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優柔

ENDING

 

1

束縛されるのは、もううんざりです。
「今どこにいるの?」とか「私だけを見てて」とか
「なんであの子と楽しそうに喋るのよ」とか、
そんな台詞は二度と聞きたくありません。えっ、何の話かって?前の彼女の話ですよ。
可愛かったし尽くしてくれたりして、幸せでした。
手作りのお弁当の味は今でも思い出せるくらい美味しかったです。
冬になったらマフラーを編んでくれたし、風邪をひいた時もわざわざ看病しにきてくれましたし。
初めて付き合った子がこんなに良い子で本当に幸せでした。
できれば別れたくなかったですよ・・・でもね、いくら可愛くても
自分の母親と喋るだけで嫉妬するような子は駄目なんですよ。
いくら尽くしてくれても、悪い虫が付かないようにって携帯のメモリを
全部消去しちゃうような子は無理なんですよ。
黒くて長い髪に縛られる苦しみってやつですか、それに耐えられなくなった僕は別れを告げました。

二人っきりだとなんか危険な感じがしたので、駅前のカフェで言いました。
予想してた通り、彼女は信じられないみたいな態度をしました。
他に好きな子ができたのかとか、意味が分からないとか、普段は温厚な彼女も
その時ばかりは声を荒げて、怒りで目が見開いていました。でも僕はひるまずにもう別れようと何度も伝えました。
そのうち彼女はしくしくと泣き始めました。
「いや、だよ・・・私には・・・うっ・・・ゆう君しか・・・うぐっ・・・い、いない・・・の、に・・・
ひぐっ・・・そん、なの・・・だめだ・・・よ・・・ううっ・・・」
両の目からは涙が止めどなく流れています。そんな様子を察してか、周りの客が僕達を見てきました。
(何、別れ話?)
(あれだ、浮気だろ)
(あーあ、彼女泣いちゃってるよ)
(あの男・・・最低)
そんな視線でした。僕も男ですから流石に女性の涙には弱いです。一瞬、決心が揺らぎそうになりました。
でも僕は心を鬼にしました。
「じゃあ、もう帰るから。学校で会っても話しかけてこないでね」
彼女の反論を聞く前に、早足にその場から立ち去りました。
それ以来、あそこのカフェには行けません。・・・あの店のカプチーノとシナモンロール、好きだったのにな・・・

バスタブの中で、僕は激しい自己嫌悪に陥りました。
(あんな言い方なかったかも・・・いくら別れたからって女の子を置き去りにして帰るなんて、
なんて酷いことをしたんだろう・・・彼女、傷ついただろうな・・・)
自分から別れ話をしておいて自分の行動を悔いる・・・ヘタレですね。
でもこれで良かったと思います。相手を傷つけない別れなんて、有り得ないんですから。
この別れがお互いの為になった、そう思える日がいつかきっと来る。
そう言い聞かせて、自責の念を押さえ込みました。

2

別れてから1週間経ちました。
あんなに僕のことを束縛したのだから、当然何らかのアプローチがあるだろうと思って身構えていました。
しかし、意外なことに何もありませんでした。
電話が掛かってきたり、登下校の時に待ち伏せされたり、呼び出されたり・・・そんなことは一つもありません。
クラスも違うので、用事がない限り隣の教室へ行くこともないので顔も合わせていません。
あまりにあっけなかったので肩透かしを喰らった感じです。たかが恋愛、彼女も冷めたということでしょうか。
まあそういうわけで僕は晴れて自由の身、これからは悠々自適の学園ライフが待っています。
これで良かったんです・・・よね。

「よう愛原、こんなとこで何やってんだよ?」
屋上のベンチで流れる雲を見ていると、入り口の方からよく聞き知った声が僕を呼びます。
「ああ・・・先輩ですか・・・ご無沙汰してます」
「何そのやる気のない返事。こんないい女が声掛けてやってんだから、もっと嬉しそうにしろよ」
杉山綾乃先輩。去年、体育祭実行委員に選出された時に知り合った人です。
実行委員の仕事を続けているうちに、いつの間にか仲良くなっていました。
先輩は男言葉を遣い、性格もサバサバしています。
それとは対照的な、女性を意識させる外見―腰の辺りまで伸びた髪に透き通るような白い肌、そして、
ブレザー越しからでもはっきりと分かる豊かな胸―黙っていれば相当モテると思います。
体育祭が終わってからも何度か遊んだり、メールのやりとりをしましたが、
彼女ができてからはすっかり疎遠になっていました。
『あの先輩はゆう君をたぶらかす悪い人なの。きっとあの大きなおっぱいで男の人を手篭めにしてるんだわ。
だからゆう君、騙されちゃ駄目』
そんな根拠のないことを言い聞かされて、先輩との接触を禁止されていたんです。
「はあ・・・すみません」
「ったく、元気ないな・・・さては、彼女に振られたか!?」
たぶん先輩は冗談のつもりだったのでしょうが、僕には痛い言葉でした。
「・・・」
「えっ、図星かよ・・・いや・・・その・・・ゴメン」
「謝らないで下さい。先輩は悪くないんですから。それに、振ったのは僕なんです」
「そうか・・・でもよ、それだったら落ち込むことなんかないのに」
先輩の言う通りです。僕はどうして落ち込んでいるのでしょうか。
彼女の事・・・引きずっているとでもいうのでしょうか。
自分のことなのに、いえ、自分のことだから分かりません。

 

