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春の嵐

 

1

掲示板に、一面にびっしりと数字が書かれた大きな紙が貼られていく。
私は固唾をのんで、ある番号を探す。
あった! こみ上げる喜びにせかされながら、もう一つの番号も探す。
もう一つもすぐに見つかった。
もう喜びを抑えきれなくなって、私は側にいる直人にとびついた。
「合格だよ! 二人とも!」
返事がない。直人はまだ自分の番号を探しているようだった。
「ほら、あそこ!あそこだよ!」
私の指さす方向をじっと見つめているうちに、直人の顔が輝きだした。
「ほんとだ! やったぜ! あはは、やったやったぁ! 合格だぁ!」
私と直人は二人で手をつないで飛び上がる。第一志望の高校に合格したのだ。
喜ばないわけがない! 特に私は。
がんばったのだ。担任には志望校を変えろと言われたこともあった。
だけど今、共にはしゃいでいる幼なじみの直人と同じ高校に行きたかったのだ。

「曾我君も合格したんだ」
「ああ。……岩崎さんも合格したんだね。顔でわかるよ」
私が感慨に浸っていると、直人に声をかける女がいた。
「あは、そんなに嬉しそうな顔してた?」
「だって、俺、岩崎さんがそんなに嬉しそうに笑うところ初めて見たよ」
「ねぇ直人、知り合いなの?」
少しもやっとしたから、つい私は口をはさんでしまった。
あたしと違っておとなしそうで清純そうで決して大口開けて笑わないタイプのひと。
嫌な感じ。

2

「ああ、塾の知り合いだよ。岩崎……えーと」
「……美緒です。名前、覚えてくれてなかったんだ」
  岩崎って子の顔が少し曇る。直人、そんな名前覚えなくていいから。
「ごめん、ごめん。……紹介するよ。こいつ梶原陽子。幼稚園からの腐れ縁。もうどろどろに腐って糸がねばーって……」
  なんか馬鹿にされているような気がしたから、直人の頭をぐりぐりとしてやった。
「直人ぉ、そんなこと言うんだったら、先週貸したお金、今すぐ返してもらおうかなぁ?」
「……まて陽子。話し合えばわかる。我が家の緊縮財政の中でおまえの援助だけが頼りなんだ」
「……さーて、どうして返してもらおっかなぁ」
「悪かった。俺が悪かった」
「ふふん。ま、わかればよろしい。今日はめでたい日ゆえに特別に赦してつかわそう。
この陽子様の寛大な心によーく感謝するように」
  ちょっと気分が直ってきたところを、あの女の笑い声がだいなしにした。
  口に手をあてて上品にくすくすと笑う。いかにも女の子らしい、男の視線を意識しまくったぶりっこ笑い。
  目でわかる。この女は楽しくて笑ってなんかいない。直人の気をひきたくて笑っているんだ。
「……やれやれ、陽子、俺たち笑われているぜ」
「別に。……えと、岩崎さんだっけ? わたしたちこれから家に帰るんだけど」
  笑うのはすぐ止まった。やっぱり演技だ。この女を直人に近づけてはいけない。
  この女はきっと直人を騙して傷つける。そんなのは絶対に許さない。
「……ごめんね、曾我君。でもこれで同じ学校の友達だよ。4月からよろしくね」
「ああ、こちらこそ。でも岩崎さんは美人だから、俺なんか興味ないって思ってた。なんか近寄りがたい感じでさ、
あたしとつきあうなら高くつくわよって感じでさ」
「うう、酷いなぁ。……曾我君は頭良いから、勉強について行くのが必死なお馬鹿な子の心がわかんないんだよ。
私、この高校に入りたくて必死だったんだから」
「そうかなぁ。俺、別に普通だけどなぁ」
  直人、あんたは勉強は優秀だけど、女の鑑定は間違いなく赤点。こんな女のみえみえの演技にひっかかってちゃだめ。
まったく私がついてないとダメなんだから。
「直人、合格したこと早く家に連絡しないと! 今日はお祝いパーティやるんだから!」
「……そうだな。じゃあ、岩崎さん、またね」
「あ、曾我君。これ私の携帯。もう友達だから、教えとくね」
  私が油断した隙に、あの女は直人に電話番号のメモを押しつけてた。
「直人!」
「なんだよ、陽子。番号教えてもらったんだから、こっちも教えないと失礼だろ!」
「あ、そうだ」
  わざとらしくこの女は私のほうに向いた。
「梶原さんにも教えておくね」
「……、ありがと」
  メモを渡しながら、この女は嫌らしく笑った。
  そう、狙ってるんだ。 私は携帯に番号を入力しおわると、直人の腕を抱え込んだ。
  私の胸に押しつけてぎゅっと挟み込む。そう、あんたと違って私は直人にこれ以上だってしてあげられる。
「おい、陽子。なんだよ、急に」
「うん、合格して高校でやること決まったなって思ってさ。……ねぇ直人、今日は直人の好きなものいっぱい作るよ。
何がいい?……あ、じゃね、岩崎さん」
  校門へと直人を引きずって歩き出しながら、わざとらしく付け足しのように挨拶をしてやる。
  頑張ってるね。でも笑顔がこわばっているから。あんたが友達を狙うなら、私はそれ以上になるから。
「じゃあ、岩崎さん。……それにしてもまったく、今日の陽子は少し変だぞ。それに……」
「うん? 何?」
  私は抱え込んだ腕にさらに胸を押しつけた。つぶれた乳首がかすかに気持ちいい。
「……いや、その……」
「はっきり言ってよ」
  ま、言えるわけ無いよね。直人はそうやって純情してるの。わたしがちゃんとしてあげるから。
「……、別になんでもない」
  赤くなっている直人をみて、私は嬉しくなった。こんなのは序の口だから、直人、覚悟しておくよーに。

