大丈夫かな。
それに、今のサキは、藍子との対峙で、嫌な汗をかいた後だった。
こんな状態で、いざ、事が起きるのは、やっぱり嫌だ。
万全の状態で、そういった事に至りたかった。
サキ「…そう、じゃあ、残念だけど、サヨウナラ。
明日、忘れずに来てよ。約束、したからね。」
勝負は明日、私の部屋で、か。
お布団、シーツ、綺麗なのにしとかなくっちゃ。
…白と黒、どっちが興奮させれるかしら?靴下は、着けたままのが、いいんだっけ?ニーソックス?
サキ「バイバイ、また明日ね」
手を振って、元也と別れた。
サキと別れて、駆け足で家へと向かう元也。
考えているのは、今日の藍子の事だ。あの、サキさんへの態度、やっぱり許せなかった。
帰ってから、藍子を叱るつもりだ。
その後、サキさんに電話をかけさせて、謝らせよう。
そんな事を考えながら、元也は家へと向かっていった。
元也の家のキッチンから、水の流れる音がする。
藍子が食器を洗っている。
いや、違う。
藍子は、水が流れていくのを、何もせず、ただ、見ていた。
頭にあるのは、サキの事だ。
あの女が帰るのを、このおうちから、見送った。見送ってやった。
あの女は、私と違い、もとくんが家に居なくなれば、このおうちに居る事は出来ない。
あの女は、私と違い、もとくんが居なかったら、このおうちに入る事は出来ない。
私は、合鍵を、もとくんから、貰った。
あの女は、貰っていない。
あんな女がいたところで、私ともとくんの関係は、どうかなったり、しない。
あんな女が居たところで、私ともとくんの間には、関係ない。
あんな女が、急に出てきたところで、二人の間に、入る余地など、皆無だ。
あんな女に、私のもとくんを、どうこうする権利なんか、無い。
あの女に、そんなこと、出来るはずがない。
だって、私たち二人の絆は、あんな女なんかに、どうこう出来るほど、弱くなんか、ないもの。
積み重ねてきた、年月が違う。
思い続けてきた、年月が違う。
だから、あんな女、気にすることは、ない。絶対に、無い。
なのに、あの女が、嫌い。
嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い
嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い
なのに、あの女が、憎い。
憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎
憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎
あんな女、死んだほうが、良い。死んで。死ね。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
サキが使っていた食器が目に入る。
手にとると、全力で、床に、叩きつけた。砕けた。
笑う。笑った。嘲笑った。
涙が、出た。
急に、怖くなった。
このお皿、もとくんのおうちの物じゃない。こんな事しちゃうなんて。
それに、サキさんへのあの態度、どうかしてた。もとくんの先輩じゃないの。
もとくんが、帰ってきたら、怒られる。怒られる。
そう思うと、骨の奥から、震えてきた。
もとくんに、怒られて、嫌われる。いや。いや!そんなの、いや!!!
お願い、そっちに、行かないで、いっちゃ、やだ!!!!
恐ろしさのあまり、声をあげて、泣いた。まるで、幼子のように、大声で泣いた。
玄関を開けて、ただいま、と言いながら元也が帰ってきた。
どうやって、叱るのを切り出そうか考えていた。
しかし、キッチンから藍子の泣き声が聞こえてくると、怒りも吹っ飛び、
大慌てで、藍子のところに駆けていった。
割れた食器の前で、藍子がへたりこんで、大声をあげて泣いていた。
元也「け、怪我は?どっか、切ったのか?」
何を聞いても要領を得ない返事しか返ってこないが、腕や脚を見たところ、怪我は
見当たらない。
そうなると、皿を割った事に、こんなに大泣きしているのだろうか。
そう思うと、いつかの様に、藍子が手のかかる妹のように思えてきた。
元也「ほら、藍子、皿を割った程度じゃ、怒りゃしないよ。
だから、泣き止んで」
そう言っても、藍子は泣き止まない。元也は、あやす様に、藍子の背中をさすってやる。
藍子が、元也の胸に顔を埋めてきた。頭を、撫でてやった。
それでも、藍子は泣き続けた。
結局、泣き声がおさまったのは、実に一時間後のことだった。
その間、元也は、優しく、藍子の背中をさすり続けた。
頭と、背中を撫でてくれるもとくんの手の感触が、優しい。
そうだ、この手の暖かさは、わたしのもの。
伝わってくる体温も、わたしのもの。
心地よい声も、わたしのもの。
聞こえてくる、心臓の音も、わたしのもの。
このひとの、からだも、こころも、なまえも、たましいも、いまも、むかしも、みらいも、
このひとにかかわる、すべてが、わたしのもの。
しせんのさきにいていいのも、わたしだけ。
なにひとつ、かみのけも、きったつめも、はくいきも、ことばのひとかけらでも、
だれにも、わたさない。わたしだけにもの。
ぜんぶ、わたしの、わたしだけの、ひとなんだから。
わたしのものなんだから。
私のものなの。私のものなの。私のものなの。私のものなの。私のものなの。私のものなの。私のものなの。
私のものなの。私のものなの。私のものなの。私のものなの。私のものなの。私のものなの。私のものなの。
そうだよね、愛しい、私の、愛しいもとくん。
誰にも、指一つ、髪の毛一本、触れさせたり、しないから。
だって、あなたは、わたしだけのものなんだから。わすれちゃ、だめなんだ、よ。 |