そんな僕の様子を見かねてか、先輩は大きなため息を吐きました。
そして、何かを決意したように言いました。
「何があったか話してくれ。あたしで良かったら力になるよ。
何も話したくないって言うんなら愚痴でもいい。付き合うから」
それはいつもの先輩ではありませんでした。目の前いるのは、僕のことを心配してくれる1人の女性です。
優しい眼差し・・・先輩って、こんな表情できるんだ。思わず見惚れてしまいました。
同時に、僕は驚いていました。
長いこと会ってなかったのに、突然現れて僕の力になってくれるというんですから。
でもそれが、今の僕にはとても嬉しかったのを覚えています。
「はい・・・じゃあ、聞いて貰おうかな」
「よしっ!それじゃ決まりだな」
いつもの快活な先輩に戻りました。そして立ち上がり、手を差し伸べてきました。
「場所変えよっか。静かなとこ知ってんだ」
僕はその手を握りました。細くて長くて、柔らかな指。強く握れば、壊れてしまうような・・・

午後3時半。隠れていた太陽が、待ち望んでいたかのように現れ、僕達を照らしました。

3

「いや、全然静かじゃないでしょ、ここ」
連れてこられたのはカラオケボックスでした。
学校から徒歩10分のところ、言い換えれば駅前にあるので需要が高く、いつもは満員です。
ですが今日はたまたま空いていたようです。僕達は一番小さな個室に案内されました。
薄暗く、少し煙草の匂いのする部屋、所狭しと敷き詰められたソファとテーブル、
そしてモニター・・・久しぶりに来たので、懐かしさで胸が高鳴りました。
「ホントは別のとこだったんたけど、使用中だったからなあ・・・」
「使用中?」
「あっ、ううん・・・何でもない・・・ほら、先に曲入れな。アタシは食い物注文しとくからさ」
そう言うと先輩は、モニターの横に設置してある楽曲検索機を手に取って放り投げました。
「うわっ!?」
辛うじてキャッチできましたが、先輩の不意打ちは僕の心拍数を大きく上昇させました。
先輩は僕の反応が面白かったみたいでゲラゲラ笑っています。
「あははっ、悪い悪い、何かテンション上がっちゃってさ」
どうやら先輩も僕と同じ心境のようで、とても嬉しそうにメニューを眺めています。
(久しぶりだな、先輩とカラオケなんて・・・)
前は・・・そんなこと、許されませんでしたから。
感慨に耽っているうちに、先輩は注文を出していました。
「即断即決がアタシのモットーだ」と言っていただけあって、選曲にあれこれ苦心している僕とは違って行動が早いです。
「・・・それと山盛りポテトフライと軟骨から揚げと枝豆、
あと・・・スティック野菜とポッキーとフルーツサンデーと・・・」
・・・計画性がないとも言えますね。
「ああ、心配しないでいいよ。今日アタシのオゴリだから」

歌のほうは一段落して、本来の目的に移りました。そう、僕のことです。
彼女と付き合い始めた頃のこと、彼女が尽くしてくれたこと、段々と変わっていったこと、
そして今の心境・・・先輩に洗いざらい話しました。
「・・・別れる前は精神的にすごく辛かったんです・・・学校にいる時はいつも傍にいて僕を監視して、
女子と目が合っただけでも嫉妬心を剥き出しにして怒るんです。
でも二人っきりの時だと、めちゃくちゃ尽くしてくれて・・・その・・・
エッチも一杯させてくれたし・・・僕を束縛して、でも愛してくれて・・・ワケが分からなくなって・・・別れました。
別れた今でも、束縛されなくてホッとしてるって思う反面、心に穴が開いたような虚無感があって・・・
分かりにくくてすみません」
僕が言い終わるまで、先輩は辛抱強く聞いてくれました。
「そんなんでいちいち悩むなよ」とか「まあ人生いろいろあるから」とか言ってくれればそれで良かったのですが、
どうしてなのか、先輩はずっと黙っています。その表情には複雑なものがありました。
何故なんでしょう、僕にはそれが、とても哀しいものに見えました。
狭い空間を支配する沈黙。スピーカーからは賑やかなメロディーが溢れてきているというのに、
それさえもかき消してしまうような、そんな重さがありました。
僕は耐えられなくなって口を開きました。
「あ、あの・・・先輩・・・」
「・・・」
「えと・・・す、少し重かったですよね?あ、でも、聞いて貰えただけでもすごく楽になりましたし、その・・・」
巧く喋れません。土壇場で口ベタになる・・・本当にヘタレだと思い知りました。
ですが、僕の言葉が起爆剤になったようで、先輩は沈黙を破りました。
「お前さ」
「は、はい!?」
「まだその子のこと・・・忘れられないんだな・・・」
「・・・はい」
他人による、自己の心理の言語化―分かってはいたつもりですが、言われてからようやく気づきました。
僕はまだ、彼女のことを忘れられないでいます。この空しさも、きっとそれが原因でしょう。
僕は、僕という人格が、つくづく嫌になりました。物事を引きずり、自分の決断を悔いる、そんな思考を持った人格が。

しかし、こんな重たい空気を一変するような出来事が起こりました。
発端は、先輩の言葉です。
「・・・アタシが・・・忘れさせてあげよっか・・・」                 
 
そこには、数時間前に見た、女性の顔がありました。 

4

電車の中。僕は軽い放心状態で、外の景色を眺めていました。
(先輩を抱いたんだよな・・・)
さっきの出来事はまるで夢のようにさえも思えてしまいます。
ですが、身体に立ち込める倦怠感が、それを現実のものだと認識させるのです。

僕は昔から女性に対して、神聖なイメージを持っていました。
女性は僕ら男性とは違う生き物なんだ、そういう固定観念です。
だから女性と話す時も、そういうのを意識してしまって・・・女性が苦手でした。
それを見事に吹っ飛ばしてくれたのが先輩でした。
女っぽさを感じさせない雰囲気と、誰にも媚びない態度。
一緒に活動を続けるうちに、女性への苦手意識は無くなっていきました。
初めて親しくなった女の先輩であり、女の友達・・・それが先輩でした。