3

合格発表から数日後の夕暮れ時、私は一軒の焼き肉屋の前に立っていた。
油で汚れ気味の窓ガラス、色あせたビニール製の日よけ、どことなく汚れた茶色の外壁。
普段ならあまり入りたくもない外観のこの店に、今日ばかりは嬉しさと期

待を感じていた。
扉を押して入ろうとしたとき、岩崎さんと私の名前を呼ぶ声が聞こえ、私は振り返った。
「……曽我君……」
私は嬉しくて思わず立ち止まってしまう。曽我君がすこし怪訝な顔をしながら扉を開けて入っていったので、
あわてて後に続いて入った。

焼き肉屋は私達によって貸し切りになっていた。
「こらそこ、まだ肉を焼くな。……俺の挨拶ぐらいは聞いておけ」
「先生ー、腹減ったぁ!」
ちゃちゃが入ったのにも動じず、でっぷり太った初老の男性……塾の塾長先生は

続けた。
「わかったわかった。手短に行くぞ」
咳払いを一つして立ち上がる。
「諸君、合格おめでとう! 我が塾からは第1志望校は25人が合格して、おまえ達のがんばりが
見事に形となって現れた。ほんとうにめでたい!」

その野太い声でのお祝いの言葉に、私達は歓声と拍手で応えた。
「そう言うわけで今日は祝勝会だ。思いっきり食べろ! ただしアルコールはだめだぞ」
どっと笑いが起こる。
「よしおまえら、グラスは持ったか? ……それでは、合格を祝して、かんぱーい!」

唱和する声が店内に響き、私達はグラスをぶつけあった。
男子達は待ちきれずにお肉を焼き始める。もっとも私達だってわいわい
言いながらお肉を並べ始めたのだけど。

4

「なんかさ、こういうのでやっと合格したって感じだよね」
「わかるわかる。なんか発表までは落ち着かないしね。親もピリピリしてさ」
男子はひたすらお肉を食べていたけども、私達は男の子の手前、あんまりがっつく
わけにはいかない。特に曽我君の前でみっともなくお肉にかぶりつくってのは、
恥ずかしすぎる。もっとも食べ放題なんで、ゆっくりと食べても問題ないのだけども。

