椿ちゃんと別れてから、僕はクラスの男友達とお昼を食べています。
2人で食べていた時は「この裏切り者が!」とか「自分だけいい思いしてんじゃねー!」
とか、何故だか非難されていましたが、別れたと言うと何も聞き返さずに受け入れてくれました。
こういう時に男友達のありがたさを実感じます。
いつもは購買でパンを買って教室で食べるんですが、たまには食堂に行こうという提案が出ました。
そうわけで僕達4人は食堂にいます。
予想していたほど混雑していなく、僕達は長机に2人ずつ向かい合って座ることができました。
お昼を食べながら男同士で雑談・・・こういうのも青春というのでしょうか、同性ならではの楽しさがあります。
私は親友の千尋と食堂に来ていた。授業が長引いたため、多少の混雑はあったが席は確保できた。
私はサバ味噌定食を、千尋はミートスパを食べる。
サバの身を一口、続いてご飯を一口・・・やはり、食事をしている時が生きてて良かったと思える。
それは千尋も同じようで、上機嫌にパスタを器用にフォークに絡ませ口に運んでいる。
千尋とのお喋りで気付かなかった。愛原が2時の方向、3つ先の長机にいたのだ。
男子と楽しそうに喋っている。私の視線は自然と愛原に向かっていた。
一昨日結ばれて、昨日初めて女の悦びを知った。
そのことを思い出すと胸が高鳴り、顔が熱くなっていくのが分かる。
まるで少女漫画のヒロインのような自分の態度が可笑しくて、思わずにやけてしまう。
というか愛原、私の熱い眼差しに気付け・・・
「・・・って、聞いてる?」
「え・・・あ、うん。何だっけ?」
千尋は怪訝そうな顔を浮かべている。
「だから、あんたの元カレの話。あんた達お似合いだと思ったんだけどなあ。
一ヵ月も前に別れたなんて聞いてないっつーの」
「ああ・・・そんなこともあったな」
「何その忘却の彼方的な言い方は。あんなキャパの高い男、そういないよ?
紹介した私が言うくらいだもん。で、別れた原因、何?」
そう、愛原に彼女ができた後、私は千尋に紹介された男と付き合った。
その人は全国でも有数の進学校に通い、その中でもトップクラスの学力があった。
それに加えて顔立ちも良く、スポーツ万能、性格も良いという正に万能人だった。
「・・・性格の不一致、かな」
私はそんな適当な答えでお茶を濁した。
正直、相性は良かった。愛原を忘れるためには十分すぎる人柄だった。
でもやはり違った。
その人とキスをした時、抱き締め合った時、罪悪感がよぎった。
――私が好きなのはやっぱり、愛原だ。この人じゃない。
ついに私は別れを告げた。わずか4ヵ月の交際だった。
「はあ?・・・まあいいけど。あいつ、あんたにフラれたってめちゃくちゃヘコんでたよ」
別れる理由を考えた。
相手が股をかけていたり、性格が悪かったら別れやすかったかもしれないが、そんなことは一切なかった。
むしろ、私のことを大事にしてくれたので下手な言い訳を思いつかなかった。
だから私は、本心を伝えた。他に好きな人がいると。
相手は私を罵倒するどころか、逆に応援してくれた。
でも別れてから一ヶ月も経ったというのに、私はまだ自分の本当の気持ちを伝えられていない。
愛原も彼女と別れて、準備は万端だというのに。
私のした事は、処女だということを隠して身体を使って慰めたこと。
セフレのような関係を持ちかけることで愛原の関心を引いたこと。
そして、自分から告白することなく、愛原に自分を好きになってもらおうとしていること。
ズルイやり方だと思う。
現にすぐ近くに愛原がいるというのに、私は声を掛けられず遠くから眺めているだけ。
人が大勢いる前では何もできない。
何て臆病なんだろうか。
「綾乃、あんた今フリーでしょ。また新しいオトコ紹介してあげよっか?」
コーヒーを飲みながら、千尋は提案する。
「いや・・・いいよ」
千尋の交友関係は広い。それは男も女も含めて。
恋愛経験も豊富だが相手は選ぶ。
私の知る限りでは皆、資質の高い男ばかりだった。
彼女自身、魅力的で資質が高いから自分に見合う男としか付き合いたくないのだろう。
きっと私に紹介しようとしている男も例外ではないはずだ。
「恋愛よりも進路のほうが大事、だから」
私は嘘をついた。本当は他に好きな人がいる。そいつは千尋の言うところのキャパの高い男ではない。
でも、私はそいつのことを誰よりも、愛しているつもりだ。
愛原達は食事が終わったようで、食器を持って返却口に向かった。
楽しそうにお喋りをしては、笑顔を垣間見せる。
どんどんこっちに近づいてくる。ほんの数メートルの距離だ。
でも愛原は、私に気付くことなく通り過ぎていった。
空しい。私はこんなに想っているのに気付かないなんて。
ふと昨日の言葉が思い出された。
「・・・先輩は、どうしてここまでしてくれるんですか」
――それぐらい気付け、バカ。
ああ、もう・・・無性にイライラしてきた。さっきの感情とは大違いだ。
私は話の途中で席を立った。
「綾乃、どうしたの?」
「食後のデザート・・・食う」
「えっ!?ご飯山盛りだったのにまだ食べんの!?」
「甘いもんは別腹」
「もう・・・それ以上乳がでかくなっても知らないよ?」
「うるさい!大きなお世話だ!!」
「ごめん、お弁当忘れたから購買でパン買ってくるね。先食べてて」
さてと、ゆう君探しに行こうかな。
教室には・・・いないな。
いつもはいるのに。食堂かな?
購買でパンを選びながら食堂を見渡す。
ゆう君、ゆう君・・・あ、いた。
男友達と一緒にご飯食べてる。
・・・ちょっと安心。
でもねゆう君、食堂のメニューなんかより私の作るお弁当のほうが美味しいでしょ?
言ってくれればいつでも持ってくるからね。
朝の通学の時も休み時間もメス犬の影は見当たらなかった。
メス犬はメス犬らしく近所の野良犬と交尾してればいいのにな。そう思っちゃう。
今日はハズレみたい。まあゆっくりやっていこう。
「ごめんね、お昼混ぜてもらって」
「全然いいよ、そんなこと」
「そうそう、椿ならいつでも大歓迎だよ」
「椿ちゃん、彼氏と喧嘩中なんだってね」
「うん、ちょっと派手に喧嘩しちゃって。なかなか許してくれないのよ」
「彼氏のやつ、こんなに可愛い彼女が謝ってるんだから早く許してやればいいのに」
「だよねー。そのうち椿に愛想尽かされて泣き見るかもよ」
「早く仲直りができるといいね、椿ちゃん」
「うん!」 |