友達だから、男と女という風に考えたくありませんでした。
女性だと意識しなければ、これ程素晴らしい人はいないと思います。
恋愛感情の伴わない男女の友情、それを壊したくなったんです。
先輩はその・・・率直に言って、とてもいやらしい身体つきをしています。
胸は絶対90を超えているだろうし、くびれとかもすごいし、脚もすごい綺麗だし・・・
だから僕は、そういうことを意識的に避けてました。
じゃれ合ってお互いの身体が触れた時も、考えないようにしていました。
あぐらをかいて座っててパンツが見えた時も、わざと目を逸らしたりしていました。
考えちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ、意識しちゃ駄目だ・・・
そうしないとこの関係は終わってしまうから、と。

その反動でしょうか、ワイシャツの下から覗かせる柔肌を見た時、
先輩の女としての素顔を見た時、僕はどうしようもなく興奮してしまいました。
同時に、ある種の背徳感を感じていました。本当に一線を越えてしまっていいのか、
そんな考えが頭の中を支配しました。
理性と本能の衝突・・・結局、本能には逆らえませんでした。
今までみたいに自然に会話ができなくなるかもしれない・・・
そんなこと、知ったこっちゃない。
先輩は僕を慰めてくれるって言ってるんだ、僕はそれに甘えればいいんだ。
もう、彼女はいないんだ。僕は何でも自由にできるんだ。僕を縛る鎖はもう・・・ないんだ。
カラオケボックスのソファの上で、僕は先輩を抱きました。

先輩は処女でした。身体を使って癒してくれるというぐらいでしたから、
経験があると思うのは当然です。僕はひどく狼狽しました。
「いや・・・あ、あれだ、あれ。この歳で処女なんてダサいだろ?」
「誰でもいいってわけじゃなかったんだ・・・その・・・お前だったら気心が知れてるし
・・・お前のこと、嫌いじゃないし・・・」
「お前だってほら、こんないい女とヤれて良かっただろ?」
「だから・・・あんま気にすんな。アタシも気にしないからさ」
平静を装っているつもりでしょうが、先輩の顔は明らかに紅潮していました。
行為が終わってから駅で別れるまで、目を合わせてくれることはありませんでした。

これからきっと新しい生活が始まる、そう思った矢先のことです。
203号室、僕の住む部屋の入り口の前に、1人の少女がうずくまっています。
うちの学校の制服を着たその子は、僕を目にすると、安堵したような表情を見せました。
そして今度は、泣きそうになって僕の名前を呼ぶのです。
「・・・ゆう君」
・・・その顔には見覚えがあります。いえ、忘れたくても忘れることなんてできません。

彼女はまだ、僕を諦めてなんかなかったのです。

5

「ゆう君に別れようって言われた後ね・・・私、考えたんだ。
あの優しいゆう君が、『学校で会っても話しかけてこないでね』なんて言ったぐらいなんだもん、
きっと私に問題があるんだろうって。
だからこの1週間ずっと、今までの自分の行動を振り返ってみたの・・・私、ちょっと酷かったよね。
自分のことばっかりで、ゆう君の気持ちを考えてなかった。何でもかんでも干渉されたら、誰だって嫌になるよね。
ゆう君・・・今までほんとに・・・ごめんなさい」
それは思ってもみない言葉でした。
・・・もしかして、今日来たのは・・・謝りたかったから?
は、はは、そうなんだ。何だ、そんなことだったんだ。
肩の力がスッと抜けた感じがします。
「い、いや、謝らなくてもいいよ。そんなに気にしてないからさ」
「・・・ほんとに?」
「ほんとほんと。僕って結構、楽観的なところがあるから。むしろ僕のほうこそ悪かったなって思ってる。
あんな酷い言い方無いよね。こちらこそごめん」
「ゆう君・・・じゃあ、許してくれる?」
「許すも何も。ああ、良かったよー、実は言いすぎたなーって思ってたんだよ。罪悪感ってやつ?」
安心したからでしょうか、僕は無駄に口数が多くなっていました。
でもこれで一件落着ですね。お互いに心残りが無くなったし、これからは友達に戻れ―――

「これで仲直りだね。私達、もっと素敵な恋人になろうね」
・・・え?
「皆に羨ましがられるような、そんな恋人に」
・・・ちょっと・・・
「明日お弁当作ってくるよ」
・・・何言ってんの・・・
「おかずのリクエストある?久しぶりだから豪華にいこうかな」
・・・少しでも期待した僕が馬鹿でした。彼女がそんな簡単に諦めるわけが無いのに。
僕は・・・阿呆です。どうしようもない阿呆です。
今から言わなくてはならないことを考えると、胃が痛くなってきました。
僕に復縁の気が全くないことを、ちゃんと言わなければなりません。

 

「ハンバーグにエビフライに唐揚げに・・・って、ちゃんとお野菜も入れなくちゃ」
「・・・椿ちゃん」
「美味しいだけじゃなくて栄養バランスも考えて・・・」
「椿ちゃん!」
「な、何?」
「僕・・・やり直す気なんてないよ」
「えっ・・・」
「別れようって言ったじゃん」
「えっ、でも、許してくれるって・・・」
「過去のことは水に流そうって意味だよ。元の関係に戻ろうなんて一言も言ってない」
「・・・も、もう、ゆう君ったら、そんな冗談言って。笑えないよ」
「僕は・・・本気だよ」
「ゆう君・・・」
「もう君とは付き合わない」
「嘘・・・」
「・・・もう、帰るよ。さよなら」
彼女の悲痛な顔を見ていると、僕は居た堪れなくなってきました。
これ以上この場にいたくありません。
「待ってよ、私、ちゃんと謝ったよ?ねえ、行かないでよ?」
僕の袖を掴んで離そうとしません。
「僕のことは忘れてよ・・・」
「嫌・・・そんなこと言わないで・・・私、何でも言うこと聞くから、ゆう君のためなら何でもするから!」
「離せよ!!」
密着してくる彼女を、僕は振りほどきました。
僕が怒鳴るなんて初めて見るでしょうから、驚きを隠せないようです。
でも、その驚きは、違うものに対してでした。
「・・・女の人の・・・匂いがする・・・」