だから男子達の会話が聞こえてきたのは、始まって30分ぐらいはたってからだったと思う。
「なぁ曽我。梶原も合格したのか?」
「おう。受かってたよ」
お肉を食べていた私は、思わず耳をそばだてていた。
曽我君と、その横に座っていた仲町君という優等生っぽい人が話をしていたのだ。
「あいつ、がんばったよなぁ」
「うん、私も梶原が同じ高校を受けるって思わなかった」
これは太田さん。泣きぼくろが大人びた雰囲気をかもし出している女の人だ。
「やっぱりあれだよね。曽我への愛だよね」
町村さんは、にやにや笑いながら、焼き肉を口に放り込んだ。
ポニーテールで可愛い人なんだけど、言葉遣いは男っぽい。
それを聞いた曽我君は複雑そうな顔をしていた。
「おまえらなぁ、なにかといえば俺達をすぐにカップル扱いしやがって。
俺達はただの幼なじみ。腐れ縁なの」
「えー、曽我君って冷たいなぁ。うちの学校の公認カップルじゃない」
太田さんの意外そうな顔に、曽我君はまるで頭痛を我慢するかのように額を手で押さえた。
「何が公認カップルだよ。おまえらが勝手にカップルにしてくれたせいで、
おれはぜんぜんもてなかったじゃないか」
「曽我。おまえがもてないのは梶原とは関係ないと思うぞ」
仲町くんが冷静につっこんだので、テーブルが笑いに包まれて、私も釣られて笑ってしまう。
「じゃあ聞くけどさ、カップルってキスとかさ、Hまでしちゃう奴らもいるだろ?」

5
「いきなりエロいな、曽我」
これは佐藤くんだ。長身で筋肉質の体育会系で私と同じ学校の男の人。
「違うって。俺は陽子とはいっさいキスとかそんなのしてないぜ。一緒にでかける
ことはあったけどデートとかそんないいもんじゃないし。そういうのって
カップルって言わないと思うな」
思わず私は心の中で小躍りしてしまった。キスもデートもしてない!
私がそんなことを考えていると、町村さんが口を開いていた。
「だけど、良く一緒にいるじゃない。仲良いしさ」
「あれは見張られてるんだよ。おまえら、幼なじみに憧れてるだろ?現実を教えてやるよ」
「梶原って可愛いじゃん。あいつが幼なじみで何が嫌なんだよ?」
「そうそう。曽我君は、贅沢すぎなの」
町村さんのフォローの太田さんまで乗った。私はなんとなく嫌な気分になって、
メロンソーダをごくりと一口飲んだ
「じゃあさ言うけど、あいつさ、俺のおふくろと仲が良いから学校のこと、
一から十まで全部チクられてしまうんだぜ」
「別にたいしたこと無いな」
佐藤くんがつまらないなって顔で答えると、曽我くんは首をふった。
「ゲーセンとかに寄ったことも全部ばらされるんだぜ。たまんないよ。それにあいつ
勝手に俺の部屋に入ってきて、中を漁るんだぜ」
「エロ本でも見つけられた?」
町村さんのおもしろがるような顔に、曽我くんは少しとまどってからうなづいた。
「没収されて、口止めでマックを奢らされた」
前より大きな爆笑がわき起こる。曽我君だけが憮然とした顔をしていた。
6
「それって、完全に尻にひかれてるぜ」
「やっぱりもう夫婦だよねぇ」
口々にでるからかいに、曽我くんは猛然と反論していたが、私は、
訳もわからずに腹が立ち、それをごまかすためお肉を数枚続けて食べた
「何言ってるんだよ。何が夫婦だよ。あんなの口うるさい姉貴みたいなもんだぜ」
「あはは………でも、確かにそうかも」
笑い続けていた太田さんは、何かを思い出して笑うのをやめた。
それをみて曽我くんが腕を組んでため息をついた。
「だいたい、中一まではあいつのほうが身長が高かったんだ。その頃は
公認カップルも何も無かったし、あいつだって真藤先輩かっこいいとか言ってたんだぜ」
「真藤先輩って生徒会長やってた?」
仲町くんの疑問に曽我くんが、首をたてに振る。
「そう、あの人も俺達の高校に入学しただろ?」
「うんうん、覚えてる。かっこよかったよねぇ」
「だから俺達って、おまえらの思うようなそんな関係じゃないんだよ」
町村さんの桃色な吐息をあえて遮り、曽我くんは力をこめて言い切った。
それを聞いた私は思わず踊り出したくなった。お肉がいきなり美味しくなった。
「ところで曽我、合格発表の時に岩崎さんと何を話してたんだ?」
佐藤くんから突然話を振られて私は思わずむせかけた。
「何で知ってるんだ?」
「おまえね、岩崎さんも美人だし梶原さんだっけ?も可愛いから、すげー目立つのわかってる?」
すかさず町村さんが目を輝かして乗り出してくる。
「なになに、美人の不倫相手出現で夫婦の危機?」
「誰が夫婦だ、誰が不倫だ! だいたい岩崎さんに失礼だろ? ねぇ、岩崎さん」
「あはは、でも梶原さんてとっても可愛い人ですよね。そんな人と比べられると私負けちゃいますけど」
頬が熱くなるのを感じながら、私は適当なことを口走った。
「いや、岩崎さんのほうが美人だって。女らしいし、大人びているし、俺、
岩崎さんが幼なじみだったら良かったのに」
それを聞いて、私はうれしさのあまりなにも考えられなくなった。
「おーい、曽我。なに岩崎さんを口説いてるんだよ」
「えー、ウソー、岩崎さんが、赤くなってるー!」
その後、私はなにをしゃべったのか覚えていない。お肉の味もわからなくなってしまった。
ただ曽我君が浮気だの不倫だの言われて必死に反論しているのをかすかに覚えているだけだ。
私はひたすら幸せだった。あの人は見せつけるように曽我君を連れ去った。
けれど曽我君とあの人は何でもなくて、曽我君もあの人をなんとも思ってなくて。
梶原さんぐらい可愛い人だったら、すごく男の人にもてるだろうと思う。
だから曽我君を私にくれても良いと思う。
私は暗くていじめられっ子で人に好かれないタイプだ。
だけど曽我君だけは私に優しくしてくれた。だから私は学校は休んでも塾だけには来た。
私には曽我君が必要だ。あの人は曽我君がいなくなっても大丈夫だけど私はそうじゃない。
だから……。 
7