女の人の匂い、それは先輩のです。
僕は香水なんか付けたりしないので、彼女はすぐに気付いたのでしょう。
目を見開いて、身体を震わせています。
無理もないと思います。少し前まで自分の彼氏だった人が、他の女と寝たんですから。
・・・もう嫌だ。でも、言わなきゃ。
僕はトドメの言葉を言い放ちました。
「さっきまで・・・セックスしてたんだ」
途端に、彼女の目から涙が溢れ出しました。
前に別れ話をした時とは比べ物にならないほど、次から次へと流れていきます。
「・・・うっ・・・ううっ・・・ひぐっ・・・」
前まで僕を束縛して、暗い瞳で僕を睨む彼女では、ありませんでした。
ただ身体を震わせて泣くだけです。
誰もいない公園に響き渡る嗚咽が、僕の胸を締め付けます。
―泣かないでよ。僕が悪いみたいじゃないか。
女性の泣き声は聞きたくありません。早く逃げ出したいです。
―放っておこう。もう関係ないんだから。ここで優しさを見せたら駄目だ。
でも、足が動きません。
―何してるんだよ、この子とは切れたんだろ?
僕はポケットに手を入れました。
―やめろよ、彼女はもう他人だろ・・・
僕はハンカチを取り出すと、彼女に渡しました。

 

僕は、彼女が泣き止むまで傍にいて、携帯を貸して家に連絡させ、
そして、女の子の一人歩きは危ないからと、駅まで送ってしまいました。
彼女とは別れたんだから、そんな気を遣う必要なんてないのに。
諦めさせようと冷たく接しましたが、最後の最後で詰めが甘くなりました。
僕はそんな人間です。
僕は誰も傷つけたくないんです。
僕は、傷つきたくないんです。

「・・・ゆう君、やっぱり優しいね・・・私・・・諦めないから・・・ゆう君のこと・・・信じてるから・・・」
別れ際、彼女は振り返って僕に言いました。泣きはらした目で、無理に笑顔を作って。
それは僕に、得体の知れない不安を抱かせるのでした。

ベッドの上で、携帯に留守番が入っているのに気が付きました。
・・・先輩からです。
『もしもし、アタシ。今日はその・・・あんな展開になっちゃったけどさ、
まだ忘れられないって言うんなら、その・・・また慰めてやってもいいかな、なんて。
だから、いつでも連絡しろよ?いつだってお姉さんに甘えていいんだからな。それじゃ、また学校でな』

今日は色んなことがあり過ぎて、あまり眠れませんでした。

6

私の嫌いなタイプ、男らしくない男―それが、愛原優希の第一印象だった。
運悪く体育祭実行委員に選出され、初めての集会であいつに会った。
頼りなくて、話かけても曖昧な態度を取る・・・コイツ、女子が苦手だな。
同じブロックの下級生なのに、これでは円滑な作業ができない。
私は愛原の、女子恐怖症を払拭してやろうと思った。
半分は円滑な作業の為という大義で、もう半分はただの暇つぶしという理由で。
パシリに遣ったり、暴言吐いたり、関節極めたり・・・
なんだかんだしてる内に、愛原と仲良くなってた。

愛原は、どこまでも優しい。
煮え切らない態度、優柔不断・・・そうじゃなかった。
相手の気持ちになって考え、行動する。
相手のことを気遣って、自分のことを後回しにする。
誰の悪口も言わない、そうするくらいなら長所を見つけようとする。
全てを受け入れ、肯定する。
・・・何も拒まないんだ、コイツは。こんな人間は初めてだ。
私を・・・愛原なら、私を受け入れてくれるだろうか。

気が付けば、いつも愛原のことを考えていた。
その笑顔を思い出し、拍動が激しくなった。
時に見せる優しい眼差しに癒された。
意外に逞しい身体の感触を思い出し、自慰をしたこともある。
私は完全に恋をしていた。

体育祭が終わった後も、二人でどこかへ出かけた。
男勝りな先輩と、それに引っ張られる後輩・・・いつまでこの関係を続ける気だ、私は。
私は顔も身体も悪くない、それは分かっている。私が彼女でも、恥ずかしいことはないと思う。
好きだと言ってしまおうか、そうすればこんなに苦しむことは無いのに。
でも・・・振られてしまったら?
疎まれてしまったら、私はどうなる?
それが怖くてできなかった。
愛原、お前が私に告白してくれ、私を好きだと言ってくれ。
そして気づいてくれ・・・私は、臆病なんだ。

愛原に呼び出された。大事な話があるという。
やった、私の願いは叶ったんだ。私を愛してくれるんだ。
「先輩、聞いてください。僕・・・生まれて初めて彼女ができたんです」
目の前が真っ暗になった。聞こえてくるのは、愛しい愛原の声だけだった。
「隣のクラスの子なんですけど、ずっと前から気になってて」
―嫌だ。
「勇気を出して告白したんです。そしたらOK貰えて」
―聞きたくない。
「実は僕、女の人と話すの苦手だったんですよね。でも先輩のおかげで克服できたんです」
―止めて。
「だから先輩にはめちゃくちゃ感謝してます。あの、先輩・・・本当にありがとうございました!」
この時ほど自分を恨んだことはなかった。
自分の不甲斐無さが悔しくて、誰もいない教室で、声を押し殺して泣いたのを忘れない。

ヤケになって他の男と付き合った。でもやはり満たされなかった。
私にはお前しかいないんだ。他の誰でも駄目なんだ。
付き合った男には身体を触られたし、キスもされた。
でも、それ以上のことはさせなかった。貞操は守ったつもりだ。
だから屋上で見つけた時は、今しかないと思った。
彼女と別れて傷ついてるお前を慰める・・・本当は、処女を奪って欲しかったのだ。
ずるいやり方なのは分かっている、でも嬉しかった。
初めての相手が愛する人だったんだから。

翌日の体育の授業、男子と合同だった。
やっぱり視線を感じる。胸や尻に向けられる、へばりつくような視線。
前まで気にしないようにしてたのに、今は特別憎く感じる。
そりゃそうだ、私の身体はお前等の目の保養の為にあるんじゃない。
私の身体は、愛原のものだ。
お前等の下衆じみた視線で汚すな。

本当は愛原を独り占めにしたい、私だけを見て欲しい。
でもあいつは、束縛が嫌で彼女と別れた。
だから独占欲を見せたら駄目だ。
私のキャラは、細かいことを考えなくて、掴みどころのない先輩。
しばらくそれを演じなければならない。
いつか恋人になれるだろうか。
いつか私のことを『先輩』じゃなくて『綾乃』と呼んでくれる日が来るだろうか。
『愛原』じゃなくて『優希』と呼べる日が来るだろうか。
私を愛してると言ってくれるだろうか。

愛原には彼女がいない。そして、私の身体を受け入れてくれた。
もういいんじゃないか、自分から好きだと言っても。
でも、恐い。まだ言えない。
もっと身体を重ね合わせて、もっと時間を掛けなければ。
絶対大丈夫、そう思えるまでは言えそうにない。
愛原、私は強くない。お前のことを考えて、お前に嫌われないように行動する。
お前は私が、虚勢を張ってるだけということを知ってるだろうか。

私は今も・・・臆病なままだ。

7

放課後、教室から出てきたゆう君を呼び止めた。
「ゆう君」
私の声に反応して振り返る。そして私を見ると、申し訳なさそうに目を逸らした。
やっぱり昨日のこと気にしてるのかな。
「えっと・・・何?」
「うん・・・ハンカチ、返そうと思って」
「・・・別に返さなくても良かったのに」
ゆう君・・・冷たく接する振りをしても私には分かるよ。ゆう君、無理してるね。
そんなんで私がゆう君を嫌いになったりするわけないのに。
ハンカチが入った紙袋を渡すと、ゆう君は何も言わずに受け取った。
「じゃあ、帰るね。さよなら」
「えっ・・・」
私の言葉に驚きを隠せないゆう君。
それもそうね、以前の私だったら、こんな簡単に引き下がらなかっただろうから。
それとも、私がいなくなるのが寂しいのかな。
「昨日言ったでしょ、ゆう君に何でもかんでも干渉しすぎないようにするって。
それに、ここでゆう君に泣きついても駄目だと思うの。
私、変わったんだよ?前みたいにゆう君を束縛しない、もっとゆう君を信じようって」
相変わらずゆう君は黙っている。私はさらに続けた。
「だからゆう君、浮気の1回や2回は許すよ。私のところに戻ってきてくれればそれでいいから。
私の態度を見てやり直してくれる気になったら、その時は遠慮せずに言ってね。待ってるから。
じゃあね、ゆう君。バイバイ」
「あ・・・椿ちゃん」
「ん?」
「えっと・・・ハンカチ届けてくれてありがとう・・・」
・・・やっぱりね。ゆう君はまだ私に未練があるんだ。これなら近いうちに元に戻れそうだわ。
私は笑顔で手を振ると、下駄箱に向かった。
ゆう君、早く一緒に帰ってくれるようになってね。

あ、そうそう。私ね、ゆう君に1つだけ嘘ついてた。
浮気の1回や2回は許すって言ったけど、あれ嘘。そんなの許せるわけないじゃない。
例えばね、私が他の男に犯されてるところ、想像してみてよ。ね、正気じゃいられなくなるでしょ?
誰だか知らないけど、ゆう君の優しさに付け込んでゆう君をたぶらかして・・・

あ・・・今、私が抱いてる感情って・・・「殺意」って言うのかな?

昨日のことを思い出すと心臓が高鳴る。
あんな場所だったけど、愛原に抱かれた。それだけで幸せだ。
窓の向こうの景色をボーっと眺めているうちにチャイムが鳴った。
もう放課後か・・・愛原はどうしてるかな。
・・・会いにいこうか。
教室を出て階段を下りれば、すぐ2年の階だ。
私は偶然を装って2組の教室前を通りかかればいい。
何くわぬ顔で、軽い口調で。
意識する必要はない。
細かいことを気にしない先輩、それを演じればいいだけだ。
早く行かないと帰ってしまう。
今日会っておかないと、次に会えるか分からない。
不安になってしまうから。

2階、角を曲がればすぐ教室前の廊下に続く。
早く行かなきゃ・・・でもやっぱり緊張する。
動けないでいる私を、怪訝そうに一瞥する下級生達。
やっぱり浮いてるか・・・これじゃまるで不審者そのものだな。
さっさと会おう。ほんの数メートルなんだ。
即断即決、それが私のモットーだろ?

いた、廊下に。
顔を見ただけで顔が熱くなる自分がいる。
そんな自分がおかしく思えて、にやけてしまう自分もいる。
私は一歩を踏み出した。
でも、止めてしまった。
愛原が誰かと話してるからだ。
・・・誰だ、あいつ。

一度だけ見たことがある。いや、それ以降見ないようにしてただけか。
忘れるわけがない。
愛原の、元カノ。
あいつがいなけりゃ、私と愛原の仲はうまくいってたのに。
そう思うと無性に腹が立つ。あいつさえいなけりゃ、あいつさえ・・・
・・・いや、私にも責任がある。さっさと告白していれば良かったんだ。
そうすればあの女になびかなかったかもしれないのに。
でも・・・どうして一緒にいる?
愛原の顔を見てみろよ、迷惑そうにしてるだろ。
お前なんかとやり直す気なんかないんだよ。とっとと諦めろよ・・・

「えっと・・・ハンカチ届けてくれてありがとう・・・」
何言ってるんだ・・・そんなこと言うから勘違いされるんだろ?
そういう態度を取るから、お前のことを好きになるヤツが出てくるんだよ。
その優しさ・・・私だけに向けてくれ。他のヤツには向けないでくれ。