「もしもし曽我ですけど。……岩崎さん? 突然でびっくりしたよ、うん。
……え? ボタン? 良いけど……。なんか照れるな、ほんとに俺のでいいの?」
  一本の電話。それは開幕のベル。それは嵐の始まり。

 歌声が校舎に響くと、卒業式なんだなって実感がわいた。
  下級生の女の子が、卒業生の男子に駆け寄っていくのをみて、
なんか言葉に言い表せない感慨が沸いて、また涙がでてしまう。
「梶原でも泣くんだねぇ」
「太田は、心が冷たいから泣けないんでしょ」
  太田が嫌みったらしいことを言ってきたからお返しをしてやった。
「まるであたしが冷酷非情の女みたいじゃない」
「違うっていうの? ……まあ卒業式だし、これくらいにしとく」
「そだね。…あーあ、あたしに告ってくれる可愛い下級生の男はいないもんかね」
「太田は人の恋愛に首をつっこみすぎなんだよ」
「やっぱり自分のことになるとねぇ」
  ふうと太田がため息をつく。この仕草はかなりいろっぽくて私でもどきっとする。
だけど太田はこのいろっぽいのが長く続かない。
「ところで、亭主はどこよ」
「さあ、その辺じゃない? 私だっていつでも直人と一緒というわけじゃないわよ」
  何気ない私の言葉に、なぜか太田はにやりと嫌な笑い方をした。
「ふーん、知らぬは奥様ばかりなり、か」
「なによ、それ。なにが言いたいの?」
  私がにらむと、太田はさらにニヤニヤ笑った。
「ご亭主、狙われてるよ」
「……」
  瞬間、あの女の顔が浮かんだ。
「へー、思い当たる節があるんだ」
  おもしろがる太田の顔を、本気であたしはにらんだ。
「ちょっと、そんな怖い顔しないでよ」
「太田、クラスのカラオケ来るよね。全部話さないと、カラオケのときにいろんな思い出話するけど、いい?」
「……ちょっと梶原、それ反則……」
「そう、太田の事が好きだった渡辺くんに、思い出をプレゼントしようっかな」
「……マジ?」
  私は、心からにっこりと笑顔を浮かべた。
「太田、まだ私の性格わかんない?」

2006/02/04 To be continued

 

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