最後に見た、あの女の勝ち誇った顔。愛原が戻ってくる、そんな確信の顔だ。
ふざけるな、お前等はもう別れたんだ。もう十分、幸せを満喫しただろ。
今度は私が愛原に愛される番だ。
そして誰にも渡さない、誰も入り込めないようにしてやる。
例えどんな手を使ってでも。
私は愛原の元へ向かった。勿論、この黒い感情を覆い隠して。

8

ありがとう・・・何でそんなこと言ってしまったんでしょうか。
椿ちゃんと別れたということは、縁が切れたということです。
つまり、今までのように親しくするわけにはいかないんです。
友達としてなら良いんですが、恋人には・・・正直、戻りたくありません。

椿ちゃんとは1年の時、同じクラスでした。
最初は、可愛いけどおとなしい子だなっていう印象しかありませんでした。
接点が無かったので喋ったりすることもありませんでした。
ただのクラスメイト――それだけの関係でした。

ある日の放課後、雨が降っていました。
天気予報を無視したせいで、傘を持って来ませんでした。
止む様子も無く、濡れて帰るのを覚悟して外に出ようとした時です。
「あ・・・愛原君・・・折り畳みの傘で良かったら、使って・・・」
それが彼女の、僕に向けられた初めての言葉でした。
恋愛小説にありがちな青春の1ページ。単純な僕は、彼女が気になり始めました。

告白して実は両想いだと分かった時、嬉しさで飛び上がりそうになりました。
一緒に通学したり、お昼を食べたり、映画に行ったり・・・本当に幸せでした。
初体験もスムーズにこなせたし、「僕達は最高のカップルだね」なんて惚気たりもしました。
本当に上手くいってたんです・・・彼女が変わるまでは。

椿ちゃんの嫉妬に歪む顔は、僕の精神を削ります。
端から見れば、彼女がヤキモチを焼いている風景にしか見えないと思います。
でも、普段の優しい笑顔を知っている僕にとっては、それが苦痛に感じられたのです。
猫の爪に怯える、籠の中の鳥。そんな心情でした。
どうして変わってしまったのか分かりません。
少なくとも僕と付き合う前から、いえ、彼女の本分が嫉妬深い女性であったとは思えないのです。
僕が変えてしまったんでしょうか。

でも、昨日だってさっきだって、椿ちゃんの表情は僕の精神を削るものではありませんでした。
それはまだ結ばれる前の、あの頃の椿ちゃんのものでした。
他の女性を抱いたと聞いて、嫉妬心をあらわにしてくれたら楽になれるのに・・
「私、変わったんだよ?前みたいにゆう君を束縛しない、もっとゆう君を信じようって」
そんなことを言われて、決心が揺るぎそうになっている僕がいます。
(もしかしたら、今度は上手くいくかもしれない)
(いや、また同じことの繰り返しだ、後ろを見ちゃいけない)
椿ちゃんのこと・・・忘れられたらどんなに楽なんだろうって思います。
いつまでも引きずるなんて、我ながら本当に女々しいです。
そうやって廊下で耽っていると、先輩がやって来ました。
「愛原・・・今日、暇?」

旧用務員室の座敷。先輩は僕を抱きしめました。
「あの・・・先輩?」
「・・・何も言わなくていい・・・辛いんだろ・・・アタシといる時は忘れて・・・」
さっきのことも今の僕の気持ちも、先輩は分かってくれている。そんな気がしました。
女性独特の仄かな香りと、胸の当たる感触。その心地よさに酔いしれました。
(先輩は何て優しいんだろうか、ただの後輩をここまで気に掛けてくれて)
僕も先輩を抱きしめ返しました。先輩・・・こうやって、甘えていいんですよね?
結局、昨日に続いて今日もセックスしました。
正直に言って、それは愛の産物ではありません。椿ちゃんを忘れるための逃避です。
だから僕は、なるべく優しく抱きました。
ただの逃避だとしても、一人よがりは虚しいだけですから。
先輩と一緒に絶頂を迎えられたことが、唯一の救いです。

身体が熱い。
まさか2回目でイクなんて思わなかった。あまりの快感で何も覚えていない。
嬌声を聞かれただろうか、崩れた顔を見られただろうか。思い返すほど恥ずかしさがこみ上げてくる。
だけど、この熱さ、この疼き・・・愛原に愛された証だと思うと、嬉しくてたまらない。
愛原の肩に頭を傾ける。その様子を察して、愛原は私に尋ねた。
「あの、先輩・・・大丈夫ですか?」
やっぱり・・・お前ならそう言ってくれると思った。
「うん・・・少しだけ、このままでいさせて・・・」
言う通りにしてくれた。本当は触れていたいだけだというのに。

「・・・先輩は、どうしてここまでしてくれるんですか」
夕日に染まる通学路を2人で歩いていると、愛原は唐突に言った。
「・・・ん、何が?」
私は知らない振りをする。
「その・・・相談に乗ってくれるだけでも良かったのに・・・エッチまでさせてくれて」
「・・・うーん、何でだろうねー」
・・・そんなのは愚問だ。愛原を誰より愛してるからに決まってるだろ。
そう言えたら良いのに。
「アタシもよく分かんないや。まあ、お前は難しいこと考えなくていいの。
何度も言うけど、こんなにいい女とヤレるんだからさ、それで満足だろ?」
「でも・・・」
愛原の言葉を遮り、私は腕を絡ませた。精一杯の虚勢、それを崩されたくなくて。
「愛原って、エッチ上手いよね」
「え、えっ?」
「アタシ2回目なのにイッちゃったし。またしようよ」
悪戯っぽい表情を作って、胸を押し当てる。
愛原は照れくさそうに横を向いた。

身体を許せばいつか私を愛してくれるようになるだろうか。
早く私のものにしたい。
愛原の記憶からあの女を消し去って、私のことしか考えられないようにしたい。
でもまだだ、私を好きになるまで独占欲を見せるわけにはいかない。
嫌われてしまうから。
まだしばらく演じなければいけない。愛原にとっての、先輩を。

9

別れようって言われた時は、自分の耳がおかしくなったんじゃないかって思った。
だってその2、3日前にデートしたんだもの。
恋愛映画を見て、手を繋いで繁華街を歩いて買い物して、駅ビルの屋上で夜景を見ながらキスをして・・・
だから信じられなかった。ゆう君が私を置いて帰るなんてこと、今までで一度も無かったし。
きっとゆう君は、弾みで言ってしまったんだと思う。本当は別れる気なんて無いのに別れようって。
それ位怒ってたなんて全然気づかなかった。
だから私は1週間ゆう君と距離を置いて、今までの自分の行動を振り返ってみた。

ちょっとやり過ぎたかなって思う。
いくらゆう君が甘えんぼうだからって、四六時中一緒にいられたら嫌になるかもしれない。
それに、ゆう君のやることにいちいち口出しするのもいけなかったのかもしれない。
今までの私って・・・まるで教育ママみたい。
――ほら、そんなことしちゃいけないでしょ。私の言う通りにしていればいいのよ。
勝手にどこかに行ったら駄目じゃない――こんな感じ。
私だって子供扱いされるのは嫌なんだから、男の子であるゆう君にしてみれば尚更嫌よね。
恋人というよりは親子みたいな関係になってたことに気付かなかったんだから、ゆう君が怒るのも無理ないか。
よし、これからはくっ付き過ぎないでやっていこう。
もっとゆう君を一人の男性として尊重して、お互いを高め合うような関係にしていこう。
そうすればゆう君は、二度と別れようなんて失言をしないはず。
私達はこれまで以上に素敵な恋人になれる。
とりあえず・・・謝りに行こうか。下校時刻はとっくに回ってるから、お家のほうに行こうかな。

ゆう君が他の女としちゃうなんて思ってもみなかった。
すごくショックで、涙が止まらなかった。
私以外の女と・・・そこまで怒ってるなんて知らなかった。
ごめんね、ゆう君。

ゆう君は泣いてる私にハンカチを貸してくれた。
私が泣き止むまで傍にいてくれた。
駅まで送ってくれた。
ゆう君は何も喋らなかったけど、態度で示してくれた。
それが全てを表してたんだと思う。
やっぱり、ゆう君は優しいな。本心では私のことを想ってくれてるんだ。

今日の私の行動は、ちょっと失敗だったと思う。
ゆう君にハンカチを返すだけでそのまま帰るなんて。
なんであの時思いつかなかったんだろう・・・ゆう君としたのは誰か、確かめようって。
誰だろう、私のゆう君をたぶらかす悪い女は。どんな女か考えてみようかしら。

ゆう君って性欲強いけど、相手はちゃんと選ぶはず。
「どんなに魅力的でも、頭が悪そうな子は嫌かな。あと、遊んでそうな子もちょっと・・・」って前に言ってたぐらいだし。
それから、ゆう君ってどちらかと言えば内向的だから、自分から積極的に知らない女に話しかけたりしないはずだわ。
だから女の方から接触してきたと思う。それでいてゆう君と面識がある女。
しかもその女は・・・これは一番の懸念材料なんだけど・・・ゆう君に気がある。
別れ話を切り出されてから一週間しか経ってないのにエッチしちゃうなんて、向こうに好意があったと考えるのが妥当ね。
そう考えると相手がどんな女か分かってくるわ。
ゆう君は部活には入ってないから縦の繋がりは希薄、だから同級生の子が有力。
だとすれば・・・ゆう君のクラスの子か、1年の時に一緒のクラスだった子かな。
でもこれはただの推論だから、実際に見て確かめるしかなさそうね。
ゆう君に話しかける女は結構多いからすぐに特定できないけど、ゆう君を見張っていたらすぐに判明するわ。
明日からは気をつけなくちゃ。二度と失敗しないようにね。

・・・ああ、そういえば上級生に一人だけゆう君と仲が良い女がいたっけ。
たしか・・・杉山先輩っていったかな。
客観的に見たら美人だし、おっぱい大きいし。でも、ゆう君に気があるとは思えないな。
それに、誰とでも寝てそうだから・・・ゆう君が選んだりするわけないか。

私のゆう君が他の女に汚されると思うと我慢できない。
身体を使ってゆう君をたぶらかすなんてホント、最低な女ね。
女というよりメス犬と言ったほうが適切かもしれない。
汚くて節操が無くて人のものを取ろうとしてゆう君の優しさを逆手に取るような最低最悪のメス犬・・・
・・・ああ、駄目だわ。そいつのことを考えてる時の私の顔・・・ゆう君に見せられないくらい酷い。
机の上の鉛筆、気付かないうちに何本か折れてる。
いけないいけない・・・ゆう君のこと考えて、この苛立ちを抑えよう。

ゆう君、メス犬とそれ以上セックスしないでね。
いくらゆう君でも獣姦なんてしてほしくないから。

ゆう君が早く戻ってくるように頑張らなくちゃ。

10

椿ちゃんと別れてから、僕はクラスの男友達とお昼を食べています。
2人で食べていた時は「この裏切り者が!」とか「自分だけいい思いしてんじゃねー!」
とか、何故だか非難されていましたが、別れたと言うと何も聞き返さずに受け入れてくれました。
こういう時に男友達のありがたさを実感じます。
いつもは購買でパンを買って教室で食べるんですが、たまには食堂に行こうという提案が出ました。
そうわけで僕達4人は食堂にいます。
予想していたほど混雑していなく、僕達は長机に2人ずつ向かい合って座ることができました。
お昼を食べながら男同士で雑談・・・こういうのも青春というのでしょうか、同性ならではの楽しさがあります。

私は親友の千尋と食堂に来ていた。授業が長引いたため、多少の混雑はあったが席は確保できた。
私はサバ味噌定食を、千尋はミートスパを食べる。
サバの身を一口、続いてご飯を一口・・・やはり、食事をしている時が生きてて良かったと思える。
それは千尋も同じようで、上機嫌にパスタを器用にフォークに絡ませ口に運んでいる。

千尋とのお喋りで気付かなかった。愛原が2時の方向、3つ先の長机にいたのだ。
男子と楽しそうに喋っている。私の視線は自然と愛原に向かっていた。
一昨日結ばれて、昨日初めて女の悦びを知った。
そのことを思い出すと胸が高鳴り、顔が熱くなっていくのが分かる。
まるで少女漫画のヒロインのような自分の態度が可笑しくて、思わずにやけてしまう。
というか愛原、私の熱い眼差しに気付け・・・

「・・・って、聞いてる?」
「え・・・あ、うん。何だっけ?」
千尋は怪訝そうな顔を浮かべている。
「だから、あんたの元カレの話。あんた達お似合いだと思ったんだけどなあ。
一ヵ月も前に別れたなんて聞いてないっつーの」
「ああ・・・そんなこともあったな」
「何その忘却の彼方的な言い方は。あんなキャパの高い男、そういないよ?
紹介した私が言うくらいだもん。で、別れた原因、何?」

そう、愛原に彼女ができた後、私は千尋に紹介された男と付き合った。
その人は全国でも有数の進学校に通い、その中でもトップクラスの学力があった。
それに加えて顔立ちも良く、スポーツ万能、性格も良いという正に万能人だった。
「・・・性格の不一致、かな」
私はそんな適当な答えでお茶を濁した。
正直、相性は良かった。愛原を忘れるためには十分すぎる人柄だった。
でもやはり違った。
その人とキスをした時、抱き締め合った時、罪悪感がよぎった。
――私が好きなのはやっぱり、愛原だ。この人じゃない。
ついに私は別れを告げた。わずか4ヵ月の交際だった。
「はあ?・・・まあいいけど。あいつ、あんたにフラれたってめちゃくちゃヘコんでたよ」
別れる理由を考えた。
相手が股をかけていたり、性格が悪かったら別れやすかったかもしれないが、そんなことは一切なかった。
むしろ、私のことを大事にしてくれたので下手な言い訳を思いつかなかった。
だから私は、本心を伝えた。他に好きな人がいると。
相手は私を罵倒するどころか、逆に応援してくれた。

でも別れてから一ヶ月も経ったというのに、私はまだ自分の本当の気持ちを伝えられていない。
愛原も彼女と別れて、準備は万端だというのに。
私のした事は、処女だということを隠して身体を使って慰めたこと。
セフレのような関係を持ちかけることで愛原の関心を引いたこと。
そして、自分から告白することなく、愛原に自分を好きになってもらおうとしていること。
ズルイやり方だと思う。
現にすぐ近くに愛原がいるというのに、私は声を掛けられず遠くから眺めているだけ。
人が大勢いる前では何もできない。
何て臆病なんだろうか。

「綾乃、あんた今フリーでしょ。また新しいオトコ紹介してあげよっか?」
コーヒーを飲みながら、千尋は提案する。
「いや・・・いいよ」
千尋の交友関係は広い。それは男も女も含めて。
恋愛経験も豊富だが相手は選ぶ。
私の知る限りでは皆、資質の高い男ばかりだった。
彼女自身、魅力的で資質が高いから自分に見合う男としか付き合いたくないのだろう。
きっと私に紹介しようとしている男も例外ではないはずだ。
「恋愛よりも進路のほうが大事、だから」
私は嘘をついた。本当は他に好きな人がいる。そいつは千尋の言うところのキャパの高い男ではない。
でも、私はそいつのことを誰よりも、愛しているつもりだ。

愛原達は食事が終わったようで、食器を持って返却口に向かった。
楽しそうにお喋りをしては、笑顔を垣間見せる。
どんどんこっちに近づいてくる。ほんの数メートルの距離だ。
でも愛原は、私に気付くことなく通り過ぎていった。
空しい。私はこんなに想っているのに気付かないなんて。
ふと昨日の言葉が思い出された。
「・・・先輩は、どうしてここまでしてくれるんですか」
――それぐらい気付け、バカ。

ああ、もう・・・無性にイライラしてきた。さっきの感情とは大違いだ。
私は話の途中で席を立った。
「綾乃、どうしたの?」
「食後のデザート・・・食う」
「えっ!?ご飯山盛りだったのにまだ食べんの!?」
「甘いもんは別腹」
「もう・・・それ以上乳がでかくなっても知らないよ?」
「うるさい!大きなお世話だ!!」

 

「ごめん、お弁当忘れたから購買でパン買ってくるね。先食べてて」
さてと、ゆう君探しに行こうかな。
教室には・・・いないな。
いつもはいるのに。食堂かな?

購買でパンを選びながら食堂を見渡す。
ゆう君、ゆう君・・・あ、いた。
男友達と一緒にご飯食べてる。
・・・ちょっと安心。
でもねゆう君、食堂のメニューなんかより私の作るお弁当のほうが美味しいでしょ?
言ってくれればいつでも持ってくるからね。

朝の通学の時も休み時間もメス犬の影は見当たらなかった。
メス犬はメス犬らしく近所の野良犬と交尾してればいいのにな。そう思っちゃう。
今日はハズレみたい。まあゆっくりやっていこう。

「ごめんね、お昼混ぜてもらって」
「全然いいよ、そんなこと」
「そうそう、椿ならいつでも大歓迎だよ」
「椿ちゃん、彼氏と喧嘩中なんだってね」
「うん、ちょっと派手に喧嘩しちゃって。なかなか許してくれないのよ」
「彼氏のやつ、こんなに可愛い彼女が謝ってるんだから早く許してやればいいのに」
「だよねー。そのうち椿に愛想尽かされて泣き見るかもよ」
「早く仲直りができるといいね、椿ちゃん」
「うん!」

To be continued...

 

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